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2013.11.19 (Tue)

朝鮮と日本女性は、嘘や脅迫で売春させられた

朝鮮女性と日本女性は、嘘や借金背景の脅迫で管理売春させられた
   ―― 従軍慰安婦 別の視点から ――

明治以来、日本政府は生糸、綿紡績製品を輸出して外貨を得てその資金で富国強兵を続けた。
製糸工場や紡績工場で働くのは女性だったから、明治から昭和初期まで日本の工場労働者の半数以上は女性(女工)で、その半数以上は未成年だった。

製糸、紡績工場では女工が逃げないように高い塀があり、門に見張りを付けた。
記録「女工哀史」「職工事情」や「ああ野麦峠」など沢山の資料に詳しい。

過酷な労働条件と寄宿舎生活でほとんど全員が結核に感染し2割が発病し、7%が死亡した。そして彼女たちは平均2年で退職したりさせられた。
「どうせ2年で辞める女工に健康管理するのは無駄だ」というのが多くの経営者の考えだった。

経営者の最重要課題は2年で辞めてしまう女工の穴を埋めるために、農村から女性を集めることだった。
紡績会社は女工を請負人に集めをさせることが多く、女工を一人紹介すると女工の約2か月分の給料を手当として請負人に払った。
請負人は夢のような非現実的な嘘の労働条件を説明してだましたり、借金で縛り付けて集めた。
工場に行くための支度金や旅費を借金させて縛り付けた。

全国の農村から少女たちは、良い就職先があると騙されて故郷から離れて生死工場、紡績工場に就職した。
寄宿舎に入ってみると、「良い労働条件が保障されている。学校にも行ける、習い事もできる、たくさん貯金ができる」と説明されたような夢のような労働条件は存在しなかった。

農村で育って初めて親元を離れて町の向上に就職した少女たちは、工場や不当な奴隷的契約の工場から逃げたり解決する能力も条件もなかった。
高額の旅費を借金して日本に来た朝鮮の少女たちは、さらに借金に縛られていた

製糸・紡績工場寄宿舎からの外出は厳しく制限されていて、町の商店よりずっと高い生活用品を買う以外になかった。
代金は借金として蓄積されて、就職の際に意図的に作らされた前借金にさらに追加された。
外出した際の門限の遅れや些細なことでも、罰や罰金が課されて借金は増えた。
借金による束縛は自分の意思による退職をさらに不可能にした。

就業条件の良い製糸工場に就職したつもりだったのに、請負人にだまされて工場には行かずはじめから遊廓に売られた少女たちもいた。

製糸、紡績工場から逃げても収入はなく、遊廓に売られたり借金の方で拘束された女性もいた。
貧困な小作農の少女たちが、親の借金の穴埋めとして遊廓に売られたことは公然の事実だ。
日本の農村の小作農がの娘は親の借金を払うために遊郭に身売りし、借金を払うための売春契約をさせら、借金が払い切るまでの売春契約をさせられた。
このようにして全国の貧しい農村の多くの女性が遊廓に売られて管理売春を強いられた。

遊廓に入ったら、やめることも逃げることも殆ど不可能だった。
彼女たちの一部は従軍慰安婦になったりさせられた。
遊廓を介さないで、従軍慰安婦になった女性もいる。

日本の少女もこのように騙され脅迫されたり。借金で拘束されて遊廓や慰安処で売春した。
日本の農村の少女が騙されたり脅迫されたり、借金・前借金名目で、止める自由がなく拘束強制されて売春させられたのに、半島人と見下された朝鮮女性が日本女性より優遇されて嘘や脅迫や前借金名目で、やめる自由がない強制売春から除外されることはありえない。

嘘や脅しを含めた女工集めや、遊郭への強制・半強制を含む管理売春を強要させられる道筋は、日本女性より朝鮮女性に対しての方が更に過酷だった。
日本人の偏狭な優越感とセットの朝鮮女性に対する蔑視と、高額の渡航費用の前借り金が挑戦の少女たちには日本の少女の困難に加えてさらに追加されていた。

日本の女性は嘘や脅迫、借金のかたで遊廓に売られて売春を強要された。
だから当然、日本の植民地だった朝鮮の女性も同じことをされた。
日本の少女も朝鮮の少女も同じように、拒否できない強迫的状況や嘘や暴力で遊廓に売られ、遊廓であるいは戦場慰安所で辞める自由がない管理強制された売春をした。

朝鮮女性も嘘や脅迫や不当な借金のかたで、遊廓に売られて管理売春を強要され、一部は従軍慰安婦になった。
朝鮮女性の日本人相手の売春行為について、それ以外の答えはない。
朝鮮女性も日本女性と同様に嘘と脅しで売春を強要され、名誉も人としての尊厳も人生も健康・寿命も破壊された。

朝鮮の女性だけが慰安婦にされたと言ったらそれは誤りだ。
しかし「朝鮮の女性が嘘や脅迫で慰安婦にされなかった」というのは誤りであるだけでなく、被害者を貶める加害の上塗りだ。

朝鮮の被害女性が現在、抗議し賠償を求めているが、日本の女性は朝鮮の女性たちのように名誉回復と賠償を訴えることをしていない。
日本の女性にそのような歴史的事実がなかったからではない。
日本の被害者が公然と抗議や名誉回復要求、賠償要求をしていないだけだ。

売春を強要されたり従軍慰安婦になり、名誉と人生を破壊された女性たちが、抗議や賠償培養要求や名誉回復の訴えをしないのは、日本の人と社会が彼女たちを応援したり連帯しないからではないか。

日本人は、自分の安全が確保され相手が自分より目下とみなした時に、侮辱することで偏狭な優越感を得ようとする言動傾向がある。
自分の優位性と安全が確認できると、相手を見下して優越感を得ようとする傾向が強い。
立場が弱い人を見下し更に苦痛の追い打ちをかける傾向が強い。

戦争中に苦痛と屈辱を受けた日本女性がそのような訴えを今日本ですれば、名誉回復や賠償を獲得できず、逆に経済や人間関係や名誉を破壊さるという恐怖心があるためにしないのではないか。
自分より下級とみなしうる人に対して、日本の人と社会が冷淡だからではないか?

「朝鮮女性が嘘や強制で慰安婦にさせられてはいない」と主張する人たちは、日本人の女性が公然と遊廓に売られて、止める自由が無い状況で強制されて管理売春をし、逃げることもできずに多くの女性が無念のうちに死んだ事実を否定するのだろうか?
「遊廓に売られて売春させられた日本の女性も朝鮮の女性も嘘や強制はされなかった、みな自ら自由な判断で遊廓に入った」と主張するのだろうか?
最終的に自分の意志で同意した場合でも、止める自由がなく、不当に借金を増やし、止める自由がない奴隷的拘束を行ったことは奴隷的拘束だ。

それとも「日本人女性は借金のかたや嘘や脅しで契約させられやめる自由がない拘束下で売春を強制されたが、朝鮮女性だけは日本女性とは異なり嘘や脅迫や脅しはなく、全て自由意志だった、やめる自由も保障されていた、強制や嘘はない」と主張するのだろうか?

製糸工場・紡績工場では嘘や借金名目の脅しによる女工集めがあったが、「朝鮮女性に対する女工集めと売春に関してだけは嘘や脅しによる女性集めははなかった、すべて紳士的な自由意思による契約だった」というのだろうか?

