07-<< 2012-08- >>09-

12345678910111213141516171819202122232425262728293031

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑
2012.08.10 (Fri)

優れた言葉とは何か

        優れた言葉、優れた文章とは

1.「自分の考え(主張)」が明快であること
2.主張の根拠=事実の提示と論理が明快であること
3.あいまいな言葉や責任回避する言葉を使わず、言葉の全てに責任を持つ
4.真剣で誠実。
5.敬意ある言葉での異論反論を歓迎し、的を外さない回答をする


優れた言葉というものは存在する。
優れた言葉を使おう。
優れた言葉を使って初めて、物事を深く正しく考え吟味することができる。
あいまいな言葉、責任回避の言葉を使うと、正しく真剣に吟味する能力・自覚と、誠実が劣化する。

意見のかわりに気持ちを言うことは、一見穏やかだが、無言の要求をして異論や反論を聞く耳を持たない一方的なことが多い。
意見とは、一方的に言葉を投げつけ、相手の意見を拒否することではない。
それは意見ではなく、独り言か、責任を回避した上でするずるい要求だ。

意見とは、言ったらそれに対しての対等な相手の意見を必ず期待する。
これが健全な意見、言葉のやり取りだ。

相手の気持ちを推測して発言することを互いに要求しあうのではなく、まじめに誠実であれば、相手の気持ちを推測する必要なく、怯えず何でも安心して発言できることが大切だ。

依頼や要求される前に気づいて、思いやりを持ってサービスしあうことよりも、望むことがあれば、望むこととを安心して話題・依頼できることと、友好関係を損なわずに依頼を拒否できる安心感のほうが大切だ。

対等な人格として互いに敬意を持った態度言葉で関係することによってのみ、そのような関係、言葉のやり取りは作られる。

ことがらを整理し、考え、吟味、伝えることと、自分の考えや判断に対する他人の異なる考えや、自分で考えた異論反論に対して考え回答し、考えを往復し、考えを深めることが言葉の最も重要な機能だ。

言葉・論理・議論を軽視して、その時の気持ち偏重で判断・納得する今の日本の傾向は好ましくない。

今の日本は、個人の会話、公的言葉のやり取り、テレビ、報道、会議や議会、行政や裁判、教育の場,
諸学会、研究会にいたるまで、言葉・論理・議論を軽視した優れていない言葉が氾濫している。

健全な言葉のやり取りが殆どできていない。
相手の発言を敬意を持って受けとめ、発言が相手の次の会話によって共通に更に深められ、共有されて次の言葉につなげる会話や議論が少ない。

相手が何を言いたいのかを想像しないと分からない言葉が、言葉のやり取りの基本であってはいけない。

「読み直さないと本当は何を言っているかわからない言葉はフランス語ではない」というフランス人の言葉に対する認識と誇りがあるそうだ。
あいまいさの無い明確な言葉、論理的で、反論や異論を歓迎して会話議論を尊重し楽しむ知性を重視するという精神のありようだ。

自覚的な人々の大部分が強い認識・自覚を共有して持ち、多くの人々の言動パターンになり、社会の大切な規範となっている。

これが文化だ。

相手の気持ちを察しあうことを要求する文化は、相手の無言の要求に怯え、強者に従属し、自分で判断する自覚と能力に乏しい従属的な精神を育て易い。

日常会話や会議、教育、テレビ、報道・・・日本社会はどこでも優れていない言葉が氾濫している。

言葉、論理、議論、吟味という言葉の最も重要な機能に関する自覚と能力を育てる教育、ことに小学校教育で必要だ。

表現された言葉どおりの内容を言葉通りに理解し、その言葉にまっすぐな言葉を使って反応発言するという、万国共通の言葉の機能を理解し、使う能力と自覚を育てる言葉教育、国語教育が必要だ。

言葉の約束事に関する知識や、正しい日本語の使い方、相手の気持ちや言葉の背景、行間を推測することは、言葉教育、国語教育の中心とすべき課題ではない。

小学校教育に限らない。
優れた言葉を使う能力を育てるためには、ひとり一人の自覚と、学校教育・社会教育が大切だ。
                 (2012年8月16日 修正)
スポンサーサイト
17:56  |  優れた言葉・健全な議論  |  TB(0)  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑
2012.08.05 (Sun)

