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2012.11.20 (Tue)

良い議論をしよう 

     良い議論をしよう/良い議論のしかた
        良い議論がなぜ大切か
  
                                       岡山 博
要約
・日本は、異なった意見を出し、議論する認識が希薄だ。
・準備された結論を無批判にそのまま理解するか、同意同調させるための会合や会議が多い
・有効で健全な会合や議論になっていない。優れた発言が活きない。
・発言の自由と安全が保障されていない
・良い議論とは1)共通の目的を持った人が、2)異なる意見を提示して、3)共通認識を土台として、4)異なる考えを吟味して深め、5)共通の結論を作り、6)最後に共有した結論を確認する。
・他人が気づいていないことを発言し、的をはずさず、簡潔・明瞭な、論理的で敬意ある言葉の往復をして、共通理解を作ることが良い議論。
・良い発言・議論をするためには、まっすぐ、真剣、丁寧、誠実な姿勢が基本だ
・相手の発言内容と発言した人の価値を低めようとする言動は、良い議論を阻害し他人を抑圧するルール違反だ。
・日常の個人的な会話や、日本的な人間関係、社会のあり方にも共通している。
・良い議論をすることは、人が互いを侵害せず尊重しあう、豊かで健全な社会や人間関係を作るためにも不可欠だ。

 はじめに
 議論は、同じ目的をもった人が、異なる意見を提示してはじめて、有効で良い議論ができます。
 異なる意見が出されなければ議論ではありません。
 しかし日本では、異なった意見をたくさん出し、議論して認識を深めて共有する認識を得たり、そこで作られた共有認識を基に共同して方針を作るという共通認識が希薄です。

 多くの会合では、主催者や演者の発言を、そのまま理解することが参加者に求められたり、準備された結論を同意同調させるための会合や会議が、日常的に行われています。
 社会的権限を伴うような会議や会合では、関係者や社会から批判されないための形だけの会議を開くことが日常的に行われています。

 そのような場では、始めからまじめな議論をするつもりがないので、まじめに議論する人は主催者から邪魔扱いされることが多い。
 良い議論をしようと考えて優れた異論を提出すると、無視されたり抑圧されたりすることがあります。
 研究会のように、必ずしも結論や決定をする必要がなく、本来は議論そのものが目的であるはずの会合であっても、質問に対して的確で誠実な回答はなく、質問者が了解しない解説的な見解を言って打ち切って、回答に対しての再発言や異論、議論をさせないことがむしろ一般的です。

 行政や事業所やその他、自主的会合でさえも、何らかの結論や方針をだす必要がある会議では、準備された結論に異議を含む発言は、的確な回答や深める議論が出来ないことがしばしばあります。

 異論発言と異論を発言した人を厄介者扱いして無視し、同調を強要する。
 それでも発言すれば、恫喝、抑圧し、準備された方針を無条件に受け容れないで異論を提出する人には、意見の内容を越えて、永遠にその会議から排除しようとします。

 議論の場といいながら、現実には議論することを阻み、まじめに議論しようという人を抑圧、排除する。
有効で健全な会合や議論になっていないということです。
どれも議論にあたっての、深刻なルール違反です。

 無条件に従うことをしない人に対しては、更に会議とは関係ない分野にまで広げて、会議と関係ない分野からも排除するなど、発言内容無視に留まらない、発言する人の排除、抑圧、加虐行為事が問題です。
 更にそのような行為が批判されずに繰り返されていることは会議の問題に留まらず、社会としても深刻な問題です。

 このような会合では、優れた発言が活きずに捨てられてしまい、深められて実りあるものになりません。
 同時に重要なことは、発言するということの自由と安全が保障されていないということです。

 そのような不健全な会合は、行政の会議でもっとも顕著にみられる。行政だけでなく企業や職場、その他様々な団体、さらには議会や学術的な研究会・学会や自主的な個人の集まりでさえもでも日常的に同様な会合と議論がしばしば行われています。

 有効で健全な会合や議論とは何か、良い議論をするためにすべきこと、良い議論をすることがなぜ大切なのかについて私の考えをまとめました。

I. 良い議論の進め方/議論の価値と目的
      良い議論とは以下のものです
・ 共通の目的を持った人が、
・ 異なる意見を提示して、
・ 共通認識を土台として、
・ 異なる考えを吟味して深めて
・ 共通した結論を結論を作り、
・ 共有した結論を確認して共有する。