日本社会は今、加害者や加害者を正当化する人たちが、被害者に詫びて名誉回復させたり償ったりするのではなく、逆に加害者が被害者を攻撃侮辱する人が増えた。
日本社会は今、そのような言動が批判されないやくざ社会になった。
日本人の中でやくざ的精神・人格が増えているということだ。

異論を言う人は反日と言われて侮蔑非難され、自由に発言できないだけでなく、発言する人の存在さえ脅かされる恐ろしい社会になりつつある。

被害者を守らず逆に恫喝侮辱することを容認する社会は、日本国内で日本人が被害を受けた時にも侮辱恫喝される社会になったということだ。

加害者が被害者に難癖をつけて、侮蔑非難攻撃する精神と言動は危険だ。
真面目に発言する自由と安全がない社会に日本は急速に進んでいる。

このような社会では、個人の名誉、尊厳、人格は無視、蹂躙される。
道義性や良いことをし悪いことをしないという規範、誠実、優しさ、真面目さは打算と暴力によって抑圧されて、一人一人の精神、言動、精神、言動からも消えていく。
既に、日本社会と人々の精神と言動の仕方の現実になっている。

発言の自由と安全が制度的にも保障されなくなって抑圧が制度化されることと、暴力脅迫によって人の発言行動ができない事件が起きるようになったときに、戦前と同じファシズム・恐怖社会が完成する。
今、日本は恐怖社会に向かって急速に進行している。

道義性、知性、自覚、優しさ、勇気のどれも育てず劣化した。
社会と人の精神、まともさが劣化してここまで来た。

その行き着く先は「朝鮮人は強制されて従軍慰安婦になっていない。朝鮮女性が自由意思でやったことだ」と主張する人たちが支配する社会だ。
止めたい。
一人一人の名誉と言動の自由が保障される健全な社会にしたい。
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2013.11.15 (Fri)

②ウクライナ報告 コルストン市、ルグニ町

ウクライナ報告ー3  コルストン市、ルグニ町

        10月8日、9日 コロストンン市、ルグニ町訪問
高校教師ユーリーさんがコロストン市とルグニ町の沢山の地域と施設訪問と沢山の方たちと面会、質問する機会を準備してくれて、丸2日間同行してくれた。

コロストン市はチェルノブイリ原発から西に直線で110 km。
市街地を約1時間散策した。市庁舎や、ウクライナ正教会を遠望。整備されたかなり広い公園を少し歩いた。
市庁舎前には、今もレーニン像が立っていた。

         ウクライナ風ホテルに2泊
独立した昔の民家風の木造建築。1棟3人ずつ2棟に6人宿泊した。
構造の基本はログハウス。丸太を横向きに積み上げて壁にしている。

元NHKディレクター 馬場朝子さんと、このホテルで合流し交流と意見交換をした。
馬場さんは NHK・ETV特集 「チェルノブイリ原発事故・汚染地帯からの報告(2)ウクライナは訴える」をコロステンで取材し2012年09月23日に放映された。
この時の取材の様子はNHKディレクター 山内太郎氏との共著「低線量汚染地域からの報告」として出版された(NHK出版)。
(追記:馬場さんがこの時取材した、トNHKETV特集「原発事故 国家はどう補償したのか~チェルノブイリ法23年の軌跡」 が2014年8月23日、放送された。多くのことを知り考える材料を提供する優れたドキュメント。私も画像出演している)

馬場さんは、熊本の高校を卒業後、モスクワ大学に入学、卒業後1977年NHKに入社。
主にソ連やロシア関係の番組制作や取材をし、2011年NHK退職し独立して、現在は制作した番組をNHKに提供している。
今回は「チェルノブイリ法」取材のためウクライナを取材中だ。
彼女とプシュパラール先生が交流があり、今回コロステンでの意見/情報交換となった。

リハビリテーションセンター訪問
 知的障害を含む障碍者のためのリハビリセンター
 チェルノブイリ事故と直接関係ないので省略

           ルグニ町訪問
チェルノブイリから西に110kmのコロステン市からさらに西に約20kmの町。
コロステン市より放射能汚染が強い。
990km2。人口 17000人 事故前36000人。

町全体が、自主的避難の権利があるゾーン3で、その中に強制避難のゾーン2の地区が4つある。
町の人口は現在も毎年500人ずつ減っている。
人口減少の約半数が移住による減少で、残り約半数が出生数と死亡数の差による自然減だという説明だった。
平均寿命も低下し、死亡率も増えているが特に出生数の減少が著しいということのようだ。
ウクライナ全体が平均寿命短縮と出生率低下の傾向があり、国全体の人口も減少し続けている。

             ルグニ町の役所訪問
敬意訪問の予定だったが、副町長と、社会保護部長ともう一人3人の方が歓迎して迎えてくた。
町の現状説明や約2時間質疑応答をしてくれた。

副町長ともう一人の方は気さくで好人物だったが3人目の方は、身なりもきちんとして、威厳を持つ表情で、昔のソ連の官僚はこんなではなかったろうかと思った。
しかし話し始めると、威圧的や権威を示して抑圧しようということはなく終始、的を外さない質疑応答と友好的で快適な良い対話をしてくれた。

行政のこの3人の方だけでなく、学校の生徒でもどこでも共通で気持ち良い言葉の往復ができて快適だった。
質問して的を外さず的確な回答はここだけでなく、今回ウクライナ訪問であった人たちはずっとどこでもそうだった。
このような対話、回答の仕方は一夜漬けではできないことだ。

私たちの質問に的確に答えてくれた。
病気のことなど具体的なことはわからないので、この後の病院訪問で聞くようにと勧めてくれた。
回答に必要な時はその場で資料を取り寄せて資料を直接見せてくれて、説明してくれた。

町全体が自主は何移住の権利が個人に認められているゾーン3地域だが強制移住のゾーン2の強制移住地区が4つある。
このゾーンわけに基づいて放射能対策と被ばく者補償をしている。

しかしゾーンが指定され、強制移住や自主的移住権や被爆者に様々な補償をする制度が出来上がったのは大惨事後3年以上たってからだ。
ゾーンの設定は1989年にソ連で制度を作った当時の空間線量・被ばく量で決めた。
ゾーン制定当時の年間被曝5ミリシーベルト以上をゾーン2 強制移住地域、1~5mSvは自主的避難の権利がある地域と決め対策が始められた。

しかし、ゾーン決定とそれを基準にした対策が開始されたて1年しないうちに、ソ連が崩壊した。
社会システムと経済が混乱しソ連の後ろ盾を失った状態で、1991年から放射能対策はウクライナ政府が行っている。

現在の空間線量は、制定当時より低下しているが、ゾーンが決められた後はゾーンの変更は行わず、空間線量が減った今も対策や補償格下げをおこなわずに当時の汚染レベルに基づいたゾーンわけに基づいて対策が行われている。

制定当時年間被曝5ミリシーベルト以上は、ゾーン2、強制移住区域、年間1~5ミリシーベルトはゾーン3で個人の意思によって移住が認められる移住の権利がある地域と定められた。

移住する場合は、新たな住居や移転費用は全額補償される。
しかし、新たに職を探すなどの保証などは十分にはされなかったようだ。

避難移住する場合は、国が住居を買い上げる。
この買い上げ価格に国が新たに負担して移住先住居を保障する。

ウクライナ政府によるチェルノブイリ被ばく対策は1991年から始まった。
92までに3年以上汚染地域、ゾーン1,2,3の地域に住んでいた人を補償・保障する制度。

住居保障  住居保障  自分で選んだ場合は上限がある 
一人当たり13.05m2 + 10.5m2/家族
月200円食費補助と燃料費の50%
29000人が17000 に減った。昨年は500人が減りその50%が避難移転
ゾーン2 強制避難地区。ルグニ町内に4地区ある。人口はそれぞれ200人~300人程度だった。
1地区は全員避難移住し、現在人はいない。
他の3地区は移住拒否者が13人~35人くらいが残って今も住んでいる。
避難移住下がその後戻ってきた人もいる。

ルグニ町で癌と甲状腺疾患は日常的だという。
昔と比べ、老人の病気が若い人でも起きる。老年病の若年化。子どもの病気が治りにくくなっている。詳しいことは病院で聞くとよいと言っていた。

7~18歳は サナトリウムに年25日~6週間くらい保養に行く権利があり、70%が毎年参加している。
6歳以下は親の同伴が可能。無料。世界の募金と基金で運営している。

サナトリウムで保養したときに療養と、診断、必要あれば治療を受ける。
ここで見つかる異常は多い。

町民全員に年1回、ホールボディーカウンターで内部被曝の検査をしている。
質問すると何度も必要な書類を取り寄せて説明してくれた。

いくつか質問すると、全員の個人の生データーリストを見せてくれた!
1ページ40人分くらい
時間がなかったので3~4ページをざっと見た。正確に記録さず、おおよその感じでは、
成人のホールボディー計測値の70%くらいは900~4000Bq。 。
500以下は1割程度しかいない。
半数は2000~3000Bq 以上。
6000以上も2~3割くらい。
みせてもらったページにはなかったが、最高は153000Bq !ということだった。 

大人で2000Bq であれば20Bq程度のセシウムを毎日摂取していると推測される。

当初(1991年)の許容基準は19000Bq だった。
その後基準は大人は13200Bq、子どもは8200Bqに下げた。最近は3000以上は注意としているとのことだ。

