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仙台赤十字病院呼吸器科医師、東北大学臨床教授

隷属と偽りを強要する日本の職場環境

隷属と偽りを強要する日本の職場環境

処罰されないぎりぎりを狙って「法で認められている」と強要する経営者
人格的な目下扱い、恫喝をし、対等健全な議論を敵視攻撃する経営者
労働者の名誉と安全、権利を守ろうとしない行政


「労災隠しは犯罪です」と同様に行政が「労働基準法違反は犯罪です」のポスターを事業所に張らせてほしい。
それだけでも職場論同環境は良くなる。

以下は、労働基準法違反の不当な退職と退職条件を要求されて退職した人に関した話だ。

経営者から恫喝や屈辱を与える言動で、退職することを「示唆」されて、在職希望なのにほぼ強制的に退職した。
在職希望なのに自主退職の書類を提出させられた。
後日経営者は「退職を強要してはいない。そんなことをしたら自分の首が飛びます」と言った。
労働基準法など法律違反行為で自分のの首が飛ばないように、労働基準法違反の犯罪行為であることを自覚しながら、問題にされても処罰されない言葉を選んで、注意深く犯罪すれすれのこと自覚している。

退職を強要された人は経営者に抗議して、経営書も否定できない数値的に明確な労働基準法違反措置の一つは撤回されたが、他の具体的違反行為と脅迫・恫喝、侮蔑的対応は清算されないまま退職した。

「不当労働行為をしないように、勤労者を守るために経営者を指導してほしい」と退職前に労働基準局に行って申し入れた。

 労働基準局の回答「労働基準法違反で具体的な損害が出たら来てください。そうすれば指導します。今回は撤回されたので指導はしません。恫喝や脅迫的言動は、感情的なことも入り、互いの言い分が平行線になるだけなのでそれだけでは指導できません。この事業所の従業員から同様の訴えがこれまでもあった。記録には残しておきます。」

退職予定者「これまでも人事権を使って恫喝的な職場運営が行われ、改善されず同様のことが何度も続いている。
訴えに来なかった人が多い。同じことがまた起こる」という申し入れを行った

この申し入れに対して労働基準局は「訴えられて初めて行政は動くことができる。不当と感じても、そのままで良いと考えて訴えなければ動くことはしない」
→その後更に人事権を使った経営者の恫喝に怯える職場は悪化した

日本の行政と行政担当者公務員は、法律と、国民個人の安全と名誉を守る自覚、自分で判断する責任と義務の自覚がない。
公務員は上司と上級官庁に嫌われないように、自分で考え判断、言動することを避けて、保身のために何もしないで良いようにと法律の抜け穴を探す。

国民が行政と公務員に法律通りの対応をに期待できなければ法治国でなく官僚支配非民主国だ。

国民一人一人、個人の自由、安全、名誉が尊重され社会的に保障される健全な社会にするためには、行政・公務員の根本的変革必要だ。

そのためには、行政の非民主制と無責任を批判するとともに、日本社会と私たち日本人ひとり一人に身についている考え方と言動のあり方の問題点を良い点と同時に分析し自覚して変えることとが必要だ。


・・・・以上twitter のまとめ。以下はいただいたコメントとやりとりのいくつか。追加修正を含む・・・

・不当な苦痛を受けている仲間を見捨て、人としてのまともさを捨てた人が見込まれ中間管理職になる。「能力を買われた」と思って、人に苦痛を与えて恥じない人間になってのさばる。
こうして人を貶め恫喝し他人の苦痛に平気な日本人が増えた。日本的上下関係が基本にある 

・この社会の現状が、トップから中間まで、既にそのタイプがのさばっていますね!そして、上位者の指令には隷従し、下には平気で嘘をつく!更にグローバル支配が進んだTPP後の社会でも、更に幅を利かしそうです!

・ 心当たりがたくさんあり、日本社会を表していると思います。中間管理職がリストラの追い込みや派閥間の圧力がけを行い、そのうち人としての正常な感覚が麻痺し、人格否定や汚い言葉で大勢の前で罵る、二枚舌の常用に抵抗をなくすようです。

・場当たりの言葉でやり過ごす、真意を言わない、他人を偽る事が通用する日本社会と人のあり方を変えなければ人も社会もまともにならない。責任持つ言葉を話し、言葉通り理解して言葉通り対応するのが当然で尊敬しあう社会・人間関係・自分のあり方を作るべきだ。KY等裏よみ大切は健全誠実と両立しない

・日本人は、強いものと周囲に無自覚に同調し、少数者を抑圧侮辱する性向が身についている。正しいことすべきこととしてはいけないことさえ決断しない。感想を言ってあとは流れてついていく。自分は普通と考えて、自分の意見が以前と逆転してさえ気づかない。

・同意!その通りの人が近くにいる。

・私も以前は自分がスレイブ又はサーバントだとは思っていなかったわけで。まぁ覚醒しただけマシか。

・強者への同調・従属をセットにした教育は子どもの正直・優しさ・知性を抑圧する。
自分が考えたことの実現に努力し、自分と相手の名誉と誇りを育てる知性、正義感、勇気、自覚、優しさ、誠実を育てる教育が必要だ。
深く考えず支配されやすい愚民化の教育が加速している。

・自分の頭で考え、自分の心で行動する。これが基本です。
理解者が周りにいなくても動く。これが基本だと思う。

・法律違反でも責任者を処罰しない。日本は法律を文面通り運用せず、法律を適用するかどうか官僚が決める、官僚支配の非法治国だ。「法律通りやってよい?」と上司に聞かないとできない恣意的国家運営。法律通りすると排除。行政がこうだから、職場や事業所どこでもそうだ。
<世界のジョーク>
 旧ソ連:法律で許可されていないものは、禁止
 アメリカ:法律で禁止されていないものは、自由
 ドイツ:全て法律で明文化されている。厳正に法律を運用
 日本:法律通りやってよいか、上司に聞かないとわからない

日本人と日本社会は、すべきこと、してはいけないことを判断する自覚も熱意も判断能力も喪失し、規範も失い劣化した。
周囲と上位者の期限を損ねないように周囲に合わせ、自分独自の判断決断を恐れる。多数とは異なる言動は正しくても排除、侮蔑する。
だから上位者の意向と強者個人のキャラクターがその場と人格まで支配する。
自由に発言できない、発言の自由がない、個人を抑圧し復興にする前近代的非民主社会、危ない社会だ。


「未来に生きる子ども・たち孫たちを守るために」横手講演会録画

              未来に生きる
   子ども・たち孫たちを守るために 
   ―いま大人が出来る事は何?―
 
  
                講演会録画
   2013年3月17日(日)横手市かまくら館ホール


            以下をクリックご覧ください
              (講演会前半)
       (後半は近日アップされたら追加します)
            横手講演会ーその1
         横手講演会‐その2

「放射線の影響とこれからのこと」多賀城講演会録画と書き起こし

         放射線の影響とこれからのこと。
           ―――知ろう訊こう考えよう―――

            講演会in多賀城 岡山博医師 
                         
           主催  「放射線被曝から子どもを守る会 多賀城」 

この文章は、主催者HPの講演録画を見て書き起こし、「アヒンサー:未来に続くいのちのために。原発はいらない」誌 第4号に掲載して下さったものを転載したものです。転載にあたって段落を入れ、図と注釈は省きました。

・・以下、「放射線の影響とこれからのこと」講演と発言録画書き起こし・・・
(岡山 博)   どうぞ、途中でも質問してください

今日は、放射能について、あるいは被ばくについての知識の提供と、それに対して、私がどう考えるか。この考えるというのは、みなさん一人ひとり、みんな違っていいことです。なる程と理解するのは知識のところまでです。

本当にその考え方がいいのだろうか、別の考え方もいいのじゃないだろうか、という議論があった方がいいのです。
いい議論が出来るためには、「それは違うのではないか」というのが出てくることがとっても価値があります。

大切なことは、自分で判断することです。私の言っていることはいいこともあるし、悪いこともあるかもしれない。
仮に良いことがあったにしても、こことここは正しそうだと、ここはちょっとあやしいから保留しておくとか、そういう聞き方をしてください。
それで、どうぞ、途中でも質問してください。「それは違うんじゃないか。私だったらこう考える」とか、「自分はうまく理解できない」とか、そういう質問をしてください。

今、福島県立医大が中心になってやっている国の被ばく対策というのは、「被ばくに対するストレスが多い。そのストレスを解除するためにサポートすべきである」という立場です。

それで甲状腺の検査をしているのも、「甲状腺の検査をして、早く病気を見つけて治療をしよう」というのではなくて、「不安があるから検査をします」というのが基本的な立場です。

放射能のこととか専門的な話も少しはします。そういう知識は深く理解すると、より深く理解できてとても楽しいです。考える役に立ちます。
しかし、そういうことがなくても、考えることは十分にできますから、面倒くさい話はとばして、全部覚えてくださらなくても結構です。

      放射線とは
放射線というのは紫外線ととても似ています。
紫外線も放射線の一部と考えることが出来ます。

例えば、新聞紙などを日なたに出して置くと、色が黄色くなってボロボロになってきます。
それは新聞紙を作っているいろいろな物質が紫外線で少し壊れて、性質が少し変わるからです。
そういうのを「変性」といいます。
そうではなくて、例えば、新聞紙は火をつけると、ほとんど水蒸気と二酸化炭素と灰になって残りますが、もうこれは始めの新聞紙と全然違いますから、これはまったく別の物質になったものです。

放射線を出す物質を放射性物質といいます。放射性物質から出る放射線というのはアルファー線、ベータ線、ガンマ線というのが主要ですけれども、どういう放射性元素から出るかということによって、放射線の種類と放射能は違っています。

大体100種類くらいの放射性物質が原発で作られます。

放射線を出す能力を放射能といいます。
放射能はだんだん少なくなっていきます。
それを半減期といいます。
ある時間が経つと半分になり、また同じ時間が経つとその半分になるというふうに、ひとりでに減っていきます。半減期の短い放射能はより強力な放射線を出します。

有名なヨウ素131は、半減期が8日です。
8日間経つと半分に減り、また8日間経つとさらに半分の4分の1になる。
それで1回の半減期8日というのを10回やると、80日で大体1000分の1になります。この半減期というのは、放射性元素の性質として決まっていることで、人間が短くしたり弱くしたり、無くしたりすることはまったく出来ない。
それが、普通の毒とまったく違う放射能の性質です。


      東電福島原発の爆発
原発では、原子炉の中で燃料のウランが核分裂をしています。
核分裂をするとウランの核が二つにわかれて、この時に元の1億倍もの放射線とたくさんの熱が出ます。
原発1基を1日動かすと、広島原爆の3発分くらいの放射能が出来ます。
それが毎日どんどん、どんどん溜まっていく。

半減期の短いものはどんどん減っていくけれども、半減期の長いものは燃料の中にしっかり残っているわけです。それが厄介な使用済み核燃料です。

3・11では、東電の福島原発で、原子炉の中の核燃料を冷やすことに失敗して、燃料が溶けて、それによって発生した水素が原子炉の外に出てボンと爆発しました。
日本のテレビでは放映されていませんが、インターネットでは良く放映されている3号機の爆発。

上空800㍍まで飛び散って、キノコ雲ができて、上から瓦礫がバラバラ、バラバラ落ちてくる。
原爆とほとんどそっくりです。
細かい砂は風に乗ってウワーっと広がる。
もっと小さいホコリはいつまでも空気中に浮いている。

瓦礫も砂もホコリも、全部放射能がくっついていて、そういうものがあらゆるところに、世界中に広がっていきました。
そして、放射能は空気中にホコリのように浮いていますので、この時、雨とか雪が降りますと、浮いているホコリを全部雨とか雪がくっつけて下に落ちます。

そうすると、空気中に浮いている放射能の量は同じでも、その後、数日から数十年にわたって、地面にどのくらい溜まっているのかというのは、その時の雨と雪とで大いに違ってきます。


      逃げるのが一番重要だった
この時期に一番大切だったのは、いま放射能が来ている。危ないから逃げるということと、この後どうなるか分からないから逃げる。
これがとっても大切でした。

日本列島というのは基本的に西風が吹いていますから、爆発して飛んで行った放射能のホコリは、9割が海の方に流れ、海に落ちました。

しかし、空気の流れ、風というのは毎日一定ではないですから、日によって行ったり来たり、南風になったり、北風になったりいろいろします。

だから、陸上を汚染したのは1割だけでしたが、その時低気圧があったりして、東風だったら今の10倍の汚染があった可能性があるのです。

そういうのが分かったのは、ずっと後のことです。
だから、あの時点では、これからいろんな可能性があるということで、できるだけ逃げる、早く逃げるということが非常に大切でした。

それから逃げられない人に対しては、絶対に、危ない放射能を食べるな、水は飲んではいけない。
それからホコリをかぶっているから、家に帰った時には、玄関で全部上着を脱ぎ捨てて、すぐにシャワーを浴びて洗い流すということが、とても重要だったのです。

爆発した直後というのは、数分とか1時間とかいう半減期の短い放射能がたくさんあったのです。
だから爆発したはじめの数時間とか数日というのは、そういう強力な放射能を吸いこんでいた可能性がありました。

空気中に浮いているホコリを吸いこむのは、極めて危険です。

それから、そういうホコリは地面に落ちてきて、水とか野菜を汚すわけです。
この時の放射能はとても高いです。

それを食べるのは極めて危険ですから、当然、そういう物を食べてはいけないです。

しかしこの時に、そういうことに対して国が言ったのは、「直ちに健康に影響はない」と。
「まだ放射能は大したことはない」と。

何か新しいことが起こるたびに、可能性の一番軽いものだけを言って、それ以上の悪くなる可能性とか、それから、すでに悪いけれどもまだ測定されていない、もっと悪い可能性については、発表しないだけではなくて、「もっと悪い可能性はないのか」、「これからもっと悪くなる可能性はないのか」という質問をすることも禁止しました。
「不安をあおる」と。
「そういう人を相手にするな」と。

それでマスコミは、政府とか東京電力に質問することもしなくなりました。
それで「これくらいは安全です」ということだけが出てきました。

このころ専門家という人たちが、盛んにテレビに出て解説しました。
「これくらいは大したことではない」、「心配する方がずっと有害だ」と。

飯舘村は非常に強い放射能汚染を受けた所ですけれど、「心配するな。子どもを外で遊ばせなさい。自分の家で作った野菜は、大したことはないから食べなさい」と、わざわざ食べさせました。

そして「どうなるか分からないから、そんなことをしちゃいけない。危ない」と言った人は、不安をあおるといって、みんな仲間外れにされました。
これは社会からもそうだし、家族の中でもそうです。特に小さい子どもを持ったお母さんが心配すると、爺さん婆さんからよく言われました。

「お前は神経質すぎる。国だって県だって、大丈夫だと言っているじゃないか」と。

そういうことで、家族で話が出来なくなって、ほとんど家庭崩壊のようになった家がたくさんあります。

ともかく、政府とか東京電力が、「これくらいなら大丈夫だ」と言ったことを真に受けて信じた人が、避難しないでたくさん被ばくをしてしまった。飯舘村、福島市でも子どもを平気で雪で遊ばせた、家の野菜を食べさせた、ということが続きました。

      東電は爆発することを知っていた!
それでは、国とか東京電力は本当に安全だと考えていたのか。
3・11に地震があって、原発で事故が起きた。

いろいろやっているけれども、うまくいくかどうか分からないという時点で、東京電力は、「あと7時間半したら大爆発する」ということを予測しました。

この時点で、東京電力は従業員の家族を、福島県からすぐ退避させるという行動をとりました。
爆発する前です。

東京電力の家族が、これは大変だということで、自分の知っている人や、少しでも知っている人にどんどん電話をかけまくった。

それで避難できた人がたくさんいます。それは原発のある浜通りだけではなくて、中通りでもそうです。

東電の人たちがさっさと逃げて、けしからんということではなくて、逃げるのはもっとも正しいことなのです。
悪いのは逃げたことではなくて、他の人に逃げるなと言って逃げるのを妨げたこと、逃げるのが大切だというのを、うんとみんなに知らせなかったことです。

逃げたことが悪いのではなく、逃がさなかったことが悪いのです。

      パッと正しい反応した外国
この時の外国の反応はすごかったです。
パッとみんな正しい反応 をしています。
ヨーロッパの国はほとんどです。
「日本からすぐ避難しなさい。それが出来ない人は関西に逃げなさい」と。

フランス政府は、すぐにチャーター機を何機も頼んだ。
それからアメリカの原子力空母が宮城県沖に来ました。ところが、福島原発からの放射能のホコリで空母が汚染されたということで、退避しました。

それから、震災報道のために、世界のもっとも優秀な報道機関であるイギリスのBBC放送とアメリカのCNN放送というのが、仙台に震災の報道の拠点を作ったのですけれど、福島原発が爆発したときには、すぐに秋田と山形に拠点を移動しました。

日本の大半のマスコミは、記者の安全のために、50㌔以内に記者を入れないことにしました
。それから多くの日本の大企業が数日後に、東京だって危ないということで、本社機能を大阪へどんどん、どんどん移転しました。だからみんな危ないということを知っていたのです。

フランス政府は日本に住んでいるフランス人のために、去年(2011年)の12月までに8回も勧告をしています。
「検査体制が不安だ。福島や宮城、栃木、茨城の農作物は要注意である。ちゃんと測定されて確認されている物だけを食べなさい。はっきりしていないものは、注意しながら食べなさい」と。

それから、「基本的には日本に行くのはやめなさい。やむを得ない事情で、この4つの県で生活するようなことがあれば、「外からホコリを家の中に持ちこまない。雨の日は外の汚れた放射能の泥を家に入れないために、靴を家の中に持ち込まないように」と。ホコリは放射線を出す塊ですから、そのホコリを捨ててしまえばいい訳です。それを放っておくと、30年してもセシウムは半分になるだけで、ずーっといつまでもその毒があるわけですから、そのホコリを「小まめに小まめに拭き取って捨てなさい。子どもが外で遊ぶのはとっても危険だ。外は放射能だらけだから、外にあるものは決して口に入れないように、子どもが外に居るときは見張っていなさい」などと、日本に居るフランス人のために何度も何度も勧告している。これは正しいことです。

だけど日本の政府とマスコミは、「汚染はわずかだ。危険はない」と。
「あわてるな、家に留まれ、危ないという人は不安をあおる変な人だ」と。
そして「そんな人の話を聞くな」というふうに言ったわけです。

      世界で作られた拡散の予測図
放射能はどっちに行くか、どれくらい汚染されるかというのは、その時の風の方向と強さと、それから福島の原発からどれくらいの量が拡散して飛び出しているかということ、この3つで計算されるのです。
それが分かれば、風下から離れることが出来ます。

これは、ドイツの気象庁が発表した予測図です。
爆発して飛んで出た放射能のホコリがどういうふうな広がり方をするかという図です。
日本の気象庁が発表した天気関係のデータを使って計算したものです。

日本政府が原発でどのくらい放射能が出ているかということを発表すれば、ここに直接数字を入れることが出来ます。
しかし、日本政府はそれを発表しませんから、ここまでの割合の予測しか出せなかったのです。それでもこれがあることはとても役に立ちました。

ドイツのような予測図をスウェーデン、台湾、オーストリア、オーストラリアなどが出してくれました。
それをインターネットで見ることが出来たのですが、普通の人は見られなかった。
新聞社とか放送局はそういうのを見て知っているのですけれども、それを放送することをしませんでした。

日本政府も原発事故に備えて、スピーディという予測を作る優秀なコンピュータを大変なお金をかけて作っていたのです。
それを政府はアメリカ軍には伝えたけれども、国民には伝えない。
福島県には届いていたけど、県民に伝えない。ということで、みんな早く逃げることが出来なかったのです。

      私が非常に心配していること
現在も放射能はあります。
一つは、原発からまだ放射能のホコリが出ています。
原発から水蒸気がウワーッと上がっていますが、当然あの中には放射能が入っている。
それから非常にレベルの高いホコリもいっぱいありますから、風で当然舞い上がるわけです。
非常に大量です。

それは原発が爆発した時と比べれば、はるかに少ないけれど、しかし、普通の日常的な世界であったら、どの1日があっても世界的な大事故になるようなレベルのものが、今でも出されている。

もう一つ、私が非常に気にしているのは、全国で牛肉が、セシウムで汚染されて出荷停止になった。
その原因は、全国で宮城県の稲わらが牛の飼料にいいというので使っていた。
その稲わらがセシウムで汚染されていたからです。
ということは、稲わらだけじゃなく、周辺にある草や落ち葉が、同じように汚染されているということです。

こういう稲わらや落ち葉を、普通どうしていたかというと、飼料にする以外は、全部野焼きでどんどん燃やしていたのです。
宮城県の稲わらが多い時で1㌔当たり1万数千ベクレルという非常に高い放射能が出ましたけれども、いま、放射能の付いた枯草を野焼きしたら、放射能は煙と一緒に飛んでいくか、後の灰に残るのです。

高速道路を走っていて野焼きの煙で先が見えないことがありますけれど、それはみんな近くに落ちるわけです。

燃やして重さがうんと少なくなって、放射能が全部灰に残って、重さが全体の20分の1に減ったとします。
そうすると放射能は減りませんから、燃やしたために重さ当たりの放射能は20倍になるということです。
今でも野焼きを続けています。
どんどん燃やしています。

私は、この野焼きが危ないと、あちこちで言ったのですけれども、結局ちゃんと取り上げられなくて、野焼きは全然規制されていないのです。

その結果、放射能の煙を呼吸しています。
野焼きだけでなくて、薪ストーブが同じようにとても問題なのです。
農村部とか山間地帯に行くと、自分の敷地内にある木を切って乾かして、それを燃料にしたりいろいろ使っているのです。
それから残った灰は、焼畑農業と同じで、全部肥料として畑に返しているのです。

これは考えればすぐわかることです。
それを規制するということは非常に簡単な話ですけれど、それをやっていないです。

そういうことで、農村地帯の野焼きとかゴミ焼きや薪ストーブ、これによる大気汚染、呼吸器からの内部被ばくは、もしかすると、原発の大爆発によって起きた空気による汚染よりも高いかもしれない。でも、そのデータはまったくありません。それを心配しています。

      放射能は消えない
原発の事故が起こる前から文部科学省の指示で、どの県も降下放射能*というのを測っていたのです。
降下放射能というのは、上から落ちてくる放射能です。

普通何マイクロシーベルトというのは、地面からくる放射線ですけれど、降下放射能というのは、放射線を出す粒が空気にフワフワ浮いている。それが落ちたものを測っているのですけれど、福島県と宮城県は地震でこの計器が壊れました。

福島県は2か月もしない内に測り始めたのですが、宮城県は機械が壊れたからと言って、12月まで測りませんでした。

それで、放射能で汚染された稲わらを食べた牛の牛肉がうんと汚染されたのが分かって、その原因は上から落ちてきた降下放射能ですが、これは全然測っていない。
その後、野焼きとかでどのくらい降下放射能があったのか、宮城県はデータをとっていないので、まったく分からないのです。

福島県はばく大です。
山形県も相当やられています。

山形県よりも宮城がはるかにやられているはずなのだけれど、それを東京に持って行って測ればよいことを怠ったのです、宮城県は。

それで現在はどうなっているかというと、フワフワ浮いていた放射能のホコリは風で遠くに飛びます。
雨と雪ではどさっと落ちます。

この放射能はもう消えない。
セシウムなら30年経つと半分になるというだけですから。
それ以外は移動しない限りそこにある。

そうすると、雨で落ちてきたホコリは水と一緒に流れていき、水溜りになります。
水溜りになったものは乾きます。
でも乾くのは水だけで、放射能は全然なくなりませんから、水溜りにどんどん溜まってくる。

それから藁とか枯草というのは水をうんと吸いますから、吸って乾いてを繰り返して、放射能がうんと溜まっていきます。

それから、山の中では放りっぱなしですけれど、公園とかでは人が落ち葉を集めます。当然、落ち葉や草はだんだん腐ったり乾いたりして容積が小さくなっていく。

すると放射能は全然変わらないから、重さ当たりの放射能はどんどん高くなっていく。
そういうようなところが、宮城県にはいたるところにあります。

      福島は原発の一番いい立地場所だった
福島原発を東京電力が造った時に、一番いい立地を考えたのです。
その後はだらだらと基準を下げて、どこへでも造るようになりましたけれど。

つまり、事故が起きた時、東京から離れていて、東京が汚染されないで、放射能は海の方へ行く。
太平洋に面していて、放射能が出たら湾の中じゃなくて全部大海に流れ出して、しかも大きな海流で運び出してくれる。
そして、そこへいつでも西風が、陸から海へ吹いている。

そういう立地を福島県に見つけたのです。

その前に茨城県に原発を考えた時も、同じでした。

あの時の風向きで放射能は宮城側に来ました。
その後、白石まで来たところで風向きが北風に変わったので、福島の中通りが汚染されたのです。
もし、この時にあと数時間同じ風向きが続いていたら、仙台は福島と同じです。

これは後になってわかったことです。
だから仙台でも汚染される可能性があったから、仙台の人も福島の人も、あの時点では出来るだけ逃げなければいけなかったのです。

今、福島とか郡山も非常に汚染がひどいのです。立ち入り禁止にできなくても、本当は住んではいけない、それくらいのレベルです。

非常に汚染された海
次は海です。
海は非常に汚染されたのですが、陸地と違って水があって希釈されるし、流れていくものです。
はじめに一番多かったヨウ素は、今はもうほとんどありません。

この図はアメリカ海軍が作ったものです。

黒潮の海流が南から、親潮の海流が北から来ます。
二つの大海流です。

福島から出た汚染水は、親潮の大海流で南に運ばれる
。それで黒潮とぶつかって東に行く。
それから互いがぐるぐるぐるっと渦を巻く。
渦を巻いて仙台に行くのです。

そして空気と違って、海流は常に一定していますから、何か月も同じような状況が続いています。
こういう図があると、どういうふうに注意したらいいか、とすぐにわかるわけですけれど、日本政府は発表しないのです。

「餓死しても食べてはいけない」
今度は食品の問題です。

去年の事故が起きた後、国は暫定基準を作りました。
その内容は、ヨーロッパで作っている暫定基準とほとんど同じものです。
ヨーロッパではなぜ放射能に対してきちんとしたものを持っているかというと、原発事故というよりは、アメリカとソ連の間で核戦争が起きて放射能の汚染が起きた時にどうするか、ということを非常に心配して、真剣に取り組んでいます。

スウェーデンでは、大きな洞窟に飲料水をたくさん貯め込んでいます。

それで、暫定基準というのは、「3日以内くらいに安全なものを支給するから、汚染された水は飲むな、食べるな。どうしてもこれ以上食べないでいると、餓死してしまうかもしれないというときでも、これ以上は食べるな」という基準です。
それとほとんど同じものが、日本政府が発表した暫定基準です。

暫定基準というのは、今言ったように、「餓死しても食べてはいけない。どうしても我慢できないときには、これくらいはやむを得ない」というような基準です。

ところが、日本政府は、「暫定基準は安全だ。これ以下の量を心配するのは、心配し過ぎだ。不安をあおる悪質な行為だ」というふうにずっと言ってきたのです。

宮城県知事は、牛肉が暫定基準以上に汚染されて出荷停止にしましたが、4週間後に解除しました。
詳しいことは言いませんが、あの大きな牛の体の中にあるセシウムが、4週間では1割も減りません。
だから減って解除したのではなくて、禁止した時には高いレベルの牛を測ったから禁止したと。
解除するときにはもともと低い牛を測ったから解除したと。
それだけの話です。

でも、解除してからは全頭検査をすることにしたのです。
検査して解除するという記者会見をした時に、記者から質問が出ました。
「これからどういうふうに安全を確保するのか」と。

知事は「それはちゃんと測って、安全であるということを消費者に知らせる」と。
その時の新聞記者の質問は「測ったら測定値を発表するのか、しないのか」という質問でした。

知事は「消費者はそんなことを言っても理解しないから発表しない。安全だというだけで十分だ。安全であるということは、今の暫定基準よりも高くないことである」と言いました。
だから、500ベクレルまでは食べさせるという基準です。

      食べものは、「100ベクレル」で安全
そして、今年(2012年)の4月から、食べ物の放射能が暫定基準から新基準*に変わりました。
飲料水は200ベクレルから10、牛乳は200から50に変わりました。

それで多くのマスコミではこれを歓迎しています。
厳しくなって安全になったからいいだろうと。

私は違うと考えています。
例えば、牛乳は50ベクレルになりましたけれども、牛乳というのは、地域とか農家ごとに測っているのではなくて、たくさんの量を集めて、混ぜたものを測るのです。
だからどこか一軒でうんと高いのがあっても、全体が薄められて、測定値が低くなってくるのです。

そうすると、今まで原発がどうなるか分からないという時期に、一番高いものでも30ベクレルでした。
今はかなり安定してきましたから、大体見通しが立つわけです。そうすると50ベクレルに変えたところで、何もしなくてもいいという値なのです。

普通の食べ物は、今まで500ベクレルだったのを100にしました。
しかし、これには例外が三つあるのです。
米と牛肉と大豆です。政府の説明は、「市場の混乱を避けるために、この三つについては、新しい基準を使うのは遅らせる。
米と牛肉は半年後の9月30日まで、大豆は12月31日までは、今までの基準でよろしい
。加工食品は賞味期限まで売ってよい」と。
米の場合、「新米が出来るまでに、今までの汚染された米は全部売ってしまいなさい。売りきれなかったものは米の粉にしたり、煎餅や餅に加工して商品にしておきなさい。そうすれば今まで通り売って全然構わない」ということです。

この三つの品目が、新しい基準になったことによって、もし、流通量がその分減ったら、はじめて有効だと考えられるわけだけれども、実際は汚染食品の流通は、まったく減らないです。

だから、被ばくを少なくするためにはまったく役に立たない。
それは新基準が被ばくを少なくすることを目的としているのではなくて、「出来るだけ汚染された食品を食べさせる」ために、形の上で決めたものだからだと思います。

別の考え方があったら、どうぞお話して下さい。

      原発で 「100ベクレル」は、危険なゴミ
1か月くらい前に、東京電力の新潟県にある柏崎・刈羽原発に、どこかのテレビ局がインタビューしました。
「放射能で汚染されたものを、どういうふうに処理しているのか」と。
そうしたら、「法律通りきちんと、今までの基準でやっています」と。

その基準というのは、「1㌔㌘当たり100ベクレルを超えるものに関しては、原発の敷地から外に絶対出さない。
焼却処分をして容積を減らし、ドラム缶に詰めて何十年も原発の敷地内で保管します」と。

原発の敷地から外に持ち出してはいけない、普通の人を近寄らせてはいけない、これが1㌔㌘100ベクレルです。

これは食べる量でなくて、危険だから、原発から運び出してはいけない基準だということです。

それから、原発は必ず、放射能を空や海に出していますが、この時、汚染水として海に流してはいけない基準は、1㍑つまり1㌔当たり90ベクレルです。

事故の後の飲み物の暫定基準は、200ベクレルでした。原発から海に流してはいけない基準の倍以上でも、飲んでいい、その5倍以上の500ベクレルを食べていいと。
食べていいどころか、心配して食べないというのは不安をあおる行為だと、そういうふうに国は説明しました。

      毒物の測定の仕方
新基準が出来る前から、野菜についてどういうふうに取り組んできたかというと、例えば、静岡県、神奈川県でも、キャベツが汚染されているとわかると、仕方がないから測るわけです。

そうして、500ベクレルを超えると、基準を超えているから出荷停止にするのです。

しかし、測った畑は出荷停止にするけれど、その隣の所は測っていないから停止しないのです。

それから同じ畑の中でも、キャベツは測ったけれどほうれん草は測っていないから、ほうれん草は出荷停止にしないのです。
そういう測定の仕方をずっとしてきました。

国とか自治体は、消費者の皆さんに安心していただくために、「安全を証明します」という測り方です。

ところが、毒物の検査というのは、毒がないのかどうか、毒がありそうなところを探して測らなければいけない。
放射能は、一番放射能がなさそうなところを測るものだから、いくら測ってもそれが全体の傾向を示さないのです。

それから、宮城県でも米とか牛肉とかいろいろ汚染されましたけれど、それをコンピュータで県とか国の役所のデータを調べても、最近1週間のデータしか出さないのです。

だけど私たちが本当に知りたいのは、いつごろ、どれくらいまで出ていたのだろうか。その後どうなったのだろうか、ということなのですけれども、それを知らせないのです。

いっぱい測っているけれど、いっぱいクズのようなデータを集めて、肝心のデータを埋もれさせてしまって使えない。これはちょっといい過ぎかも知れない。
いろいろな考え方があります。

      国は内部被ばくを無視している
今度は内部被ばくの話です。
外で測って何㍉シーベルトとかいいますが、これは主にセシウムです。
ガンマ線を出すゴミが地面にいっぱいあるわけです。
これを測っているのです。これが外部被ばくになります。

もう一つ、体の中にセシウムを取り入れてしまって、それで被ばくするというのがあります。
これが内部被ばくです。
これは極めて重要です。
国の内部被ばくの危険性に対する評価は非常に低い、あるいはほとんど無視している。
そういう専門家がリーダシップを取って今の政策を作っています。

      外部被ばくが心配で
会場からの発言
【内部被ばくの話に入る前に……。娘が通っている幼稚園が裸足での保育を奨励しているのですが、土を測ったらセシウムが100ベクレル。その外部被ばくをとても心配して、何とか説得して娘に靴を履かせているのですが、足に外部被ばくで100ベクレルくらいだと、どのような状況なのかということを、聞いて帰りたかったのですが。】

外部被ばくの場合は、セシウムから出るガンマ線は、これは紫外線とかレントゲンとそっくりです。
光がポッと飛んでくるのです。
普通の光だと、紙1枚でも止められますが、レントゲン線もガンマ線も鉛や鉄の板でないと止められない。
みんな通り抜けていきます。

つまり、靴を履いていてもガンマ線はまったく避けられないのです。
ガンマ線の100ベクレルという量は、そんなに高い量ではないから、それ自体は裸足で歩くかどうかということはあんまり問題にならない。
裸足で歩くと小さい傷を作って、そこから放射能を取り込んでしまって、内部被ばくになるかもしれない。
そちらの方がむしろ問題です。これでいいですか?