           議論のスタートとして何を発言するか
・ 他人が気づいていないか、あるいは共通認識になっていないことを発言する。
・ 新たな自分独自の意見を追加しない同調意見は「意見」とは言いがたい。
・ これを出発点として、以下に述べるように、議論によって内容を深める

         演者や他人の発言に対して、どのような発言や質問をするか
1.他人の発言にについて、自分が、その発言内容に共有・評価できる点を述べる。
  (発言者は、議論を共有したいと考えて発言しており、参加者は共有点があるから会合に参加しているので、意思があれば共有点はみつかる)。
2.提出された異なる意見の中で、自分の考えが異なる点と、根拠を、簡潔明確に述べ、
3.発言した自分の意見について相手に意見を求める。

      自分への意見への回答や、他人の発言に対する発言の仕方
・ 自分に対して発言してくれたことを歓迎し、謝辞を述べる
・ 自分が質問者に同意できる点を述べる
・ その上で、相手の異論・質問に対して、的をはずさず、簡潔で明確な回答をする。
・ 回答したことに対して、質問者の了解か再発言を期待する。

以上のように、的をはずさない、簡潔で明瞭な、論理的で敬意ある言葉の往復をして、共通理解を確認することが良い議論です。

このような良い発言と議論をするために必要なことは以下の基本姿勢です。
1.自分の都合などの打算をいれず、「まっすぐに考える」
2.思考停止や先送りをせず、全力でその場で自分の結論を作ることと、自分の考えを伝える熱意を物という「真剣」
3.自分が判断し、発言したことが正しいかどうかを吟味する「丁寧」
4.すりかえ・ごまかし・相手の信用を低めるなどの策動をしない、上述1-3を基本にした相手と自分に対するあり方としての「誠実」

このような良い発言と議論をするために、どのような言葉を使うか。
・ 相手に敬意を持った言葉。見下し・非難はダメ
・ 知的論理的言葉を使う
・ 感情的言葉は避ける。感情的(emotional)は知的(intellectial)の反対語です。
  相手を非難したい場合は、非難するのではなく、相手に敬意を持った単語と文章を使い、非難しようとする根拠と結論をきちんと述のべ、それに対する相手の反論や解答を歓迎し、快く受けて、受けた反論に的を外さない敬意ある言葉で論理的な回答をする。


II. 会合や議論で、すべきでないこと
前述下こと反することが、議論においてすべきでないことです。

          議論の価値と目的
・ 共通の問題意識と目的を持ち、まじめに議論しようという意思がなければ、健全な議論はできません。

          何を発言するか
・ 共通の結論を得ることを目的とせず、相手を非難することは健全な議論とは別のものです; 相手を批判して真実を明らかにし、相手を打ち負かすための論争は社会的な論争としてありえますが、通常の会合における健全な議論とは別に考えるべきものです。
・ 質問の形をとりながら、質問内容が明確でなく、自分の考えを長時間演説してはいけない。
・ 自分の考えを述べるのは、異論・質問を述べたことに対する演者の回答を得てから、回答に不同意であるとして自分の意見を述べる。
・ しかし、日本の会合では、このような言葉の往復が保障されることが少ないので、はじめの質問の際に、自分の考えを述べることはやむをえない場合が多い。この場合でも演説するのではなく、自分の考えの結論だけを簡潔に述べる。

      自分への意見や、他人の発言に対する発言の仕方
・ それまで自分が気づかなかったことをだれかが発言したら、自分が気づかなかった内容を発言したことに敬意と尊敬を持ち、自分は考えてなかったことなのだからまず考えてみる。
 そして、同意、共有できるものを探して共有して議論を深めるべきです。が、それと逆に、考えもせずに否定する方向で発言を進める人がいます。

・ 例えば、他人の発言や提出された意見や異論を考えて深めようとはせず、発言内容と、発言した人の信用落とししたり否定する方向で、条件反射の如く上から目線で話を進める事によって相手の再発言を封じたりその人の発言内容が取るに足らないもので、発言を続けることが価値がなかのように対応してきちんと回答をしない人がいます。このような人は同じ相手に対して常にそのような姿勢で話します。
 「その発言は好ましくないのではないか」、と穏やかで諭すような言葉で言うか、あるいは高圧的な恫喝的な言葉で言うかは、その場のその人の地位とその人のキャラクターで、幅があります。
 しかし、自分が気づかなかった異論提示について、考えて深めようとせずに、否定して黙らせよう、無視させようとする考え方は共通です。