食品規制をしているが、森でとってきて食べるキノコやベリーや自家菜園は規制できないと言っていた。
基準値そのものが高いが、それも守られていない。

ソ連が崩壊すると、コルホーズ、ソホーズという大規模集団ぬ上も解体された。
現在の農村は、大規模な商品作物栽培は少なく、私が見た範囲はすべて自給自足的農村だった。

農民はほとんど自給自足的な食品を食べている。さらに近所の山に行ってベリーやキノコを採って食べる。
貧しくて食物をあまり買う余裕がないという面もあるが、ウクライナの人たちは、山に行ってベリーやキノコ採りをすることが好きだ。
採れたら、格別のものとして喜んで食べ、友人にもプレゼントする。

昭和30年ころの穏やかな日本にそっくりだ。
商品流通に乗らないこのような山の幸を規制することとは難しく、経済状態やキノコ採りが大切な文化になっている中ではさらにそうだ。
市場を通さない農作物や山菜摂取がセシウム内部被曝の主因だ。

福島市や郡山市より汚染が軽いルグニ町のチェルノブイリ事故28年の現実だ。

系統的全員検査ではないが、福島でのホールボディーカウンターの値は幸いにもこれよりはるかに低い。
これは国が食品を厳しく規制しているからというよりは、日本では農業地帯での自給自足的な食生活や、山野で採取した食物摂取が低いことと、消費者と食品業者が、政府が出したセシウム食品基準 100Bq/kgによらず、それよりずっと低い値の食物を選んで消費や流通させていることが大きな要因と考える。
政府基準の100Bq/kg の米を毎日200g 食べると 全身ではおおよそ2000Bq になる。(米飯として食べるときはは精米しといでから食べるのでこれより低くなる。1日2食米飯を食たり、せんべいや米粉を材料にした食品を食べると米摂取はもっと多い)。

通訳に同行してくれている若手物理学者アントンさんは以下のように言っていた。
キノコやベリーはむかしから日常生活の一部になっている。
摘んで自分たちでも食べるが、買付業者に売る。
良い稼ぎになる。この収入を生活費などに当てている。
その場で果物などは、棒状の放射線測定器を差し込んで測定する。
基準値以上の場合、ブルーベリーは食用ではなく染料、インクの材料として買い付けられている。

        ルグニ町の学校訪問
義務教育の6歳から17歳まで11学年の生徒が同じの学校で学んでいる。生徒数250人の学校。
最高学年のクラスの授業を中止し、校長先生をふくむ4人の先生とともに私たちと交流する集会を開いてくれた。

私たちは制限なく何でも質問できた。
私たちのメンバーから出された質問で、原発をやめるべきと答えた生徒が半数、代わりの電源を造るまでは原発はやむを得ないが半数。原発を積極的に進めるはゼロだった。
将来、健康などに不安があるかについてはほぼ全員が不安だと答えた。
生徒たちからも、私たちにも質問が出た。
私には、福島の被災者に日本政府はどのようなことをしているかという質問があった。
授業を討論会に振り替えたり、自由に発言や質mぉんが出たりということは日本では考えられないことだ。

生徒たちは感情的な言葉を使わず、自分の状況の説明と自分の考えを、しっかり丁寧に友好的に発言した。
二人の少女の発言は特に印象深かった。

集会後、校長室で先生たちと30分ほど懇談した。
「生徒たちにとって癌や様々な病気は特別の話題ではない(ほど多い)。一昨年は白血病がふたりでて、一人は死亡した。
昨年から今年の1年間ではがんが2人見つかった。
がんがみつかった2人とも先ほどの会に参加している。これから会って話しても構わない」と校長先生が言った。

お願いすると、二人の少女を呼び、紹介したあとで「教師生がいると話がしずらいかもしれない」と言って先生方は退席されて、私たちは16歳または17歳のふたりの少女と話した。
ふたりともとても聡明だ。彼女たちは親友であるらしかった。

一人はサマーキャンプで甲状腺がんが見つかって手術をうけた。
甲状腺ホルモンが作れなくなったので甲状腺ホルモンを現在も今後もずっと服薬し続ける。
転移して残っているかもしれない甲状腺がんに対して、放射性ヨウ素I-131で服薬治療を続けていると言っていた。

原発事故で放射性ヨウ素を内部被曝すると被曝した人の一部に甲状腺がんができる。
放射性ヨウ素で甲状腺がんを治療するというのは、服薬した放射性ヨウ素から出た放射線を浴びた甲状腺がんが残らず死滅するだけの大量の放射性ヨウ素を内服する。

原発事故による放射性ヨウ素祖による内部被曝よりも桁違いに多い量を服薬して内部被曝させて甲状腺細胞を死滅させる。
これが甲状腺がんに対する放射性ヨウ素を使った治療だ。

彼女の今後の人生は、それだけの被ばくを受けた体とともに存在する。

もう一人の16または17歳の少女は、骨格筋の悪性腫瘍(肉腫)ということだ。
現在抗がん剤治療を受けている。
面会後知ったことだが、抗がん剤治療のため、頭髪はぬけてかつらということだった。
骨格筋肉腫は甲状腺がんと違って生命予後は悪い。今後何年も生きるのは難しいだろう。

ふたりとも自分の病気を理解している。
今後のことも理解していると思う。
そのような二人が、自分の状態と自分の考えを感情的な表現や投げやりなところはなく、まっすぐにしっかりきちんと話した。
(追記:骨格筋 肉腫の少女アンナさんは2014年5月に亡くなった)

悪性腫瘍頻度があまりにもおおいので、平均して毎年2人悪性腫瘍がふたりみつかることは想像しにくいが、ひとまず毎年ふたり見つかると仮定して考えると以下のようになる。
250人の中で毎年ふたり;2/250= 0.008 (0.8%)
ひとりの子供は11年間在籍するから、11年の間に悪性腫瘍が見つかる可能性は0.008 x 11 =0.088
子供は11年の在学中に悪性腫瘍になる可能性は 8.8% (10000人に880人) !
ガンは1つの細胞からはっせいし、診断される大きさになるまで多くは10年以上かかることをかんがえると卒業後数年間に見つかる可能性も高い。入学前に発症することもありうる。
これらを総合すると10% 以上の子供が成長期に悪性腫瘍になる計算になる。
日本で18歳までに悪性腫瘍(がん + 肉腫 + 白血病)になる頻度は1万人に1~2人である。
ことを単純に比較すると1000倍になる。
子供の10% が悪性腫瘍になるのはあまりにも多すぎて信じがたい。おそらく私たちが聞いた2年間は特別多かったのではないかと想像するが確認できていないので不明である。
毎年の悪性腫瘍が平均すると仮にこの1/4、つまり2年に一人だったとしても100人に2.5人ということになりこれでも極めて高い。
上述したように、福島でおホールボディーかうんたーによる内部被爆値は、ルグニ街より明らかに低いので、ルグニ街と比べると被曝による健康障害はル具にまちより少ないとすいsくできる。
しかしる具に街の子供の悪性腫瘍は極めて多いのでそれより少ないとしても、注視すべきである。
子供たちに汚染食物を与えない取り組みが重要である。

        ルグニ中央病院訪問
チェルノブイリ大惨事前から勤めている男性病理医師イワンさんと女性内科医師・副院長が対応してくれた。
約1時間質問し、話しをした。
「病院がカバーする人口はルグニ町17000人。95床。医師28人、内科医2人」。

病院の診療圏:人口17210人、990平方キロ
95床。内科医 2人全医師28人。
検査室 簡単な血液検査、尿検査しかできない。
赤血球白血球血算と血液の簡単な生化学検査 1日約100人
胃カメラ検査は毎週他の病院から来て検査しているようだった。

国が貧しく、心電計やレントゲン機会も40年前のものを使っている。
気管支鏡など高度の診療は行っていない。問題がある患者は高レベルの病院に紹介する。

女性副院長と、大惨事当時を知るふたりの医師の説明を聞き質問をし、答えてもらった。
医師が説明してくれたのは、この病院についてのことだ。
高汚染地域全体や、ウクライナ全体のことについては話題にしないまま終わった。

説明してくれたのは、大きな母集団を分析した統計ではなくこの病院で原発事故当時から働いている医師として、この病院で治療した患者全体についての記録と、診療を行ってきたイワン医師の印象だ。