サプリの殆どはでまかせ。やめよう

         サプリの殆どはでまかせで無効

サプリメント(健康補助食品)の効能の殆どはでまかせで無効す。
何に効くか、なぜ効くか、感想ではなく本当か、出演者の本当の感想で人に奨めることに責任を持つか、きちんとした説明をせず、少しでも怪しいのは全部でまかせ。
専門家を納得させる根拠や、質問にまじめに応える根拠を持たず、まじめに説明しようともしません。
専門家でなくとも、考えれば分かります。

有効とは言わず、あたかも有効であるかのような表現を使って宣伝して販売しています。

例1「XXX は体にいいのはわかっているけど、毎日摂るのはむずかしい・・・・」
本当に体に良い?どのように?なぜ?根拠は?どの一つでも不明確なら殆どでまかせです。
一部に正しいことを言えばよいのではなく、一つでも嘘があったらその主張は誤りです。
これはサプリに限らず、論理の基本です。

例2.酵素やコラーゲンは何百~何千のアミノ酸が結合した大きな蛋白です。
蛋白は飲んでも蛋白のままでは大きくて吸収されません。
アミノ酸まで消化されてはじめて吸収されます。
蛋白はアミノ酸に分解されたら蛋白の性質はなくなります。
アミノ酸は20数種しかなくどの蛋白にも含まれているから、肉・卵・魚・牛乳からアミノ酸(蛋白)を摂るのと同じことです。
肉を食べたらそのアミノ酸が肉に、コラーゲン(スジ肉の主成分)を食べたらコラーゲンになるわけではありません。

大豆の蛋白を食べても体内で大豆の蛋白が出来ないことと同じです。
同じ種類のアミノ酸であれば、元の食品が何であっても全く同じで違いはありません。

それぞれの蛋白はどのアミノ酸を多く含むかは決まっていますが、全体を平均すれば同じです。

老化して皮膚のコラーゲンが減るのは材料不測が原因ではなく、作る能力の不足なので、材料を余計に食べても意味がありません。
皮膚に塗っても吸収しません。

吸収しやすいように「小さなペプチド」にしたらコラーゲンではなくなります。

コラーゲンを仮に外から皮膚に入れたとしても皮膚の構造にはならず異物になるだけです。

アミノ酸は蛋白の材料・栄養として大切です。塩も脂肪も水も大切なのと同じです。

それぞれのアミノ酸は材料として他のアミノ酸の代わりにはなれませんから、20数種のアミノ酸を全て摂るのが望ましいですが必須アミノ酸以外は、不足すると、他の栄養を使って体の中で作ることも出来ます。
牛乳や卵は全てのアミノ酸を含む蛋白食品という点ではほぼ完璧です。

アミノ酸には蛋白の材料になる以外の役割もあります。
だからそれぞれのアミノ酸の1種類だけをとりあげて、重要性を言うことはできます。

しかし普通に蛋白を摂っていれば食物の中に全てのアミノ酸が十分含まれています。
だからあるアミノ酸を特別工業的に作って、薬のように準備して余分に取る理由はありません。

20数種類のアミノ酸の1つを工業的に別々に作って、おいしくもないのに金を出して摂るべきものではありません。
アミノ酸やビタミン、微量元素などは、食品の一部で普通に食品に含まれています。

飢餓に苦しむアフリカの子どもに与えたら絶大な価値がありますが、サプリを買う余裕がある日本人なら、通常食物から十分に摂っています。

走るためにはエネルギー(カロリー)が必要だと言って80歳の人に余分に栄養を与えても20歳の人のように走ることはできません。
普通に食事している老人に、余分にカロリーを摂らせても、その分早く走ることも、心臓を強くすることも出来ません。
それと似ています。

食品以外のサプリは、薬理効果を狙っているので、さらに殆どはでまかせです。

例3.伝統的治療法には、3000年の昔から「血行をよくする」というものが多いです。
昔はそのときの全知識を使って良く観察、考え推測して結論を出したのでそれで悪くない。
しかし現在は血流であれば、20年以上前から簡単に測れるようになっています。
測定もせずにでまかせを言って根拠にしています。検査し測って確認して言うべきです。
測定したら殆どは血流増加がないことが分かります。