 このように、相手の発言内容や相手の価値を低める発言をする言動傾向を強く持っている人は、その人が属している小集団の中で出世したい上昇志向性が強い人や、自己顕示欲、支配欲、自分の打算に役立たないことは他人が優れていても互いに讃えあうことをせずに上級者にほめられたい人に多いと思います。

・ 相手の発言内容と発言した人の価値を低めようとするこのような言動は、良い議論を阻害します。
 また、意見を提示した人の価値を低めようという動機と内容を含んだものなので、無礼であり、対等で互いに尊重しあう人間関係や小社会を抑圧します。

・ 抑圧的な発言をする際に、恫喝的あるいは相手に屈辱を与えようとする言動を伴えば、「議論のルール」違反です。
更に、そのよう意味合いを持つ言動は「議論のルール違反」や人のキャラクターの問題を越えて、他人を抑圧し、人格を侵害するものなので、単に会議運営の問題にとどまらない人格抑圧、人権侵害の犯罪と考えるべきレベルの事です(注)。

         会合を主催・運営や、講演をする人がすべきこと
 以上は良い議論をするために誰にも共通な課題です。
 しかし、よい会合や良い議論を実現するために最も簡単なことは、主催者と座長がその意思を持つことです。
 良い議論をしようという自覚を持つ人が、主催者・座長・演者になる機会があるのであれば、その会を、良い議論ができる会として運営することが出来ます。意識して良い会を運営しましょう。
 
 優れた会合を作ることによって、健全な議論をする文化を日本社会に広げることができます(注2)。
具体的には、
・ 講演時間以上に自由発言の時間を準備する。
・ 異論発言を歓迎する。
・ 質問に対しては、的をはずさない簡潔な回答を要求し、
・ その回答を質問者が了解したことを確認する。
・ 知識解説ではなく、議論を求める質問については、演者だけが長時間はなすことをさせずに、演者と質問者が立場も、発言時間も対等にする
・ 演者と会場の発言者がルールにしたがって発言、回答する運営に責任を持つ。

 まとめ
 有効で、健全な議論をするために、私の考えをまとめました。

 本論で述べた内容の多くは、議論に限定されず、日常の個人的な会話や、日本的な人間関係、社会のあり方にも共通しています。
 健全な議論ができない社会は独善的な人々が仕切りやすい、貧しく危険な社会です。
 他人の名誉をわざわざ侵害して侮辱を与える日本的言動傾向は、社会の人々全体の幸福の量を減らし、人の苦痛をわざわざ増やしています。

 良い議論をすることは、人が互いを侵害せず尊重しあう、健全で民主的な社会や人間関係を作るためにも不可欠です。

 気持ちや感情表現を過度に強調せず、言葉・論理・議論を大切にして、言葉・論理・議論についての能力・情熱・自覚を育てることが、日本の人と社会には必要と私は考えています。

(注1) 刑法第230条:「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する」

 日本の刑法は、憲法とは異なり、戦前の刑法を部分的に手直ししただけで、十分民主社会に合致したものといえない部分がある。
 多くの先進国では「侮辱罪」が明確に規定され、他人を侮辱することは強い罰則を伴う刑法犯罪として取り扱い、個人の名誉を法的強制力をもって保障している国が多い。

 一方、日本の刑法には明確な侮辱罪の規定がない。
 名誉毀損がそれに対応していると解説されるが、日本の刑法の名誉毀損は、「公然と公衆の前で」名誉を毀損することだけを対象としており、屈辱や侮辱を与える言動が、多数の人の前で行われなければ、他人の権利を侵害する犯罪として検挙して人権を守るようになっていない。
 名誉というものが、人格そのものにかかわる根源的で貴重なものと考えず、「周囲からどう見られるか」という、日本的精神・考え方が関係していると思います。

刑法第223条(強要。脅迫罪の項目に記載):「生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する」
 
 恫喝的な言動や、人事権を使った強要は本来この脅迫、強要罪に当たるものです。
 しかし、刑法が、明治刑法の改訂版でしかないために個人の名誉と権利を守る点で不十分な点が多い。
「害を加える旨を告知して脅迫し」と書かれていて、「脅迫し危害加えることを言葉では告知」しなければ、脅迫行為を禁止することが明示されていません。