1986年4月26日大惨事直後の記憶。イワン先生の話.
「4月28日、ピクニックに行って、ソーセージの上にほこりのようなものが落ちてきた。空に雲のようなものが見えた。
外国放送などで事故を知ってからも人々は無頓着だったが、官僚の家族が避難したのを見て初めて不安になった」

「大惨事のあと、癌が2倍に増えた。死因の中で癌は4位から2位になった。
昔はなかった癌が出ている。甲状腺がんが0から2例、白血病が0から多数、悪性リンパ腫は2年で3人。癌以外の甲状腺疾患も増えた。甲状腺結節が0から多数に増えた。

平均寿命が約10年短くなった。
健康な子供が激減した。気管支炎など、子どもの病気が治るまで時間が長びく。
老人の疾患が若い人で起こるようになった;疾患が若年化した。高血圧など循環器疾患や糖尿病、骨や軟骨の疾患が増えた」と言っていた。

「IAEA は、長期的影響は若年者甲状腺がん以外の放射線被ばく障害を認めていないが」と質問した。
イワン医師は「疾患は増え、若年化し内容は明らかに変わっている。IAEA は正しくない」と回答された。

その後病院内を見学した。
入院している病室の中まで入って見せてくれた。

検査室とレントゲン室も見た。
検査室では簡単な血液検査と尿検査しかできない。
レントゲン機械は2台とも40年前のドイツ製だ。
レントゲン設備に高感度モニターはなく解像度が荒い昔のテレビかフィルムに撮影されたものしか見ることができない。

そのため画像も悪く、詳しい検査はできない。患者も医師も被ばく量が多いはずだ。
古い機械なのでメインテナンスのため1日おきにしか使えないと言っていた。

「ウクライナは経済的に貧しいので検査機器が買えず40年前のレントゲンと心電計を使ってる。簡単な血液検査と尿検査程度しかできない。問題ある患者が出たらキエフ等の大病院に紹介する。日本から心電計や簡易型の血糖測定器や尿試薬など援助してもらえたらありがたい」と医師は言っていた。

翌日ルグニ中央病院を再訪問しこの二人の先生と昨日の続きの質疑をした。
イワン医師は、ルグニ病院の過去のすべての悪性腫瘍の記録を自分のノートに控えていた。

大惨事前の20年間と、大惨事後のたくさん種類がある悪性腫瘍患者の統計まとめており、それを持参し見せてくれた。医師からそのコピーをいただいた。

大惨事以降、がん死2倍。死因の4位から2位に
甲状腺がん 0から多数
白血病 0から多数
甲状腺結節 0から多数
その他20以上の悪性新生物の大惨事前後の発生数比較など。

「気管支炎や消化器病など、子どもの病気がよくなるのが長くかかる。
老年病が早い年齢におこるようになった」
小さい病院の内部データだけについての話。

Q: 内部被曝規制が甘すぎるのではないか?
事故当時だけの被ばくではなく、現在の被ばく、特に食料による内部被曝も現在の健康障害に関与しているのではないか?
甲状腺がんだけを認めるIAEAの考えをどう考えるか?
回答「現在の内部ひばくも関係ある。IAEAの評価は正しくない。森で採取したり、売買を通さない自家作物は規制がむずかしい」

           ゾーン2強制避難地区訪問
自主的移住の権利と補償がされるゾーン3のルグニ町とルグニ町内にある強制移住のゾーン2の4地区のうち3地区を2日かけて訪問した。

強制避難と指定された4地区の原発事故前の人口は各2~300人だった。
強制避難の4地区のうち1つの地区は全員が集団避難して現在は無人。
他の3地区は13人から35人の住民が現在生活している。

ゾーン指定されたときに、移住しなかった人が多いが、移住してから戻ってきた人もいる。
大惨事後、1つの地区は集団で移転して新しい集落を作りその後はずっと無人だが、他の3地区はそれぞれ現在13~30数人が住んでいる。
初めから移住しなかった人が多いが一時移住した後戻ってきた人もいる。

強制移住に指定されたゾーン2の3地域は全員が、年金と様々な補償金と補償施策と、自給自足的農業をして暮らしている。
それぞれの地区に看護師がいて、頼りにされている。
看護師は外から移住したのではなく、もともとその地域に住んでいた看護師や、住人が看護資格を取った人たちということだった。

公営バスが町まで運行されている。
電気は通じている。水は井戸。電話は携帯電話を使っている。
暖房や調理などの燃料は一部まきも使うが基本的には石油。
家畜用や農作業関係、戸外などでは、山で採ってきたまきを使っている。
石油や必要な商品は携帯電話で注文すると町の商店から配達してくれる。


汚染されたゾーン2とゾーン3の地域に住んでいた人には、額は多くないが、移住してもしなくても、生活や医療や様々な補償と年金の優遇がある。
燃料代と電気代の50%が補償さる。
これで質素な生活は可能だと言っていた。

第2ゾーン(強制避難地区)に指定された時、人々は「すでに大量被曝を受けているので今更避難しても価値は低い。だから避難移住するのではなく、それぞれの集落に保養や義楽施設を作って快適な生活環境を整備するほうが住民の利益になるのではないか」という意見が住民にも行政にもあった。

そのための施策として例えば200数十人の村にナイトクラブ(という表現をしていたが、村人が気楽に集まって飲んだり話したりできるパブや喫茶店のようなものと思う)やその他の娯楽施設を作って、生活を快適にする施策の方が良いという考えで、ナイトクラブをはじめ具体的な計画もされたそうだ。
しかし最終的には強制避難の方針となったという。

訪問したゾーン2の地域で空間線量は毎時0.33μシーベルトを一時示したが、その後は0.07~0.25μSv/hrで、想像していたよりずっと低かった。3か月前郡山市を訪れた際、除染された公園で常時測定し表示されていた値が0.25μSv/hrだ。
森の中に入っても大差なかった。
道路のすぐわきは広葉樹の森で、紫のブドウや、緑と真っ赤なリンゴが沢山実っていた。

51歳男性はここで奥さんと年金と自給自足で生活している。
子どもや孫たちはキーフなどに移住した。
この人の弟さんは、先日避難先で亡くなって、村に埋葬した。

避難した人の住居や生活費のなにがしかは保障されるが、「新しい環境や仕事探しで苦労したり精神的な苦痛やストレスもあり、無理してかえって健康も壊している」とこの人は言っていた。
ゾーン2で暮らし続けている人はみな同じ考えのようだ。

被曝地域の男性は普通より若い51歳から年金をもらう。女性はさらに若いうちに年金が支給される。額は低いがいろいろの手当てがあり基本的には自給自足なので、つつましい生活はできる。

会ってお話をした強制避難地区に住んでいる方は5~6人だけだったが、顔つきも皮膚も皆65~70歳くらいにみえた。しかしみな50歳代前半だった。
この人たちが偶然、年齢より老けて見えたのか、被爆の影響で老化が進んだのかわからないが印象的だった。

空間線量はさほど高くないが、自家栽培の食物は汚染されているようで、これを毎日食べている。

翌日も別のゾーン3、強制移住地区を訪問し、大惨事直前に新築したという立派な家に入れて歓迎してもらった。
自家製ウオッカや野菜サラダ、キュウリ漬物、豚脂身の塩漬け(ウクライナの郷土料理)、ビンに保存していた山で採ったキノコ料理など、歓迎してくれていろいろだしてくれた。
ウオッカと豚脂身塩漬けはいただいたが、キノコはいかにも放射線が高そうなので遠慮した。

「(こんなゆっくりできるなら)昨日奥さんと山に行ってたくさんキノコを採って来るのだった」と残念そうに言っていた。山にキノコ採りに行くことや、山で採ったものを近所の人や客、知人に提供することはウクライナの人にとって、楽しくうれしいことのようだ。

日本外務省関係で通訳している、キエフ在住の二本松出身の女性は「今年は雨が多く、山のキノコが豊作なのでキーフの人は喜んでいる。私もキノコ採りに行こうと誘われた」と言っていた。

消費生活レベルは貧しいが、激烈な苦痛や不安が少なく、穏やかで温かい生活感覚や、生活レベルは、昭和30年ころの日本の穏やかな農村ととても似ていると思った。

バスが運行されていて町に行くにはこれを利用する。
電気は供給されている。テレビも見ることができる。
携帯電話で注文すると町から商品を車で届けてもらえる。

暖房や調理の燃料は基本的に石油だ。
農作業や家畜のえさ準備やその他の家の外で使う燃料はまきを使う。
ゾーン2かゾーン3に住んで被ばくした人たちは移住してからも、燃料代と電気代が50%補償される。