もしどこかの血流が増えれば、心臓から血液の拍出量が増えて心臓の負担を増やしたり、その分他の臓器の血流が減るかですが、どう考えるか私が知る限り、説明をしているものはありません。


         サプリメントを宣伝し販売することの問題
サプリメントに関して考えるべきことは、新興宗教に対する注意と共通しています。
不安に付け込み欺いて儲ける。

薬理効果はないから「個人の感想」を紹介して宣伝しています。
以前は薬事法その他でこのような宣伝は禁止されていました。
「個人の感想を言うのは自由だ」といって「規制緩和」しました。

効果がありえない事を、個人の感想として有効であるかのように欺く宣伝が氾濫しています。
出演者が「サプリで効果あった。よくなった。個人として人に薦めたい」というなら、企業から金をもらわず、自費で放映料を払って発言すべきです。

企業の代弁ではなく個人意見であるなら、個人で内容に責任持つべきです。

自分の考えとして言っているのか、台本どおりに言っているのかをはっきりすべきです。
不特定多数に対して発言するなら、その覚悟と自覚を持って言うべきです。

台本によってではなく個人として、無効なのに有効と説明して金を得れば、首謀は官僚と企業ですが、出演者も詐欺で共犯です。

台本に沿っての発言であれば、個人の感想ではなくなるので、放送や紙面に載せて宣伝するのは法律違反です。

            人と社会の健全性をを害する

無効なサプリの無責任宣伝は、以下の害悪を社会にもたらしています。

有効でないのにサプリを使えば、経済的に浪費であると共に、論理的に判断する姿勢と能力、人としての自覚・覚悟・知性を劣化させるという意味でも有害です。

でまかせや嘘を言って儲ける人が批判されず、逆に幅をきかす社会は、まじめな人や、信頼や誠実を無視・軽視する嘘・恫喝・暴力が力を持つ不健全な弱肉強食社会の基盤になります。

最近は製薬会社も、意味のないサプリを販売するようになりました。

製薬会社は、蛋白のままでは吸収されないことや、特定のアミノ酸が不足していないこと、その他有効性を疑わせるたくさんのことを知っているのに、有効と証明もせずに有効であるかのような宣伝をして販売しています。

「人=社会と消費者を偽る」という一線を越えた製薬会社が、製薬事業をするようになりました。
体への作用を偽って商品を売る製薬会社が、医療にとって不可欠の製薬事業をして良いだろうか?

このような意味でも、サプリ氾濫は医療と社会のまともさ、誠実・健全を損なっています。

厚生労働省が絡んでいることも国の行政の健全性が損なわれている結果でもあり、健全性を阻害する原因にもなっています。

サプリを買う人が、健康対策、医療費のように考えて出費している現状は、まともな医療を破壊します。

無効なサプリの無責任宣伝は、以下の害悪を社会にもたらします。

1.莫大な浪費。日本の医療費は年間30兆円です。
病院や診療所の医師・看護師、検査技師、リハビリ技師、栄養士・事務職員の人件費や、病院施設の建設維持費用、薬剤費、検査費用、入院費用全部合わせて30兆円です。低く設定された医療費(病院収入)の為多くの病院と職員が疲弊しています。
サプリで国民が使うお金は年間15兆円。まともな医療費に回すべきです。

2.人を欺く宣伝氾濫と詐欺的儲けを容認しているために、人と社会の健全性を破壊しています。
サプリを使うことが、空気に流されて論理的に考え判断する能力と自覚を阻害しています。
製薬会社やサプリ企業は、サプリを売るために道義性と責任感を放棄しました。
そのような会社は社内で、社員が、会社の道義性を話題にすることは困難になっていると思います。。

この10年、日本の人と社会の劣化が著しいです。

サプリの氾濫は、健全な医療にかかる費用を抑えたまま、浪費をして、日本人と日本社会を劣化させている一因になっています。

         ( Twitter giovannni78 で述べたことをまとめました )
20:32  |  医学医療  |  TB(1)  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑
 | ホーム | 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。