 刑法に明記されていないという問題であると同時に、法務省などの行政による通達や指導による適用解釈が、個人を守る立場で行なわれていないことが関係しています。

 それを良いことに、暴力団や企業経営者が、言葉で明確に告知することを避けながら、恫喝・脅迫的な言動をして、従わないと危害を加えることを暗示して脅迫したり、人事権を使って従業員に損害や屈辱を与えることがしばしば起きています。
 このような状況でも、警察や労働基準局を含めた行政は、ひとり一人の安全と名誉を守る自覚と熱意がありません。
 実際日本では、荒々しい恫喝的言動や、人事権を使った加害行為は、現在、犯罪として検挙されることはほとんどありません。

 近年は就業に関した恫喝や脅迫はパワハラとして対応することを若干するようになったが、個人の安全と名誉が法律と行政の強制力によって十分に守られていません。

 発言した人の価値を低めようとする言動は、良い議論を阻害する言動です。
 これは、意見を提示した人の価値と名誉を低めようという動機と内容を含んだものなので、無礼であり、対等で互いに尊重しあう人間関係や小社会を阻害・抑圧します。

 個人の名誉と人格に対するこのような加虐行為は、物質的損害や、肉体損傷を生じる暴力行為などのような被害が形として深刻で明確な事態になるまでは個人の名誉を守るためには警察や行政は動こうとしません。個人の安全と名誉を守るための行政の取り組みは弱い。
「脅されているだけでは警察や行政は動けないから、暴力行為や、明らかな労働基準法違反行為が実行されて、それを証明できる材料をそろえて相談に来るように」と相談した人が言われるとはよく聞くことです。
 日本は「個人の名誉や精神の安全を守る意思が弱い」という意味でも民主社会、近代社会として後進性が強い社会です。

 外国映画で、マフィアや暴力団が荒々しい言動をせず、いざとなったら一撃で殺す場面がよくあります。
 これは、他人に恐怖心を与えたり、名誉を損なう荒々しい言動自体が犯罪として逮捕されることが一つの背景と思います。

 欧米では暴力団も使えないほどの恫喝・脅迫・継続的に屈辱を与えるなどの犯罪的な言動が、日本では日常生活や、公的・私的会議でさえも罰せられず、本来は犯罪として罰せられるべき言動が黙認され、個人が守られていない。
 そのような恫喝・脅迫・屈辱を与える言動傾向が人と社会の精神に定着して、様々な場で会議や社会が運営されています。
 明確な言葉にしないように気をつけて脅迫や恫喝をする暴力団や経営者は、本来、その時点で犯罪です。

 そのような職場環境では、従業員・職員に恫喝、言外の脅迫をを含む不公正・不公平な言動が、内容が不当労働行為であることを認識しながら、不当行為と処罰されないように、言葉を選んで使って、経営者が職務上の指示を超えて、職員を人格的に”管理”する傾向を強めます。

 経営者が異論発言する人を不当に排除し始めると、自分が排除したことの正当性を主張したいために、排除した人の優れた内容や結果の価値は無視して評価せず、現実離れしたその人の”問題点”をあげつらい吹聴して名誉を貶める不公平・不公正で陰湿な言動を拡大します。そのような情況では、陰湿な嫌がらは解決されず、抑圧に対する恐怖感が職場を支配するようになります

 暴力や脅迫されて金品をとられた結果を持っていかなければ、個人を守らないという日本の行政の民主主義後進性が、個人の名誉と安全を守らない後進的社会と加虐的言動を助長しています。

 「他人の名誉や権利を抑圧することを否定し批判する」見識を持たず、むしろそのような言動を好み、他人を抑圧したい人が、様々な場所で、幹部としての地位を得やすいという不健全な社会であることと、そのような人が更にそのような性向を発揮しやすいというのが現在の日本社会です。

 個人の名誉と、どの個人も人として尊重される、精神が豊かで健全な社会にするためには、それをめざす社会変格のための活動と同時に、優れた発言・議論をする能力・熱意・自覚を日本の人と社会が獲得することが不可欠です。

(注2)私は、講演会で演者として話すとき、
・ 異論発言や講演途中の発言を歓迎し、
・ 講演時間よりも自由発言のための時間を長く取ることを心がけます。
・ このような運営をすることによって、これまでどの会合でも、主催者が驚くほど沢山の発言が出ます。最も最近の講演会は、講演90分、自由発言120分、講演会後会場外での質疑と対話でした。別の研究会では、3人の演者がそれぞれ30分講演したあと自由討論90分と、討論時間を長く取っていただくことができ、良い会になりました。
私が医学部で学生に医学の講義をするときも「沢山質問すること」と、「知識を手に入れることだけでなく、論理的に理解しようとすること」を学生に話してから講義するようにしていますが、その熱意は低い。