ルグニ町は人口は激減したが美しい。汚染された環境の中で、人々は穏やかに暮らしているとように見えた。


     夕食
1日同行してくれた・・さんの知り合いの、街道に一軒だけある粗末な小さな食堂に招待してくれた。
街道を通る車の運転手が食べる食堂。売店を兼ねる。

自家製ウォッカを自宅まで取りに行ってごちそうしてくれた。
ビートから作った砂糖に酵母を入れて法治すると2週間で酒になる。それを蒸留する。
全て家で行う。大体うまくいくが時に、アルコール度が十分上がらず失敗することがある。

豚脂肪の塩漬け。豚脂肪の塊を塩漬けあるいは燻製にする。刺身のように切って食べる。
ジャガイモ つぶしてペースト状にして皿に波型に盛りつけたものと、ハンバーグのようなもの。

ボルシチ 家庭や店で非常に違う。
赤い色は、ビート大根の色。ビート大根、表面だけでなく中まで赤い。

自家製ウォッカ  砂糖に酵母を入れ2週間で発酵しこれを蒸留する。家庭で作る。
酵母がよくないとたまに失敗しアルコール分が低いものができ、これは捨てる。

(2014年8月24日修正)
07:14  |  未分類  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
2012.11.05 (Mon)

「震災・津波がれき処分に関する提言」を宮城県知事に提出しました

宮城県知事  村井 嘉浩 殿

【提案主旨】
・ 宮城県と岩手県のがれきは、湾内海底がれきも含め、一箇所にすべて集めて山積み処分する。三陸海岸は平地が狭いので三陸海岸のがれきも仙台平野海岸一箇所に集める。
・ 集めたがれきを古墳のように築いて、慰霊と決意の震災津波記念大公園として整備する。
・ 世界一の震災津波資料館を併設することを提案します。

【提案理由】
<記念公園として整備することについて>
・ がれきは思い出と悲しみの遺品です。ごみとして処分するのは残念なことです。
・ 集めたがれきは遺品として扱い、古墳のように山積みして津波避難所をかねた震災津波慰霊の大公園として整備する。

・ 津波の教訓や歴史、防災の世界的拠点として、世界一の地震・津波資料館を併設する。
・ 世界一の資料館は、被災者と被災地の誇りを守り育てることを助けます。
・ 世界一の津波資料館は、学術・文化・観光施設として、被災地の経済復興と文化振興発展に有益です。広島平和公園と併設された原爆資料館・国際会議場や、関東大震災瓦礫を埋め立てて造った横浜の山下公園が良い例です。
・ 広域・焼却処理に考案した費用を充当すれば公園と資料館建設は可能です。

<山積み処分について>
・ 震災がれきの焼却と広域処理は、費用と時間を要します。復興費用は直接、被災者と被災地復興に役立つことに重点的有効に使いたいです。

・ 震災がれきは低レベルであっても放射能汚染されているものがあり、焼却処理や広域処理は環境汚染拡散につながる可能性があることと、焼却灰と煙回収物は濃縮されて、かえって安全な放射能処理を妨げます。
・ 宮城や岩手の海底や海岸にある震災がれきに含まれる放射能レベルは低いので、高度な放射能処理施設で管理しなくてもよいが、大量にあるので拡散させないように管理すべきです。震災・津波がれきは山積みし、公園として整備することで十分管理できるレベルです。

・ 具体的な放射能汚染予防対策としては風で飛散させないことと、土壌に浸透させないことです。
・ がれきは地表より高い位置に積み上げ、表面を粘土やコンクリートその他水の浸透を妨げる資材で表面を覆い、排水溝を設けることで、風で飛散することと、汚染水が土壌に浸透汚染することは防止できます。
・ 雨水が浸透しなければ、がれきに元から含まれた水が若干出た後は、新たに汚水ががれきから土壌に排出することはありません。がれきが既にある程度乾いた状態で集められる場合は汚水は出ず、土壌汚染は生じません。がれきを土に埋めると雨水や周囲の土壌から水ががれきに浸透して、やがて、がれきに含まれる放射能をはじめとする汚染水が周囲に流出するので、地表より低い場所に集めて処分・管理することは好ましくありません。

・ 宮城・岩手ではがれきの放射能よりも山野や田畑の枯れ草や落ち葉の放射能のほうが格段に多く、震災・津波がれきに含まれる放射能に関してはこれで十分です。放射性廃棄物の処理と汚染・被曝防止のためには、農地や住宅地の対策をより強化される事を要望します。
・   その際に出た処理物は、別途提案した最終処分場に運び管理することが最善と考えます。

・ 震災がれきは山積み処分が早く、経済的で安全な最も合理的な方法です。
・ 古墳のように、450m × 600m、平均の高さ20mの山に築くと、1080万トン収容できる(比重2として計算)。現実的な数字です。
・ 処分場を海岸に造るので、がれきを海上輸送できることも利点です。

本要望と並行して私は、環境から集められたすべての放射性廃棄物は、福島第一原子力発電所付近に放射性廃棄物最終処分場を設置して長期管理することを別途要望します。

            平成24年10月19日

仙台赤十字病院第二呼吸器内科部長
東北大学臨床教授 
岡山 博

・・・・・・・・・・・・・・・賛同くださっている皆様へ (岡山 博)・・・・
今後は、ご参加いただいた署名を、総理大臣、宮城県知事や各自治体に提出し、要請を行っていきます。
皆様に、要請行動への運動参加の呼びかけです。

詳細は、本ブログ別記事「放射性廃棄物処分法に関する提言」を宮城県知事に提出しました」の
賛同くださっている皆様へ (岡山 博)
http://hirookay.blog.fc2.com/blog-entry-52.html
をご参照下さい。

直筆署名用紙、web 署名、賛同団体・賛同著名人登録窓口は

震災復興プロジェクト http://savechildproject.web.fc2.com/tunamikinen.html
をご覧下さい。
22:22  |  未分類  |  TB(1)  |  CM(3)  |  EDIT  |  Top↑
2012.11.05 (Mon)

「放射性廃棄物処分法に関する提言」を宮城県知事に提出しました

放射性廃棄物処分法に関する提言」を宮城県知事に提出しました。
           
         放射性廃棄物処分法に関する提言

宮城県知事  村井 嘉浩 殿

震災復興のご尽力ご苦労様です。

震災・津波がれき処理と、除染活動で集めた放射性排気物の処分は、震災復興にとって重要な課題です。
この2つの課題について、以前から考えてきたことをまとめ、提言させていただきました。
おそらくこの2つの案が最良です。
どうぞご検討下さい。

平成24年10月19日

仙台赤十字病院第二呼吸器内科部長
東北大学臨床教授 
岡山 博
  
・・・・以下提出した提案・・・・

放射性廃棄物処分法に関する提言

宮城県知事  村井 嘉浩 殿
仙台市長   奥山 恵美子殿

【提案主旨】
福島第一原発付近に放射性廃棄物大規模処分場を造り、全国の放射性廃棄物をすべて集め、山積み処分して長期管理することを提案します。
この提案を国の方針として行うように国に働きかけされることが望ましいと考えます。

【提案理由】
<山積み処分について>
・ 放射能は人為的に減らすことはできません。放射性廃棄物の処理や除染とは、放射性物質を減らすことではなく、危険の少ない所に移動して管理することです。
・ 放射性廃棄物を管理する際、最初にすべきことは、どこにどれだけどのような形で集めて管理するのかを決めて最終処分場を造ることです。最終処分場を造らずに、処理や除染を行なうことは不可能です。

・ 通常の低レベル放射性廃棄物の処分方法は、そのままあるいは焼却して容積を減らし、ドラム缶に詰めて地下保管室で長期間管理します。しかし、福島原発事故で生じた放射性廃棄物は量が多すぎるために、この方法では処理しきれません。
・ このような方法で処分をおこなうと、保管管理できる量が制限されるために、集める放射性廃棄物の対象を減らしたり除染活動を制限せざるを得なくなります。
・ ドラム缶に入れて保管室で長期管理できないのであれば、焼却して容積・重量を減らすと容積が減った分、比放射能は高レベルになってしまうので、管理の困難さと危険性は焼却前よりもかえって大きくなります。