      被ばくと距離の違い
放射線というのは、例えば、電球で明かりをつけた時に、そのうんと側では明るいけれど、離れると暗くなります。
あるいは電球にうんと近づけると熱いです。離れると熱くないです。」放射線は距離の2乗に比例して少なくなる。
だから1㍍の所で被ばくしたのか、100㍍の所で被ばくしたのかでは、距離が100倍違うから100の二乗、100×100は1万。だから1㍍と100㍍では100倍、1㌢と1㍍でも100倍だから、被ばくとしてはそれぞれ1万倍の違いがあるわけです。

そういう放射能を飲み込んでしまったら、距離はほとんどゼロですから、危ないわけです。
環境で外部被ばくする場合は、そこを通り過ぎてしまえばいいわけだけれども、内部被ばくの場合は、その距離がうんと近づいているから危ないというのと、体に入ったものはずっと残っているわけです。

そういう意味で内部被ばくは厳しい。

      セシウムとストロンチウム
セシウムを取り込んだ場合ですと、体の中の水に溶けて存在しています。そしてくるくると体の中を動いていますから、体中をまんべんなく放射線で被ばくさせるわけです。
子どもだとだいたい1か月で半分くらいがオシッコから捨てられて、半分だけ残り、2か月から3か月でその半分くらいになります。

それに対してストロンチウムは、ベータ線だけで、ガンマ線を出さないので、普通の測定機で測るのは難しい、ということを口実にして、あまり測っていないということがあるのです。

セシウムよりは少ないけれども、ストロンチウムもたくさんあるはずで、これは体の中に入ると、ほとんどカルシウムと同じ動きをします。
セシウムのように、水の中に溶けてぐるぐる動くんじゃなくて、骨の中に固まってしまうのです。
固まったが最後出ていきません。
何十年でも残っている、という点で厳しい。

もう一つは、骨というのは体を支える働きとは別に、血液を作る働きがあります。
赤血球も白血球も全部、骨の中で作られています。骨の中にストロンチウムがあると、血液を作っている細胞は、すぐ側から放射線を浴び続けます。

同じ内部被ばくでも、ストロンチウムとセシウムとは被ばくの仕方が大分違うところがあります。
どちらにしても内部被ばくというのは、外から放射線を浴びる外部被ばくと違って、放射能の塊りを飲み込むと、その塊りの大きさと、それがどこにくっつくのか、ということで大いに違うのです。いずれにしても内部被ばくというのは、外部被ばくとは違って特別な意味があります。

それで、初めに放射線は紫外線とちょっと似ていて、いろいろなものを少し壊すということを言ったわけですが、内部被ばくをしていると、体の中のすべての物質を少し壊して、少しボロボロにするのです。
たんぱく質や糖なども少し壊す。皮膚のカサカサしているのもそうですけれど、その中には遺伝子もあるわけです。

普通の細胞というのは、ほとんど毎日一定の数を壊して新しい細胞を作ります。
その新しい細胞を作る時には、遺伝子を全部複製しているわけです。

その遺伝子が一個壊れてしまうと、その細胞から作られてくる細胞の遺伝子は、ぜんぶ壊れっぱなしです。
そうすると、急性障害だけではなくて、時間が経ってからいろいろな障害が出てくる。
その一番代表的なのはがんですが、遺伝子だけではなくて細胞も少し壊れます。

それは老化と同じで、老化に伴ういろんな病気が出てきます。

ところが、日本の政府と政府が根拠としているICRPというところは、こういう作用を全く認めていません。
一切ないと断言しています。
認めているのは長期障害としては、甲状腺がんと白血病だけです。

      被ばくを避けるために
それでは、食べ物と空気でどういうようなことを注意すると被ばくが避けられるか、という話です。
フランス政府が日本に住んでいるフランス人のために指導していましたが、それと同じことです。

一番重要なのは、汚染されている物を食べないことです。
本当は、汚染されている危ない物は流通させないというのが一番いいことで、それが一番簡単なのですけれど、日本政府はそれをやっていなくて、むしろ流通させていますから、いろいろ測ってみないと危ない。

それで測って安全だと思うところは食べたらいい。
ただし、国が言うから安全だというのは、ダメです。
さっき言ったように、原発から持ち出してはいけない100ベクレルの5倍、500であっても安全だと言っていますから、ダメです。

そうではなくて、どのくらい放射線が出ているか、そして、それを自分は安全と考えるかどうか、それを自分が決めることです。

まず、危ない所で作られたものは、安全だという根拠がなければ、避けた方がいいです。

これは「原発事故が起きたから、汚染されたってしょうがない」ではなくて、その後の対応の仕方です。

いろんなお母さんたちの運動があって、福島でもちゃんと管理されていて大丈夫な物がある。
ただ、それはちゃんと確認してから食べさせましょうと。

それをしないで地元だからとか、被災地を助けるためにといってやってしまうと危ない。

特に測定するのが、一番危なさそうな物じゃなくて、一番少なさそうなものを狙って測っているから、危ないところがあります。

      ストロンチウムは食べない
会場からの発言
【先ほどのストロンチウムのことが、私も気になっていたのですが、例えば、福島の牛乳が不検出で、宮城のよりも安全かもしれないということなのですが、カルシウムと同じように入るということは、牛乳にもストロンチウムが入る可能性があるということ……。】

ストロンチウムはほとんど測っていないので、分かっていないのです。
チェルノブイリ*でたくさんの放射能被害が出ましたが、そのうち最も重要な物の一つがストロンチウム被害です。
チェルノブイリ原発というのは、ソビエトのとても広い、世界で最高レベルの農業地帯の、陸の中にある原発です。
だから放射能が全部陸に落ちたわけです。

原発が爆発した次の日から、いろいろ隠したこともあるのですけれども、日本のように、わざわざ放射能を含んでいる物を持ってきて、食べろなんて馬鹿なことはしていないし、1日で5万人の町を全部移動させるということもやったのです。

ああいう原発の大事故というのを、まだ人間は経験していなかったということもある。
ソビエトの政府が悪かったということもあるけれども、被ばく対策が、特に食べ物の対策が良くなかったのです。

ホコリになって落ちてきた放射能の中に、ヨウ素とストロンチウムとセシウムの三つが最も多いですから、ヨウ素をたくさん吸ったり、食べたりしたために甲状腺がんがたくさん出た。

それからセシウムのためにいろんながんが出た。
そしてストロンチウムが草の表面にいっぱいついた。
それを飼料として牛に食べさせて、牛乳の中にストロンチウムが出て、その牛乳を通してストロンチウムにうんと汚染された。

日本の場合は、一番危ないのは魚です。
ストロンチウムは骨に溜まります。

普通の海草と違って、小魚の骨には固まってしまったストロンチウムが水の中よりもはるかにたくさんあります。それを食べたちょっと大きい魚が全部それを吸収して骨に固まる。それをさらに大きい魚が食べてまた固まる、というふうにして、ストロンチウムの場合はどんどんどんどん生物が濃縮していきます。
これは極めて大切です。

これはヨウ素とかセシウムにはないです。魚は注意で、とにかくストロンチウムの入った物は食べない。

      茹でてセシウムを減らす
今、実際に話題になっているのはほとんどセシウムです。
これは細胞の中の水にたくさん溶けています。だから割と調理の仕方で工夫できる。

どういうことかというと、細胞を壊してしまうと、セシウムが中の水といっしょに外に染み出てくる。
だから、茹でるとセシウムは外に流れ出します。

野菜でも麺類でも、3分間茹でるものがあったとします。
そうしたら鍋を二つ用意して、お湯を沸かしておいて野菜を入れる、あるいはそばを入れる。
それで2分間グラグラと茹でます。
そこで、ざるを使って湯をパッと切ります。
新しいお湯をジャーッと入れて、残り1分間茹でる。
そうすると、計算では、1回目で10分の1に、2回目でその10分の1になるので、結局1%まで減らすことが出来る。
これは私のお勧めです。

それから米のヌカ。
ヌカは米の周りにあった膜が乾いたものです。
乾いたというのは水はなくなるけれど、ヌカの中には放射能が残っています。
これはよーく研いで捨ててしまえばいいのです。
ゴシゴシと洗って、粉になったヌカをなくす。そうするとかなり無くなります。

      カリウムも有害な放射能
会場からの発言
【セシウムとカリウムを比較して、テレビなんかでも、カリウムがあるから大丈夫なんだと言っていますが、セシウムとカリウムの毒性っていうのは、どういうふうに違うんですか。】

ほとんど同じだと考えていいです。
人間の体はかなり放射能を持っていて、一番多いのはカリウムです。
大体60㌔㌘くらいの体重の人で数千ベクレル持っているのです。

そうすると、そこにセシウムが100ベクレル入ったところで、それほど大きな違いはないのではないかと考えています。

カリウムというのは体にとって非常に重要で、それがないと生きていけないから、カリウムの濃度というのはきちっと調節されているのです。
だから、カリウムをたくさん摂ると、どんどんオシッコになって捨てられる。
少ししか摂らないと、体にとってはとっても大切だから溜め込む。
カリウムはたくさん摂っても、少ししか摂らなくても体の中にある量はあまり変わらないのです。

だから実際に、いま問題になっている食品のセシウムよりはカリウムの放射能は多いです。
それでもセシウムの放射能を避けるための一番の原則は、それを食べないということです。
食べた物を捨てるみたいな努力というのは、あまり重視すべきではない。
いろんなサプリがあるけれども、あれは全部詐欺みたいなもので、あんなのをやってはいけません。

私がお勧めするのは、カリウムをたくさん摂ることです。
そうすると、カリウムと一緒にセシウムが尿に排せつされる。

恐らくカリウムが全然放射能を持っていなければ、人間や動物はもう少し病気が少なくて、もう少し長生きしていると思います。
カリウムは自然の放射能だから、人間の進化の中で適応してきて大丈夫だというけれど、そんなのは正しくなくて、恐らく有害だけれども、それを必要な物として使ってきたというだけの話です。

よろしいでしょうか?

      東電がまともな補償をしないために
今、どういうふうに食品の放射能を避けるかということをお話しましたけれども、スーパーに行って、安全な地域の食品を手に入れようと思って買います。
それはそれでいいのですが、被ばくについて関心のある消費者は、汚染された地域の物は買いません。
だから売れる量がうんと減っています。しかし、それは処分されていません。
ということは、誰かが買っているのです。

だから個人で避けることが出来る物はかなりあるのだけれども、避けた分は社会的に避けたことになるかというと、その分誰かが食べているということで、全然避けたことにならない。

なぜ、こういうふうになっているかというと、汚染された野菜や肉、魚などに対して、東電がちゃんと補償していないからです。
それは国がグルになってやっているからです。
つまり、ここは汚染地域だから作るな、流通させるな、食べるな、その分全部補償する、というようにやればいいのだけれど、そうではなくて、非常に高い基準値を作って、それ以下の所では作りなさい、売りなさいと。

それで売れなかった分、あるいは、売ろうとしたけれど値段は安くなった分、その分だけは補償しますと。
これが今のやり方です。

だから農家は汚染した物は作りたくないと思っても、作らないとお金が入ってこない。
多くの農家は、いやだと思いながら作っている。

だから、汚染食品を食べないように注意するだけでは、全体としては全然解決しない。
そういう変な社会のあり方、そういうことを変えないと、本当の解決にはならないと思います。

      セシウムの本当の危険性は分かっていない
会場からの発言
【先程のカリウムとセシウムの話なのですが、前テレビで村井宮城県知事さんがカリウムとセシウムの内部被ばくのことを話に出して、はっきりと、カリウムは普通にたくさん体の中にあるものだから、セシウムも全然大丈夫です。心配しないでいいとはっきり言っていたのですけれども。先生のお話を聞いていて、セシウムはそんなに怖わがらなくてもいいものなのかなと、ちょっと今思ってしまったのですけれども、そうではないのですか。】

それについては、セシウムはとても有害だから注意しなければいけないし、避けなければいけないのです。
ただ、セシウムの内部被ばくがどのくらいの量が、どのくらい有害なのかということは、はっきり分かっていないのです。
誰も実験していませんから。

ただ、体にカリウムがあるから、セシウムは大したことはないというのは、全然間違いです。
まして30ベクレルではなくて何百というのを摂ったら、体のカリウムよりはるかに高くなるから、セシウムが安全だという根拠はまったくないです。

実はチェルノブイリの後、たくさんの健康被害があったというのは、「老化が進んだ、いろんながんが増えた、子どもの発育が悪い、先天異常が増えた、早期出産が増えた、低体重の子どもが増えた、知能の伸び方が悪い」など、こういう調査とか論文が何百もあるのですけれども、ただそれをICRPとか日本政府が認めていないのです。

甲状腺がんと白血病だけしか認めていない。
認めていないというのは、知っていても、知らんぷりして認めていないのもあるし、知った上で認めていないのもある。

それは、チェルノブイリの後、被ばくを受けた地域で、そういう健康障害が出たというデータは出せるのだけれども、その原因が放射能なのか、事故の後、ソビエトという国が崩壊してメチャクチャになってしまったので、経済状態が悪くなったためなのか、何が原因なのかが分からないのです。

それで安全だと言っている人たちは、そういう健康障害は全部精神的なストレスの結果だと断言しています。
放射能の汚染をうんと受けた地域で、たくさんの被害が出ているということは事実としてあっても、その原因について放射能だという証拠がないと言って認めない人たちが、精神的なストレスだと断言する証拠もないのに、精神的なストレスだと断言しているのです。

いいですか?

      1000人に1人死んでもOK?
チェルノブイリの後で、がんが増えたということですが、私がここでお話しておきたいことの一つは、日本人は70過ぎると、というか日本人の半分はがんになります。

20ミリシーベルト被ばくすると、1000人に一人ががんで死ぬと。
これは国も認めている数字ですが、この1000人に一人ぐらい死んでも、たかが知れているというのです。
なぜかというと、日本人は半分ががんで死ぬから。

これは私はとっても人を欺くひどい理屈だとふうに考えています。
どなたかそれ、なぜ、私が変だと考えたと思いますか? ……。

日本人は半分ががんになり、3分の1はがんで死ぬんだから、1000人に一人くらいがんで死ぬ人が増えても、大して変わらないだろうと。
これはこういうことです。

老人ががんになるというのは老人病です。
一つのがんは年齢が倍になる
と大体30倍出るのです。
年齢が4倍になると900倍。
だから全体で平均すれば、日本人の半分はがんになるけれど、20代、30代でがんになるのは非常に少ないです。

若い人が何十倍も増えてがんで死んでいってもいいというのですか。
それはないでしょうというのが一つ。

それからもう一つは、放射線で1000人に一人がんで死ぬといいましたが、自分の人生であるいは子どもの人生で、1万分の1くらいのリスクだったら決めることは、いくらでもあります。

例えば、子どもを学校に毎日通わせます。
そうすると家で引きこもっているよりは交通事故の危険性は増えます。
だけど、みんなは子どもを学校に行かせる方が、交通事故を心配して引き込ませることよりも利益が大きいことを知っています。

放射能の場合には利益もないのに、勝手に向こうから押し付けてきたものです。
これを当然という、これはとても変なことです。

それからもっとまずいことがあります。
自分の人生で1万分の1のリスクを承知して、何かを手に入れるということはあるけれども、これは個人の判断です。県知事とか教育委員長が自分の責任を持っている人が、例えば生徒が10万人いたとする。その10万人に対して、20㍉シーベルト*被ばくして、1000人に1人死んでもOKよ、と言ったら、100人ががんで死にます。
1000分の1というのはそういう数字です。

個人にとってみれば1000分の1ですけれど、10万人に責任ある人が1000分の1でもOKと言えば、必ず100人死ぬのです。
誰が死ぬのか分からないけれど。

今の社会でその人がやるべきことをやらないで、これくらい構わないと言って、その結果100人が死ぬ。
こういう権限を特定の個人に与えていいのか、平気でそんなことを言っていいのか、言わせていいのか。
これは、ものすごく恐ろしい社会です。
そういう意味で私はまずいと思う。

こういうのは医学の問題でなくて、考え方の問題だから、誰でも考えるとすぐに分かる話です。

      自由に、一緒に考えられる社会に
これが最後です。

今の日本の社会というのは、原発が爆発して、放射能の問題が出ても、避難や被ばく措置を日本政府はとらなかった。

外国と大企業は逃げた。それで外国と大企業の人が、危ない所から逃げる、避けるということをやるのは正しくて非難されない。

しかし、福島や郡山から、お母さんだけが子どもを連れて逃げた人がたくさんいますけれど、そういう人たちは非難される。
そういう人たちの中で離婚した人がとても多い。

それから戻った時の理由というのは、安全だから戻ったのではなくて、仕送りがしてもらえなくなったから戻った。
そういう人がとってもたくさんいます。

今、放射能の話をすることがタブーだから、それに対して問題意識を持っている人は、みんな非難されて、家族生活も近所とのつながりも、全部できなくなった。

そういうお母さんたちが学校の給食を、特に牛乳が心配だから測ってほしいと言っても、これはいまは測るようになったけれど、何か月も測らなかったです。

そういうことを申し入れると厄介者扱いされて、2回言いに行った人は、「あなたは気にし過ぎだから、精神科の医者を紹介します」とまで言われた人さえいます。

給食の放射能を測ってほしいと言っても測らないから、子どもに持ってこさせてそれを測ると、これを窃盗扱いにするのです。
そこにいた教師、放射能問題に関心を持って、子どものことを心配していた教師が、別にそれに関わっていないのだけれど、窃盗をそそのかしたと言って教育委員会から指導を受けているのです。
この指導、3回受けると処分です。

学校は子どもに不安を与えてはいけない。だから、勝手なことを言ってはいけないという理由で、学校の先生は放射能のことについて、自分の意見を言うことをすべて禁止されています。

学校の先生が、自分が正しいと考えることを言うこともできないところで、子どもの教育がされているという、これは放射能の問題と同じくらいに、あるいはそれ以上に、とても恐ろしいことだと私は考えています。

さらに深刻なことは、福島県立医大では放射能について話題にすることも出来ない。
研究をすることも出来ない。
実質的には禁止されています。
戦後初めてのことです。
戦前は軍国主義の中でたくさんありましたが、それくらいのことが、いま起きています。

特に異常なのは、事故を起こした責任者らを処罰しないで、今でも原発の事故とそれから原発の指揮をしている。

東電は、原発から飛び散った放射性物質は東電の所有物じゃない。したがって、除染の責任は持たないと。
基本的に国も認めています。

そして原発の危険性を批判して、こういう対策をすべきだと言ってきた専門家をずーっと排除したままで
す。
今でもそうです。
そのために避けられるべき対応をとらずに、間違いを拡大したのがいくつもあります。
細かいことは省略します。

ということで、自由にものを言ったり、議論したりすることが出来ない社会、本当はこれが一番大きな原発の事故の原因である、と私は考えています。
自分で放射能を避けるための努力をすることはとても必要だけれども、ここまでものが言えない社会を、もっと自由で、安心してものを言って、一緒に考える、そういうことが出来る社会、そういう人間関係を作っていくことが、とても大切だと考えています。

主催者:ここで質問のある方は挙手をして、どうぞお話し下さい。
質問
【多賀城市はまだ土の放射線を測っていないのですけれども、ある保育所で自主的に測ってみたら、400ベクレルくらい出たということを聞いたのですが、どんなことに気を付けたらいいのか教えてほしいのと、セシウムが土や砂に付着して、雨が降ると、セシウムだけがそこから溶けだしていくものなのか、付着したままなのかと。それから、給食は2学期から測ることになったのですけれども、その測定機器は測定限界値が25ベクレルだそうです。その問題点と、最後に、一番聞きたいのですけれど、今年度の予算を見ると、子どもたちの健康を守る予算は、国からは1円も来ないのです。そんなことで多賀城市の子どもの命を誰が守るのですか、って市長さんに詰め寄りましたら、返答がありませんでした。甲状腺がんの検診をするのは、天文学的な知識というか技術がいるから、誰でも出来るもんじゃないみたいなことを言われる先生もいて、じゃあ一体、子どもたちの健康をどんなふうにしたら守っていけるのか、ということを……。】

土とセシウムの話ですけれど、普通の石や土と同じに考えたらいいんです。粘土は顕微鏡で見ると、小さい土がいっぱいあるので、そこに入り込むのです。
石の粉のような砂はつるつるしているから、滑っていくのです。
粘土とか枯葉とかそういうものがいっぱいある所はしっかり溜め込む。
それから全体が細かくなったような石の場合は、割と通っていく。
それでもだいたい1年間に数㌢下に沈んでいいくだけであろうと。

だから地面の表面にあるセシウムというのは、10㌢よりも深い所にはほとんどなくて、いまだったら5㌢の所を取っただけで、ほとんど取れるということです。

その保育園で400ベクレルということですが、いま場所によっては、ゴミが集まって乾くような場所とか、ゴミをどこかにどさっと集めた所というのは、恐らく数万ベクレルの所はいっぱいあると思います。

だから学校、保育園をどうするかということだけではなくて、そういうことの全体が問題なのです。

いま除染活動というのを盛んに言っていますけれど、放射能というのは人間の力では、何をしても全く減らすことができないのです。
勝手に半減期で減るのを待つだけです。
人間の出来る除染活動というのは放射能を移動させることでしかないのです。
だから、除染というのは人間にとって危なさそうなところから集めて、一か所にまとめて管理する、これが除染活動です。

だから除染活動をきちんとやるためには、集めた物を、どこに、どれくらいの量で、どういう形で集めるかという最終処分場です。
最終処分場を決めてから、除染活動というのがはじめて出来るのです。
ところが国はそれをまったくやっていないのです。

これは考えれば非常に簡単です。
東電の福島原発の周りは、人が住んではいけない所ですから、それをきちんと理解して、そこに全部集めて厳重な管理をする。
それ以外に方法はない。

焼却して放射能が何十倍にも濃縮された灰を作ったり、まして、煙にして大気に拡散すべきではありません。

放射能というものは有害な物だから、出来るだけ少なくしなければいけない。
ここまでだったらOKという値はない。放射能に関しては法律は何十もありますけれど、みんなそういうふうになっています。
これが基本です。だから、ここまでは安全というのはないのです。

あとで測れといういろいろな要求が来てから測るようになったけれど、食品の放射能も本当は測ること自体が無駄なのです。
測るのではなくて、はじめから生産させない、流通させない、これが一番なのです。

国の総予算でしょ。国の基本的な立場は、「これくらいの放射能は有害ではない。心配してストレスの方が有害だ。だから国と行政は心配しないように援助することが必要だ。そのために施策をする」と。
だから今くらいの放射能で被ばく障害は出ないから、そんなことに対して対策は必要ない。
そういうことを、本当に、そう言っているんです。
だからそういう予算になります。
酷い話なのです。答えになっているでしょうか、それで。

      検査について
質問
【先生のお考えだと、例えば、私は子どものために、もう少ししたら甲状腺エコーとか、エコーはまあ刺激がない検査なので、それは受けさせようかなとか、何か突然死とかも増えたとかいう話を聞いたものだから、心電図ぐらいは刺激のない検査だから受けさせようかなとか、あと腎臓とか膀胱とかに溜まりやすいと聞くものだから、薬局とかでもタンパクとか簡単に調ベられる試験紙とか売っているので、そういうのを買って、自分で定期的に子どものオシッコを調べてみようかなとか、ちょっと思っていたのですけれど、そういうことは必要ないのですか、どうかなあと思って……。】

そういう検査をする価値はあります。
ただ甲状腺がんの場合はちょっと違いますが、他の病気はもともとすでにいっぱいあるものですから。

一般的に、そういう病気をチェックするためにやる、という意味はあると思います。

だから例えば、心電図検査をすることで放射線障害につなげようと、ま、そういう気持ちはわかりますけれども、心電図を見ていると心疾患のあるものは見つけることは出来るという意味で、それをやるのは私はいいと思う。
ただ、仮に何か見つかった時にそれが放射線が原因であったかどうかについては、一人ひとりについては分からなくて、何百人、何千人のうちの数人がそうだっただろうという話になると思います。

      親がこどもにできることは?
質問
【これからずっと、放射能とのおつきあいは長いと思うのですけれど、親が子どものために出来ることというのは、食べ物を気を付けてあげるということと、後は何をしてあげたら……。】

一番大切なことは、放射能は危ないかもしれないということを、真面目にみんなで話し合える、学校でもどこでも、そういう社会にすることが一番大切だと思います。

それから放射能は害はない、ストレスだと言って、わざわざ放射能を全国に拡散したり、汚染された食べ物を作らせて売らせたり、こういう悪い政府、社会を変えること。
自分のことを気を付けることはとても大切だけれど、それと同時に、とても異常な社会だから、それを何とかしようということが、一番大切だと思っています。


         ・・・・・・・・・・・以下、スライドから・・・・・・・・・
政府や東電を信じて従った人は
被ばく回避の機会を失い、大量に被ばくした
・被ばく回避の機会を失った。
・子どもを雪で遊ばせた。
・マスクをしなかった。
・自家栽培野菜を食べさせた。
・ヨウ素剤も服ませなかった。
その裏で政府・電力会社・大企業は
危険を知り対策をとっていた!