                 (2013年6月24日 加筆修正)
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17:03  |  優れた言葉・健全な議論  |  TB(0)  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑

★岡山。T.H. 先生へ

T.F先生へ
(T.F.先生は高校英語教師をしばらく前に定年退職された先生です)

言葉の問題について別紙の小論「優れた言葉とは何か」「良い議論を使用」は、外国語と対比することも念頭にブログ書いたものです。
よろしければお読み下さい。

外国語を学ぶことはとても有意義と私は考えています。

①外国語教育は、外国語を使えるようにするために価値があり、そのために学校教育が行われています。
②しかし、外国語を学ぶということは、それ以上の価値があります。

日本の英語教育はどちらの意味でも貧しく、克服すべき問題があると私は考えています。

① -1、言葉は自分の考えや感性をまとめ検討し深め、判断するために不可欠です。

①-2、言葉を言うことは、自分の考えを相手に伝え、それに対する相手の考えを聞き、相手の考えに対して自分の結論と根拠を述べ、相手と対話・議論することが、言葉の最も重要な機能です。
自分が相手に伝え、議論しうる内容を持たなければ、まともな会話は成立しません。
日本の学校の英語教育は、主張し検討・議論すべき自分の主張を持つことなしに、空虚な言葉のやり取りだけを覚えさせようというものだと考えています。
そこでは物事を自分で深く吟味して対話する、言葉の最も重要な機能が軽視されています。

英文解釈!(読解)や英会話でも、内容を見当吟味する議論や検討はなく、うまく訳せる事だけが目標になっている。
書かれている内容や、自分が話す内容を吟味検討の対象にはせずにただの材料としてしか扱われない。

会話は挨拶とおもねりか、自分の判断とは関係のない、状況の紹介だけしかない。

英語教育において対話や議論を扱う場合でも、議論・対話すべき内容があるから対話するのではなく、うまく対話するために必要な材料として扱われることが多い。

英語と日本語の言葉の言い換えが英語教育内容の大部分を占めている。
このような英語教育では、言葉のやりとりがまともで有意義な目的を持たず、卑屈なおもねりと、自分で判断し発言する誇りと知性をむしろ阻害します。健全な知性や向学心を持つ学生にとっては苦痛です。

私は中学のころ英語は好きでしたが、高校2年のころから嫌いになりました。
そのころ、はっきりとは気づきませんでしたが、上述したことが嫌いになった理由だったと何十年もたってからわかりました。
嫌いになってからは英語能力は全く進歩しませんでした。

② 30歳代後半になってアメリカで3年仕事しました。
英語世界で、問題意識を持って生活を始めると、日本語世界の常識、特に、私が否定的に考えていた日本の常識が英語世界では非常識で、非常識と受け止められていた私の考えが正等・常識であることが多いことがわかりました。

アメリカの研究室で日本人同士が日本語で話しをすると、日本的な論理で、相手に抑圧的や卑屈、うやむやな話しをしますが、同じ日本人相手で同じ内容の会話をしても、英語で会話すると、あいまいを避けて論理的な発言の仕方、主張をし、質問には“because” を連発して相手に論理的にわからせようと発言し、発言したら必ず相手からの回答を期待するというまともな会話をします。
しかし、日本語で話すとそうはならず、日本的な、ことばで表現しない、相手の気持ちや考えを推測したりそれを当てにしたり要求すると言う日本的な会話にしてしまう。

同じ人が同じ相手に同じ話題で話すのに、日本語を使うか英語を使うかで、話しをする姿勢も、発言内容の基準も受け答えも、会話に求めるものも異なる、とても面白いことでした。

しかも異なっていることさえほとんど本人は気づいていない。

ほとんど英語ができなかったために、歴史的世界的な研究成果と論理を有効に発表できず、残念でした。

ご意見いただけたらうれしいです。

岡山博
岡山。T.H. 先生へ |  2013-01-18(金) 20:18 | URL [コメント:編集]

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 |  2012-12-12(水) 22:23 |  [コメント:編集]

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 |  2012-11-29(木) 15:32 |  [コメント:編集]

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