・ 莫大な量の放射性廃棄物は、福島第一原発付近の高度に汚染されてしまった土地に、すべて山積みして管理することが最も安全で合理的・経済的な処分法です。

・ 450m × 600m、平均の高さ20mの山に築くと、1080万トン収容できます(比重2として計算)。現実的な数字です
・ 山積み処分なので、ほとんど無制限に集めて処分可能です。各地で集めた放射性廃棄物の始末を心配せずに、すべて回収処分することができます。
・ 山積みした土地は放射線管理区域として、数十年以上一般人は立ち入り禁止にし、専門家が管理します。

・ 各県毎に最終処分場を作ることは、以下の点で問題があり、すべきではないと考えます。放射能廃棄物は各地に分散せず、一箇所に全てまとめて処分。管理すべきです。
・ 放射能処分の原則は集めて管理することです。各地に分散することや、希釈して土地・大気・環境に拡散すべきでないということは世界的に放射能処分の原則です。

・ しっかりした管理施設を作らずに各県ごとに処分場を作ると、やがて環境汚染をする可能性があります。周囲の地面より高く積み上げて管理すべきですが、山や谷間、あるいは平地でも、周囲地表より低い位置や、地表や土壌からの流水侵入の危険がある場所での管理はすべきではありません。汚染されていない土地に放射能廃棄物を持ちこむことはすべきではありません。

・ 各県毎の処分場では、管理が不十分になることに加えて、収容能力の制限がでてきます。十分な量を収容できない処分場では、各地の住宅や農地、公共施設などで、十分な除染活動ができません。除染して集めた廃棄物の置き場を心配せずに今後も除染活動をしてより安全な環境を作っていくためには、廃棄物を無制限に収容できる処分・管理施設が必要です。
・ そのためには、既に汚染されてしまった、福島第一原子力発電所付近に、無制限に収容できる大処分場を造ることが最も合理的です。

<処分対象について>
・ 福島県の放射能汚染された震災がれき
・ 各地域での除染活動で集めた放射性廃棄物
・ 全国のごみ焼却場の放射性物質を含んだ焼却灰と煙回収物

<処分・管理方法について>
・ 放射性廃棄物をすべて山積み処分する。土壌浸透防止と風で飛散しない対策を行う。
・ 集めた山の表面から雨水を浸透させない対策、築いた山の表面から雨水が浸透させない対策をすれば、はじめから含まれていた水が漏出した後は汚染水の漏出はなくなります。山積み作業の途中では表面をビニールシートで被い、完成したら水を通さない粘土やコンクリートなどで表面を被って排水溝を作ります。
・ 初期に出る汚染水が土壌に浸透することを防ぐため、施設の底面に水を通さない構造にし、水抜きパイプで集めた汚染水の処理を行うことが必要です。汚染水が出るのは始めの一時期だけなので、完璧なものを造らなくてもよく、大掛かりにせず安い経費で造ることができます。地表より低い位置に集めて管理すると、周囲の土壌からの水の浸透が起こり、それによって廃棄物から汚水が出ることにつながるので、地表より低い位置での処分管理は好ましくありません。地表に山積みして風による飛散防止と、汚水の土壌への浸透を防止することが簡単・安全で合理的処分法です。

・ 廃棄物で築いた山から初期に出る排水は、従来の放射性廃棄物の保管と同様の、濃縮固化してドラム缶で長期管理を行います。雨水や周囲土壌からの水の浸透が無ければ、廃棄物からの汚水は短期間になくなります。
・ 具体的な山積みの仕方や汚染水浸透防止、飛散対策、管理方法などはいろいろな選択肢があります。望ましい構造や方法を専門家が作ることは難しくありません。

<最終処分場の土地確保について>
・ 原発、ダム、高速道路、工業用地など公共的大事業を行なうための大規模土地取得は、これまで繰り返し達成してきたことです。住民の希望による土地売買ではなく、取得する側の都合による土地収用であることと、地域文化と生活基盤をすべて失う代償を考慮して、時価より高額の土地代金を支払い、移転後の生活再建が出来ることも準備して土地取得を行ってきました。同様の取り組みを行うことで、土地取得は可能です。

・ 環境放射能が高く、産業に乏しく子どもを育てるには不安な土地で、これからも住み続けたい人はいるかもしれませんが多くないと思います。
・ 強く汚染された土地に、人は住むべきではありません。住民の健康の為にも、政府は住民に十分な保障をして説得し、処分場の土地を確保すべきと考えます。
            平成24年10月19日

仙台赤十字病院第二呼吸器内科部長
東北大学臨床教授 
岡山 博

・・・・・・・・・賛同くださっている皆様へ (岡山 博)・・・・

賛同くださっている皆様へ
2つの提案を実現させるために、今後は、いただいた署名を、総理大臣、宮城県知事や各自治体に提出し、要請を行っていきます。。
皆様に、要請行動への運動参加の呼びかけです。

これに限らずどうぞ他の方法や手段を駆使して、活動にご参加ください。
緑の防波堤や、自覚的な活動をされているグループに、協力・協同の働きかけもしてください。地域の著名人や政治家に賛同者として参加要請もお願いします。

並行して署名活動も進めてください。自筆署名だけでなくネット署名でも結構です。
実現を求めるために、一定の間隔で締切ながら、署名簿を提出します。

皆さんに提案です。

<提案趣旨>
2つの取り組み(片方だけも可)を提案・要請・要求する。
同時に、震災復興プロジェクトで集まったWEB署名と直筆署名(コピー)を提出する。

<対象>
被災地や全国自治体の知事・市町村長、自治体議会議長、国会・自治体議員、漁協その他の関連団体など。
政党や、今後の選挙出馬予定者に、公約・政策にするように提案・要請する価値があります。

<方法>
(A)各地で要請活動をされる方(またはグループ)の名前と震災復興プロジェクト・チーム(都道府県)の名前で、前掲の提言の趣旨を、直接要請していただく。震災復興プロジェクトと無関係の形で行なっても、あるいは参考資料として名前を入れてもどれも良いと思います。他の課題と一緒の要請も可です。
(B)震災復興プロジェクト・チーム(都道府県)として前掲の提言を、メールで要請する。前書きをいれていただくのも好ましいです(なくても可)。どこに要請メールを送ったのか、震災復興プロジェクトまでお知らせください。

情況が急速に変化して流動的です。早いほど有効です。
どうぞ取り組んでください。

取り組みの様子など、震災復興プロジェクトにメールまたは電話にてお知らせください。

提言・署名を提出する際に同封する書面の文例

****市長町長
*** 殿

大震災と津波の大惨事に当たり、被害にあわれた皆様に哀悼を表し、災害復興にご尽力されている皆様に感謝と敬意を申し上げます。

私たちは、できるだけ早く健全な被災地の復興をすることと、震災・津波でなくなった方を慰霊し、大災害の記憶を遺す施策を行うべきと考えています。

私たちは亘理町、岩手県と宮城県の震災津波がれきを集めて古墳のように山積み整備して、震災津波記念の大公園につくり、国立地震津波資料館(研究施設を持った博物館)を併設することを町の方針として国と宮城県に働きかけて実現することを提案し訴えます。

提案趣旨
1.岩手・宮城の震災津波がれきを仙台平野海岸に全て集めて山積みし、大古墳のように整備して、国立震災津波公園を作ること。
2・震災津波記念公園内に世界一の国立地震津波資料館を作ること。

提案理由
 (略)

(追伸)1.この提言主旨は、平成24年10月23日、岡山博から宮城県知事に提出しました。
2・同様の提案を宮城県内沿岸部市町長と議会議長に送付、提出します。
3.この提案は多くの科学者や専門家と、津波がれきの広域処分を考える全国の多くの方から支持を受けて、そのために震災復興プロジェクトを作りました。実現するための全国的な署名活動を行なっています。
         
****チーム(都道府県or市町村)
代表  ○○○○
     ○○○○

あるいは以下を併記など
    
震災復興プロジェクトチーム
代表  岡山 博
     仙台赤十字病院医師
     東北大学臨床教授

ご意見、ご質問、提出する署名のコピー請求は
震災復興プロジェクト震災復興プロジェクトにご連絡下さい。
http://savechildproject.web.fc2.com/index.html
22:11  |  未分類  |  TB(1)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑
2012.03.15 (Thu)

放射線被曝問題と発言の仕方、 健全な議論を妨げる日本社会

        放射線被曝問題と発言の仕方
 ―― 健全な議論を妨げる日本社会――
                  
                       岡山 博
              (日本の科学者  Vol.47 No.4 April 2012より転載)