内部被ばくが危険な理由
・放射線源からの距離が近い。
・1㌢では10㍍の100万倍被ばくする。
・体内に、長期間残る。
・同じ部位の細胞が繰り返し被ばくする。
・タンパクや遺伝子変異、炎症を起こす。
・老化、骨髄機能抑制(感染、出血、貧血)
・がん、先天異常、遺伝子的障害


食品放射能の避け方
1) 安全と確認できない食品を避ける。
・汚染地域の測定されていない農作物
・日本周囲の太平洋の海産物
・産地表示があいまいなもの
・国産の加工食品
・米、大豆、牛乳の加工食品は長期間注意
・外食
2) 今問題なのは
・ストロンチウム:骨に固まってしまうので、とにかく食べない。
・セシウム:今、最も多い放射能
3) 調理の工夫
4) 「安全か?」と他人に頼るのはやめ、測定値を知って、自分で評価する。


被ばくを避けると非難される!
自由に恐怖感なく発言できない日本社会

・危険を考えて、避難や、被ばく予防措置をとった
外国政府・ 大企業は批判されないが。
・最も被ばくを受けている地元住民は、被ばく対策を話題にするだけで非難攻撃される。
・生徒の被ばくを心配しても、教師が、給食の放射能や 校庭のほこりを話題にすると
    非難攻撃や、処分を受ける異常社会になっている。
・被ばくさせた加害者が、被害者を非難する社会。


事故を起こした責任者を罰せず、今も原発事故処理と損害補償問題を仕切っている
原発事故の危険性対策を要求してきた専門家を排除した状態が、今も続いている
電力会社の利益優先で、食品と環境破壊をわざわざ拡大させる政府と官僚
自由にものを言えない社会
これを変えずに真の解決はできない

     ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
         講師プロフィール
岡山 博(おかやま ひろし)
略歴:1973年 東北大学卒業、東北大学第1内科、3年間米国NIH
(国立衛生研究所)勤務
研究:遺伝子解析、呼吸器、循環器
現職:1998年より仙台赤十字病院第2呼吸器内科部長
臨床:呼吸器内科(慢性気管支炎、気管支喘息、肺気腫、肺結核など)

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講演会を準備して下さった「放射線被爆から子どもを守る会」と、書き起こし、「未来に続くいのちのために。原発はいらない」誌に掲載して下さった「PKO法『雑則』を広める会」の皆様に感謝いたします。
                  
「放射線の影響とこれからのこと。―――知ろう訊こう考えよう―――」多賀城講演会2012.7.8、録画(講演と質疑)が「放射線被爆から子どもを守る会 多賀城」HPにあります。
                     よろしければごらん下さい。

 http://ameblo.jp/tagajyomiraie/entry-11299713395.html
http://www.youtube.com/watch?v=-iTCYqs7MQ4

アヒンサー「未来に続くいのちのために」50ページ 100円(送料別)(1万部くらい発行されているようです)
ご希望の方は 電話で
  東京都武蔵野市境2-11-4 PKO法「雑則」を広める会 佐藤弓子 様
  電話  0422-51-7602(佐藤 様)
  電話  047-395-9727(小田 様)
”アヒンサー”とはサンスクリット語で命あるものを傷つけないという意味だそうです

良い議論をしよう 

     良い議論をしよう/良い議論のしかた
        良い議論がなぜ大切か
  
                                       岡山 博
要約
・日本は、異なった意見を出し、議論する認識が希薄だ。
・準備された結論を無批判にそのまま理解するか、同意同調させるための会合や会議が多い
・有効で健全な会合や議論になっていない。優れた発言が活きない。
・発言の自由と安全が保障されていない
・良い議論とは1)共通の目的を持った人が、2)異なる意見を提示して、3)共通認識を土台として、4)異なる考えを吟味して深め、5)最後に共有した結論を確認する。
・他人が気づいていないことを発言し、的をはずさず、簡潔・明瞭な、論理的で敬意ある言葉の往復をして、共通理解を確認することが良い議論。
・良い発言・議論をするためには、まっすぐ、真剣、丁寧、誠実な姿勢が基本だ
・相手の発言内容と発言した人の価値を低めようとする言動は、良い議論を阻害し他人を抑圧するルール違反だ。
・日常の個人的な会話や、日本的な人間関係、社会のあり方にも共通している。
・良い議論をすることは、人が互いを侵害せず尊重しあう、豊かで健全な社会や人間関係を作るためにも不可欠だ。

 はじめに
 議論は、同じ目的をもった人が、異なる意見を提示してはじめて、有効で良い議論ができます。
 異なる意見が出されなければ議論ではありません。
 しかし日本では、異なった意見をたくさん出し、議論して認識を深めて共有する認識を得たり、そこで作られた共有認識を基に共同して方針を作るという共通認識が希薄です。

 多くの会合では、主催者や演者の発言を、そのまま理解することが参加者に求められたり、準備された結論を同意同調させるための会合や会議が、日常的に行われています。
 社会的権限を伴うような会議や会合では、関係者や社会から批判されないための形だけの会議を開くことが日常的に行われています。

 そのような場では、始めからまじめな議論をするつもりがないので、まじめに議論する人は主催者から邪魔扱いされることが多い。
 良い議論をしようと考えて優れた異論を提出すると、無視されたり抑圧されたりすることがあります。
 研究会のように、必ずしも結論や決定をする必要がなく、本来は議論そのものが目的であるはずの会合であっても、質問に対して的確で誠実な回答はなく、質問者が了解しない解説的な見解を言って打ち切って、回答に対しての再発言や異論、議論をさせないことがむしろ一般的です。

 行政や企業その他、何らかの結論や方針をだす必要がある会議では、準備された結論に異議を含む発言は、的確な回答や深める議論が出来ないことがあります。
 異論発言と異論を発言した人を厄介者扱いして無視し、同調を強要する。
 それでも発言すれば、恫喝、抑圧し、準備された方針を無条件に受け容れないで異論を提出する人には、意見の内容を越えて、永遠にその会議から排除しようとします。

 議論の場といいながら、現実には議論することを阻み、まじめに議論しようという人を抑圧、排除する。
有効で健全な会合や議論になっていないということです。
どれも議論にあたっての、深刻なルール違反です。

 無条件に従うことをしない人に対しては、更に会議とは関係ない分野にまで広げて、会議と関係ない分野からも排除するなど、発言内容無視に留まらない、発言する人の排除、抑圧、加虐行為事が問題です。
 更にそのような行為が批判されずに繰り返されていることは会議の問題に留まらず、社会としても深刻な問題です。

 このような会合では、優れた発言が活きずに捨てられてしまい、深められて実りあるものになりません。
 同時に重要なことは、発言するということの自由と安全が保障されていないということです。

 そのような不健全な会合は、行政の会議でもっとも顕著にみられる。行政だけでなく企業や職場、その他様々な団体、さらには議会や学術的な研究会・学会でさえもでも日常的に同様な会合と議論が行われています。

 有効で健全な会合や議論とは何か、良い議論をするためにすべきこと、良い議論をすることがなぜ大切なのかについて私の考えをまとめました。

I. 良い議論の進め方/議論の価値と目的
      良い議論とは以下のものです
・ 共通の目的を持った人が、
・ 異なる意見を提示して、
・ 共通認識を土台として、
・ 異なる考えを吟味して深めて
・ 共同して結論を導き出し、
・ 共有した結論を確認する。

           議論のスタートとして何を発言するか
・ 他人が気づいていないか、あるいは共通認識になっていないことを発言する。
・ 新たな自分独自の意見を追加しない同調意見は「意見」とは言いがたい。
・ これを出発点として、以下に述べるように、議論によって内容を深める

         演者や他人の発言に対して、どのような発言や質問をするか
1.他人の発言にについて、自分が、その発言内容に共有・評価できる点を述べる。
  (発言者は、議論を共有したいと考えて発言しており、参加者は共有点があるから会合に参加しているので、意思があれば共有点はみつかる)。
2.提出された異なる意見の中で、自分の考えが異なる点と、根拠を、簡潔明確に述べ、
3.発言した自分の意見について相手に意見を求める。

      自分への意見への回答や、他人の発言に対する発言の仕方
・ 自分に対して発言してくれたことを歓迎し、謝辞を述べる
・ 自分が質問者に同意できる点を述べる
・ その上で、相手の異論・質問に対して、的をはずさず、簡潔で明確な回答をする。
・ 回答したことに対して、質問者の了解か再発言を期待する。

以上のように、的をはずさない、簡潔で明瞭な、論理的で敬意ある言葉の往復をして、共通理解を確認することが良い議論です。

このような良い発言と議論をするために必要なことは以下の基本姿勢です。
1.自分の都合などの打算をいれず、「まっすぐに考える」
2.思考停止や先送りをせず、全力でその場で自分の結論を作ることと、自分の考えを伝える熱意としての「真剣」
3.判断したことが正しいかどうかを吟味する「丁寧」
4.すりかえ・ごまかし・相手の信用を低めるなどの策動をしない、上述1-3を基本にした相手と自分に対するあり方としての「誠実」


II. 会合や議論で、すべきでないこと
前述内容に反することが、議論においてすべきでないことです。

          議論の価値と目的
・ 共通の問題意識と目的を持ち、まじめに議論しようという意思がなければ、健全な議論はできません。

          何を発言するか
・ 共通の結論を得ることを目的とせず、相手を非難することは健全な議論とは別のもの; 相手を批判して真実を明らかにし、相手を打ち負かすための論争は健全な論争としてありえますが、通常の会合における健全な議論とは別に考えるべきものです。
・ 質問の形をとりながら、質問内容が明確でなく、自分の考えを長時間演説してはいけない。
・ 自分の考えを述べるのは、異論・質問を述べたことに対する演者の回答を得てから、回答に不同意であるとして自分の意見を述べる。
・ しかし、日本の会合では、このような言葉の往復が保障されることが少ないので、はじめの質問の際に、自分の考えを述べることはやむをえない場合が多い。この場合でも演説ではなく、自分の考えの結論だけを簡潔に述べる。

      自分への意見や、他人の発言に対する発言の仕方
・ それまで自分が気づかなかったことをだれかが発言したら、自分が気づかなかった内容を発言したことに敬意と尊敬を持ち、考えてなかったことなのだからまず考えてみる。
 そして、同意、共有できるものを探して共有して議論を深めるべきですが、それと逆に、考えもせずに否定する方向で発言を進める人がいます。

・ 例えば、他人の発言や提出された意見や異論を考えて深めようとはせず、発言内容と、発言した人の信用落とししたり否定する方向で、条件反射の如く上から目線で話を進める人がいます。このような人は同じ相手に対して常にそのような姿勢で話します。
 「その発言は好ましくないのではないか」、と穏やかで諭すような言葉で言うか、あるいは高圧的な恫喝的な言葉で言うかは、その場のその人の地位とその人のキャラクターで、幅があります。
 しかし、自分が気づかなかった異論提示について、考えて深めようとせずに、否定して黙らせよう、無視させようとする考え方は共通です。

 このように、相手の発言内容や相手の価値を低める発言をする言動傾向を強く持っている人は、その人が属している小集団の中で出世したい上昇志向性が強い人や、自己顕示欲、支配欲、自分の打算に役立たないことは他人が優れていても互いに讃えあうことをせずに上級者にほめられたい人に多いと思います。

・ 相手の発言内容と発言した人の価値を低めようとするこのような言動は、良い議論を阻害する言動です。
 また、意見を提示した人の価値を低めようという動機と内容を含んだものなので、無礼であり、対等で互いに尊重しあう人間関係や小社会を抑圧します。

・ 抑圧的な発言をする際に、恫喝的あるいは相手に屈辱を与えようとする言動を伴えば、「議論のルール」違反ですが、そのよう意味合いを持つ言動は「議論のルール違反」や人のキャラクターの問題を越えて、他人を侵害するものなので、単に会議運営の問題にとどまらない刑法犯罪と考えるべきレベルの事です(注)。

         会合を主催・運営や、講演をする人がすべきこと
 以上は良い議論をするために誰にも共通な課題です。
 しかし、よい会合や良い議論を実現するために最も簡単なことは、主催者と座長がその意思を持つことです。
 良い議論をしようという自覚を持つ人が、主催者・座長・演者になる機会があるのであれば、その会を、良い議論ができる会として運営することが出来ます。意識して良い会を運営しましょう。
 
 優れた会合を作ることによって、日本社会に広げることができます(注2)。
具体的には、
・ 講演時間以上に自由発言の時間を準備する。
・ 異論発言を歓迎する。
・ 質問に対しては、的をはずさない簡潔な回答を要求し、
・ その回答を質問者が了解したことを確認する。
・ 知識解説ではなく、議論を求める質問については、演者だけが長時間はなすことをさせずに、演者と質問者が立場も、発言時間も対等にする
・ 演者と会場の発言者がルーツにしたがって発言、回答する運営に責任を持つ。

 まとめ
 有効で、健全な議論をするために、私の考えをまとめました。

 本論で述べた内容の多くは、議論に限定されず、日常の個人的な会話や、日本的な人間関係、社会のあり方にも共通しています。
 健全な議論ができない社会は独善的な人々が仕切りやすい、貧しく危険な社会です。
 他人の名誉をわざわざ侵害して侮辱を与える日本的言動傾向は、社会の人々全体の幸福の量を減らし、人の苦痛をわざわざ増やしています。

 良い議論をすることは、人が互いを侵害せず尊重しあう、健全で民主的な社会や人間関係を作るためにも不可欠です。

 気持ちや感情表現を過度に強調せず、言葉・論理・議論を大切にして、言葉・論理・議論についての能力・情熱・自覚を育てることが、日本の人と社会には必要と私は考えています。

(注1) 刑法第230条:「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、3年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する」

 日本の刑法は、憲法とは異なり、戦前の刑法を部分的に手直ししただけで、十分民主社会に合致したものといえない部分がある。
 多くの先進国では「侮辱罪」が明確に規定され、他人を侮辱することは強い罰則を伴う刑法犯罪として取り扱い、個人の名誉を法的強制力をもって保障している国が多い。

 一方、日本の刑法には明確な侮辱罪の規定がない。
 名誉毀損がそれに対応していると解説されるが、日本の刑法の名誉毀損は、「公然と公衆の前で」名誉を毀損することだけを対象としており、屈辱や侮辱を与える言動が、多数の人の前で行われなければ、他人の権利を侵害する犯罪として検挙して人権を守るようになっていない。
 名誉というものが、人格そのものにかかわる根源的で貴重なものと考えず、「周囲からどう見られるか」という、日本的精神・考え方が関係していると思います。

刑法第223条(強要。脅迫罪の項目に記載):「生命、身体、自由、名誉若しくは財産に対し害を加える旨を告知して脅迫し、又は暴行を用いて、人に義務のないことを行わせ、又は権利の行使を妨害した者は、3年以下の懲役に処する」
 
 恫喝的な言動や、人事権を使った強要は本来この脅迫、強要罪に当たるものです。
 しかし、刑法が、明治刑法の改訂版でしかないために個人の名誉と権利を守る点で不十分な点が多い。
「害を加える旨を告知して脅迫し」と書かれていて、「脅迫し危害加えることを言葉では告知」しなければ、脅迫行為を禁止することが明示されていません。

 刑法に明記されていないという問題であると同時に、法務省などの行政による通達や指導による適用解釈が、個人を守る立場で行なわれていないことが関係しています。

 それを良いことに、暴力団や企業経営者が、言葉で明確に告知することを避けながら、恫喝・脅迫的な言動をして、従わないと危害を加えることを暗示して脅迫したり、人事権を使って従業員に損害や屈辱を与えることがしばしば起きています。
 このような状況でも、警察や労働基準局を含めた行政は、ひとり一人の安全と名誉を守る自覚と熱意がありません。
 実際日本では、荒々しい恫喝的言動や、人事権を使った加害行為は、現在、犯罪として検挙されることはほとんどありません。

 近年は就業に関した恫喝や脅迫はパワハラとして対応することを若干するようになったが、個人の安全と名誉が法律と行政の強制力によって十分に守られていません。

 発言した人の価値を低めようとする言動は、良い議論を阻害する言動です。
 これは、意見を提示した人の価値と名誉を低めようという動機と内容を含んだものなので、無礼であり、対等で互いに尊重しあう人間関係や小社会を阻害・抑圧します。

 個人の名誉と人格に対するこのような加虐行為は、物質的損害や、肉体損傷を生じる暴力行為などのような被害が形として深刻で明確な事態になるまでは個人の名誉を守るためには警察や行政は動こうとしません。個人の安全と名誉を守るための行政の取り組みは弱い。
「脅されているだけでは警察や行政は動けないから、暴力行為や、明らかな労働基準法違反行為が実行されて、それを証明できる材料をそろえて相談に来るように」と相談した人が言われるとはよく聞くことです。
 日本は「個人の名誉や精神の安全を守る意思が弱い」という意味でも民主社会、近代社会として後進性が強い社会です。

 外国映画で、マフィアや暴力団が荒々しい言動をせず、いざとなったら一撃で殺す場面がよくあります。
 これは、他人に恐怖心を与えたり、名誉を損なう荒々しい言動自体が犯罪として逮捕されることが一つの背景と思います。

 欧米では暴力団も使えないほどの恫喝・脅迫・継続的に屈辱を与えるなどの犯罪的な言動が、日本では日常生活や、公的・私的会議でさえも罰せられず、本来は犯罪として罰せられるべき言動が黙認され、個人が守られていない。
 そのような恫喝・脅迫・屈辱を与える言動傾向が人と社会の精神に定着して、様々な場で会議や社会が運営されています。
 明確な言葉にしないように気をつけて脅迫や恫喝をする暴力団や経営者は、本来、その時点で犯罪です。

 そのような職場環境では、従業員・職員に恫喝、言外の脅迫をを含む不公正・不公平な言動が、内容が不当労働行為であることを認識しながら、不当行為と処罰されないように、言葉を選んで使って、経営者が職務上の指示を超えて、職員を人格的に”管理”する傾向を強めます。

 経営者が異論発言する人を不当に排除し始めると、自分が排除したことの正当性を主張したいために、排除した人の優れた内容や結果の価値は無視して評価せず、現実離れしたその人の”問題点”をあげつらい吹聴して名誉を貶める不公平・不公正で陰湿な言動を拡大します。そのような情況では、陰湿な嫌がらは解決されず、抑圧に対する恐怖感が職場を支配するようになります

 暴力や脅迫されて金品をとられた結果を持っていかなければ、個人を守らないという日本の行政の民主主義後進性が、個人の名誉と安全を守らない後進的社会と加虐的言動を助長しています。

 「他人の名誉や権利を抑圧することを否定し批判する」見識を持たず、むしろそのような言動を好み、他人を抑圧したい人が、様々な場所で、幹部としての地位を得やすいという不健全な社会であることと、そのような人が更にそのような性向を発揮しやすいというのが現在の日本社会です。

 個人の名誉と、どの個人も人として尊重される、精神が豊かで健全な社会にするためには、それをめざす社会変格のための活動と同時に、優れた発言・議論をする能力・熱意・自覚を日本の人と社会が獲得することが不可欠です。

(注2)私は、講演会で演者として話すとき、
・ 異論発言や講演途中の発言を歓迎し、
・ 講演時間よりも自由発言のための時間を長く取ることを心がけます。
・ このような運営をすることによって、これまでどの会合でも、主催者が驚くほど沢山の発言が出ます。最も最近の講演会は、講演90分、自由発言120分、講演会後会場外での質疑と対話でした。別の研究会では、3人の演者がそれぞれ30分講演したあと自由討論90分と、討論時間を長く取っていただくことができ、良い会になりました。
私が医学部で学生に医学の講義をするときも「沢山質問すること」と、「知識を手に入れることだけでなく、論理的に理解しようとすること」を学生に話してから講義するようにしていますが、その熱意は低い。

                 (2012年12月4日 加筆修正)

「震災・津波がれき処分に関する提言」を宮城県知事に提出しました

宮城県知事  村井 嘉浩 殿

【提案主旨】
・ 宮城県と岩手県のがれきは、湾内海底がれきも含め、一箇所にすべて集めて山積み処分する。三陸海岸は平地が狭いので三陸海岸のがれきも仙台平野海岸一箇所に集める。
・ 集めたがれきを古墳のように築いて、慰霊と決意の震災津波記念大公園として整備する。
・ 世界一の震災津波資料館を併設することを提案します。

【提案理由】
<記念公園として整備することについて>
・ がれきは思い出と悲しみの遺品です。ごみとして処分するのは残念なことです。
・ 集めたがれきは遺品として扱い、古墳のように山積みして津波避難所をかねた震災津波慰霊の大公園として整備する。

・ 津波の教訓や歴史、防災の世界的拠点として、世界一の地震・津波資料館を併設する。
・ 世界一の資料館は、被災者と被災地の誇りを守り育てることを助けます。
・ 世界一の津波資料館は、学術・文化・観光施設として、被災地の経済復興と文化振興発展に有益です。広島平和公園と併設された原爆資料館・国際会議場や、関東大震災瓦礫を埋め立てて造った横浜の山下公園が良い例です。
・ 広域・焼却処理に考案した費用を充当すれば公園と資料館建設は可能です。

<山積み処分について>
・ 震災がれきの焼却と広域処理は、費用と時間を要します。復興費用は直接、被災者と被災地復興に役立つことに重点的有効に使いたいです。

・ 震災がれきは低レベルであっても放射能汚染されているものがあり、焼却処理や広域処理は環境汚染拡散につながる可能性があることと、焼却灰と煙回収物は濃縮されて、かえって安全な放射能処理を妨げます。
・ 宮城や岩手の海底や海岸にある震災がれきに含まれる放射能レベルは低いので、高度な放射能処理施設で管理しなくてもよいが、大量にあるので拡散させないように管理すべきです。震災・津波がれきは山積みし、公園として整備することで十分管理できるレベルです。

・ 具体的な放射能汚染予防対策としては風で飛散させないことと、土壌に浸透させないことです。
・ がれきは地表より高い位置に積み上げ、表面を粘土やコンクリートその他水の浸透を妨げる資材で表面を覆い、排水溝を設けることで、風で飛散することと、汚染水が土壌に浸透汚染することは防止できます。
・ 雨水が浸透しなければ、がれきに元から含まれた水が若干出た後は、新たに汚水ががれきから土壌に排出することはありません。がれきが既にある程度乾いた状態で集められる場合は汚水は出ず、土壌汚染は生じません。がれきを土に埋めると雨水や周囲の土壌から水ががれきに浸透して、やがて、がれきに含まれる放射能をはじめとする汚染水が周囲に流出するので、地表より低い場所に集めて処分・管理することは好ましくありません。

・ 宮城・岩手ではがれきの放射能よりも山野や田畑の枯れ草や落ち葉の放射能のほうが格段に多く、震災・津波がれきに含まれる放射能に関してはこれで十分です。放射性廃棄物の処理と汚染・被曝防止のためには、農地や住宅地の対策をより強化される事を要望します。
・   その際に出た処理物は、別途提案した最終処分場に運び管理することが最善と考えます。

・ 震災がれきは山積み処分が早く、経済的で安全な最も合理的な方法です。
・ 古墳のように、450m × 600m、平均の高さ20mの山に築くと、1080万トン収容できる(比重2として計算)。現実的な数字です。
・ 処分場を海岸に造るので、がれきを海上輸送できることも利点です。

本要望と並行して私は、環境から集められたすべての放射性廃棄物は、福島第一原子力発電所付近に放射性廃棄物最終処分場を設置して長期管理することを別途要望します。

            平成24年10月19日

仙台赤十字病院第二呼吸器内科部長
東北大学臨床教授 
岡山 博

・・・・・・・・・・・・・・・賛同くださっている皆様へ (岡山 博)・・・・
今後は、ご参加いただいた署名を、総理大臣、宮城県知事や各自治体に提出し、要請を行っていきます。
皆様に、要請行動への運動参加の呼びかけです。

詳細は、本ブログ別記事「放射性廃棄物処分法に関する提言」を宮城県知事に提出しました」の
賛同くださっている皆様へ (岡山 博)
http://hirookay.blog.fc2.com/blog-entry-52.html
をご参照下さい。

直筆署名用紙、web 署名、賛同団体・賛同著名人登録窓口は

震災復興プロジェクト http://savechildproject.web.fc2.com/tunamikinen.html
をご覧下さい。

「放射性廃棄物処分法に関する提言」を宮城県知事に提出しました

放射性廃棄物処分法に関する提言」を宮城県知事に提出しました。
           
         放射性廃棄物処分法に関する提言

宮城県知事  村井 嘉浩 殿

震災復興のご尽力ご苦労様です。

震災・津波がれき処理と、除染活動で集めた放射性排気物の処分は、震災復興にとって重要な課題です。
この2つの課題について、以前から考えてきたことをまとめ、提言させていただきました。
おそらくこの2つの案が最良です。
どうぞご検討下さい。

平成24年10月19日

仙台赤十字病院第二呼吸器内科部長
東北大学臨床教授 
岡山 博
  
・・・・以下提出した提案・・・・

放射性廃棄物処分法に関する提言

宮城県知事  村井 嘉浩 殿
仙台市長   奥山 恵美子殿

【提案主旨】
福島第一原発付近に放射性廃棄物大規模処分場を造り、全国の放射性廃棄物をすべて集め、山積み処分して長期管理することを提案します。
この提案を国の方針として行うように国に働きかけされることが望ましいと考えます。

【提案理由】
<山積み処分について>
・ 放射能は人為的に減らすことはできません。放射性廃棄物の処理や除染とは、放射性物質を減らすことではなく、危険の少ない所に移動して管理することです。
・ 放射性廃棄物を管理する際、最初にすべきことは、どこにどれだけどのような形で集めて管理するのかを決めて最終処分場を造ることです。最終処分場を造らずに、処理や除染を行なうことは不可能です。

・ 通常の低レベル放射性廃棄物の処分方法は、そのままあるいは焼却して容積を減らし、ドラム缶に詰めて地下保管室で長期間管理します。しかし、福島原発事故で生じた放射性廃棄物は量が多すぎるために、この方法では処理しきれません。
・ このような方法で処分をおこなうと、保管管理できる量が制限されるために、集める放射性廃棄物の対象を減らしたり除染活動を制限せざるを得なくなります。
・ ドラム缶に入れて保管室で長期管理できないのであれば、焼却して容積・重量を減らすと容積が減った分、比放射能は高レベルになってしまうので、管理の困難さと危険性は焼却前よりもかえって大きくなります。

・ 莫大な量の放射性廃棄物は、福島第一原発付近の高度に汚染されてしまった土地に、すべて山積みして管理することが最も安全で合理的・経済的な処分法です。

・ 450m × 600m、平均の高さ20mの山に築くと、1080万トン収容できます(比重2として計算)。現実的な数字です
・ 山積み処分なので、ほとんど無制限に集めて処分可能です。各地で集めた放射性廃棄物の始末を心配せずに、すべて回収処分することができます。
・ 山積みした土地は放射線管理区域として、数十年以上一般人は立ち入り禁止にし、専門家が管理します。

・ 各県毎に最終処分場を作ることは、以下の点で問題があり、すべきではないと考えます。放射能廃棄物は各地に分散せず、一箇所に全てまとめて処分。管理すべきです。
・ 放射能処分の原則は集めて管理することです。各地に分散することや、希釈して土地・大気・環境に拡散すべきでないということは世界的に放射能処分の原則です。

・ しっかりした管理施設を作らずに各県ごとに処分場を作ると、やがて環境汚染をする可能性があります。周囲の地面より高く積み上げて管理すべきですが、山や谷間、あるいは平地でも、周囲地表より低い位置や、地表や土壌からの流水侵入の危険がある場所での管理はすべきではありません。汚染されていない土地に放射能廃棄物を持ちこむことはすべきではありません。

・ 各県毎の処分場では、管理が不十分になることに加えて、収容能力の制限がでてきます。十分な量を収容できない処分場では、各地の住宅や農地、公共施設などで、十分な除染活動ができません。除染して集めた廃棄物の置き場を心配せずに今後も除染活動をしてより安全な環境を作っていくためには、廃棄物を無制限に収容できる処分・管理施設が必要です。
・ そのためには、既に汚染されてしまった、福島第一原子力発電所付近に、無制限に収容できる大処分場を造ることが最も合理的です。

<処分対象について>
・ 福島県の放射能汚染された震災がれき
・ 各地域での除染活動で集めた放射性廃棄物
・ 全国のごみ焼却場の放射性物質を含んだ焼却灰と煙回収物

<処分・管理方法について>
・ 放射性廃棄物をすべて山積み処分する。土壌浸透防止と風で飛散しない対策を行う。
・ 集めた山の表面から雨水を浸透させない対策、築いた山の表面から雨水が浸透させない対策をすれば、はじめから含まれていた水が漏出した後は汚染水の漏出はなくなります。山積み作業の途中では表面をビニールシートで被い、完成したら水を通さない粘土やコンクリートなどで表面を被って排水溝を作ります。
・ 初期に出る汚染水が土壌に浸透することを防ぐため、施設の底面に水を通さない構造にし、水抜きパイプで集めた汚染水の処理を行うことが必要です。汚染水が出るのは始めの一時期だけなので、完璧なものを造らなくてもよく、大掛かりにせず安い経費で造ることができます。地表より低い位置に集めて管理すると、周囲の土壌からの水の浸透が起こり、それによって廃棄物から汚水が出ることにつながるので、地表より低い位置での処分管理は好ましくありません。地表に山積みして風による飛散防止と、汚水の土壌への浸透を防止することが簡単・安全で合理的処分法です。

・ 廃棄物で築いた山から初期に出る排水は、従来の放射性廃棄物の保管と同様の、濃縮固化してドラム缶で長期管理を行います。雨水や周囲土壌からの水の浸透が無ければ、廃棄物からの汚水は短期間になくなります。
・ 具体的な山積みの仕方や汚染水浸透防止、飛散対策、管理方法などはいろいろな選択肢があります。望ましい構造や方法を専門家が作ることは難しくありません。

<最終処分場の土地確保について>
・ 原発、ダム、高速道路、工業用地など公共的大事業を行なうための大規模土地取得は、これまで繰り返し達成してきたことです。住民の希望による土地売買ではなく、取得する側の都合による土地収用であることと、地域文化と生活基盤をすべて失う代償を考慮して、時価より高額の土地代金を支払い、移転後の生活再建が出来ることも準備して土地取得を行ってきました。同様の取り組みを行うことで、土地取得は可能です。

・ 環境放射能が高く、産業に乏しく子どもを育てるには不安な土地で、これからも住み続けたい人はいるかもしれませんが多くないと思います。
・ 強く汚染された土地に、人は住むべきではありません。住民の健康の為にも、政府は住民に十分な保障をして説得し、処分場の土地を確保すべきと考えます。
            平成24年10月19日

仙台赤十字病院第二呼吸器内科部長
東北大学臨床教授 
岡山 博

・・・・・・・・・賛同くださっている皆様へ (岡山 博)・・・・

賛同くださっている皆様へ
2つの提案を実現させるために、今後は、いただいた署名を、総理大臣、宮城県知事や各自治体に提出し、要請を行っていきます。。
皆様に、要請行動への運動参加の呼びかけです。

これに限らずどうぞ他の方法や手段を駆使して、活動にご参加ください。
緑の防波堤や、自覚的な活動をされているグループに、協力・協同の働きかけもしてください。地域の著名人や政治家に賛同者として参加要請もお願いします。

並行して署名活動も進めてください。自筆署名だけでなくネット署名でも結構です。
実現を求めるために、一定の間隔で締切ながら、署名簿を提出します。

皆さんに提案です。

<提案趣旨>
2つの取り組み(片方だけも可)を提案・要請・要求する。
同時に、震災復興プロジェクトで集まったWEB署名と直筆署名(コピー)を提出する。

<対象>
被災地や全国自治体の知事・市町村長、自治体議会議長、国会・自治体議員、漁協その他の関連団体など。
政党や、今後の選挙出馬予定者に、公約・政策にするように提案・要請する価値があります。