          本ブログ転載にあたっての要約
・ 心配せずにストレスを減らして免疫力を高めようということは,がん専門家の主要な関心の対象にはなっていない.悩まず笑うことが,がん予防とがん進行抑制に有効な治療法として認知されてはいない.
・ 医学的に認知させていないことを、医学的常識であるかのように説明して、それを根拠に他人を非難すべきではない.
・ 専門家が,「被曝を深刻に考えることはストレスを増やしてがんを増やすことだ」と言って,被曝を話題にしたり被曝対策をとることを妨げた.
・ その説明を聞いて人びとは,子や孫と高濃度に汚染された自家野菜を食べ続けた.子どもには食べさせたくないという母親は,神経過敏だ,非常識だと非難された
・ 被曝によって生ずる健康被害について,被曝させた行政や東京電力から,被曝した人や被曝を避けるために援助した人達に責任を転嫁した.
・ 被曝させて本来責任を取るべき人たちまでが安心解説をして,被曝を避けようとする人たちの発言や人格まで批判し苦しめている.
・ 福島差別を起こさせないためには,次のことが必要である.1)福島に貧困を作らないこと.2)福島の人たちにこれ以上被曝させないこと. 3)事故に責任ある,東京電力の歴代幹部や官僚が処罰されず優遇されたままの状況と,責任なく被曝させられた被災者の境遇を逆転させること.
・ 「被害が確認されないうちは,ないものとみなす」という考え方、あり方は誤りだ。
・ 言葉,論理,議論を大切にする文化・社会を作ることが,基本的な課題だ。


                   はじめに

2011 年3 月11 日,地震と津波によって,福島第一原子力発電所の電源が喪失,原子炉冷却水注入が停止した.そしてその後,爆発と放射能汚染を次々に繰り返し,被害が拡大した.

この時期に行うべきだった被曝対策は,①高濃度汚染の可能性がある地域からの避難.②汚染飲食禁止,被災者に安全な水や食料を届ける.③迅速に情報と知識を住民に提供し,自主的避難・被曝対策行動を助ける.④ヨウ素剤服用.⑤避難しない人への援助・指導であった.

しかし,東京電力,政府,メディア,そして放射線被曝医療などの専門家は,「汚染はわずかだ,危険はない.あわてるな」と避難を制止し,テレビ報道などでは,原子炉事故と放射能汚染が拡大する可能性を説明せず,汚染拡大の危険性を指摘する発言は「不安を煽る」として,質問することも話題にすることもしなくなった.
その結果,たくさんの人たちが被曝地から避難する機会を失った.

以上が,福島原発事故によって生じた放射能汚染問題に関する,私の基本認識である.
本誌の〈討論のひろば〉は,このような背景のもとで行われている.

3 月号で坂東昌子氏(*)は「分野を越えた21 世紀型学問の構築」を論じたが,そこで整理された5 項目を共通話題の素材として,私の考えを述べさせていただきたい.

               ストレスに関する医学的問題

坂東氏は整理事項の4 で,「ストレスは,免疫力の低下に繋がり,発がんのリスクも増大させることは,昨今の研究が示している.
科学者が放射線の危険性を過大に煽るのは,市民の健康を害する行為であると思う」と述べている.

ストレスが免疫低下につながりうるという動物実験の発表はあるようだ.
しかし私の知る内科,呼吸器科その他の学会や診療現場には「ストレスが免疫を有効に低下させ,発がんを促進する」「ストレスを減らせば発がんを減少できる」という共通認識は存在していない.

1955 年以前,日本では,多くの青年が結核に感染し,8 割は感染に気づかないうちに,自然治癒した.
現在,日本の結核の半数は老人の結核で,ほとんどは,若い頃に治癒し,肺内に存在していた結核菌が,老齢化にともなって免疫が低下して再燃(再発)したものである.
もし,ストレスを生じないように悩まずに生きるだけで十分に免疫機能が保たれるならば,それだけで日本の結核は,半数に減らせることになる.
結核研究・臨床の場で,そのような研究発表や主張する発表を行う専門家はいない.

細胞ががん化したとき,そのほとんどが増殖する前に,免疫を担当するリンパ球によって殺されることはわかっている.
そのようながん細胞を殺す免疫反応を促進するための治療法や治療薬開発は,膨大な費用と労力を使って世界中で研究されているが,医療の基本認識や治療の根本を変えてはいない.
心配せずにストレスを減らして免疫力を高めようということは,がん専門家の主要な関心の対象にはなっていない.
悩まず笑っていると,がんの発生を劇的に減らすと主張する研究者や専門家は私が知る範囲にはなく,がん予防とがん進行抑制に有効な治療法として認知されてはいない.

臨床医は,患者に対して,疾患の現実と今後の見通しについて,正確に説明するようにしている.
日本では,がん患者にがんの事実を知らせないことが普通に行われていた時期があるが,現在は,詳しく説明することがコンセンサスになっている

「ストレスが免疫を抑制してがんを増やすという,当然知っていてしかるべき知識もわからずに人を不安にさせて(免疫機能を低下させ,多くの疾患や発がんを増やして)いる」と医師以外から医師が批判をうけるとすれば重大である.
近年の報道言葉を使うと「不安ストレスを与えたことによってがんを発生させて早く死なせた」と損害賠償を要求されることを意味する.

相応のレベルを持った臨床医が責任をもって言えない内容を正しいと断言し,受け入れない特定の人を侮蔑を込めて批判することは,健全な言論活動ではない.
良識を持ち,患者のために診療している大部分の医師を部外者にして,専門家ではない一般の人びとに対して,「普通に医者が行っている病状説明は,ストレスを増やし,免疫を阻害し,がんを増やすという悪質なものだ」という意味を持つキャンペーン的な講演活動も健全ではない.

              ストレスに関する論理と倫理の問題

ストレスと被曝障害に関するもう一つの問題は,論理と倫理の問題である.

これは坂東氏の主張とは離れるが,放射能被曝の現状の中で指導的発言をしている,元長崎大学教授・現福島医大副学長の山下俊一氏ら放射線被曝医療専門家の発言について述べたい.

放射能の恐怖を持つ人に,人生論として,「くよくよせずにいましょう」と言うことはありうる.
しかし,山下氏が専門家として,被曝を受け続けている人たちへの講演内容には以下の問題がある.
「被曝を深刻に考えることはストレスを増やしてがんを増やすことだ」と言って,被曝を話題にしたり対策をとることを妨げたからである.

放射能の恐怖に怯え,何にすがってでもつかの間の安心を求めた人は多い.
「この程度の放射能は大丈夫だ.呼吸しても,野菜を食べても問題ない.心配するほうが放射能より有害だ」という専門家の話をうれしく聴いた人も多いはずだ.
その説明を聞いて人びとは,場合によっては子や孫と高濃度に汚染された自家野菜を食べ続けた.
子どもには食べさせたくないという母親もいたが,すると,神経過敏だ,非常識だと非難された.

専門家の解説に相乗りして,東京電力や国,福島県は,汚染地帯に汚染されてい
ない水や食料を全力で供給することをしなかった.

津波被災した相馬の母親の話: 1 ヵ月以上,知人が郡山や福島などで地場野菜を買い集め車で運んでくれた.
子どもに優先して食べさせた.
高濃度に汚染された野菜であると分かったのは何ヵ月も後のことだ.
いくつかの症状が被爆のためではないか,今後子どもは大丈夫だろうかと怯えている.
汚染の危険を知っていれば食べさせなかった.

このような人を私はたくさん知っている.
好意で野菜を集めて届け続けた人と,子どもに食べ続けさせた母親たちは無念である.

山下氏らの発言内容のもう一つの問題は,「くよくよするから,不安を煽るから,病気になる」と言って,被曝によって生ずる健康被害について,被曝させた行政や東京電力から,被曝した人や被曝を避けるために援助した人達に責任を転嫁したことである.

事故を起こし被曝させた人は非難されず,心配する人が非難され,被曝を回避するための家族会話もできなくなった.
くよくよする人を批判する専門家は,汚染地域に住む人たちに,汚染されていない食料を,東京電力と行政の責任で全力をあげて供給することを要求していない.

被曝医療専門家の研究費や地位は,他の多くの研究分野よりはるかに優遇され,原発推進に関係した国の予算や関連企業からの莫大な出資によって成り立っている.

被曝させて本来責任を取るべき人たちまでが解説をして,被曝を避けようとする人たちの発言や人格まで批判し苦しめている.

                風評被害について

坂東氏はまた,「福島の人たちは風評被害を通じて根拠のない偏見に苦しんでいる.
科学者が偏見を煽るようなことはしないように願う」と述べている.

原発事故以降,「風評被害」という言葉が蔓延した.
「風評」とは実体のない,無責任なうわさ話ということである.
食物の放射能汚染を心配することが過剰反応,嘘扱いされ,心配する人は異常,変人,うそつき扱いされ,今も続いている.「風評被害」という言葉を吟味せずに使うことに,私は反対である.

食物の放射能汚染を吟味検討することは,風評ではなく,よく考えるべきことである.
「風評」という言葉も,子どもの給食の放射能を心配する母親を,神経質,モンスターペアレンツとして無視・排除・侮蔑して苦しめる社会風潮を形成する要因になっている.

福島県民は,原発爆発で被曝し,その後も,汚染されたところに住み,汚染されたところで作物を作り,汚染された作物を食べ続けている.

日本社会と文化は,自分の優位性が確保できると,下位の者を引き寄せてわずかな劣位性でも暴き出し,侮蔑・差別して,相手に下位であることを思い知らせ,自分が上位であるという満足を得ようとする傾向が強く,福島は今後,日本社会で差別の対象にされる可能性が高い.

福島差別を起こさせないためには,次のことが必要である.

1)福島に貧困を作らないこと.
高度に汚染された所の人たちに,除染すれば,安全に住めるかのような幻想を与えて時間の引き延ばしをしている.
避難者は,新たな努力対象も定まらず,この状態が続くと,人として生きる熱意も輝きもうせ,経済的にも貧しくなってしまう.
アルコール依存者が増えているとも聞いている.

2)すでに被曝をしてしまった福島の人たちにこれ以上被曝させないこと.地産地消といって汚染された地域で作物を作らせて,これ以上,汚染された食料を福島の人たちに食べさせてはいけない.
東京電力と日本社会が最重要課題として,安全な食品を福島の人びとに供給すべきである.

3)放射能被災者が,財産と仕事,人生を破壊され,明日の展望ももてないという激烈な苦痛を受けているときに,損害を与えた責任を取るべき人たちは,地位・財産・安全を保障され,高い地位の継続を確保した.
事故の責任を取るべき,東京電力の歴代幹部や歴代の高級官僚が処罰されず優遇されたままの状況と,責任なく被曝させられた被災者の境遇を逆転させることが必要である.
これをしなければ,事故の責任者は優位性を維持できるように社会を運営し,福島を排除蔑視する社会になると思う.

この三つが福島を差別社会にしないためにやるべきことと私は考えている.

              発がんについて,特にトンデル論文について

坂東氏は「被曝後数年以内に発がんなどしない.~被曝が原因のがん細胞は10 年から数十年後に発がんに至る.それが専門家の常識」と聞いたと書かれ,これを根拠に論を展開されている.

肺がんには4 種類ある.1 個の細胞から1cmになる時間を逆算して求めると,平均的には小細胞がんで約4 年,腺がんで15 年と計算される.ばらつき説明は省略する.
チェルノブイリでは小児は被曝5 年から甲状腺がん発症が急増した.

「悪性腫瘍発症の増加とチェルノブイリ事故による放射性物質の降下は関連があるかもしれない」とトンデル論文を引用し,「これをもって,確固とした証拠にできるだろうか.そんなことは著者自身も主張していない」と,被曝の危険を主張する人を批判した.

イギリス・ウェールズ核再処理工場の周囲で白血病増加が確認された.
原発周辺で小児白血病が有意に増加していることが,2008 年のドイツ政府の大規模調査で確定した.
核施設周辺で白血病が増えることは確定したが,今後,原因が放射能被曝だと断定される可能性は低い.生活・食品・地域環境,経済の変化など,関係しうる多くの可能性があれば,完全な断定はほとんど不可能だからである.

国際放射線防護委員会(ICRP)や原発関係者,専門家は,「確実には証明されていない」ことを,「あるかもしれない」と考えるのではなく「存在しない」こととして無視している.

疫学的研究とは莫大な労力と費用,長時間の調査を要し,二つの事象の因果関係を証明することができても,単一の原因・結果であると証明できることはまれである.

チェルノブイリ事故においても,事故の影響でがんが有意に増えたことが認知されたのは事故の20 年後である.
厳密に言えば,甲状腺がんの増加の原因がチェルノブイリ事故と関連することは確定したが,放射線被曝が原因という断定はおそらくできない.
例えば,「チェルノブイリで被曝が甲状腺がん増加に関与した程度は10%以下で,70%は不安や恐怖感によるストレスが原因,20%は不明である」と主張する人がいて,自説が正しいことを証明せずに勝手な結論を主張し,「反論するなら,間違いだということを証明しろ」と言ったとしても,否定する証明はほとんど不可能である.

欧米であれば,これを誤りと断定することは常識レベルの論理だが,論理学が文化として存在せず,論理より気持ちで納得する日本社会,論理と議論が知識人の教養にさえなっていない日本では,簡単に通用する.

根拠と結論の正しさを証明しない主張をしても批判されない日本の状況では,専門家として,人を欺くどんな結論でも出すことができる.
権威や行政との便宜供与,同調するメディア,講演会や職場などでの脅迫・恫喝を使えばさらに簡単である.

トンデル論文は「どちらか分からない」と主張する論文ではなく、「チェルノブイリ放射能汚染に関係してがんが増えた可能性」を積極的に示した論文である.
この論文を引用して「被曝によってがんが増加した」と断定、引用することは正しくないが,「断定されていないのだから、がんが増加したことは、被曝とは関係ない」と断定・引用することも誤りである.

原発事故以降も岩手,宮城,福島,茨城の農村では,田畑で,車の視界が遮られるほどの煙を出して繰り返しわらや枯れ草を野焼きした.
岩手では,母親たちが行政に繰り返し要望したが「野焼きで放射能が拡散し,被害を与えるということは確認されていない」からと自治体は禁止せず,秋まで繰り返された.
呼吸と,農作物再汚染によって相当の2 次被曝を受けたはずだ.
他県では野焼きは話題にさえならなかった.

今も行政は,反省も謝罪もしていない.
「被害が確認されないうちは,ないものとみなす」とはこのようなことである.

通常のすべての毒性物質は,有害と分かっている値よりはるかに低値で規制されている.
事故以前の食品放射線規制も現在の暫定規制値よりはるかに低く規制されていた.
事故後は「がんを発生させると証明されていないレベルの放射能を心配するのは誤りだ」と,専門家が解説した.

有害と分かる直前の値は不明なので,これは「有害だと分かるレベルまで食べろ,有害と分かったらその少し少ない量まで食べろ」という暴論である.
しかも慢性毒性であれば,分かったときには遅すぎる.

                  おわりに
現在の日本は,無条件同調強要,自由な発言の抑圧,言葉・議論軽視,異論は無視・排除・侮蔑・嫌がらせが社会を動かす重要な行動原理の一部となっており,これが福島原発事故と,その後の不適切対応で繰り返し被害を拡大していることをはじめ,日本のほとんどの社会問題や,個人の苦痛を改善させない底流になっていると考えている.

健全な議論をするためには,相手をやっつけて自分の優位性を表現したいということではなく,相手に敬意をもち,穏やかで論理的な言葉で発言することと,共同して共通の結論に到達しようという意思が必要である.
言葉,論理,議論を大切にする文化・社会を作ることが,日本社会と人にとって重要で基本的な課題と考える.


(*) 坂東 昌子 氏:1960年京都大学物理学科卒、愛知大学名誉教授。素粒子論。研究と子育てを両立させるため、自宅を開放し、女子大学院生仲間らと共同保育をはじめ、京都大学に保育所設立を実現させたなど、女性研究者の積極的な社会貢献を目指す活動を続けている。06年日本物理学会長。著書多数

 本論で書ききれなかった意見については,以下の「岡山博」ブログでご覧いただければ幸いである.

 放射線問題について:「被曝をどう避けるか」講演要旨,「放射線被曝を避けるために・野焼き」「, 福島原発事故後おきていること」.
発言と議論の仕方について:「よい発表,良い議論を行うために」.

岡山博
仙台赤十字病院第2 呼吸器内科部長,
東北大学臨床教授
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