<方法>
(A)各地で要請活動をされる方(またはグループ)の名前と震災復興プロジェクト・チーム(都道府県)の名前で、前掲の提言の趣旨を、直接要請していただく。震災復興プロジェクトと無関係の形で行なっても、あるいは参考資料として名前を入れてもどれも良いと思います。他の課題と一緒の要請も可です。
(B)震災復興プロジェクト・チーム(都道府県)として前掲の提言を、メールで要請する。前書きをいれていただくのも好ましいです(なくても可)。どこに要請メールを送ったのか、震災復興プロジェクトまでお知らせください。

情況が急速に変化して流動的です。早いほど有効です。
どうぞ取り組んでください。

取り組みの様子など、震災復興プロジェクトにメールまたは電話にてお知らせください。

提言・署名を提出する際に同封する書面の文例

****市長町長
*** 殿

大震災と津波の大惨事に当たり、被害にあわれた皆様に哀悼を表し、災害復興にご尽力されている皆様に感謝と敬意を申し上げます。

私たちは、できるだけ早く健全な被災地の復興をすることと、震災・津波でなくなった方を慰霊し、大災害の記憶を遺す施策を行うべきと考えています。

私たちは亘理町、岩手県と宮城県の震災津波がれきを集めて古墳のように山積み整備して、震災津波記念の大公園につくり、国立地震津波資料館(研究施設を持った博物館)を併設することを町の方針として国と宮城県に働きかけて実現することを提案し訴えます。

提案趣旨
1.岩手・宮城の震災津波がれきを仙台平野海岸に全て集めて山積みし、大古墳のように整備して、国立震災津波公園を作ること。
2・震災津波記念公園内に世界一の国立地震津波資料館を作ること。

提案理由
 (略)

(追伸)1.この提言主旨は、平成24年10月23日、岡山博から宮城県知事に提出しました。
2・同様の提案を宮城県内沿岸部市町長と議会議長に送付、提出します。
3.この提案は多くの科学者や専門家と、津波がれきの広域処分を考える全国の多くの方から支持を受けて、そのために震災復興プロジェクトを作りました。実現するための全国的な署名活動を行なっています。
         
****チーム(都道府県or市町村)
代表  ○○○○
     ○○○○

あるいは以下を併記など
    
震災復興プロジェクトチーム
代表  岡山 博
     仙台赤十字病院医師
     東北大学臨床教授

ご意見、ご質問、提出する署名のコピー請求は
震災復興プロジェクト震災復興プロジェクトにご連絡下さい。
http://savechildproject.web.fc2.com/index.html

なぜ「秘密会」は行われたか。福島県民健康管理調査検討会

 なぜ「秘密会」は行われたか ~岡山博医師インタビュー~
       (ママレボHPから転載。http://momsrevo.blogspot.jp/)

「あなたの健康、見守ります」という意味不明なスローガンを掲げ、福島県が昨年6月から実施している「県民健康管理調査」。
 この県民健康管理調査の進め方について、専門家らが議論する「検討会」の在り方が、現在大きな問題になっています。
本来、活発な意見交換の場であるはずの「検討会」ですが、事前に県や委員の間で「秘密会」なるものが開かれ、「意見のすり合わせ」や「口止め」などが行われていたことが明るみに出たからです。
*** 以下関連ニュース***
福島健康調査:「結論ありき」県民憤り…検討委「進行表」
http://mainichi.jp/select/news/20121005k0000m040113000c.
福島健康調査:「秘密会」出席者に口止め 配布資料も回収
http://mainichi.jp/select/news/20121003k0000m040155000c.html
原発事故:健康管理調査検討委、福島県が進行表作成認める
http://mainichi.jp/select/news/20121006k0000m040105000c.html
***************

 これについて、現在、講演会やブログなどで積極的に“脱・同調強要社会”(意見の同調を強いる社会から脱却しよう)を訴えている仙台赤十字病院医師の岡山博氏にご意見をうかがいました。

○○○○○○○○○○○○以下インタビュー発言○○○○○○○○○○○○○○○

 今回、世間やマスコミは、「秘密会」を開いて意見のすり合わせを行っていたことを批判していますが、私自身は起こるべくして起こったことだと考えています。

 どういうことかと言うと、問題は大きく分けてふたつあります。
ひとつは、政府や福島県および被ばく対策政策をつくる中心になり、検討会の座長を務めている山下俊一氏らをはじめとする専門家の基本的な考え方の問題です。

 日本政府や福島県、および専門家らは「チェルノブイリや福島第一原子力発電所のような低線量被ばくでは、若年者の甲状腺がん以外には健康に影響はない」と断言しています。

ICRPがチェルノブイリの被害をまとめたとき、健康被害を示す多くの調査研究発表がすでにありましたが、「不確実なものは存在しないもの」として扱い、甲状腺がん以外の健康障害は存在しないと結論をくだしました。
甲状腺がん以外の影響はないと決めたあとは、健康被害を示す何百の調査や研究が報告されても再検討をして結論を変えることをしていません。

 「甲状腺がん以外の影響はないのだから、それ以外のありもしない健康障害を話題にするのは過剰で不要な心配だ。存在しない健康被害を話題にするのは、不安をあおる悪質な行為だ。
不安を取り除いて安心させることが、行政がすべきことだ」というのが、政策をつくる中心になっている専門家と国・県の立場です。これはうがった見方ではなく、政府や福島県が一貫して説明している公的な見解です。

 その証拠に、食品暫定基準や環境放射能、廃棄物放射能などの基準や規制をつくるときにも、「もともと安全で心配ないレベルだが、不安を取り除くために必要以上に厳しい基準をつくった」と、そのたびに説明しています。
国や福島県の被ばく対策政策は全てこの立場でつくられているため、県民健康管理調査においても「秘密会」を開いてまで一貫してこの姿勢を貫こうとしているのです。

 ふたつめには、日本社会そのものの在り方が問題です。
 今回の「秘密会」のように、本番の会議を問題なく進めるために、事前にすり合わせを行うことは、日本の組織で日常茶飯事に行われています。

 本来は、同じ目的をもった人が、異なる意見を提示してはじめて、有効で良い議論ができるのです。異なる意見が出されなければ議論でありません。
しかし日本では、異なった意見をたくさん出して、それによって認識を深め、新しく方針を打ち出そうというのではなく、会議参加者に無条件同調を強要するための会議や、関係者や社会から批判されないための形だけの会議を開くことが日常的に行われています。

 そのような場で良い議論をしようと思って優れた異論を提出すると、無視をされたり抑圧されたします。それに屈せずに繰り返していると、会議とは関係ない場所でも異論を述べた人に執拗な嫌がらせし、会議を超えた場からも排除しようとします。つまり、民主主義がないということです。
 優れた発言が活きないだけでなく、発言するということの安全が保障されていないのです。これは行政でもっとも顕著にみられることですが、一般企業や小さな内輪のグループでも日常的に同じことが行われています。

 記憶に新しいところでは、今年8月下旬に内閣府原子力委員会が原発推進側だけを集めて勉強会と称する「秘密会議」を開いていたことが報道されていました。

(「核燃サイクル:秘密会議問題 原子力委員長が主導 原発依存度「コントロールできる」http://mainichi.jp/feature/news/20120825ddm001010043000c.html)

 ですから、こうした日本社会の在り方や行動様式そのものを改善しないと、いつまでたっても今回のようなことはなくなりません。
会議の在り方、社会の在り方を変えるためには、変革の活動と並行して、自分を含め一人ひとりが、言葉・論理・議論を大切にする能力と自覚を育てることが不可欠です。

(文責:和田秀子)
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
岡山博先生のインタビューは、「ママレボ」3号でも掲載します。このブログでご紹介した以外のこともたくさん語っていただいておりますので、ご期待ください。

おひさまプロジェクト発足記者会見

        おひさまプロジェクト発足記者会見

がれきの焼却処分と全国での広域処分に反対する「おひさまプロジェクト」を9月9日発足させ、参加しました。
発足後、津波被害を受けた宮城県岩沼市で、記者会見を行ないました。
記者会見内容を、きーこさんがブログ「みんな楽しくHappy♡がいい♪」http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-2333.htmlに ustream 録画画像と発言文章化をして下さいました。
以下はその抜粋です。
記者会見画像と全文は同ブログをご覧下さい。

・・・・以下きーこさんブログ「みんな楽しくHappy♡がいい♪」からの抜粋・・・

「地元の人々に十分な補償をしたうえで福島第一原発の近所に集めて管理する」仙台赤十字病院岡山博先生9/9「おひさまプロジェクト」発足記者会見


記者会見参加者
九州ひまわりプロジェクト村上さん(九州)
原 豊典さん(福岡市) 
仙台赤十字病院 岡山博先生(宮城県仙台市)
高橋良さん(宮城県仙台市)
秋田大学教育文化学部 村上東教授(秋田市) 
こども未来ネット 菅原雪子さん(秋田市)
環境ジャーナリスト青木泰さん(東京)

岡山
去年の原発事故が起きたその時から、それまでの放射線被ばくに対しての常識、つまり、大学、学生、あるいは放射能を使う企業に対して指導してきたことが全部なくなってしまいました。

・放射能は出来るだけ被ばくしてはいけない。
・それから安全な量はない。
・これ位被ばくするととても重大だ。

という事がすべてなくなって、全部「安全」、「心配するな」、「放射能の被ばくよりも心配することの方が有害だ」と言って、心配する人、真面目に考える人を馬鹿者扱いしてきました。
そういう中で防げるはずの被ばくが防げずに拡大しました。

私は政府が説明をしてきたことが「明らかに人を欺いて嘘を言っている」
この事に対して発言しなければいけないと思うようになって発言を始めました。

それからもうひとつがれきに関しては、莫大な量のがれきがありますが、宮城県・岩手県のがれきをわざわざ外に運んで処理しなければならない道理的な理由はありません。
そして、それをまた焼却する理由もありません。

「ゴミとして扱う」これはとても残念なことです。

私は、宮城・岩手のがれきは、全部遺品として、全部集めて山積みにする。
それで岩手県には、場所がありませんから、小さい湾なので。
仙台平野のどこかに、海岸に全部山積みにする。
古墳のように山積みにして、地震と津波の記念公園をつくったらいい。
これが一番。

ただ集めて山積みにするだけですから、最もお金がかかりません。
海岸につくるのでトラックで運ばないで船で運びます。
これはものすごいメリットです。

そして、私は出来ればそこに、世界で最高の津波・地震の資料館を作ったらいい。
これはゴミとしてではなくて、世界に対して被災地の誇りとなるようなものが出来ます。

それからもうひとつは、
がれきを集めるという事は遺品として集めて、遺品として私たちが大切にする。
それをゴミにして邪魔者扱いをしてばらまくという事は、私は道理的にもやるべきではないし、やる理由もないし、やらないでずっと安く合理的に始末が出来ると思います。

私が提案していました。
そしてこのような会が出来て繋がることが出来たことをとても私は喜んでいます。

(九州住民ネットワーク)
北九州市で80トンのがれきを受け入れて試験焼却をやったんですけれど、この結果、私たちが掴んでいるだけで40件位の健康被害が報告されています
その症状は様々なものでして、北九州市にはひと月ほど前にその報告を出しているんですね。
ところが北九州市は何の調査もしようとしていない。
そこには北川先生という医師のコメントも付けているんですけれど。

先日北九州市の漁協に行きまして、そのことを知らせましたら、ちょうど目の前に北九州市の局長とか水産部長とかが座っていまして、直接話をしたんですけれども、漁協に行きましたら、組合長が非常に驚いてですね、「もう反対は止めようかな、諦めようかな」というような感じだったのが、「ちょっと考え直そうか」という事になりまして、市民と一緒に漁協も「それを調査してくれ」と、はっきり。
「調査が終わるまでは受け入れないようにしてほしい」という要望を北九州市の方に出しております。

それで「もっと情報をどんどん持ってきてくれ」と言われていますので、そういう事をやっていきたいと思っています。

その試験焼却の結果、灰が出たんですけれども、その灰は響灘 (ひびきなだ)という北九州市の地区に埋め立てられる予定なんですね。
北九州市はそういう予定をしているんですけれども、漁協が反対してそれを食い止めてきたんです。

でもその灰は本来どこに捨てられるべきかといえばですね、
東京電力の敷地に置かれるべきだと。

9月1日に小出裕章先生を福岡にお呼びして、講演会をやったんですけれども、小出先生もそのように、「東京電力に責任を取らせることが重要だ」という事を言われています。
それを全国的に進めていきたいと思うんですね。

まずは北九州市に試験焼却によって生じた灰は、東京電力の福島第二発電所、広大な敷地があるそうですけれども、そこにもっていくように北九州市に求めたいと思います。
そういう事を全国的に呼び掛けていくという事を私はやりたいと思っています。

みなさん一緒に東京電力に責任を取らせるようにしましょうじゃありませんか。
あまりにもひどいと思います。

村上(九州ひまわりプロジェクト)
北九州市には80トンの試験焼却灰がいまだに埋め立てるところが無く、
積立基地に置かれたままの状態です。
試験焼却は5月にやりましたが、9月の現在になっても、まだ埋め立てられていません。

岡山
放射能は、分子のものの性質ではなくて原子の性質なので、
どのような化学反応をしても減らすことはできません。
除染活動、放射能を始末する活動というのは、人が出来ることは移動する事だけです。

だから除染活動は、どこかを減らしたいと思えば何処かを増やすという事がセットなのです。
だから除染活動をやるために一番初めにやることは、処分場をどこにどのような規模でどのような形で処分するのかというのを決めて、その処分場をつくることです。
それなしに処分というのはあり得ない。
これは世界的な常識です。

ところが、最終処分場と、わざわざ「最終」という言葉を付けて、最終処分場ではない中間の仮施設をつくると、このようなことで処分はできません。
初めからこれは人を欺くものですから、やってはいけません。

だから、すべて集める必要があります。
それで放射能の処理というのは、「人がより影響を受けにくいところに、より安全な形で集めて管理する」というのが放射能の管理の基本です。それ以外にはありません。

今までの管理法というのは、ドラム缶に集めて何十年も地下の倉庫に管理するというのが基本でしたけれども、
現在は量が多すぎてこれはできません。
だから出来るとすれば、「福島原発の陸の傍のうんと汚染されたところに集めて山積みにする」
これ以外にありません。

焼却をすると物は少なくなり軽くなるけれども、放射能は軽くならないのでそのまま残るので、
数10倍、場合によっては数100倍濃縮されます。
そうするとかえって管理が困難になります。
これはやってはいけません。

それから放射能は集めて管理するというのが処分ですから、
いろんな場所にもっていくというのは拡散で、これは処分とは全く逆のことです。
やってはいけないことです。

という事で、そもそも拡散をしてはいけない。
空気中に拡散という事もあるし、色々な地方に拡散という事もあります。
それはやるべきではありません。

一カ所に集めて管理する。
場所は福島第一原発の近所以外にはありません。

それで量が何百万トン、
どこまで除染活動を進めるかによっては何千万トンになります。
それを集めて管理する方法は山積み以外にはありません。
だから原発のそばに全て山積みにします。
福島のがれき、それから津波瓦礫ではなくて福島県一帯にある放射性物質、
これは全部山積みにします。

それから全国で除染活動で集まったもの、
燃やしたゴミの中で濃縮された放射能、
これも全部福島に集めます。
これは山積みです。それ以外の方法はないです。

山積みにして、その時の対策というのは
地面に染み込まないことと、空中に風で飛ばないことです。

これは初めに濡れていた分は水として出ますけれども、
上にビニールシート、覆い。
あるいは出来上がってからは粘土とかコンクリートで覆って水が沁みとおって行かないようにすれば、
新たな浸出物はできませんから、これは非常に簡単に管理できます。

それで何十年あるいは何百年も管理する。
これ以外に方法はないので、それ以外の方法は全部、人を欺くか、嘘か、あるいは出まかせです。

私は福島原発のそばに最終処分場をつくって山積みに処分する。
これを何とかやらなければいけない。
それ以外に方法はないと考えています。

村上
福島の処分の問題とそれと同時に今福島の人々が棄民されている、今本当に棄民、本当に棄民させられていると思います、福島の方々。
そういった方々に避難していただく、保養していただくという事を同時にやっていきたいと思います。

岡山
地元の人の気持ちを考えると、「故郷を捨てろというのは忍びない」という意見があります。
これはその人たちを可哀想だと思っている人が言うのではなくて、
全然思っていない人が利用して言っているだけだと思っています。

今まで、ダムをつくるにしても、原発をつくるにしても、高速道路をつくるにしても、
故郷を捨てた人が山ほどいます。
全部これは実行してきました。
キチンとお金を払って、その後の生活保障をして、やってきたんです。

まして今、あれほど汚れた地域で、子どもを安全に育てられない、それから産業が無い、そこに本当に、それでも帰ってきたい人がどれだけいるか?
少しはいるかもしれないけれどそんなに多くはない。

それは、十分な補償をするという確約をしないから、そういうふうに言っているだけで、私はそれにつけ込んでいるとても悪質な問題だと思います。
それで、福島の、特にうんと汚染された地域の人のためにも、あそこに帰らないでいいように別のところを国と東電が補償して、今後の生活を補償する。
安心して他に住居が移せるようにそれをやるべきだと思います。
それがセットです。

青木泰(環境ジャーナリスト)

復興予算は19兆円ということです。
がれきを広域処理する費用は完全に無駄使いだし、人が住むことが出来るまで線量を落とすことができない除染費用も無駄だし、予算の使用内容をきちんと見直せば、これから先何十年も帰ることが出来ない地域の住民の方々に手厚い補償をすることは可能な筈です。

原発の爆発により飛び出した放射性核種の量は常識の範囲を超えて大量だし、
今までのように管理することも現実的には無理でしょう。
これからの日本の国土を考えたうえで、より良い解決策を選ぶとすれば、
完全ではないけれども、この方法しかないのではないかと私も思っていました。

わたしは先生のご意見に賛成です。


・・・・以下はきーこさんによる前書き・・・・

福島第一原子力発電所から大量に放出された放射能。
各地でそれを焼却した高濃度に濃縮された焼却灰。
除染のためにはぎ取った土。汚泥。
それらを置いておく場所として、「各都道府県で最終処分場を」と環境省は言います。

「(本来なら福島第一原発だが)福島第二原発の広大な敷地へ」と小出裕章先生はおっしゃいます。
東電の所有物なのだから、東電に返すのが本当だし、東電に責任を取らせるべきだと私も思います。
一番いい方法は東電の敷地内に処分場をつくることだと私も思っています。

だけど、その量はものすごく膨大です。

最初の頃は「チェルノブイリ原発の近くは放射能の墓場になっている」との発言があった小出先生も
とても言いにくそうにしておられていて、最近は「東電の敷地内へ」という言葉でしか話されていません。
私は、先生でさえもが言えない最も現実的な方法があると、ずっと思っていたことがあります。

福島第一発電所近くの地域は、
もう除染も出来ないし、帰ることは不可能だというのが現実です。
膨大な土地が汚染され、これから先半永久的に住むことも出来ずに使えなくなる場所があるという事は
信じたくはありませんが事実です。

放射性物質は出来るだけ一カ所に集めるという原則から考えて、
私は高濃度に汚染された原発近くの土地に
どんどん全国から焼却灰や汚泥その他汚染したものを集めていくしか方法はないだろうと思っていました。

住んでいらっしゃった方のお気持ちを考えてなのか、なぜなのか?
「栃木県矢板市に最終処分場」等のテレビのニュースでも、
誰も「東電の敷地内へ」や「原発近くへ」と一言も発言しない事がとても不思議でした。
そのことについて公にハッキリとお話しされた方は今までいらっしゃらなかったように思います。

今回、仙台赤十字病院の先生が、私がずっと思っていたことを、会見で話して下さいました。

暗黙のうちに了解していて発言できないタブーというものがあります。
小出先生さえもが言い淀むほどの、真実です。
とても勇気が必要な発言だと思います。

がれき問題中心の会見ですが、岡山先生の発言を中心に書き出しました。

・・・以下は、会見動画・・・・・

      おひさまプロジェクト記者会見動画

自由に物を言えない抑圧社会  原発事故と損害を拡大している真の原因

           自由に物を言えない抑圧社会
   原発事故と損害を拡大している真の原因


       日本社会は安全に自由にものを言えない社会だ
• 日本では、職場を始め様々な集団内で、社会的立場が上のものは、全人格的身分として下位の人を支配する。対等な対話・議論をさせない、挨拶や言葉使いまで身分が下であることを強要する。

• 人格的に対等、対等な対話・議論を求めると、話題とは関係ないところで損害と屈辱を与える執拗な嫌がらせを無期限無制限に続ける。日本中いたるところに存在する、日本社会と人間関係の基本的行動様式、管理様式になっている。

• 「自由な発言抑圧と人格抑圧の言動を黙認してはいけない」ということが、社会規範と人々の共通認識になっていない。
・ 日本では、相手に屈辱と損害を与えて支配する程度は、個人のキャラクターで決まってしまう。他人の人格・尊厳を破壊する言動があっても批判されず黙認される。上位のものが人格的に他人を下位のものとして人格や人生まで支配している。

• 個人のレベルでは反民主的・反道徳的・強圧的なボスの横行と、無条件同調強要に過剰適応して自分で判断し自分の考えを発言する意思と能力を失い、他人にもそれを要求しあう人々が多数であるということだ

• 民主社会・近代社会であれば、相手に屈辱を与える言動は、社会規範として必ずそこに存在する人々から批判される。
同時に多くの欧米諸国では法的に侮辱罪として犯罪として扱われる。相手を侮蔑する言動をしてそれを批判されれば、侮蔑した言動を取っていないと十分に釈明しないとその人は社会的地位を失う。

• 全ての人が対等平等にふるまえることを社会が法的に強制力を持って保障し、社会規範として人々が保障しあう。それを前提に社会運営をするのが近代社会、民主社会の原理だ。人格抑圧の言動を黙認し横行する日本社会は反民主的身分社会だ。

• 「自由に発言できない社会」と、「発言する熱意と能力が乏しい」という問題が、福島原発事故を起こし、稚拙な事故対応をして損害拡大を繰り返した底流にある

• 自由に安心して発言できない日本社会のあり方は、原発事故に限らず、殆どの社会問題と、個人の多くの苦痛の基盤になっている
• 殆どの社会問題や、個人間の問題の解決を妨げる原因でもある
• 言葉・論理・議論軽視、異論排除、無条件同調強要を行動原理とする日本社会が福島原発事故の底流、真の原因として存在している。

      原発を造り拡大するために健全な議論や異論発言を抑圧した
• 日本の原発は、導入決定、地域決定、建設、全国への原発建設拡大、原発運営というどの段階でも、健全でまっとうな検討は殆どされなかった。
• 原発導入、拡大の大方針を作ったあとは、「無条件に実行させる」という行動方針で、異論・批判や議論は完全に排除・抑圧して強行してきた。
• 官僚が打算と保身のために大方針を作る。
• あとから表向きの理由をつくる。嘘の理由なので、誤りと指摘されても健全な議論はしない。

• 真の目的を主張せず、表向きの嘘の理屈を振り回して強行する。失敗があっても教訓を分析せずに強行する進め方は帝国陸軍以来続いている。
本来の目的はあいまいになって手段であるはずの方針が自己目的化され強制される。方針の問題点を再検討することを敵視して指示通り動くことを強制し、その遂行で責任を問う。
これは戦後も官僚機構運営に主導されて拡大し、現在の日本社会の行動・運営原理になっている。
日本に著しい傾向だ

• 太平洋戦争で、アメリカ軍は戦闘失敗があると徹底的に原因を分析して教訓を引き出し、同じ失敗を繰り返さないとりくみを、失敗のたびに行った。自軍の被害が最小限になる取り組みを重視した。日本は、過ちを点検して再発しない取り組みはせず、失敗しても同じ方針を強要して損害を増やした。

• ナチスドイツは、「ユダヤ人を虐殺することやユダヤ人の財産を一方的にとりあげることが正しい」と、理由をしっかり主張した。
• 一方日本軍は真の目的を国民に言わず、アリバイつくりのための見せ掛けの説明をして国民と社会を偽ることを基本姿勢とした。
• 「略奪を禁ずる」と見せかけの訓令を出して、実際には「現地調達」を方針として中国や東南アジアの人々から略奪した。略奪の事実にはアリバイつくりの訓令を示して努力していると偽り、食料略奪が不首尾になると現地調達方針を遂行しないと言って現場を叱責した。
• 強制的に特攻隊に自主志願させた上官自身は特攻に参加しない。敵艦まで到達できないとわかっていながらスピードの遅い練習機を特攻機として使い、特攻で死なせることを自己目的化して強制した。二人が不要でも特攻機に二人乗務させて死なせた。機体の故障で帰還すると裏切り者扱いして侮辱攻撃した。
• それまでの方針が誤りだといわせない恫喝をするために、失敗した方針を改めずにどこまでも継続、強制した。

       原発推進論者だけで原発を造り運営した
• 問題点の検討を要望する異論や批判を敵視した。
• 異論無視に加えて、異論発言する人を、敵視・侮辱・排除した。
• その共通認識をもつ原発推進論者だけで現実的には原発政策決定・建設・運営を独占して、原発を拡大してきた

        官僚が作った原発支配の構図
• 同調しない異論に対して、的をはずさない適切な反論や解説を行なわない
• 同調しない人の意見や、主張内容を無条件に、侮辱・抑圧・排除した。
• 同調せずに、異論や問題提起する人を、人格として侮辱・抑圧・排除することを暗黙の基本方針とした
• 同調しない人を排除する姿勢は原発推進者の中で、強固で基本的な暗黙の了解事項となった。

        原発現場での抑圧
• 技術者が、問題を発見したり、改善の提案をすることは歓迎されず、逆に疎まれて不利益を受けたはずだ
• 改善課題を放置し、自由な発言が困難な環境の下で、問題点は発見されても改善されず、放置、蓄積され、発言する熱意も減ったはずだ。
• そして福島原発事故に帰結した。

         原発事故発生後の経過
• 抑圧的基本姿勢は、原発が大爆発を起こした後も続いている
• 原発に批判的意見を敵視・排除する基本姿勢で対処した
• 適切な事故対応をせずに避けられるはずの損害も回避せずに、繰り返し拡大した。
• 世界の全能力を結集して対処しなければならない緊急事態でも、事故の危険性、対処法を提起してきた批判的専門家は排除した。今も続いている
• 原発推進論者だけで事故処理を今も独占している。
• 異論に対する抑圧方針は強化・繰り返して現在に至っている。

         福島原発爆発の直接原因
• 第1番の原発爆発の原因は震度6の地震で送電鉄塔が倒れ、外部電源2系統が全て供給不能になり冷却不能になった。これが大爆発にいたる直接の原因だ。
• 第2は外部電源が破綻したときに緊急用発電が働かなかったこと。津波による緊急用発電機の破壊と、電源車から電力を供給させる為の電線が短すぎ、接続するコネクターの形状が異なっていたために接続できず、電源車から電力が供給できなかったことの2つが電源バックアップ失敗の原因だ。
• 想定外津波による緊急用電源喪失が爆発原因だと東京電力は主張している。緊急発電機の不作動によるバックアップ失敗が爆発の原因と主張するなら、電源車の接続失敗によるバックアップ失敗も津波による緊急用電源破壊と同等の爆発原因だ

         「想定外」の意味
• 地震国日本の原発はリスクが高すぎて、ロイド保険と契約不成立。
• そこで「想定外自然災害による事故では、電力会社は、賠償その他の責任を負わない」という法令を作った。
• 東電が「想定外」と言う言葉を絶対に引っ込めないのはこの法令を生かして、安全管理を怠った電力会社と、歴代官僚を免責し、損害は被害者と国民・税金に負担させるためだ。想定不可能な津波だったから対策できなかったと言っているだけではない。
・「大地震や大津波の危険を指摘して対策を要求してきた人たちがいるのだから「大地震や津波は想定できなかった」と言うなら、想定できない低能力と、想定した意見を排除した2つの責任で処罰されるべきだ。

         事故時の恫喝
• 事故で汚染され、爆発が起きても、最小の可能性だけを説明した
• それ以外の発言は不安をあおると威嚇・恫喝した。スリーマイル事故と比較して考えるなどは過大で悪質な発言だと非難した。
• 事故と放射能汚染が拡大する可能性について、自覚がないマスコミは質問さえしなかった。

        被曝拡大を誘導した
• 国と東電のキャンペーンの下で、避難すべき人が避難せず、高度汚染された自家野菜を食べ続けた。
• 一方で、東電社員家族はきわめて早期に、適切に福島から避難した。関係者がいち早く避難したことは非難すべきではない。住民を避難させなかったことが問題だ。
• 的確な批判をすべきだ

         被曝医療専門家の「解説」
• 「低線量被曝の傷害はない」と考え、主張する専門家がいても良い。
• しかし、異なる考えがあることを紹介せずに「誰もが認める真実だ」と「解説」するのは嘘だからしてはいけない。
• 異なる意見を「煽動するな、不安を持たせるな」と発言抑圧してはいけない
• 特権的な立場で批判意見が存在しないかのように人を欺いて「解説・指導」するのは誤りだ。特権的な立場で、それ以外の考えはないと偽って、他の考えを抑圧することは無条件同調を強要する恐怖社会だ
• 20mSv被曝すれば0.1%が癌死する。日本の全法令の基本的立場。彼らも認める。
• 「日本人の半数は癌になるのだから0・1%が増えても誤差の範囲だ」と言う。
• 「70歳過ぎれば半数が癌」は正しい。癌が非常に少ない若年者について考えれば癌死は何十倍に増える。若年者でも誤差の範囲であるかのように誘導するのは人と社会を欺くものだ
• 人生で何らかの利益を得るために0.1%の生命リスクを覚悟して、判断することはある。利益無しにリスク引き受けを誘導することは、私は犯罪と考える。

        行政幹部
• 10万人に責任を持つ首長や教育委員長が0.1%の癌死を回避せず容認すると、100人が新たに癌死することを意味する。
• 現代社会で、100人が新たに死ぬことを認可するという権限を特定個人は持っていない。行政担当者がそのような権限を持っている認識は問題だ。
• 思考停止と既存路線強行に慣れ、人としての誇りと、行政責任者としての自覚を欠如した行政責任者は、判断の重大さに無関心に、上位者の意向に沿った判断発言をしている。

             福島医大
• 福島医大の医師の1割が辞職した。
• 勤務している医師の多くは家族を福島県外に避難させている。これが被爆に対する福島医大の多くの医師の認識だ。
• しかし、学内で、被曝や汚染を語るのは殆どタブーで自由な議論は抑圧されている。圧力に抗して批判する医師はほとんどいない。
• 被曝に関した調査や研究を実質的に禁止している。抑圧を更に強化して福島医大を、被曝医療の中心にしている。

          母親たちの要求・学校の放射能
• 学校の放射線を測ってほしい→拒否
• 測定と対策に協力したい→拒否
• 自分たちで測りたい→拒否。構内への立入禁止
• 学校周囲を測った。汚染確認→無視
• 「放射能は危険でない」教育を始めた
• 相談した母親をモンスターペアレンツ扱い。2回相談したら「神経過敏だから精神科受診を勧められた」
• 多くの地域で保護者が学校周辺を測定した。汚染が明瞭だ。こうして行政から指示が出て学校も測るようになった。それまで測らなかった反省は無い。ほとんどの学校は、生徒の被曝回避行動をとらず抑圧した
• 測定器が学校に支給された。校長教頭と担当教員以外は使用禁止し、他の職員や保護者が使えない学校もある

         母親たちの要求・学校給食と牛乳
• 給食の安全に疑問を持つ母親。弁当持参→禁止。「給食は教育の一環。勝手な行動は禁止する」残さず食べる教育を強要
• 牛乳飲ませたくない。水筒持参→禁止。別の理由で水筒持参すると水を捨てさせ水道水を飲むことをを強要
• 給食放射能測定を希望→拒否
• 自分たちで測定したい→禁止
• 給食残りを集めて持ち帰って測定→窃盗扱い。被曝に批判的教師を窃盗助長として指導
• 「暫定基準値500Bq/kg以下は安全だから特別の対応はしない(させない)」


          事故経過のまとめ
・行政と電力会社は、原発の設置、拡大、運営、福島原発事故、事故後の対応のどの場面でも、真実を説明せず、議論を抑圧するために、社会と国民に偽りを言って、原発大方針を継続実行し、それまでの失敗を過小評価し隠蔽してきた。
・国民に真実ではなく偽りを言うことが行動様式の基本として現在も続いている。福島では、放射能を心配する言葉を口に出すことも出来ない。恐ろしいほどの言論抑圧社会が現実になっている。

・他人や社会を偽り、異なる発言する人を敵視・排除しては、原発を健全に運営することも、原発事故を健全・合理的に収束させることはできない。
・再点検し安全取り組みを強化して安全性を確認したと言って大飯原発を再稼動させた。
反対意見を敵視・無視して、偽りの説明をして強行した。

・異論を排除して強行するあり方が福島事故の最大の原因だ。これを改善せずに、原発稼動を安全にすることはありえない。
・津波堤防を数メートルかさ上げするなど見せ掛けの対策をして安全になったと偽りの説明を懲りずに繰り返している。

・福島事故が想定外の災害のために起きたという主張から出る唯一の結論は「想定しきれないことで大事故を生ずるから、想定した対策をしても安全を保障できない」という結論だけだ。
・ここでも、自分でも信じていないごまかしを言って、押し切っておけばかまわないという姿勢が貫かれている。

        自由に物をいえない日本の人と社会
• 原発大爆発後も、自由に物が言えない社会を改善していない。逆に強化した。
• 物言えぬ日本社会のあり方は、原発事故に限らず、殆どの社会問題と、個人の多くの苦痛の基盤になっている
• 殆どの社会問題や、個人間の問題の解決を妨げる原因だ
• 自由に物が言えない、嘘・偽り・恫喝・侮辱が批判されず横行する社会は不健全で危険だ

         過剰適応
• 強者に無条件同調を強要する社会に人々は過剰適応した。異論発言や、自分で判断することを恐れる精神を強めた。
• 考えるということは、「本当にそうか」と異論を考えることから始まる。そして答えが出るまで考え続けることだ。
• 多くの日本人は異論発言を避けて同調することを目指し、自由な発言を控えることを繰り返した。そして自分で検討・判断し発言する、能力・熱意、自覚を後退させた。
• 与えられた情況と選択肢の中から、気分で選ぶだけの言動を日常化した。論理を軽視して気持ちで納得することを繰り返した。作られた状況に流されて判断行動をする体質を身につけた。自分の言葉で発言しないと情況に応じて気持ちはかわる。自分の判断を長期に覚えていることはできない。
• その結果、遅い状況変化は気づかず、状況に流されて判断していることに気づかない。それを問題と理解する能力も失う。

         健全な社会とは
• 自由に安全に発言できない。異論を抑圧して強行する社会と、自分で判断して発言行動する能力・勇気・自覚の貧弱は原発問題に限らない。
• ほとんどの社会問題と個人の多くの苦痛の基盤になっている

• 人が大切にされる健全な社会とは、侮蔑・脅迫・恫喝・欺きを容認しない社会だ。

• まじめな発言を抑圧させず、敬意を持った論理的で、核心を外さない議論を楽しむ、知的で健全な文化と精神を育てたい。
• 人の誇りを尊重し踏みにじらせない健全な文化・社会・人格を育てたい

• そのためには
   ①優れた言葉の往復で発言・議論する自覚と能力
   ②相手に対する敬意、論理的議論を楽しむ知性と道義性・勇気
         が必要だ。

         優れた言葉とは
①打算をいれずにまっすぐ考える
②判断先送りしない真剣
③丁寧な思考
④相手に敬意を持った穏やかで論理的な言葉
⑤誠実

考え方・感じ方・判断基準・行動様式の社会の傾向が文化、個人のレベルでは人格です。
優れた人格を大切に育て、健全ですぐれた文化・社会を作りたい
• 言葉、論理、議論を大切にする自覚と能力を人と社会に育てたい。良い議論をしましょう
• 良い議論を行なうためには、共同で共通の認識や結論を作ろうという意思と、異なる意見の提示が不可欠です。
• 優れた異論を発言する自覚と能力を育てたい。
• 論理的な議論を知的ゲームとして楽しむ知性を育てたい

        岡山博からのよびかけ
• 言葉、論理、議論を尊び、楽しむ自覚と能力を育てる文化運動を作りたい。
• 自覚的知識人が役に立てる運動です。

• 以前からの私の希望です。しかしできていない
• 日本をより良く変革するために、最も重要な課題のひとつです。

• そのような文化運動を作りませんか?

(日本科学者会議19回総合学術研究集会 発表要旨に帝国陸軍関係を一部加筆修正した)

「津波記念公園を」署名運動の呼びかけ

「宮城・岩手地区の津波がれきは、全て集めて山積みし、津波記念公園として整備を求める」署名運動の呼びかけ

宮城、岩手県の津波瓦礫は莫大な費用をかける大規模焼却や広域処分は費用と時間を浪費し、合理的理由はありません。
岩手と宮城の津波がれきは仙台平野の被災海岸に全て山積み処分するのが、早く、安全、経済的で最も合理的な処分方法です。
がれきはごみとしてではなく津波犠牲者の遺品として扱い、大古墳のように整備して震災津波記念公園として整備します。
世界一の、地震津波資料館を併設することを提案します。

          これまでの経過

この内容は2011年6月、河北新報持論時論欄で提案しました。

宮城県有力漁協の幹部の方から「これが最善の方法だ。実現するために県と交渉したい」というご意見や、都市再開発専門家やいろいろな方から賛同を頂きました。
私は多忙で、自治体や議員、関係者にほとんど働きかけることができませんでした。

「岩手・宮城の津波瓦礫は全て集め、山積み処分して津波記念公園に整備を。―津波瓦礫の合理的処分法―」の記事を本ブログ2012年3月25日に掲載しました。

「政府や自治体、関係者にこの要望を出すべきだ/出してほしい」「全国的な署名活動などをしてはどうか」など、賛同のご意見や提案を沢山頂きました。
しかし私は余裕が無く、実際には有効な活動はほとんどできませんでした。

署名活動を提案してくださったかたから、署名文面や、活動のし方など、何度も連絡を頂きましたが、私は多忙でそれにも十分応えることが出来ませんでした。
私は、提案を生かしてくださる活動に感謝し、支持するが直接は関与しないことにしました。

活動経験は無く、自分が表に出るのも困難であるにも関わらず、署名活動を立ち上げて下いました。
慣れないことも多く、若干の問題も生じました。

この署名活動を見て、さらに沢山全国の方から協力や賛同、助言を頂きました。
そこで、署名活動や政府、自治体に要望する活動を有効に行うためには、これまでの活動と、既に集まった数千の署名を引きついで、活動経験がある方が中心になることが必要と共通の意見に達しました。
活動を引き受けてくださると申し出てくださる方もありました。
そして準備をし、署名活動をの体制を造りました。


どうぞ署名にご参加下さい。
直筆署名、Web 署名どちらも歓迎です。

この目的の為に署名に加えて、有効な活動をしたいと望んでいます。
国や自治体、関係者に直接働きかけるために行動する力や余裕が不足しています。
署名と共に、この目的の活動を有効に行なうために、全国各地で活動されているグループの方、医師・科学者・政治家その他著名人の方、ご賛同ご参加いただけるよう呼びかけます。
新たに小グループを作って賛同団体に参加していただくことや、ご意見、ご提案もお待ちします。

直筆署名用紙、web 署名、賛同団体・賛同著名人登録窓口は
震災復興プロジェクト
 http://savechildproject.web.fc2.com/tunamikinen.html
をご覧下さい。

          以下は要望書です
ご賛同、ご協力いただけるようお待ちしています。


要望書・内容詳細

内閣総理大臣 野田 佳彦 殿
環境大臣   細野 豪志 殿
宮城県知事  村井 嘉浩 殿
岩手県知事  達増 拓也 殿
仙台市長   奥山 恵美子殿

宮城・岩手地区の津波がれきは、全て集めて山積みし、津波記念公園として整備を!

【提案主旨】

宮城県と岩手県のがれきは、湾内海底がれきも含め、一箇所に全て集めて山積み処分する。
三陸海岸は平地が狭いので、津波で被災し地盤沈下して塩害が残る仙台平野海岸に集める。
集めたがれきを古墳のように築いて、慰霊と決意の津波記念大公園として整備する。


【提案理由】

<山積み処分について>

津波がれきの焼却と広域処理は、がれき処理を早めることになりません。

津波がれきの焼却と広域処理は、費用と時間を浪費します。公費は全国や関係団体の利益や利権につなげず、直接、被災者と被災地復興に役立つように使うべきです。

津波がれきは低レベルであっても放射能汚染されているものがあり、焼却処理は環境汚染拡散につながることと、焼却灰と煙回収物は濃縮されてkgあたりの放射能が上がり、かえって安全な放射能処理を妨げます。

宮城や岩手の海底や海岸にある津波がれきの放射能は低いので、高度な放射能処理施設で管理しなくてもよいが、大量にあるので拡散させないように管理すべきです。

粘土やコンクリートなどで雨水が染み込まないように、山積みしたがれきの表面を被います。雨水の浸透を止めると、集めたときに含まれていた水が漏出した後は、汚染漏出はなくなりますから、土壌への放射性物質の浸透は、コンクリートなどで土壌への浸透防止床を作り、排水パイプを入れてその上にがれきを山積みするという安い費用の構造だけで管理できます。

本要望と並行して私たちは、環境から集められた全ての放射性廃棄物は、福島第一原発付近に放射性廃棄物最終処分場を設置して長期管理することを要望しています。山積みした初期に出る汚染水は、そこに運んで処理することを要望します。

宮城・岩手ではがれきの放射能よりも山野や田畑の枯れ草や落ち葉の放射能のほうが格段に多いので、放射性廃棄物の処理と汚染・被曝防止のためには、農地や山野の対策をより強化される事を要望します。その際に出た処理物は、福島地区要望書にある最終処分場に運びます。

津波がれきは山積み処分が早く、経済的で安全な最も合理的処分法です。

900m × 600mで、平均の高さ20mの丘に築くと、2160万トン収容できる(比重2として計算)。現実的な数字です。処分場を海岸に造るので、がれきを海上輸送できることも利点です。

<記念公園として整備することについて>

がれきは思い出と悲しみの遺品です。ごみとして処分するのは残念なことです。
集めたがれきは古墳のように山積みし、津波避難所をかねた震災津波慰霊の大公園として整備する。

津波の教訓や歴史、防災の世界的拠点として、世界一の地震・津波資料館を併設する。
世界一の資料館は、被災者と被災地の誇りを守り育てることを助けます。

世界最高の津波資料館は、観光・学術・文化施設として、被災地の経済復興と文化振興発展に有益です。広島平和公園と併設された原爆資料館・国際会議場が良い例です。

公園と資料館には、広域・焼却処理に考案した費用を充当すれば可能です。

■呼びかけ団体: 震災復興署名プロジェクトチーム   
■提案者: 仙台赤十字病院医師・東北大学臨床教授 岡山 博

       
(追加) 津波がれきと並行して、「福島原発付近最終処分場 要望」の署名活動も開始しました。
2つの署名は全く別のものです。
片方への賛同を歓迎しお待ちします。
両方にご賛同協力いただける方はそちらもよろしくお願いいたします。
同HPに掲載しています。

           岡山 博

優れた言葉とは何か

        優れた言葉、優れた文章とは

1.「自分の考え(主張)」が明快であること
2.主張の根拠=事実の提示と論理が明快であること
3.あいまいな言葉や責任回避する言葉を使わず、言葉の全てに責任を持つ
4.真剣で誠実。
5.敬意ある言葉での異論反論を歓迎し、的を外さない回答をする


優れた言葉というものは存在する。
優れた言葉を使おう。
優れた言葉を使って初めて、物事を深く正しく考え吟味することができる。
あいまいな言葉、責任回避の言葉を使うと、正しく真剣に吟味する能力・自覚と、誠実が劣化する。

意見のかわりに気持ちを言うことは、一見穏やかだが、無言の要求をして異論や反論を聞く耳を持たない一方的なことが多い。
意見とは、一方的に言葉を投げつけ、相手の意見を拒否することではない。
それは意見ではなく、独り言か、責任を回避した上でするずるい要求だ。

意見とは、言ったらそれに対しての対等な相手の意見を必ず期待する。
これが健全な意見、言葉のやり取りだ。

相手の気持ちを推測して発言することを互いに要求しあうのではなく、まじめに誠実であれば、相手の気持ちを推測する必要なく、怯えず何でも安心して発言できることが大切だ。

依頼や要求される前に気づいて、思いやりを持ってサービスしあうことよりも、望むことがあれば、望むこととを安心して話題・依頼できることと、友好関係を損なわずに依頼を拒否できる安心感のほうが大切だ。

対等な人格として互いに敬意を持った態度言葉で関係することによってのみ、そのような関係、言葉のやり取りは作られる。

ことがらを整理し、考え、吟味、伝えることと、自分の考えや判断に対する他人の異なる考えや、自分で考えた異論反論に対して考え回答し、考えを往復し、考えを深めることが言葉の最も重要な機能だ。

言葉・論理・議論を軽視して、その時の気持ち偏重で判断・納得する今の日本の傾向は好ましくない。

今の日本は、個人の会話、公的言葉のやり取り、テレビ、報道、会議や議会、行政や裁判、教育の場,
諸学会、研究会にいたるまで、言葉・論理・議論を軽視した優れていない言葉が氾濫している。

健全な言葉のやり取りが殆どできていない。
相手の発言を敬意を持って受けとめ、発言が相手の次の会話によって共通に更に深められ、共有されて次の言葉につなげる会話や議論が少ない。

相手が何を言いたいのかを想像しないと分からない言葉が、言葉のやり取りの基本であってはいけない。

「読み直さないと本当は何を言っているかわからない言葉はフランス語ではない」というフランス人の言葉に対する認識と誇りがあるそうだ。
あいまいさの無い明確な言葉、論理的で、反論や異論を歓迎して会話議論を尊重し楽しむ知性を重視するという精神のありようだ。

自覚的な人々の大部分が強い認識・自覚を共有して持ち、多くの人々の言動パターンになり、社会の大切な規範となっている。

これが文化だ。

相手の気持ちを察しあうことを要求する文化は、相手の無言の要求に怯え、強者に従属し、自分で判断する自覚と能力に乏しい従属的な精神を育て易い。

日常会話や会議、教育、テレビ、報道・・・日本社会はどこでも優れていない言葉が氾濫している。

言葉、論理、議論、吟味という言葉の最も重要な機能に関する自覚と能力を育てる教育、ことに小学校教育で必要だ。

表現された言葉どおりの内容を言葉通りに理解し、その言葉にまっすぐな言葉を使って反応発言するという、万国共通の言葉の機能を理解し、使う能力と自覚を育てる言葉教育、国語教育が必要だ。

言葉の約束事に関する知識や、正しい日本語の使い方、相手の気持ちや言葉の背景、行間を推測することは、言葉教育、国語教育の中心とすべき課題ではない。

小学校教育に限らない。
優れた言葉を使う能力を育てるためには、ひとり一人の自覚と、学校教育・社会教育が大切だ。
                 (2012年8月16日 修正)

サプリの殆どはでまかせ。やめよう

         サプリの殆どはでまかせで無効

サプリメント(健康補助食品)の効能の殆どはでまかせで無効す。
何に効くか、なぜ効くか、感想ではなく本当か、出演者の本当の感想で人に奨めることに責任を持つか、きちんとした説明をせず、少しでも怪しいのは全部でまかせ。
専門家を納得させる根拠や、質問にまじめに応える根拠を持たず、まじめに説明しようともしません。
専門家でなくとも、考えれば分かります。

有効とは言わず、あたかも有効であるかのような表現を使って宣伝して販売しています。

例1「XXX は体にいいのはわかっているけど、毎日摂るのはむずかしい・・・・」
本当に体に良い?どのように?なぜ?根拠は?どの一つでも不明確なら殆どでまかせです。
一部に正しいことを言えばよいのではなく、一つでも嘘があったらその主張は誤りです。
これはサプリに限らず、論理の基本です。

例2.酵素やコラーゲンは何百~何千のアミノ酸が結合した大きな蛋白です。
蛋白は飲んでも蛋白のままでは大きくて吸収されません。
アミノ酸まで消化されてはじめて吸収されます。
蛋白はアミノ酸に分解されたら蛋白の性質はなくなります。
アミノ酸は20数種しかなくどの蛋白にも含まれているから、肉・卵・魚・牛乳からアミノ酸(蛋白)を摂るのと同じことです。
肉を食べたらそのアミノ酸が肉に、コラーゲン(スジ肉の主成分)を食べたらコラーゲンになるわけではありません。

大豆の蛋白を食べても体内で大豆の蛋白が出来ないことと同じです。
同じ種類のアミノ酸であれば、元の食品が何であっても全く同じで違いはありません。

それぞれの蛋白はどのアミノ酸を多く含むかは決まっていますが、全体を平均すれば同じです。

老化して皮膚のコラーゲンが減るのは材料不測が原因ではなく、作る能力の不足なので、材料を余計に食べても意味がありません。
皮膚に塗っても吸収しません。

吸収しやすいように「小さなペプチド」にしたらコラーゲンではなくなります。

コラーゲンを仮に外から皮膚に入れたとしても皮膚の構造にはならず異物になるだけです。

アミノ酸は蛋白の材料・栄養として大切です。塩も脂肪も水も大切なのと同じです。

それぞれのアミノ酸は材料として他のアミノ酸の代わりにはなれませんから、20数種のアミノ酸を全て摂るのが望ましいですが必須アミノ酸以外は、不足すると、他の栄養を使って体の中で作ることも出来ます。
牛乳や卵は全てのアミノ酸を含む蛋白食品という点ではほぼ完璧です。

アミノ酸には蛋白の材料になる以外の役割もあります。
だからそれぞれのアミノ酸の1種類だけをとりあげて、重要性を言うことはできます。

しかし普通に蛋白を摂っていれば食物の中に全てのアミノ酸が十分含まれています。
だからあるアミノ酸を特別工業的に作って、薬のように準備して余分に取る理由はありません。

20数種類のアミノ酸の1つを工業的に別々に作って、おいしくもないのに金を出して摂るべきものではありません。
アミノ酸やビタミン、微量元素などは、食品の一部で普通に食品に含まれています。

飢餓に苦しむアフリカの子どもに与えたら絶大な価値がありますが、サプリを買う余裕がある日本人なら、通常食物から十分に摂っています。

走るためにはエネルギー(カロリー)が必要だと言って80歳の人に余分に栄養を与えても20歳の人のように走ることはできません。
普通に食事している老人に、余分にカロリーを摂らせても、その分早く走ることも、心臓を強くすることも出来ません。
それと似ています。

食品以外のサプリは、薬理効果を狙っているので、さらに殆どはでまかせです。

例3.伝統的治療法には、3000年の昔から「血行をよくする」というものが多いです。
昔はそのときの全知識を使って良く観察、考え推測して結論を出したのでそれで悪くない。
しかし現在は血流であれば、20年以上前から簡単に測れるようになっています。
測定もせずにでまかせを言って根拠にしています。検査し測って確認して言うべきです。
測定したら殆どは血流増加がないことが分かります。

もしどこかの血流が増えれば、心臓から血液の拍出量が増えて心臓の負担を増やしたり、その分他の臓器の血流が減るかですが、どう考えるか私が知る限り、説明をしているものはありません。


         サプリメントを宣伝し販売することの問題
サプリメントに関して考えるべきことは、新興宗教に対する注意と共通しています。
不安に付け込み欺いて儲ける。

薬理効果はないから「個人の感想」を紹介して宣伝しています。
以前は薬事法その他でこのような宣伝は禁止されていました。
「個人の感想を言うのは自由だ」といって「規制緩和」しました。

効果がありえない事を、個人の感想として有効であるかのように欺く宣伝が氾濫しています。
出演者が「サプリで効果あった。よくなった。個人として人に薦めたい」というなら、企業から金をもらわず、自費で放映料を払って発言すべきです。

企業の代弁ではなく個人意見であるなら、個人で内容に責任持つべきです。

自分の考えとして言っているのか、台本どおりに言っているのかをはっきりすべきです。
不特定多数に対して発言するなら、その覚悟と自覚を持って言うべきです。

台本によってではなく個人として、無効なのに有効と説明して金を得れば、首謀は官僚と企業ですが、出演者も詐欺で共犯です。

台本に沿っての発言であれば、個人の感想ではなくなるので、放送や紙面に載せて宣伝するのは法律違反です。

            人と社会の健全性をを害する

無効なサプリの無責任宣伝は、以下の害悪を社会にもたらしています。

有効でないのにサプリを使えば、経済的に浪費であると共に、論理的に判断する姿勢と能力、人としての自覚・覚悟・知性を劣化させるという意味でも有害です。

でまかせや嘘を言って儲ける人が批判されず、逆に幅をきかす社会は、まじめな人や、信頼や誠実を無視・軽視する嘘・恫喝・暴力が力を持つ不健全な弱肉強食社会の基盤になります。

最近は製薬会社も、意味のないサプリを販売するようになりました。

製薬会社は、蛋白のままでは吸収されないことや、特定のアミノ酸が不足していないこと、その他有効性を疑わせるたくさんのことを知っているのに、有効と証明もせずに有効であるかのような宣伝をして販売しています。

「人=社会と消費者を偽る」という一線を越えた製薬会社が、製薬事業をするようになりました。
体への作用を偽って商品を売る製薬会社が、医療にとって不可欠の製薬事業をして良いだろうか?

このような意味でも、サプリ氾濫は医療と社会のまともさ、誠実・健全を損なっています。

厚生労働省が絡んでいることも国の行政の健全性が損なわれている結果でもあり、健全性を阻害する原因にもなっています。

サプリを買う人が、健康対策、医療費のように考えて出費している現状は、まともな医療を破壊します。

無効なサプリの無責任宣伝は、以下の害悪を社会にもたらします。

1.莫大な浪費。日本の医療費は年間30兆円です。
病院や診療所の医師・看護師、検査技師、リハビリ技師、栄養士・事務職員の人件費や、病院施設の建設維持費用、薬剤費、検査費用、入院費用全部合わせて30兆円です。低く設定された医療費(病院収入)の為多くの病院と職員が疲弊しています。
サプリで国民が使うお金は年間15兆円。まともな医療費に回すべきです。

2.人を欺く宣伝氾濫と詐欺的儲けを容認しているために、人と社会の健全性を破壊しています。
サプリを使うことが、空気に流されて論理的に考え判断する能力と自覚を阻害しています。
製薬会社やサプリ企業は、サプリを売るために道義性と責任感を放棄しました。
そのような会社は社内で、社員が、会社の道義性を話題にすることは困難になっていると思います。。

この10年、日本の人と社会の劣化が著しいです。

サプリの氾濫は、健全な医療にかかる費用を抑えたまま、浪費をして、日本人と日本社会を劣化させている一因になっています。

         ( Twitter giovannni78 で述べたことをまとめました )

被曝による奇形やダウン症について

被曝による奇形やダウン症について

チェルノブイリ被曝のあと、中程度に被曝したヨーロッパ諸国でダウン症や奇形、低体重出産が増えたという報告が沢山あります。
ICRPや日本政府とアドバイザーの人たちは認めません。

このような報告の多くは、国の機関がおこなった大規模調査ではないために、例えば、西ベルリンの報告;事故前は月3-4人だったダウン症が、汚染が強かった数ヶ月の間に受胎した出産ではダウン症が、10人を超えるくらいに増えたというような報告が多いです。

3人程度であったダウン症が3ヶ月間(3回)だけ12人程度に増えたという報告は、調査集団の数が少ないために、ばらつきによって増えただけの可能性もあるので、「被曝が原因で増えた」と断言できず「可能性がある」という結論しかだせません。

ばらつきの問題以外にも、同じような調査を始めた研究者が何組もいた場合、それぞれの調査結果が、ばらつきが原因となってそれぞれ①増えた、②減った、③変わらなさそうだという中間結果が出たとします。

被曝を受けた地域でダウン症が増えた場合は、「予測した通り」と考えて調査活動を拡続け、論文報告をしますが、減ったり、はっきりしない場合は、「減るわけがないからおそらくばらつきの為だろう。これ以上調査してもはっきりした結論はでなさそうだ」と考えて、調査を途中でやめたり、論文にまとめないことがあります。

新しい薬が発売されたときなども、期待通りの結果が出たときは発表するが、そうでない場合は途中でやめることがあり、このような調査や発表では、「薬が有効だった」という報告だけが発表される傾向にあります。

被曝による傷害調査でも同様の問題が存在します。
被曝した地域としない地域で行なった調査で、被曝した地域で増えていなかった結果がでた場合は増えた結果のときより、報告や論文発表数が減っている可能性も考慮しないと正しく結論は出せません。

だから行政などが系統的な大規模調査をすべきなのです。
行政が学校に指示・依頼して調査すれば、鼻出血などは簡単に調査できるのにしません。

多くの報告・論文はチェルノブイリから離れたヨーロッパの汚染地域では「以前と比べて3倍程度にダウン症が増えた」ことを示しています。
私は、被曝によってダウンや奇形は増えていると推測しています。

ダウンや重症奇形は被爆が無くても存在します。
ダウン症は元来ごくわずかしかありませんから、被曝した結果、3倍に増えたとしても、生まれる子どもの殆ど大部分は正常です。

ダウン症という重度の障害が3倍に増えたことが重大な問題です。
だから「正常出産した人がいたからほっとした」というのは論理的には正しくありません。
出産のほとんど9割以上が正常だったから安心するという感覚的理解は、論理的に吟味しないと危ないです。
感覚的、気持ち納得を優先する理解は誤った判断に導くことがあります。

汚染された野菜や魚を、大臣が人を欺くために食べて見せても安全を意味しないことと似ています。

ドイツ、イギリス、アメリカの核施設周辺で、それぞれ白血病が増えたという報告があります。
この増加は対照地域と比べて何倍も多いということではなく、数10%多いという程度です。

この事実はどのような立場の人も認めています。

一方、その原因が放射線被曝によるものかどうかは評価が分かれています。
被爆ではなく経済的な差や。ストレスによるかも知れないなどという意見です。

鉛や有機水銀、農薬中毒などの毒物の場合は、摂取した有害物の量が増えると症状が重くなります。
一方、放射線による多くの傷害は、被曝が増えても個人のレベルで症状が重くなるのではなく、症状の重さは変わらずに有害な症状や病気を持つ人の数が増えるという点が、放射線以外の有毒物による生体作用と違います。

鉛中毒、有機水銀中毒、農薬中毒などでは、それぞれ特有の症状や臓器障害が出ますからそれを調べればわかるのですが、放射線による奇形などは、その奇形を詳しく調べても多くは、放射線被曝によるものかどうか区別は多くの場合困難です。

多くの放射線障害では、個々の例の解析では被曝の影響かどうかはわからず、沢山の数を調べて数が増えたかどうか、増えた場合は、ばらつきや他の原因で増えた可能性はないかなどを大規模調査をして初めてわかります。

口唇裂や内反足など比較的軽いものも含めると先天奇形は被曝を受けない地域で約1%ですが、ヨーロッパのある地域のように、被曝地域では2%に増えたとします。

ここまでは、議論の対象ではなく、知識を得る調査と学習の対象です。
そのあとはいろいろな考えがありえます。

詳しくは省きますが、以下の考えはどれも正当な考えとしてありえます。
ありうるというだけで誰もがそう考えるべきだということではありません。

出産するときは、重大な奇形やその他のリスクを覚悟して出産すべきで、これが正当な考え方です。
母子共に異常が無くて当たり前というのは、はじめから間違っています。

奇形のリスクを考えたとき、出産するかどうかについて代表的な考え方は以下の3つです。
誰にとっても正しい考えということではありません。
その人の考え方や境遇によってどれも正当な考えとして選択しうるものです。

① 奇形の可能性が 1% あるので、いやだから、被曝有無に関わらず出産しない。
② 1%は覚悟するが2%受け入れはいやだから、1%リスクを上げる量以上の被曝をした場合は出産しない。
③ 被曝が無ければ99% は奇形がないから、99%の可能性に期待して、1%のリスクは受け入れて出産する。被曝した場合でも、98%は奇形が無いから、それに期待して2%のリスクは覚悟して出産する。
やや別の観点から、事故による人為的原因の為に高くなったリスクがある状態では出産しないと言う考えも成り立ちます。

いずれをとるにしても、被曝をした母親の大多数の子どもが奇形をもつのではなく、奇形は全体の中ではごく一部です。
その一部をどう考てえ、決断するかという問題です。

半分くらいが奇形を持つのではないかというような誤った認識を基にして考えれば、それは誤りです。

 重症の奇形やその他の問題が生じたときに、経済、日常生活、教育など社会がどのように援助するか、加害者を処罰するか、どこまでどのように保障・賠償させるかなどという問題も議論・判断の対象ですが省略します。

「事故後25年以上もたった子供が最近健全な子供を作りました。これが、今の私たちの希望です。」というのであれば、少数の奇形やその他の問題を生じる例があるにしても、ほとんど大多数派は重症奇形なしに生まれます。

何人か少ない出産でも正常出産があれば、それを希望と評価するなら、被曝しても沢山の正常児が生まれますから、子どもを生んだり、その将来を考えるのは大きな希望です。

そのような考えもも良い考え方の一つと思います。

(以上は、以下のLEMONさんのコメントに対して私の考えを書いたものです。
普遍的問題を含むので、記事として掲載しました)

・・・・・以下は、LEMONさんからのコメント・・・・・・
もうひとつ。チェルノブイリ事故で保養に関わり、汚染された食品にかかわり事故後25年以上もたった子供が最近健全な子供を作りました
> これが、今の私たちの希望です。

丁寧で敬意ある、回答を期待する言葉を

         ―――健全で誠実な議論、対話をするために――― 
   丁寧・誠実で敬意ある、回答を期待する言葉でのコメントをお待ちします

       (LEMONさんから頂いたコメントへの返信です。普遍性を持つ内容なので記事として載せます)

 私は、議論をする際に、異なる意見があったほうがより豊かになると考えています。
 だから、より豊かな思考・吟味・議論をするために、異論を提示されることを歓迎します。

 LEMON さんから頂いたコメントは、「健全な議論をして、共同してより深い結論を得よう」というご主張でしょうか。
 それとも、内容を共同で吟味しようというのではなく、私がこの内容で発言したり主張したりする「私の行為」や、「私という人格が存在していること」が気に入らず、なじって、非難して、私が「発言主張すると言う行為」(や私と言う人間が生存していること)をやめろと要求・主張されているのでしょうか。

 健全な議論をするためには、論理的で穏やかな言葉を使い、相手に敬意を持ったことば・態度で主張し、自分が今言った意見に対する相手の意見をまじめに期待して聞くことが健全な議論をするために必要なルールです。

 LEMON さんが提示された話題は、まじめに議論する価値があるテーマです。
 そして私もそれに関して考えています。

 LEMON さんの本意が、そのような健全な議論をしようというのであれば、私は歓迎して、LEMON さんと私の間で、的を外さない、論理的で真剣、丁寧な言葉の往復=議論をしたいです。

 そのためには、健全な言葉のやり取りが必要です。
 相手(私)の人格を、なじったり侮蔑、禁止する言葉ではなく、私の意見に対して、論理的に穏やかな言葉と敬意を持った態度で異論・批判をご主張ください。

 黙らせようという主張は議論ではなく、議論を抑圧・阻害するものです。

 発言を抑圧する言動を容認・黙認しては、自由に意見を言える社会を作り維持することはできません。

 慣れ親しんでしまって気づいてていない人も多いですが、今の日本は自由に発言できない恐怖社会です。

 他人と異なる意見を言わないようにしつけ、教育された結果、私たちひとり一人が、他人と異なる異論を発言することに怯えたり、他人が異論を発言することを抑圧する言動パターンが身についています。

 本当は、他人と違うことを言って初めて「自分の」意見ですから、その意味では、他人が意見を述べることを抑圧する判断、言動傾向です。

 このような言動傾向が、私たちひとり一人の判断や言動に強く身についてしまっています。
 
 自由(な社会)を維持するためには「自由を抑圧・破壊する言動」の自由だけは存在しません。
 自由を抑圧することに対して、そこに存在した人が例外なく批判し、続けさせない自覚・決意・言動をすることによってだけ、自由が維持できます。

 そのような意味で、今の日本社会は、社会も人も、発言の抑圧を看過して、個人の行動や発言の自由を軽視、抑圧が当たり前に存在してしまっている不健全・恐怖社会です。
 自由な議論をさせない、拒否抑圧するといのは、きわめて危険な社会になることを意味します。

 自由に意見を言うことを抑圧、非難することは自由な議論、精神の自由と相容れません。

 精神と言動の自由はひとり一人の幸せと名誉と、社会が健全であるために基本的で不可欠なものです。

 今の日本は、健全な議論をさせない、自由にまじめな意見を言わせない、互いに抑圧しあう不健全な社会だと考えています。

 相手の発言を抑圧し、異論は黙らせ、排除するという行動原理が、福島原発事故の最も重要な原因と私は考えています。
 原発事故がおきてから、まずい対応を繰り返して、避けられることも避けずに、事故と損害を繰り返し拡大させている、政府や、官僚、東京電力の不適切な対応の底流にもこれがあります。

 福島原発事故に限らず、日本の多くの社会的問題も、個人的な人間関係を含む苦痛も、それを作り、解決を妨げている底流として、殆どの問題の底流になっています。

 この問題は日本社会とひとりひとりが克服すべき課題で、これを克服すると、ずっと良い社会になり、個人もひとりひとりが誇りを持って生き、人としての名誉を不当に蹂躙されない、ずっと苦痛が少ない、豊かな人間関係ができると思います。

 別の表現をするなら、これを解決せずに多くの問題は解決しません。

 例えば、大飯原発で新たに津波対策をしたといっても、「異論排除、異論を発言する人を敵視する」行動規範と精神をもつ人たちが、これまでどおり、原発の政策や運営を独占していれば、原発事故原因のもっとも重要な問題は解決・改善されていないと私は考えます。

 LEMONさんと共同してあらたな考えを手に入れるために、互いに敬意を持った態度で、まじめに考えを深め合って議論が出来たらうれしいです。
  
 LEMONさんが提起されたテーマは、議論して深める価値がある課題です。

 LEMONさんの考えがあり、私も考えがあり、健全で誠実な言葉をやり取りすると、より良い共通の結論を作れるかも知れません。

 LEMONさんの主旨がもしそのようなものであれば、なじったり発言するなと迫るのではなく、丁寧で敬意ある言葉・自分の発言に対する相手の意見をまじめに丁寧に期待して聞くという文章にして、もう一度、どうぞコメントください。

(追伸)この文章は、やり込めようという主旨や敵意を持っていません。
 裏読みをせず、言葉どおりお読みください。

LEMON 様

・・・・・・・以下はLEMONさんのコメント・・・・・
ご自分では、放射能をさけるためにどのような努力されてますか
私たちは仙台住んでます。
ひどく汚染されても先生方のように、家族を遠くに逃がす金銭的余裕はありません。
先生は、チェルノブイリの汚染された人々を実際7みたのですか?
20年間見てこられ、現地のお医者様や親、子供たちの保養活動してこられた野呂みかさんが一番心に響きます。
保養や汚染された食べ物をさけてきた結果、健康な子供を生んでそだててます。先生はお医者さんなのに、希望はあたえないんですか?人は病気であれどんな状況であれ希望があれば生きていけます。
希望がなくて癌と告知された人がわざわざ治療受けるでしょうか?
>お願いです。ひとから希望を奪わないでください

特権的な利権・地位を維持するために、社会の健全性と人の幸せを破壊する人たちが運営する社会を変えよう

                 (2012年7月3日 twitter; giovannni78 からの転載です)

自分たちの特権的な利権・地位を維持するために、社会の健全性と人の幸せを破壊する人たち(電力・財界・官僚・・・)が運営する社会を変えよう。①

②原発はリスクを入れたら超不採算であることを、電力会社と官僚は全部知っている。
原発再起動に賛成する議員は、それを知っているか、議員業を続けるために理解さえせず、電力や官僚の小間使いをしているかのどちらかだ。

③原発が不採算であることに加えて、福島大惨事が、何百万人の今と未来に大損害を与えることも知っている。
国と多数の人に大損害を与えることを知っていて、自分たちの目先打算と保身の為に、原発を再稼動する人格・精神の人たちが、日本社会を運営している。
これが日本の現実。変えるべきだ。

④「何が得か・損をしないか、上司や実力者から非難や嫌がらせを受けないか」という、打算と保身だけで行動し、道義・健全・他人を傷害しないことは思考停止する人たちが、国や、多くの団体・企業など社会を運営する地位を独占している。
そのような人しか高い地位を維持できない不健全社会が今の日本だ。

⑤偽りや道義に反することを、社会や周囲の人が、例外なく批判することをせず、道義・健全が言動を縛る力にならず、他人と社会を傷害しても平気で、打算と保身だけで行動する人達が運営する社会は、社会と人の健全性と人の幸せを破壊する、反社会的・非民主的社会だ。

⑥なぜこうなったか?利権・打算・保身で動く社会で高い役職を持つ人たちが悪いのはもちろんだ。
同時に、国民の多くが自分の生活・言動で、道義・健全性が言動を決める基準から抜け落ち「どれが得か・損をしないか、上司や実力者から非難や嫌がらせを受けないか」で言動を決めているのも同じ問題を持つ。

⑦道義・健全性ということが、多くの人々の言動を決める基準から抜け落ちて、「どれが得か・損をしないか、上司や実力者から非難や嫌がらせを受けないかで言動を決める精神構造;これは、官僚や社会の実力者たちが都合よい社会運営をするために、一貫してやってきた、国民愚民化政策の成果でもある。

⑧打算と保身だけで行動し、道義性・健全性=何はしてはいけない事が、多くの日本人の言動を決める規範から失われて久しい。
「どれが得かどれがいやな目にあわないか」が今の多くの日本人の判断や行動の基準になっているが、どこの社会、何時の時代もそうだということはなく、今の日本に顕著なことだ。

⑨自分が判断すべきときにも、「現実は・・」と言って道義性・健全性・きちんと考える事を避けて、思考停止する。この現実を変えずに、利権と保身で人と社会を欺いて、利益を得ようという、電力業界や財界、官僚による社会運営を変えることは出来ない。

⑩官僚や財界などの利権・打算・保身だけで動き、社会や社会を損なう、社会的強者による愚民化政策で教育し育てられた貧しい精神と、判断・行動傾向が、私たち日本人ひとり一人の中に強く根付いてしまった。
彼らと共通の貧しい精神を、してはいけないものと自覚・努力して自らを克服すべきだ。

⑪自分が利権を得られる立場にいないからやらないだけで、もし出来る立場なら、不道徳であっても甘い汁を吸いたいという精神が自分にあっては、官僚や財界・電力の悪行をきちんと批判することは出来ない。

⑫彼らと同じ物があるから批判を控えるというのではなく、共通の貧しい精神があったままで批判する(それなりに正当で必要ではある)事を吟味しましょう。
自分の問題・課題や発見は社会全体に共通の価値になります。
気づきは発見。勇気があれば発見は言動に進みます。
勇気も必要

⑬福島大惨事で、原発の不採算性・反社会性がはっきりしているのに、原発再稼動をするという不健全社会、被災者の人生と家族を破壊して、補償や生活再建取り組みも行なわずに放置したままで、原発を再稼動するという不健全社会を止めさせて、人と社会が自分と他人を大切にしあう健全な社会を作ろう。

⑭「何をしてはいけないか、何を黙認・同調してはいけないか」とは子供の教育にとっても基本的で大切な課題です。道義性に無関心になり、悪行に対して系統的に批判をしない人間にする。これが彼らの狙い。
そうなるように愚民化政策・愚民化教育をしてきた。流されずに子供を立派な人に育てましょう!

⑮力強くまともな批判、発言をするためにも、「何をすべきか、何をしてはいけないか、何を黙認・同調してはいけないか」という道義的課題を自分の言動を決める基準の一つにする精神を大切なものとして私たちの中に育てる取り組みもしましょう、しませんか、したいです。

大飯原発再稼動に賛成・容認するおおい町と福井県の皆さんへ (要約版)

       大飯原発再稼動に賛成・容認する
      おおい町と福井県の皆さんへ
 
 そして原発再開に賛成される、全国の原発地域の皆さんへ
      (要約版。よろしければフルバージョンもご覧下さい)


       I. 原発事故時、国と電力会社の基本方針について

・ 原発事故直後「パニックを起こして社会を混乱させないために」は、住民には安全だと嘘の説明をして、避難させない。汚染食品を食べさせ続けました。
・ 「避難や、汚染野菜を避けるのは、神経質で異常な人たちだから相手にするな。避難する人は、自分だけよければという裏切り者だ」と解説して、被曝を減らそうとする人を侮辱攻撃しました。
・ そのために沢山の人が避難せずに被曝し、放射能汚染食品を食べ続けました。
・ 「専門家でない素人が言う煽動に乗るな。それでも出る不安や批判は、裏切り者、精神異常者として黙らせる」ということが原発事故以来、政府や福島県、東京電力が行なってきたことです。

・ 一方で、東電関係者や家族は、爆発前から、福島県から、避難しました。保安院幹部は、福島市内に留まって、汚染の強い原発現場には行きませんでした。
・ 東電関係者が避難したことが悪いのではなく、嘘を言って住民を避難させないことが重大でした。批判のポイントを間違えてはいけない。

・ 住民は、「被曝し、捨てられて構わない人間。避難したり、汚染食品を避ける権利はない人間」として扱われて、今も続いています。
・ 事故処理を進めるために、東電社員を大量動員することはせず、被曝容認基準を著しく上げて、下請け労働者に大量の被曝をさせました。責任ある官僚や東電幹部は、被曝危険がある現場に行っていません。

・ 東電正規職員は、事故前から、被曝危険性がある現場には殆ど行かない。原発事故がおきても、いくらか行くようになったのはずっと後のことです。
 強く被曝を受ける作業は東電社員ではなく、下請けの人たちだけの仕事です。

・ 大飯原発でも、定期点検など、被曝する現場作業は、現地の下請けの人だけで、関電の正規職員や幹部は被曝危険が高い作業現場に日常的に行かない。現地の皆さんは知っているはずです。

・ 原発を推進し、安全管理を怠った、責任ある歴代の東電幹部や官僚は、現場作業に参加すべきです。彼らができる単純作業は沢山あります。しかし参加しない。現地の「被曝させても構わない、自分たちとは違う種類の人間」にやらせていいます。

・ 大企業の福島勤務者や外国人が、被曝回避の対策を取ることは非難されないが、住民が被曝回避すると非難される。これが今、福島でおきていることです。
・ 原発を受け容れた住民は、原発推進勢力から、まともな人として扱われない現実を認識すべきです。
・ 全国の原発付近の方や自治体は、「嘘を言い、放射線汚染食品を食べさせ、被災者に更に損害を与える政府・行政・電力会社」に、目下の協力者として協力するのでではなく、指弾・追求すべきです。
・ まともな日本人として扱われていないのは、原発を作るときから一貫している。大事故になって、はっきり見えるようになりました。

・ 大損害を生じる大惨事の可能性を考えたから、原発を過疎地に作り、損害は住民におしつける仕組みを作りました。
・ 「地震国日本で原発は危険すぎて、保険契約はできない」とロイド保険に断られた。
・ そこで電力業界は、「想定外の原因で原子炉事故が起きた場合は、電力会社の責任は問わず、被害者に賠償する義務もない」という法律を作らせた。東電が「想定外」という言葉を絶対に引っ込めないのはこのためです。

・ 「過疎地の人は金をやれば誇りも失い、懐柔できる。道義も安全も考えない原発推進に従う人間にすることができる。その程度の人間」として始めから扱われていました。

・ 、原発地元の人や自治体は、人を欺いて他人に損害を与える原発推進者の目下の協力者になって子供や他人の安全と発言を脅かすべきではありません。
・ 原発に屈辱的に同調することが、子供たちの誇りを壊して卑屈な人間に育てるという重大な意味を考えるべきです。

・ 「病気になったら、放射能が原因ではなくて、過剰に心配したストレスが原因だ」と解説・強要しています。
・ 放射線被曝に関する世界的な共通した理解や合意と、日本の全ての法律に反する。一部「専門家」の主張を、医学の常識であるかのように偽っています。
・ 健康被害が出たら、加害者が責任を被害者に押し付ける悪質なものです。

・ 恐怖を感じて自由に意見をいえない社会にしました。被曝とは別の意味で重大です。
・ 行政組織として法律違反をし、更に国民・住民に法律違反を強要する無法国家・無法行政・反民主社会になりました。

・ 「放射能は安全」と嘘の授業を強要し、学校を、「生徒や先生が、自分で考えたり自分の意見をいえない、抑圧と洗脳の場」に変えました。
・ 「学校は本当のことを教えない。自由に考えることも発言することも抑圧する。学校は子供の安全を損なうことをする」という事実と認識が広がりました。
・ 学校と先生が保護者や生徒から信頼されなくなったら、健全な教育は不可能です。打算の為に他人を偽り大損害を強要する事故対策は、学校教育も破壊しました。

・ これほど重大な反社会的、違法行為までして、原発を稼動させようとしています。

・ 「あれだけの大事故を起こしても、1人も死んでいないくらいに原発は安全だ」と電力会社の幹部は主張しています。死んだ人がいないと言うのも怪しいですが、死ななくて財産と人生が破壊された人の回復もさせずに、「平気で心に仮借なく」原発再開を主張しています。「原発事故で被災した住民は、自分たちとは違う、切り捨てても人生が破壊されても、被曝しても構わない、自分たちや都会の日本人とは別の、劣った人間」として扱っています。

・ 無条件同調を強要し、自由な発言を抑圧する社会を進めて、社会の健全性を崩壊させ、人々から誇りと明るさを奪い、今後の日本を崩壊させる重大な一歩になりました。

        II. 福島や宮城社会で起きていること

・ 子供に放射能被曝をさせたくない母親は、家族の中でも「県も専門家も安全だと言っているのにお前は神経質だ、変わっている」と非難されて、家族内で孤立し、放射能の話題はタブーとなり、家族内で自由に言葉が言えず、家族として機能しない半崩壊家族が増えています。
・ 避難した母親で、多くの人が離婚したり、実質離婚しています。
・ 安全神話の強要は、社会や、健全な家族内の会話を破壊して、人の精神と人格と、健全な人間関係に基づく幸せも破壊しています。

・ 校庭の放射線測定や給食の牛乳の放射能測定要望や、飲ませたくないという申し入れは長期間禁止されました。要望した母親はモンスターペアレンツ扱いされました。
・ 給食を、学校から持ち帰って測ろうとすると、窃盗扱いされ、給食放射能に批判的だった教師は、窃盗をそそのかしたと、処分前提の指導を受けました。
・ 教師は、自分の意見を言うことを禁じられています。
・  教師が正しいと考えることを発言できない、誤りだと指摘したり話愛ができない学校で教育が行なわれています。

・ 福島市内では、放射能の話を話題にすることも殆ど出来なくなっています。自分や子ども、家族の安全の為に放射能について知ったり話題にすることさえ実質禁止の状態が続き、人は安全に学習や会話ができません。

・ 福島医大では、放射線被曝を避けるために、多くの医師は家族を福島以外に住まわせ、医師の1割が退職しています。
・ 福島医大の医師がこのように、放射能汚染を深刻に考えていても、医大の中では放射能を話題にすることは禁句で、放射能汚染や被曝に関連にした調査・研究は実質的に禁止されている。
・ 大学の研究内容が禁止されるということは恐らく戦後なかったことです。これだけでも日本社会にとって歴史的重大事です。

・ 被曝について医学的な議論や、自由に話すことが出来ないず、被曝に関して自由な研究が実質禁止されている福島医大が、被曝医療の中心になっています。

        III. 大飯で事故が起きると福島の9倍以上汚染される

・ 日本の風は基本が偏西風なので、福島原発事故で放射能の90%は太平洋上に運ばれた。
・ 大飯原発で爆発すれば放射能の90%が陸に落ち、福島の9倍の汚染になる。

・ 大飯では安全な風上は海上になるのでの安全な避難場所は殆どない。

・ 原発稼動中や停止直後に爆発・放出があれば、短寿命放射性物質で人と陸地が激烈に汚染される可能性が高いです。

・ 大飯原発は、若狭湾内にあるので、放射能は若狭湾に長期に留まり、湾内が強くに汚染される。
・ 原発が湾内にあることと、対馬海流の流量は親潮・千島海流と黒潮の大海流と比べるとはるかに少ないために、湾内の放射能が拡散希釈されるのには、福島の何十倍、何百倍の時間がかかる。

・ 対馬海流で運び出される放射能は、京都から北海道までの日本海を海岸に沿って、海と海岸を汚染する。

・ そうなっても自分は我慢すればよく、家族や知人が被曝してもやむをえないですか?
・ 事故がおきた場合に十分な避難路がないことは問題だが、避難しても以上のことが起きる。
・ ひとまず避難できれば良いと考えますか?

       IV.原発事故があれば被害はおおい町と福井県だけですまない

・ 原発事故があれば被害はおおい町と福井県だけではすまない。
・ だから、おおい町民や、福井県民、関係漁協は、大飯原発の稼動を他の国民の分を代表してまで承認する権利・権限はありません。

・ 「地域自治体と関連漁協だけの承認で良い」という法律は、原発を推進する人たちが不当に作らせたものです。
・ 福井県の自治体は、日本中の人の安全や財産を提供する意味を持つ承認・容認をすべきではありません。本当は福井以外の人々の分まで変わりに代表して容認する権利はないbのです。

・ アメリカ先住民は内容を理解せず、親切心に付け込まれて騙されてサインをし、それを盾に全ての土地を白人が奪った。いアメリカ合衆国を作った。大飯原発を承認する人は、人が反対していることを承知で、利益と引き換えに承認するのだから、事故があれば、被害者ではすまず、有力な加害者です。
・ 加害者や悪人になってはいけないから、おおい町や福井県の人は、他の地域の人の権限や安全を侵す承認をすべきではありません。

       IV. 原発事故の原因は解決されていない

・ 国と東京電力は、津波によって緊急用電源が破壊されたことが大事故の原因だと言っている。嘘です。
・ 地震で送電鉄塔が倒れ、外部電源2系統が全て破壊されたことが第1の原因だ。
・ 非常用発電機が津波で破壊されたことと、移動式の電源車の送電ケーブルが短かすぎ、更にソケットの形が合わなかったために緊急用補助電源が使えなかったのが第2の原因。その結果、原子炉冷却ができず、爆発した。

・ 津波で非常用発電機が破壊されたことが福島原発事故の最大の原因というなら、電源車のコードが短すぎ、さらに、ソケットの形が合わなかったために電源車から送電できなかったことも、津波と同程度の最大の原因というべきです。
・ わずか震度6の地震で配管もかなり破損したので、仮に電源復旧に成功しても、原子炉を十分冷却できたかどうか疑問だ。これも言わずに「想定外の」津波が最大唯一の原因であると主張しています。
・ 爆発前から、原発内や周辺、100km離れた女川で、高い放射能が存在した。
・ 爆発したのは圧力容器や格納容器ではなく、それを被う原子炉建屋です。爆発する前、既に地震で圧力容器・格納容器に繋がる配管が破壊されて、圧力容器内の水素ガスが、建屋内に充満したから爆発したのです。

・ 原発に都合良い意見だけを集める組織を、中央や、地方行政、研究機関、マスコミに作り、自由に物を言えない環境を作って、まじめな議論や、異論や反対は抑圧排除しました。

・ このような抑圧的なあり方の為に、電力会社内でも、原子炉を改良すべきことや大小の事故から教訓を得て原子炉の安全を高めていくことは話題にさえしにくくなっていたはずです。JRや航空会社であれば、危険かもしれないことに社員が気づいて問題提起、報告すれば、評価が上がる。しかし電力会社内や電力の息がかかった研究機関や企業では、危険を指摘するだけで、抑圧されていやな目にあう。

・ 爆発を起こして、解決の方針も出せず、東電と官僚は打算で動いて事故と損害を繰り返し拡大させました。原発の危険性を指摘して事故対策を要求していた技術者や科学者を招いて、知恵を集めて方針を作り、事故対策を進めるべきでした。しかし、原発に批判的で事故対策を研究・提案してきた専門家を今でも、排除して、同調者だけで、原発を独占して仕切っています。

・ 原発に都合が良い考えや資料だけを集め、異論や反対意見を抑圧排除する。これが福島原発大事故の最大の原因です。
・ 無責任で利己的な、原発事故責任者が処分も受けずに今も居座って、批判者を排除して強引に原発を強行する姿勢と仕組みはかえって強化しています。

・ 原発の安全対策など、批判的意見を抑圧して、自由な議論を抑圧排除したことが、福島原発事故の最大の原因なので、それを考えれば、原発事故の安全性は全く改善されていなません。津波対策だけしても解決になりません。
・ 原発推進論者だけで、原発の基本方針を決めたり、原発運営を独占している現在のあり方を改めない限り、事故の最大の原因は存在し続けます。無責任に原発を推進・強行した幹部を全員処分し、公平な立場と、様々な立場の専門家による公開された議論に基づく事故処理と、原発運営の仕組みを作ることが全ての出発です。
・ これをしないで原発再開を主張するのは、原発の安全性と健全な運営に関心なく、打算と保身だけで判断する人たちだけができる主張です。
・ 協力すべきではありません。

           VI. 原発再稼動に合意されるおおい町と福井県のみなさんへ

・ 自由に安心して話せない抑圧社会、人間関係であっては、互いによく考え話合って共同してより良い方針を作ることはできません。
・ 都合や行きがかり、打算を入れず、まじめにまっすぐ・丁寧に考え、誠実に議論して判断、行動してください。
・ 子供に誇れる、まともな自分であろうと考えれば、どう発言・行動したらよいか分かります。子供たちは大人のあり方をまねて、成長します。

      (2912年7月28日修正)

大飯原発再稼動に賛成・容認するおおい町と福井県の皆さんへ

もし大飯原発で大事故が起こったら、安全をどう確保するか確保できるのか」を考えて、大飯原発再稼動に賛成・容認するおおい町と福井県の皆さんへ。
   (フルバージョン。本記事とは別に短くした要約版があります)

 電力会社と国の方針は決まっており、今その方針通り福島で実行しています。
 今後も基本方針を変えるつもりはありません。
 そのことを理解して、判断・発言・行動して下さい。

電力会社、財界と国が行なっている方針は以下です。

   I. 大事故発生時の、国と電力会社の基本方針について

・ 原発大事故直後にやるべき事は、すぐ避難させる、汚染空気をできるだけ呼吸させない、汚染食品を食べさせないことです。しかし、

・ 国と福島県・電力会社は、福島原発事故後、安全な水と食品を全力で供給することをせず、強く汚染された野菜も食べるように住民にすすめました。

・ 福島原発事故後、国と県、電力会社と同調者は「放射能はたいしたことはない、避難するな、(猛烈に汚染された自家野菜も)食べて良い。子供は元気に外で遊ばせろ。心配することや心配だと話題にする人のほうが放射能より有害だ。」「避難や、汚染野菜を避けるのは、神経質で異常な人たちだから相手にするな。避難する人は、自分だけよければという裏切り者だ」と解説して侮辱攻撃しました。

・ そのために沢山の人が避難せずに被曝し、放射能汚染食品を食べ続けました。

・ 「猛烈に汚染された地域の人に汚染の事実を知らせると、住民は適切な判断する能力がないからパニックを起こす」。だから、

・  「社会を混乱させないためには、住民には安全だと嘘の説明をして、避難させない。汚染食品を食べさせ続ける」。

・ 住民がパニックを起こしたとしても、判断能力がないからではなく、危険な重大事だと考えるからパニックを起こすのです。危険であれば、住民は避難し、家族も避難させる。それが当然です。しかし、

・ 被曝を避ける言動抑制することに批判が出たら、「専門家でない素人が言う煽動に乗るな。それでも出る不安や批判は、裏切り者、精神異常社として黙らせる」という方針です。

・ パニックを避けると言って住民の避難を抑制する一方で、事故対策に関係ない東電関係者や社員家族は原子炉冷却の見込みが立たなくなった時点、爆発するより前から、重大事故になると考え、すぐに福島県から、避難しました。現場で指揮する義務がある保安院幹部(中央官僚)は、福島市内に留まって、汚染の強い原発現場には行きませんでした。

・ 人類が経験したことがないほどの大惨事になる可能性が相当にあったので、避難するのは当然の事です。

・ 東電関係者がすぐに避難したことが悪いのではなく、安全だと嘘を言ったことと、住民を避難させなかったことが重大なのです。批判のポイントを間違えてはいけない。

・ 住民は、「東電社員や保安員などの中央官庁職員と同等ではない、劣った、捨てられて構わない人間、避難したり、汚染食品を避ける権利などはない人間」として扱われて、今も続いています。

・ 事故処理を進めるために、東電社員を大量動員することはせず、被曝基準を著しく上げて、下請け労働者に大量の被曝をさせました。責任ある官僚や東電幹部は、被曝危険がある現場に行きません。

・ 東電正規職員は、事故前から、被曝危険性がある現場には殆ど行かない。原発事故がおきて、大量被曝しながら作業しなくてはならない事態を生じても、正社員は被曝を受ける作業には参加しなかった。いくらか行くようになったのはずっと後のことです。行く
ても、大量被曝する単純作業には参加しない。

・ 大飯原発でも、定期点検や、日常的補修など、被曝する現場作業は、現地の下請けの人だけでやり、関電の正規職員や幹部は被曝危険が高い作業現場には日常的に行かないのではないか。大飯原発について、私は具体的知識がありません。しかし、現地の皆さんは、言われなくても常識になるくらいに知っているはずです。

・ 原発は安全と言って恫喝的に強行してきた、歴代の東電幹部や官僚は、現場作業に参加すべきです。彼らができる単純作業は沢山ある。しかし参加しない。現地などの下請け労働者=「被曝させても構わない、自分たちや普通の日本人より下等の、別の種類の人間」にやらせている。

・ 東電社員や、中央官僚、大企業の福島勤務者や外国大使館・外国人が、福島から非難したり、汚染食品を避けるなどの被曝回避の対策を取ることは非難されないが、最も危険にさらされている住民が汚染食品を避けたり、避難すると裏切り者、非常識、非科学的だと非難される。これが今、福島でおきていることです。

・ 被災した人たちだけは、避難したり、汚染食品を避けることが許されない。法律で保障された日本人として扱われていません。本来なら、東電や、関係官僚が最も守るべき人たちです。

・ 福島以外の原発付近の方や自治体は、「嘘を言い、放射線汚染食品を食べさせ、被災者に更に損害を与える政府・行政・電力会社」に、目下の協力者として協力するのでではなく、指弾・追求すべきではありませんか?

・ 原発事故直後、猛烈な汚染があっても、国や電力会社は、全力で避難させたり、安全な水や食糧を供給するなど、被曝を減らすための行動を取りませんでした

・ 汚染されたものも非常事態だからやむを得ないといって、法律違反の汚染食品を食べさせ、法律違反の外部被曝も容認させる方針です。

・ 「パニックを起こすと、他の地域の人たちの安全や利益を損なう。住民は判断する能力がない。だからパニックを起こさせないためには、莫大な汚染があっても食品と呼吸の汚染回避はさせない」。これは実際に飯舘村などで政府・福島県・東電・電力業界がやっていることです。「判断能力がなくパニックを起こす住民には危険を知らせず、避けられるはずの被爆も回避させない」。原発付近の住民は、日本人全員に適応されているはずの既にある法律からも除外されて、日本人として扱われません。

・ 「原発は安全だ」と言いながら、日本では、原発を消費地から離れた過疎地にわざわざ作るのは、事故がおきたら、住民を人として扱わず、日本社会から切り捨てるためです。そしてその通りのことをやっています

・ 福島の人たちは、法の下の平等な人=日本人として扱われていません。原発付近の住民はそのように扱われています。福島の被災者が、原発推進勢力から人として扱われていない現実を、おおい町・福井県・日本中の原発立地県の方は、目をそらさずまっすぐに認識すべきです。

・ 本来は、このような現実を見せつけられる前に知っておくべきでした。気づいて反対した人たちも沢山いたのです。素人すれば知れた、考えようとすれば考えることはできた。しかししなかった。普通の日本人として扱われないという屈辱に気づかなかったのなら、これまでの自らの考え方やあり方を反省し、再検討すべきです。

・ 日本人として平等に扱われていないのは、大事故がおきたからではなく、原発を作るときから一貫していることです。大量の放射能汚染という事態になって、よりはっきり見えるようになりました。

・ 表に見えていなくても、大飯をはじめ、全国の原発を受けいれた地域の住民は、始めからそのように扱われています。

・ 事故がおきたときには、住民に損害を押し付けて、日本社会から切り捨てる。大事故がおきたら、賠償や回復可能な損害ではすまないことは始めから分かっている。大損害を生じる大惨事の可能性を考えたから、原発を過疎地に作った。

・原発を作るとき、大事故に備えて、電力会社は世界の保険の本締めともいえるイギリスのロイド保険に申し込みましが「地震国日本で原発は危険すぎて、保険契約はできない」と断られました。

・ そこで日本の電力業界は、金と政治力、官僚と政治家を使って「想定外の原因で原子炉事故が起きた場合は、電力会社の責任は問わず、被害者に賠償する義務もない」という法律を作りました。東電が「想定外」という言葉を絶対に引っ込めないのはこのためです。

・大事故がおきたら、被害者を見殺しにするという方針はあらかじめ想定してしっかり準備していました。今それを役立てています。莫大な金を与えて、原発に無条件賛成の研究機関や、専門家を沢山つくり、批判的研究者には冷や飯を食わせて、原発に無条件協力する原発や被曝医療の若手研究者を育てたのもそのためです。それが今役に足っている。

・ 経済的に豊かでない過疎地の人は「わずかな金をやれば誇りも失い、懐柔できる。道義も安全も考えない、原発推進に従う人間にすることができる。その程度の人間」として始めから扱われていました。

・ この扱いを受け田人は、屈辱と知るべきです。

・ この扱いを受けて反撃せず、逆にそのまま受け容れるべきではありません。

・ 人と社会を欺いて他人に損害を与える、道義性がない人たちの目下の協力者になって、自分や子供、社会を守る正当な意見を持つ他人や他人の発言と安全を脅かすべきではありません。

・ まともな人として扱われず、いざとなったら切り捨てられる、「黙らせるには少し金を与えれば十分だ」こんな侮辱的な扱いを、受け容れるべきではありません。こんな扱いされることに慣れたらまともな、人としての誇り尊敬されるべき一人の人間として存在できません。人としてまともな誇りを持つべきです。

・ 自分を守る正当な意見も発言させない人間関係で縛って、誇りを失った精神を子供たちに植えつけてはいけない。 原発に屈辱的に同調することが、子供たちの誇りを壊して卑屈な人間に育てるという重大な意味を考えるべきです。

・ 国と「専門家」は「放射能よりも心配しすぎるほうが健康被害がある」「病気になったら、放射能が原因ではなくて、過剰に心配したストレスが原因だ」と解説・強要しています。

・ 放射線被曝に関する世界的な共通した理解や合意と、日本の全ての法律に反する、ごく一部の「専門家」の主張を、まるで医学の常識であるかのように偽って政府や自治体が電力会社の意を受けて解説し公的機関・自治体を使って強要しています。

・ この偽りを言う行政の説明と取り組みは、被曝を減らす取り組みを弱めると共に、病気が出たら、被曝させた責任者が、被害者に病気が出た責任を押し付けると言う悪質なものです。

・ この行政の判断と方針は、説明と方針が誤りであることに加えて、異なる意見をいえない社会を作っています。恐怖を感じて自由に意見をいえない社会は被曝とは別の意味で危険で重大です。

・ 公務員が法律違反をすると法治国家が成り立たなくなるので、公務員は法律遵守を厳しく義務付けられています。

・ 現在の日本は、上司の命令で、個々の公務員が法律違反をしています。

・ さらに行政組織として法律違反をし、更に国民・住民に法律違反を強要するという無法国家・無法行政・反民主社会になりました。

・ 学校教育では、反対意見があることを知らせず、「放射能は安全」という一つの考えだけしかないように偽って、批判や議論を許さない教育を強要しています。

・ 今回の原発事故の正しくない政府方針は、「学校教育を、何が正しいかを考えて判断するという科学的、論理的能力を育てるのではなく、学校という国民にとって大切な機関を、生徒や先生が自分で考えたり、自分の意見をいえない、抑圧と洗脳の場」に変えました。

・ 学校教育が根底で破壊され、学校と教師に対する保護者と生徒、社会からの信頼を根本から破壊しました。

・ 「学校は本当のことを教えない。自由に考えることも発言することも抑圧する。学校は子供の安全損なうことをする」という事実と認識が広がっています。

・ 学校と先生が保護者や生徒から信頼されなくなったら、健全な教育は不可能です。

・ 国家百年の計である学校教育が危機です。

・ これほど重大な反社会的、違法行為までして、原発を稼動させようとしています。このことだけでも、原発と、原発推進グループの言動は反社会的です。

・ 福島原発大事故が重大であることと共に、無条件同調を強要して自由な発言を抑圧する社会を進めたことと、国家百年の計である学校教育を破壊したこと、社会の健全性を崩壊させ、人々から誇りと明るさを奪い、今後の日本を崩壊させる重大な一歩になったと私は考えています。

     II.福島や宮城社会で起きていること
・ 子供に放射能被曝をさせたくない母親は、家族の中で「県も専門家も安全だと言っているのにお前は神経質だ、変わっている」非難されて、家族内で孤立し、家族が半崩壊している家族は多い。

・ 家族とも一応合意して、子供を連れて遠隔地に避難した母親で、離婚した人や実質離婚した人は、私が知っているだけでも何人もいる。九州に子連れ避難してその後離婚した方は「子連れで家族から離れて避難している母親の半数は、離婚を考えていると思う」と言い、同席した別の離婚した方もそれに同意していました。

・ 北海道に一時避難したあと、福島に帰られた方は、「家から仕送りがなくなって、やむをえず帰る人が多い。帰ると家族内で、トラブルが起きることは必至で、離婚の覚悟無しには帰れない。」と話していました。

・ 無責任な安全神話の同調強要は、医学的安全だけでなく、このように人の精神と人格、健全な人間関係に基づく幸せも破壊し、今も破壊し続けている。

・ 校庭の放射線測定を要望しても無視され、親が自分たちでも良いから測定したいと提案しても許可されないことが何ヶ月も続きました。

・ 給食の牛乳汚染を心配する親が、給食の牛乳の放射能測定要望や、飲ませたくないとという申し入れに対して、「教育の一環だから飲まなければ駄目だ。変わりに水筒を持っていくことも禁止」。要望した母親はモンスターペアレンツ扱いされ、再度申し入れると精神異常者扱いされるなどの例が続きました。

・ 要望しても牛乳や給食の放射能を測定してくれないので、学校から持ち帰って測ろうとすると、窃盗扱いされ、給食放射能に批判的だった教師は、窃盗をそそのかしたと、処分前提の指導を受けています。

・ 医学常識や法律に反する「放射能は安全」という無条件同調を強要する教材を使う授業が強要されて、子供の成長や安全を考えて異論を持つ教師は、自分の意見を言うことを禁じられています。

・ 福島医大では、放射線被曝を避けるために、医大で仕事をしている多くの医師は家族を福島以外に住まわせ、医師の1割が退職しました。

・ 福島医大の医師がこのように、福島の放射能汚染を深刻に考えていても、医大の中では、放射能を話題にすることは禁句で、放射能汚染や被曝に関連にした調査・研究は実質的に禁止されています。

・ 大学の研究内容が禁止されるということは恐らく戦後なかったことで、大学のあり方としても歴史的な大事件がおきています。

・ 「放射能は安全」と主張する専門家が「正しい考えを大学と社会に教育する」と勇んで、福島医大に集まってきています。
・ 原発推進勢力と政府は、福島医大を放射線について医学的な議論やおしゃべりさえ自由にできない大学に変え、被曝医療の中心にする大方針を作り、莫大な予算をつけました。

      III. 大飯で事故が起きると福島の9倍以上汚染される
・ 福島レベルの事故で、若狭湾は死の海になり、土地は福島の9倍汚染します。

・ 日本の風は基本的に西風=偏西風が吹いているために、福島原発事故で放射能の90%は太平洋上の大気に拡散してやがて海に落ち一部は世界中の大気に拡散しました。

・ 偏西風なので、大飯原発で爆発すれば放射能の90%が陸に落ちて大地を汚染します。

・ だから、福島と同じ規模の放射能放出がおきたら、福井や滋賀、京都でヨウ素やセシウムによる汚染は、今の福島の9倍の汚染になります。

・ 基本は西風なので、多くの場合は陸地が原発の風下になって、逃げるべき風上の避難場所は殆どの場合ありません。

・ 稼動中の原子炉が爆発すると爆発直後の数十分から数時間は、すさまじい量の短寿命放射性物質が出ます。

・ 福島事故では、原子炉が停止してから数日して爆発が相次いだことと、偏西風のため、爆発直後の短寿命放射性物質による汚染は、かなり避けられた可能性が高いですが、大飯原発では、陸の大気が短寿命放射性物質で汚染を受ける可能性が高く、その場合は、地域の被曝は福島と比べて、比較的寿命が長いヨウ素、セシウム、ストロンチウムなどによる9倍量の放射線被曝に加えて、激烈な初期放射線被曝を受ける可能性が高いです。その場合は実質的におそらく全滅です。

・ それほどの危険を冒してまで、原発稼動を容認すべきではありません。しかもそのとき被曝するのはあなただけではない。反対していた人たちまで被曝します。

・ 福島事故では、爆発して大気に放出された放射性物質の落下と、原発敷地内の放射性物質の海への流失と、東電による、汚染水の海中への放出によって、福島の海は汚染されました。

・ 福島原発は、太平洋に直接面しており、さらに、そこには世界最大級の、北からの親潮・千島海流と南からの黒潮の流れがあるため、放射能の殆ど大部分は千島海流と黒潮の大海流によって太平洋全体に移動拡散しています。それでも福島付近の海は今も強く汚染されています。

・ 大飯原発は、若狭湾内にあるので、放射能が海を汚染したら、放射能は若狭湾に長期に留まり、湾内が激烈に汚染されて、文字通りの死の海になります。

・ 原発が湾内にあることと、対馬海流の流量は親潮・千島海流と黒潮の大海流と比べるとはるかに少ないために、湾内の放射能が拡散希釈されるのには、福島の何十倍、何百倍の時間がかかる。

・ 福島の放射能は海流で太平洋に流れたが、対馬海流で運び出される放射能は、京都から北海道までの日本海を海岸に沿って移動し、海と海岸を汚染し、内海ともいえる日本海全体を非常に長期間放射能汚染します。韓国、北朝鮮、ロシアの海も高度に汚染します。

・ 事故がおきたら、これは必ず起きることで、解決する方法はありません。

・ 大事故がおきたら必ずそうなります。

・ そうなっても自分は我慢すればよく、家族や知人が被曝してもやむをえない、他人がそのような被害を受けるかもしれないことを、その人たちの了解もなく、多い町や福井県の人たちが、電力会社に許可する権限や能力外あり、許可しえも構わないと、まじめに考えますか?

・ おおい町民と福井県民は他人の破滅的大損害を承認・容認する権限はありません。、

・ 事故がおきた場合に十分な避難路がないことは問題ですが、避難しても以上のことが起きます。
 ひとまず避難できても、解決しません。

   IV.原発事故があれば被害はおおい町と福井県だけですまない

・ 原発事故があれば被害はおおい町と福井県だけではすみません。

・ だから本当は、おおい町と福井県と関係漁協が、原発稼動を認める権限はありません。

・ 何がしかの見返りを得るために原発稼動に賛成・容認した人は、原発事故があった場合、被害を受けるのは、ある意味ではやむを得ません

・ しかし、大飯原発が事故を起こせば若狭湾は死の海になりますから、京都府の舞鶴や宮津や伊根など、若狭湾内の漁業も壊滅します。福島事故の10%の規模でも、漁業が壊滅するだけでなく、若狭湾に面した市町村は住むことも、恐らく立ち入りも難しくなります。

・ 福島と同程度の事故がおきれば、福井、滋賀、京都が住めなくなり、琵琶湖が汚染され、日本の広範囲が高度に汚染されます。

・ そうなれば、チェルノブイリ事故が原因のひとつとなってソ連が崩壊したと同じように、恐らく日本という国は存続できません。

・ ソ連のような広大な土地ではない、人口密度が高い近畿地方で原発事故が起これば、人の苦しみと、苦しむ人の数はチェルノブイリや福島よりもずっと大きくなります。

・ そのような大惨事に関して、おおい町民や、福井県民、関係漁協は、大飯原発の稼動を他の国民の分を代表してまで許可・承認する権利・権限はありません。

・ イギリスからの移民がアメリカに植民したとき、植民者は、土地に住んでいた先住民(いわゆるインディアン)から、始めは土地を借り、やがて奪っていきました。

・ 先住民は土地を個人の所有とはせず、共同で使うものと考えていました。だから白人が来たとき、歓迎し、困難を助け、土地使用を許可し、かぼちゃの種を与え、耕作法も教えて援助し、受け容れました。

・ アメリカで最も重要な祝日である「感謝祭」はこれを感謝したものです。しかし、親切に助けてくれた先住の人たちに感謝するのではなく、親切な先住民にめぐり合わせて自分たちを助けた神に感謝する祝日です。

・ やがて白人は、先住民から土地を奪っていきました。

・ 土地所有の概念がない、先住民の誰かに働きかけて、ガラス玉などと引き換えに、白人が土地所有を認める契約書にサインをさせる。先住民は英語を読み書きしませんから、白人の口先だけの説明を聞いてサインとして×等の記号を書きました。

・ この先住民は、先住民全体の土地を、白人に渡す権限はありませんが、その個人のサインを盾にして、白人入植者は暴力で次々と全ての土地をうばい、先住民を迫害追放して、自分たちの所有にしました。

・ 契約書に記号でサインした先住民の殆どは契約の意味を知らずだまされたものです。これを繰り返して、イギリスから来た白人は、アメリカの全ての土地を手に入れてアメリカ合衆国という国を作りました。悪質です。

・ 他の地域の人の分までの権限がない、おおい町や福井県の人々や自治体、漁協が原発稼動を許可することはこれに似ています。

・ 原発事故があれば影響や損失は、おおい町と福井県に留まらないのだから、他の地域の人々の安全や利益を売却・承認する権限はありません。

・ 「その地域自治体と関連漁協だけの承認で良い」という法律は、原発を推進する人たちが金と権力を使って不当に作らせたものです。

・ 白人が、権限がない一部の人と契約して全体を取り上げた仕組みと同じです。

・ おおい町や福井県の自治体は、日本中の人の安全や財産を提供する権利はありませんから、他の地域の人たちの安全と財産を提供する意味を持つ承認・容認をすべきではありません。

・ 何らかの利益と引き換えに承認した人が損害を受けるのは、電力会社や政府の責を減らすものではないが、ある意味で当然です。

・ しかし、福島の場合でも、原発に反対し、何の見返りも受けず、その上、侮辱抑圧を受けた人たちまでが、放射能被害を受けました。

・ 東電・政府・自治体と同様に、住民の中で原発賛成で活躍した人たちが、、大事故を起こして大損害を与えたことが明らかになった今も、嫌がらせを受けても原発に反対した人たちに謝罪も弁償もしないことに私はいやな感じを持っています。

・ アメリカ先住民は内容を理解せず、多くは親切心に付け込まれて騙されてサインをしました。しかし、大飯原発を承認する人は、他の地域の人が反対していることを承知で、何らかの利益と引き換えに承認するのですから、事故があれば、単なる被害者ではなく、責を負うべき有力な加害者です。

・ 加害者であることを承知で、利益を受けて原発稼動を承認するならその多くは悪人です。

・ 加害者や悪人になってはいけませんから、おおい町や福井県の人は、他の地域の人の権限や安全を侵す承認をすべきではありません。


      V. 原発事故の原因は解決されていない

・ 国と東京電力は、津波によって緊急用電源が破壊されたことが大事故の原因だと言っています。嘘です。

・ わずか震度6の地震で、外部電源を供給する送電鉄塔が倒れ、外部電源2系統がすべて破壊されて電源を喪失した。震度6で倒れるような送電システムであったことが第1の原因です。

・ 非常用発電機が津波で破壊されたことと、移動式の電源車の送電ケーブルが短かすぎて更に、ソケットの形が合わないというお粗末な理由で電源車が役に立たなかったことが第2の原因です。その結果、原子炉冷却ができずに爆発した。

・ 津波で非常用発電機が破壊されたことが原発爆発の原因と言うなら、電源車のコードが短すぎて更にソケットの形が合わなかったために電源車から送電できなかったことも、爆発に至らせた最大の原因というべきです。しかしそうは言わない。

・  わずか震度6の地震で配管もかなり破損したので、仮に電源復旧に成功しても、原子炉を十分冷却できたかどうか疑問です。

・爆発する前から、大量の放射能がもれ、原発敷地内外で検出されました。爆発する前から、、原子炉本体やそこからの配管が既に破損して、大量の放射性物質が漏れていました。爆発によって破損したのではなく、地震で破損したものです。

・ 東電はこれを言わず、「想定外の津波」が最大唯一の原因であると嘘の主張を続け、原発の安全性に国として責任を持つ保安院も、政府も、これをを追及するのではなく、一体となって主張している。

・  原発稼動に都合の良い意見だけを集めて言わせる組織を、中央や、地方行政、研究機関、マスコミに作り、自由に物を言えない環境を作って、まじめな議論や、異論や反対は抑圧排除した。

・ このような電力会社の抑圧的なあり方の為に、電力会社内でも、原子炉を改良すべきことや大小の事故から教訓を得て原子炉の安全を高めていくことは出来ず、話題にさえしにくくなっていたはずです。JRや航空会社であれば、危険かもしれないことに社員が気づいて問題提起したり報告すれば、評価が上がる。しかし電力会社内では、危険を指摘するだけで、抑圧されていやな目にあう。

・ 都合が良い考えや資料だけを集め、まじめな検討・議論をせず、異論や反対意見を侮辱抑圧排除する。これが福島原発大事故の最大の原因です。

・ 爆発を起こしてからも、解決の方針を出せず、東電と官僚は打算で動いて事故と損害を繰り返し拡大させました。本来なら、原発の危険性を指摘し手事故対策を要求していた技術者や科学者を招いて、知恵を集めて方針を作り、事故対策を進めるべきでした。しかし、原発に批判的で事故対策を研究・提案してきた専門家を今でも、排除して、原発推進してきた責任ある人々は処分もされず、今も原発稼動と、事故処理の中枢を独占して、原発推進論者だけで、方針を作り、原発と社会をしきっています。

・  高まった原発反対や批判の意見を排除するために、一方的な考えだけで他を排除して強引に原発を強行する姿勢を更に強めて、強行する仕組みも強化しています。

・ 原発の安全対策など、批判的意見を抑圧して、自由な議論を抑圧排除したことが、福島原発事故の最大の原因なので、それを考えると、原発事故の安全性は全く改善されていません。

    VI. 原発再稼動に合意されるおおい町と福井県のみなさんへ

・ 自由に安心して話せない抑圧社会、人間関係であっては、互いによく考え話合って共同してより良い方針を作ることはできません。

・ 都合や行きがかり、打算を入れず、まじめにまっすぐ・丁寧に考え、誠実に議論して判断、行動してください。

・ 子供に誇れる、まともな自分であろうと考えれば、どう発言・行動したらよいか分かります。子供たちは大人のあり方をまねて、成長します。

(8月3日一部加筆修正)

瓦礫処分方法と放射性物資処分方法の提案、津波堤防への私見

瓦礫処分方法と放射性物資処分方法の提案、津波堤防への私見>

                 はじめに
     要約
1.岩手、宮城の津波がれきは遺品として扱い、仙台平野海岸に全て集めて山積み処分する。
古墳のように整備して、震災津波記念講演に整備する。経済的、文化的で最も合理的ながれき処分法だ。
2.福島県の津波がれきと、東北、関東の除染作業などで集めた放射性廃棄物は、低レベル放射性廃棄物として扱い、福島第一原発付近に全て集めて山積みして、放射線廃棄物として長期管理する。最終処分場を決めない、まともな放射性廃棄物処理や除染はありえない。
3.津波堤防に関する批判的私見ものべた


         (A)岩手・宮城のがれき処理について
 (A)宮城、岩手の瓦礫処分は、仙台平野の津波で被災した海岸に全て集めて処分することが最も合理的で経済的だ。
 瓦礫処分法として、焼却処分・広域処分は不適切だ。
 山積み処分法が、焼却、埋め立て、土木資材として利用、広域処分などの他の方法よりも、最も経済的で合理的だ。

 岩手・宮城の重量あたりの放射能は高くないが大量なので、拡散させない対策・管理が必要だ。
 厳重な、放射能管理施設としてではなく、積み上げたがれき山の表面を,工事中はビニールシート、恒久的には粘土やコンクリートで被って、瓦礫へ雨水が浸透しない対策と、簡単な土壌への浸透防止・排水の放射能管理だけで可能だ。
 
 雨水浸透を止めるまでの一時期は、瓦礫から出る汚染排水は、濃縮固化してドラム缶に入れて管理施設で保管する=放射線管理関係法で定められている方法で管理をする。
 福島原放射線管理関係法で決められている発付近に低レベル放射線管理施設を作りそこで保管する(B参照)。

 岩手・宮城では瓦礫の放射能よりも山野や田畑の枯れ草や落ち葉の放射能のほうが格段に多いので、放射能拡散や被曝を軽減するには、山野や農地で放射浅間を拡散させない対策がより有効だ。

 低レベル放射性廃棄物の標準的な処分・管理法では、厳重な焼却装置で焼却して容積を減らし、ドラム缶に入れて長期間地下倉庫で保管します。
 焼却の目的は管理するドラム缶の数を減らすためです。
現在岩手・宮城の沿岸各地には、放射能対策がないまま既に山積みされています。
集めて山積みしてきちんと管理するとずっと汚染(拡散)は減る。
 放射能レベルが低いのでこれで管理できる。

 全ての地上の瓦礫は、すでに生活や産業の邪魔にならない場所に集められてる。 
 復興が遅れているのは、がれきが残っていることではなく、復興の為の適切な方針と取り組みがないためだ。
 瓦礫処分の遅れは、殆ど地元の復興を妨げる大きな要因になっていない。
 
 「瓦礫を引き受けて被災地の人を助けよう」というのは、現実離れした誤解で、被災地を助けることにならない。

 「広域瓦礫処理の遅れが復興を妨げている」といって、国民や社会を偽る政府は悪質だ。
 善意ではあっても、自分で吟味せず、偽り解説を受け容れて、悪質な人たちと方針に協力する人々も問題だ。
 偽りの方針を続ける分だけ、がれき処理の為に費用と時間を浪費して、健全な復興事業を妨げる。

 瓦礫をごみとしてだけ考えず、遺品として扱い、地震・津波の慰霊・記念公園にするというのは、瓦礫処分とは別の意味で良い考えだ。

 関東大震災の瓦礫処分事業として、瓦礫を集めて埋め立てて造った横浜の山下公園は横浜のシンボルとなっている。
 原爆爆心地を、広島平和記念公園として整備し、その中に、原爆資料館や国際会議場を設け、今は世界の平和のシンボルとなっている例を本ブログ別記事で書いた。

 5月10日と11日、広島平和公園内にある国際会議場で開かれた日本結核病学界に参加した。
 2日間とも、1日中、修学旅行の大型バスが常に20台以上停まっており、原爆資料館を沢山の小中高校生や内外から沢山の人が訪れていた。
 広島市民にとって、平和公園と原爆資料館は、世界に訴えるものとして、自覚や誇りとして大きな価値になっている。
広島市にとっては、市の文化レベルと、世界的名声を高め、観光収入としての経済的にも価値ある存在になっている。


石巻地区だけでも、がれき処分の為だけで、鹿島JVに1923億円支払う。
「全て集めて処分・講演に整備」を行なえば、石巻地区のがれき処理の為に鹿島JVに払う費用より安い費用で、岩沼・名取・仙台・塩釜・松島や南三陸の気仙沼を含む宮城県全てと、岩手、三陸海岸の全ての津波がれきを恐らく処理できる。
石巻以外の処理費用はそれよりもずっと多い。
その費用の一部を使うだけで、世界一の地震津波資料館をつくることができる。

   (B) ・ 除染で集めた各地の汚染物
      ・ ごみ焼却場煙回収物と残り灰
      ・ 福島の放射能汚染津波がれき処分について

 放射能は原子の性質なので、化学反応や生物を使って減らすことはできない。
 放射性廃棄物の処分や除染というのは、放射能を減らすことではなく、害の少ない場所に集めて管理することだ。
 放射性廃棄物・汚染物質処分を考えるとき、第一にすべきことは、どこにどれだけどのような形で集めて管理するかを決めることだ。

 最終処分場の処分法と規模を決めて準備せずに、放射性廃棄物の処理はできない。

 政府は、廃棄物処理の為の中間施設、と中間施設が出来るまでは各地で管理としか言っておらず、『中間』という言葉自体が、処分場を決めないという、根本的な偽りだ。

 真剣に検討しても最良の方針が出来るとは限らない。
偽りから出発して正しい方針は作れない。最終処分場を決めないまともな、除染や放射能廃棄物処理は存在しない。
 最終処分場を準備していないだけでも、政府は放射能汚染物資の処分を検討する意思・自覚・能力がないことを意味している。
 そのような人や団体は処分の方針を決めたり、仕切ってはいけない。

 通常の低レベル放射性廃棄物は、焼却して体積を減らしてドラム缶に入れて長期に保管することが標準低処分法だ。

 しかし、今回作られた放射能汚染物資は2000万トンと見積もられており、仮に焼却して容積が10%に減らせたとしても200万トンになり、多すぎてドラム缶につめて地下室で長期管理はできない。
焼却して容積・重量を減らせば比放射能は逆に増えてずっと高レベルになるので、管理の困難さと危険性はかえって増える。

 焼却すると環境汚染の原因になるのですべきではない。
 最終処分方法と処分場を決めずに焼却するということは、焼却によってかえって放射能が濃縮されて管理を困難にしたり、被曝危険を増やすという意味でも焼却はすべきではない。

2000万トンの廃棄物を処分・管理するには、量があまりにも多いので、土壌浸透防止と風で飛散しない対策をして、放射能管理施設として山積み処分がおそらく唯一の合理的処分法だ。
 当然これは、放射線管理施設なので一般人は立ち入り禁止。福島原発付近に処分場を確保してすぐ行なうべきだ。

 山積み処分なので、意思があれば無制限に集め処分することが可能だ。
 各地で除染活動をして放射性物質を集めると、除染の努力に比例して集めて管理すべき廃棄物は増える。
 回収した放射性物資の管理を心配せずに、各地で除染活動を熱意に応じて行なうことができる。
 
 具体的な山積みの仕方や、土壌汚染・風で飛散対策や管理方法などは、具体的にはいろいろ工夫はありうるが、基本は以上だ。
 基本方針を社会が決めれば、後は現実的で、適切なな構造や方法を専門家が作ることは簡単だ。

処分場の長期管理は東京電力にさせる。
東京電力は放射性廃棄物処理・管理の専門集団だ。。

        放射性廃棄物処分場の土地確保について
 これまで、ダムや公共施設、工場、原発を作る際には、「転居したくない」という住民感情があっても土地を全て取得して実行してきた。
 自分の希望で土地を売りたいとい時きの土地代金とは異なり、ダムや公共事業の為の土地取得では、通常の土地価格よりも十分高額な土地代金を払い、さらに転居後の生活再建も面倒見ることによって実現してきた。

 これまでの土地買収と同じ努力をすれば、放射能性廃棄物を山積み処分する、放射性廃棄物処分場の土地を確保することは簡単だ。

 これまで沢山の事業はそのようにして実施してた。

 中間処理施設などという偽りを止め、最終処分場をすぐに造るべきだ。
 「最終」という言葉を入れなければならないことが異常だ。
 「中間」という言葉の異常に気づき、なれてしまわないことが大切だ。

 福一付近は、既に強く汚染されて、安全に住んでよい土地でないことを住民は認識している。

 人が住むべきでない危険な場所なので、十分な保証と、今後の生活の安定が約束されれば、殆どの人は土地を売ってそちらを選ぶはずだ。
  安心して移住できる条件と償いがされれば、住み続けたい人は少ないはずだ。

「土地を確保するのは住民の感情を考えると難しい」というのは、加害者が被害者を利用して、人と社会と被害者を欺き、損害を押し付ける偽りだ。

「これまでのダムや原発拘束道路建設時の土地取得の土地買収と同じようには土地売却代は払わない」と決めてかかるから難しそうに見えるだけで、これは人と社会を欺く論理だ。

 事故前の土地の値段の5倍の価格で土地を買いあげ、更に、事故による損害賠償・損失補償と、移転後の生活再建が完了するまで国と東京電力が責任を持つと約束すればできる。

財産と人生設計を破壊された被害者がその程度の土地代金を得るのは当然のことだ。

 「土地を確保するのは住民の感情を考えると難しい」というのは、打算の為に、人と社会、被災者を欺く、同義的には犯罪というべきものだ。

国と東京電力は、責任を持って、事故を起こした当事者として、すぐに上述した、処分場を造るべきだ。

1日でも遅れるほど、被曝地域と日本全体の放射能汚染を拡大し、時間と資金を浪費して、復興や回復を妨げる。
偽りが批判されず改められず、偽りと既成事実強要で社会が運営されていくと、人と社会の健全な精神が衰えて、無気力と退廃が蔓延し個人・家族・社会の回復・復興を妨げる。

人と社会を無気力にすることはおそらく、東電・官僚・省庁・政府など、事故に責任と義務がある人たちが、責任回避するために仕組んでいることだ。(これは解説ではなく、私の意見)

      津波堤防に関する私の考え
 私は土木の専門家ではありません。非専門家として、私の考えを述べる。
 どうぞご教示ください。
 内容に関して、批判、コメント、議論を歓迎します。

 防波堤や堤防は、海面の水位が上昇する高潮や高波には有効だが、津波に対しては恐らく殆ど無力だ。
 高潮や高波に対する堤防は、基本的には水面上昇によって溢れ陸にこぼれてくる水の移動を妨げ、水圧に耐えればよいが、津波堤防・津波防波堤のだ。

津波が防波堤に与える力は、安定した状態の水圧(静水圧)だけではなく、巨大な水の塊が衝突する力と静水圧の合計だ。

 これが津波堤防・防波堤が津波に耐えられない理由だ。
 実際、今回の津波で、釜石や田老の世界一の巨大津波堤防と津波防波堤は津波の水位が堤防より高くなったために海水が堤防から溢れたのではなく、津波堤防・防波堤は津波で破壊された。

 津波堤防・防波堤は津波が衝突する力で破壊されるという問題に加えて、津波は堤防を乗り越えるという問題がある。

 高潮、高波は、海面水位が上がるだけなので、上がった水位によってあふれ出て陸に侵入する海水を防ぐのには、水位上昇に見合った高さの堤防を作れば間に合う。
 一方津波は水位が上昇するのではなく水の塊が移動して水が増え続けるので、堤防で水の移動をせき止めれば、移動して増えた水の分だけ水位は更に上昇する。

 今回10mの津波が来た場所に10mの壊れない津波堤防を作ったとします。
10mの水位に加えて、水の塊が引き続き移動してくるので、寄せ波が続く間は水位は更に高くなりつづける。
そして10mの堤防を乗り越えてしまう。
どこまで高くなるかは、寄せ波がどれくらい続くかで決まる。

 津波が堤防を破壊すれば、一時、堤防の所に留まった水と、更に押し寄せてくる水の合計が押し寄せることになるので、堤防があることがかえって津波の勢いと被害を大きくする場合さえあるはずだ。

 今回の津波で、仙台平野では海岸から4kmくらい海岸から内陸部にあった土盛の高速道路が、堤防として働き、津波をせき止めた。
 これだけを見ると津波堤防は一見有効に見えるが、私は有効ではないと考えています。

 今回の津波で、高速道路まで押し寄せた場所で津波の水位は1mくらいで、まもなく引き波に変わるタイミングだったので、津波が土盛高速道路で止まった。

今回の津波では、高速道路が絶妙の位置に存在していた。
偶然の結果です。

津波の大きさによってその位置は異なるので、予測してそのような絶妙な位置に、あらかじめ堤防を作ることはできない。

 これがもし、現位置より500m内陸にあったら、津波は土盛高速道路まで届かないから堤防として役に立たない。
 今回の津波で、堤防として働いた高速道路がなくても、津波は更にそれ以上何キロも侵入することはなく、いmイカの水位の津波が数百メートル侵入しただけで止まったはずだ。
 
 逆に、土盛高速道路=津波堤防が海岸近くにあったら、堤防は恐らく破壊されて、この場合も役に立たない。

 どちらの場合ても役に立たないと推測します。

 堤防が役に立つのは、以上のように、津波の寄せ波が引き波に変わるときに1~2m以下の水位になる位置にある堤防だけということになります。

 専門家がなぜそれを問題にしていないのか分からないが、そのように都合の良い津波だけを期待する対策工事はありえない。
 
 有効な位置だけに津波堤防を作ることはできず、作っても役立たないだろうというの私の考えで、恐らく正しいと思います。

 津波堤防は恐らくあまり役に立たない。
 建設費用は莫大にかかる。

 以上の構造的問題とは別に、以下の理由で、巨大な津波堤防を作ることに私は疑問があります。
 津波対策として巨大な堤防を造ると、海が見えない漁港や漁業の町になります。

 海が見えない環境で、漁業の町は健全に存在し得ないのではないか。
 漁業と生活をする町から、海の景色を取り除いてしまっては、漁業にも生活にも文化にも妨げになると思います。
 詳細は省きます。

 私は、津波対策の基本は以下が良いのではないかと考える。

 ・仕事や生活は従来どおり、港と海がある海岸の便利な平地で続ける。

 ・津波対策は、巨大な堤防を作って、津波を押しとどめる大堤防を作ったり、町や住宅を海岸・港から離れた高台に移転するのではなく、逃げることを第一とする。

 昔は高台に避難した。
 高台は生活空間から離れているので、避難には労力と時間を要し、老人や病人が避難の負担で死亡する等、かなりの負担を要する。
 日常は使わない避難道路を整備しておくことも必要だ。

 現在は、離れた高台に避難する必要はありません。
 町の中、生活・仕事の場に、津波のときに避難できる高層ビルをところどころに作っておくだけでよい。

 通常は、普通のビルとして学校・役所・事務所・アパート・倉庫・公共施設として使っていれば良いので、それらの施設を作る際にそのつもりで若干の費用を余分にかけるだけで可能だ。
 避難施設建設を目的に、様々なの施設を建てても良い。

 屋上面積や高さが不足なら、駐車場のように、屋上に簡単な鉄骨床を2層、3層に作って高さや面積を増やせばよい。費用もさほどかからず簡単にできる。

 私企業の建物を作るときも、費用援助をして、屋上など津波避難所に使える機能・構造を付加すればよい。
 津波避難所は町の中に作るので、避難するにも近く、危ないと思ったら簡単に避難できる。
 津波が来なかった場合でも、避難したことで大きな負担や損害は生じない。
 
 住宅や職場など生活の場に避難場所があることは重要で有益だ。
 すぐに簡単に、気楽に小さな負担で避難できることは大変価値がある。
 専用道路建設も管理も不要だ。
 
 縦割り行政を止めて総合的対策として行なえば簡単に実現できる。
 最も経済的で合理的です。
 現在の海岸沿いの便利な土地を、放棄せずに、仕事や生活の場として続けることができる。
 漁業地域の、人と地域の文化を守れます。

以下ブログ記事をご参照ください
(A)「津波瓦礫は全て山積み処分し公園に整備を。津波瓦礫の合理的処分法」
(B)放射性廃棄物は、原発付近に集めて管理を 放射性廃棄物処理の正しい戦略と方法)

                         (2012年7月28日修正)

(追記)
 がれき処理に関するブログ記事に関して、はたやんさんから、意見、質問、提案を頂き、返事を若干修正して掲載しました。はたやんさから掲載許諾済み。

津波瓦礫は全て山積み処分し公園に整備を。津波瓦礫の合理的処分法

      岩手・宮城の津波瓦礫は全て集め、
   山積み処分して津波記念公園に整備を
  
               津波瓦礫の合理的処分法

            要約
・ 津波瓦礫の焼却や広域処分は、瓦礫処分を早めることにならない。やれば莫大な費用と時間を浪費し、復興を妨げる。
・ 莫大な費用をかけて他の地方に運んで処分する合理的理由は無い。広域処分は莫大な浪費だ。瓦礫は全量地元で処分し、貴重な税金は浪費せずに、直接、被災者と被災地の為に使うべきだ。
・ 岩手、宮城の津波瓦礫は遺品として扱い、全て集めて仙台平野の海岸に山積み処分し、大古墳のように整備して、慰霊と津波記念の大公園にするのがよい。
・ 岩手や宮城の海底や海岸にある津波瓦礫の放射能は低いので放射能処理施設で管理しなくてもよいが焼却や拡散してはいけない。
・ 焼却や広域処分は費用と時間を浪費する。かえって放射能処理を妨げる。汚染を拡大する可能性がある。
・ 山積み処分が最も、早く、経済的で安全な合理的処分法だ。
・ 津波瓦礫は全て仙台海岸に集め古墳のように築き、津波記念公園として整備する。世界一の地震津波資料館設置を提案する                  
            はじめに
岩手、宮城県の津波瓦礫処分について考え方の整理と私の考えを述べる。

          津波瓦礫の現状
宮城、岩手県の津波瓦礫は2000万トン。
焼却、埋め立て、建設・土木資材として再利用、他地方へ輸送して焼却等の広域処分などの方針で進められている。
1年かけて、処理されたのはわずか6%。

          瓦礫処分遅れの理由
・広域処理の目標は、岩手県で全瓦礫のわずか15%弱、宮城で23%だけだ。
・岩手で瓦礫処理まで20年、宮城で10年の試算がある。

・もし広域処理が瓦礫全体の80%なら、広域処分のスピードを上げれば、被災地の瓦礫処分は早まる。
・しかし計画でさえ全体のわずか15%の広域処分ではその半分が達成されても20年が18年半、10年が9年3ヶ月とわずかに短縮されるだけで、現実の瓦礫処理を早めない。
・岩手、宮城瓦礫の20%だけの広域処分を早めても被災地の瓦礫処分に役立たたず、広域処分は無意実だ。

・被災地の瓦礫処分を早めるには、地元での処分を早めるべきだ。
・瓦礫処分遅れは、地元処分の遅れが原因だ。
・地元処分方針のまずさと政府に熱意無いことが地元処分遅れの原因だ。

・厚労省は現地での焼却炉建設を認めない。
・理由は「がれきには危険な放射能が含まれてる可能性がある。詳細な検討が必要」と。
・一方で、全国には、焼却は問題ないと拡散させて処理させる。

・岩手県岩泉町長:「もともと使ってない土地がたくさんあるのに、どうして急いで瓦礫を全国に拡散するのか?10年、20年と時間をかけて処理した方が雇用確保し、地元に金も落ちる。」
・南相馬市長:「がれきは復興の貴重な財産。護岸工事に使いたいが不足しているので宮城から運んできたいと相談したら、放射線量が不明だから動かせないといったのは官僚」。
・岩手県担当者:「県内に処理施設を増設するなどし、その費用が補助金で賄われ、自前処理ができれば理想的です」
・国は地元には「線量が不明だから動かせない」と言い、一方で他の地方には「瓦礫処理で汚染の心配はない」と言う。
・「国が言った」というのは「官僚が仕切って言った」ということだ。

         広域処分はすべきでない
・広域処理は運送費など莫大な経費と時間の浪費と放射能の拡散になる。
・各地に分散するのは除染と逆の行為で、してはいけない国際的合意だ。
・元々、広域処理の合理的必要性は無い。

・各地で瓦礫受け入れが進んでいないことが、瓦礫処理と被災地復興の妨げになっているという政府発表や報道が続いている。偽りである。
・政府の方針でも域外処分予定は20%で80%は地元処理である。
・地元処理が進んでいないことが瓦礫処理が進まない原因だ。

・20%の域外処理は元来不要だが、問題をすり替て国民を偽る政府と、批判せずに政府広報的なことしか伝えない報道は、きちんと事実を知らせずに、世論誘導をしている。
・政府に不都合なことも十分報道して、国民の議論と同意、良識に基づく、健全な復興復旧事業にすべきだ。

         焼却処分はすべきではない
・津波瓦礫の放射能は低レベルだが、全体量が多いので拡散すべきではない。
・放射線の確率的発癌作用は、千人に1人癌死させる放射能量は、1万人で分けても10万人で分けても1人が癌死する・個人の発癌確立は減るが全体では変わらない。
・低濃度だからと放射能拡散の総量を増やすと社会全体で癌死はかえって増えるから、放射能を希釈して広げてはいけないという考えで、日本や殆どの国の法律が作られている。
・放射能は食品や大気中に希釈して汚染範囲を拡大してはいけないというのは放射能管理の常識・関係者の合意事項、国際的にも合意事項だ。

・煙の放射能を完全に回収できない焼却施設で燃やすと、大気中に放射能を再拡散する。
・煙の中の放射能がどの焼却場も十分回収するのか、これまで住民や国民を何度も欺いてきた政府の「きちんとやるから安全」という説明が基準どおり実行する保証になるか疑問だ。

・焼却すると、放射能は減らないので、回収した煙と燃え残り灰に全て残る。
・回収した煙と残り灰の重さは焼却前より少なくなるが、放射能は減らないので、kgあたりの放射能は高くなり、かえって処理を困難にする。

・高濃度になった回収煙と残り灰の処分法、処分場を政府は決めていない。
・最終処分の方法と場所を決めない放射能処分はありえない。
・これだけでも、焼却処分をしてはいけない強い理由だ。
・放射線管理の常識と国際合意に反している。

        
          埋め立て素材などとしての再利用
・農地や海への埋め立てに使うと汚染や土質悪化をおこすので、すべきでない。
・十分低レベルのものは土木資材として使うことは可能だ。
・しかし、本当に放射能レベルが低いか、測定や規制が公正かということについて、繰り返し国民を欺いてきた政府の悪い実績が多く、今も続いているので、広く社会的に自由で健全な議論や検討をせずには再利用すべきではない。

・現実は、更に、自由で健全な議論を抑圧する、自由な発言がしにくい社会に誘導された。
・土木・建設素材として再利用することに反対する人を、「復興を邪魔する特殊な、社会から無視されるべき人だ」と、土木素材に再利用させないことが復興を邪魔する異常な人であるかのような、異論を侮辱排除する世論誘導が実際に行われている。

・再利用するとしても、瓦礫の全体量から見ればきわめて少ないので、処分計画に影響を与える量にはならない。
・したがって、瓦礫再利用によって瓦礫処分が早まる、あるいは、再利用を有効な瓦礫対策の1つとして考えるべきではない。
・瓦礫を再利用する場合は、再利用することが直接事業に役立つ場合に限るべきだ。
・事業に直接利益が無ければ、瓦礫を再利用させるために公的補助金が上乗せされて始めて実行される。

            浪費
・補助金を出す側と受け取る側に不健全な関係を生じ、税金が浪費されてきた。
・行政と業界の不健全な関係は、瓦礫処理に無効なだけでなく、社会の健全さと合理性を蝕み、利権は社会の健全性を阻害し国民の財産を消耗させる。
・浪費や利権に費やす費用は全て納税者から集める税金だ。
・広域処分や焼却、再利用を行うための補助金は、貴重な税金の浪費になり、被災者と被災地の回復・復興を妨げる。

・利権は真の復興を妨げる。
・浪費をやめて被災者と被災地の為に直接使うべきだ。
・「東京都に搬入瓦礫の焼却をする処分業者は、東京臨海リサイクルパワー株式会社;東京電力 のグループ企業社。ここでも税金から200億円が東電に入る仕組みだ。

       瓦礫は全て山積み処分して記念公園に整備を
          最も合理的な瓦礫処分法

・津波瓦礫は輸送費をかけず分別せず、地元で全部集めて山積み処分が良い。
・焼却や広域処分よりずっと早く、安く、安全に、全ての大量の瓦礫を処分できる。
・三陸地域は瓦礫を集める土地がないので、津波で被災した仙台平野の海岸に集める。
・湾内海底瓦礫も含めて2000万トン全て集め古墳のように築き、津波避難所をかねた、慰霊と決意の津波記念公園として整備すべきだ。

・放射能はレベルが低いので少量では問題ないが瓦礫の量が莫大なので、総量は無視できない。
・土壌への浸透防止は必要だ。
・しかしそれ以上の厳しい汚染防止、被曝防止対策は不要なので、安い費用でできる。

・集めて積み上げるだけなので費用も時間もかからない。
・土壌汚染・浸透防止のための基礎部分(底)は必ずしも厳重にする必要はなく、水抜き層と水抜きパイプで水抜きを十分に行う。
・底には粘土や吸着剤を敷き、最底部にはコンクリートなどの不浸透資材による底を作る。

・瓦礫は思い出と悲しみの遺品だ。人々の思い出の宝をごみとして処分するのは残念だ。
・ごみとしてだけ考えず、津波で死亡した人たちの遺品として全て集めて丘に築き、慰霊と津波記念の大古墳、記念公園として整備することが良い。
・900m × 600m、平均高 20mの丘に築くと2160万トン収容できる(比重2として計算)。現実的な数字だ。 
・ちなみに、仁徳天皇稜は堀も含めて840m×486m、最高高さ34m

・海から海岸の処分場まで堀を作れば、三陸湾内の海上と海底に残された瓦礫も、船で直接移送可能だ。
・裁断してトラック輸送することなく、広域処理や再利用・焼却を主とした処分よりも、はるか経済的に、早く、環境汚染少なく、大量処分が可能だ。

・津波の教訓や歴史、防災の世界的拠点として、被災地元の誇りとなるような世界一の地震・津波資料館を併設することを提案する。
・復興と発展に役立つ。
・公園費用と考えれば高額だが、瓦礫処分費用と考えれば瓦礫焼却や広域処分を含めた政府方針より安くできる。
・瓦礫処理、公園や慰霊モニュメント、文化教育施設と縦割りで考えず縦割り行政の視野の狭さを克服し総合的判断すれば実現可能だ。

・関東大震災復興事業として、横浜市は震災瓦礫を集めて山下公園を作り、5年後大博覧会を開いた。現在は横浜を代表する公園になっている。
・歴史的世界的な平和の決意の場にした広島平和公園と原爆資料館の例もある。世界中から心ある多くの人々が訪れている。

・現在も殆どの瓦礫が始末されずに残っている。
・すぐに、全て一箇所に集めて山積処分の方針を決定して着手すべきだ。
・遅れるほど時間と経費を浪費して、被災地の復興を妨げ、社会を疲弊させ、社会の健全さと活力を阻害する。既に高額の経費が浪費され、浪費の速度は加速されている。

       社会と人のあり方
・政府は「規制」と言って実際は逆に汚染容認の基準を作って、放射能と放射線被曝拡大を強制してきた。
・空間線量も、食物暫定基準も、食物新基準もそうだった。
・膨大な放射能ほこりが舞い、翌日に何が起こるか分からない状態でも、「安全だ心配するな、逃げるな、心配せずに自家野菜を食べろ」と言って被曝回避の言動を妨げ、被曝させた。
・政府と東電は今も謝罪も反省も、責任者の処分もしない。処分断罪されるべき人たちが今も原発事故対策を仕切っている。異常な社会だ。

・「被災地のためにも瓦礫受け入れを」と言う政府説明は被災地の困窮と被災地への同情心を利用して、利権と放射能汚染拡大、国民分断化を狙うものではないか。
・他の地域での瓦礫処分が進まないことを差別意識と結び付ける政府や報道の基本姿勢を改めるべきだ。
・瓦礫受け入れに反対する人を「被災者の痛みを共有しない、利己的な人であるかのように言うキャンペーンは、無礼だ。政府が主権者に言うべき言葉ではない。

・瓦礫や政府の言い分を受け容れない人を「利己的な人」として村八分的に侮蔑・無視・排除し、恐怖心を作って異論を言わせないようにしようという政府やマスコミの言論活動は、自由な発言と社会の健全性を脅かし危険だ。

・東京都知事は、放射能瓦礫処理に対する苦情・発言に「黙れ」と恫喝的に一喝した。
・岩手の瓦礫が東京に到着したとき、取材の記者が、私物のガイガーカウンターで測定することも禁止した。

・自治体が住民に納得しうる健全な方針と考えていないから、自治体が住民に納得させられない。
・瓦礫による風評被害は自治体が住民に説得できなければ、自治体に説得専門家を送って“国が対応するという。
・自治体が住民に正当だと考え、説明できないものを強引に行ってよいのか。

・大規模分別を前提にした、政府の瓦礫再利用処分計画は、時間と経費を浪費する。
・被災者の困窮と国民の同情心を利用して、国民と社会を欺き、被災地の瓦礫処分や復興に実質的に役立たない津波瓦礫広域処分と、異論を言う人へのネガティブキャンペーンをやめ、自由で誠実な発言や議論を安心してできる健全な社会運営をすべきだ。
・異論を排除する一方的で、人を欺く「日本人として痛みを共有しよう」という瓦礫広域処理広報に来年度15億円予算は不適切だ。 
・知識がない芸能人やアナウンサーがコメントして、コメント・解説した内容には責任をとらず、世論誘導する日本のテレビはおかしい。
・異論を言う人を侮蔑・排除し発言抑圧する社会は健全ではない。
 
          全国の方へ
・「瓦礫を引き受けよう」というのは被災者や被災地支援にならず、復興を阻害するかもしれない。大切な税金を浪費し、復興を阻害する。被災者が財産・仕事・生活を破壊されたままでほとんど放置されている現実から、国民の認識をそらしている。

・利権や打算に結びつかない、直接、被災者個人と被災地の回復に役立つ支援が必要です。

・瓦礫引き受けは被災地支援にはらない。東京電力に好都合の、政府視点で行っている瓦礫引き受けニュースの氾濫は、広域処分に眼が向いて、現地処分を進めない現実や、被災者の就業、生活が殆ど破壊されている現実とその原因を見えなくしている。被災者の復興を阻害していると私は考えます。

・自分や子どもの被曝を危険と考えて引き受け反対を主張する際は、それよりも高い被曝を受けている福島の人や、はるかに高い被曝を受けて、今も原発事故拡大を防ぐための福島原発作業をしている人のことを考えよう。その人たちの被曝を防ぐことを同時に考え、彼らの被曝を下げさせましょう。

・瓦礫引き受け反対するときは、被災地と今も被曝している人々支援・救援を明らかにした上で、受け入れ反対しましょう。利己主義助長、社会の健全性を破壊し、被害者を隠蔽する、東電と幹部、関連業界利権を守るための政府路線を助け、被災者を苦しめる力にならないよう注意して、瓦礫と利権拡散させない活動、がんばってください。

・ 被災地と被災者を支援するには何が有効か・何が阻害するか? 言葉の吟味・責任なしに、自分は批判されないという安全圏は確保して「感想を言う」という風潮に乗ることを卒業しよう。

・ 事実を深く自分で観察・分析し、他人のではなく、自分の判断を決め、機会あるごとに再吟味しましょう。
他人の損害や苦痛を悲しみ、つらく思うという、やさしい感性と、やさしく健全な感性を深め育む知性を育てましょう。その感性に誤りはないかも吟味する、誠実でていねいな知性も大切。
          
2011年5月以来主張してきたことをまとめた。

本論主旨は「震災モニュメント、鎮魂と研究の場建設を」河北新報持論時論2011年6月11日で提案発言した。
当時、私は余裕がなく、瓦礫処理や震災復興に関係した諸委員会や機関、行政、政治家に働きかけずに終わった。
賛意を持たれ、各機関に関係や働きかけることが可能な方は、本記事をどうぞご利用ください。

(追加)本ブログの別記事「放射性廃棄物は原発付近に集めて管理を。焼却処分はすべきではない。放射性廃棄物処理の正しい戦略と方法」http://hirookay.blog.fc2.com/blog-entry-26.html
もお読みください。

(追加)。原爆資料館には保育園、小中高校の修学旅行生、内外からの入館者の大型バスが終日20~30台が駐車していた。2012年5月10日、11日結核病学会:広島平和公園の国際会議場に2日間出席した時の風景です。

(追加)石巻地区は2012年9月、鹿島JVにがれき処分を1923億円で契約した。期限を決めた全額国庫負担事業としたために、どの自治体も莫大な経費の浪費を考えることもなく気楽に、広域処理・焼却処分という国(官僚)が準備したプロジェクトに乗った。

(追加)宮城県は現在、気仙沼市と南三陸町に40か所ある仮置場がれきおよそ150万トンを新たに造る1か所の処分場に集め、今後3年をメドに分別・焼却する方針。2012年8月21日説明会では、最終処分場予定地の周辺住民か反対意見が相次いだ。

(追加) 政府は2012年8月7日、広域処理が必要な量を5月の公表値より78万トン少ない169万トンと報告した。うち132万トンは受け入れ先が未確定で、各地の自治体との調整を続けることを申し合わせた。
 岩手県は42万トンと120万トンから大幅に減少。
                 
(追加)
「津波記念公園を」署名と実現の為の運動呼びかけ

本ブログをお読みいただいた方が中心になって、実現の為のいくつかの運動がおき、私も発案・呼びかけ人として積極的に参加し、これをまとめて全国的運動として活動を開始しました。
どうぞご参加ください。グループや個人参加どちらも歓迎です。ことに被災地宮城県のグループの参加と、宮城で自治体などへの要望活動などを行なってくださる方が参加してくださることを心から呼びかけます。
本ブログ「「津波記念公園を」署名運動の呼びかけ (09/11)
直筆署名用紙、web 署名、賛同団体・賛同著名人登録窓口は
震災復興プロジェクト http://savechildproject.web.fc2.com/tunamikinen.html
をご覧下さい。

(2012年9月30日 加筆修正)

放射線被曝問題と発言の仕方、 健全な議論を妨げる日本社会

        放射線被曝問題と発言の仕方
 ―― 健全な議論を妨げる日本社会――
                  
                       岡山 博
              (日本の科学者  Vol.47 No.4 April 2012より転載)

          本ブログ転載にあたっての要約
・ 心配せずにストレスを減らして免疫力を高めようということは,がん専門家の主要な関心の対象にはなっていない.悩まず笑うことが,がん予防とがん進行抑制に有効な治療法として認知されてはいない.
・ 医学的に認知させていないことを、医学的常識であるかのように説明して、それを根拠に他人を非難すべきではない.
・ 専門家が,「被曝を深刻に考えることはストレスを増やしてがんを増やすことだ」と言って,被曝を話題にしたり被曝対策をとることを妨げた.
・ その説明を聞いて人びとは,子や孫と高濃度に汚染された自家野菜を食べ続けた.子どもには食べさせたくないという母親は,神経過敏だ,非常識だと非難された
・ 被曝によって生ずる健康被害について,被曝させた行政や東京電力から,被曝した人や被曝を避けるために援助した人達に責任を転嫁した.
・ 被曝させて本来責任を取るべき人たちまでが安心解説をして,被曝を避けようとする人たちの発言や人格まで批判し苦しめている.
・ 福島差別を起こさせないためには,次のことが必要である.1)福島に貧困を作らないこと.2)福島の人たちにこれ以上被曝させないこと. 3)事故に責任ある,東京電力の歴代幹部や官僚が処罰されず優遇されたままの状況と,責任なく被曝させられた被災者の境遇を逆転させること.
・ 「被害が確認されないうちは,ないものとみなす」という考え方、あり方は誤りだ。
・ 言葉,論理,議論を大切にする文化・社会を作ることが,基本的な課題だ。


                   はじめに

2011 年3 月11 日,地震と津波によって,福島第一原子力発電所の電源が喪失,原子炉冷却水注入が停止した.そしてその後,爆発と放射能汚染を次々に繰り返し,被害が拡大した.

この時期に行うべきだった被曝対策は,①高濃度汚染の可能性がある地域からの避難.②汚染飲食禁止,被災者に安全な水や食料を届ける.③迅速に情報と知識を住民に提供し,自主的避難・被曝対策行動を助ける.④ヨウ素剤服用.⑤避難しない人への援助・指導であった.

しかし,東京電力,政府,メディア,そして放射線被曝医療などの専門家は,「汚染はわずかだ,危険はない.あわてるな」と避難を制止し,テレビ報道などでは,原子炉事故と放射能汚染が拡大する可能性を説明せず,汚染拡大の危険性を指摘する発言は「不安を煽る」として,質問することも話題にすることもしなくなった.
その結果,たくさんの人たちが被曝地から避難する機会を失った.

以上が,福島原発事故によって生じた放射能汚染問題に関する,私の基本認識である.
本誌の〈討論のひろば〉は,このような背景のもとで行われている.

3 月号で坂東昌子氏(*)は「分野を越えた21 世紀型学問の構築」を論じたが,そこで整理された5 項目を共通話題の素材として,私の考えを述べさせていただきたい.

               ストレスに関する医学的問題

坂東氏は整理事項の4 で,「ストレスは,免疫力の低下に繋がり,発がんのリスクも増大させることは,昨今の研究が示している.
科学者が放射線の危険性を過大に煽るのは,市民の健康を害する行為であると思う」と述べている.

ストレスが免疫低下につながりうるという動物実験の発表はあるようだ.
しかし私の知る内科,呼吸器科その他の学会や診療現場には「ストレスが免疫を有効に低下させ,発がんを促進する」「ストレスを減らせば発がんを減少できる」という共通認識は存在していない.

1955 年以前,日本では,多くの青年が結核に感染し,8 割は感染に気づかないうちに,自然治癒した.
現在,日本の結核の半数は老人の結核で,ほとんどは,若い頃に治癒し,肺内に存在していた結核菌が,老齢化にともなって免疫が低下して再燃(再発)したものである.
もし,ストレスを生じないように悩まずに生きるだけで十分に免疫機能が保たれるならば,それだけで日本の結核は,半数に減らせることになる.
結核研究・臨床の場で,そのような研究発表や主張する発表を行う専門家はいない.

細胞ががん化したとき,そのほとんどが増殖する前に,免疫を担当するリンパ球によって殺されることはわかっている.
そのようながん細胞を殺す免疫反応を促進するための治療法や治療薬開発は,膨大な費用と労力を使って世界中で研究されているが,医療の基本認識や治療の根本を変えてはいない.
心配せずにストレスを減らして免疫力を高めようということは,がん専門家の主要な関心の対象にはなっていない.
悩まず笑っていると,がんの発生を劇的に減らすと主張する研究者や専門家は私が知る範囲にはなく,がん予防とがん進行抑制に有効な治療法として認知されてはいない.

臨床医は,患者に対して,疾患の現実と今後の見通しについて,正確に説明するようにしている.
日本では,がん患者にがんの事実を知らせないことが普通に行われていた時期があるが,現在は,詳しく説明することがコンセンサスになっている

「ストレスが免疫を抑制してがんを増やすという,当然知っていてしかるべき知識もわからずに人を不安にさせて(免疫機能を低下させ,多くの疾患や発がんを増やして)いる」と医師以外から医師が批判をうけるとすれば重大である.
近年の報道言葉を使うと「不安ストレスを与えたことによってがんを発生させて早く死なせた」と損害賠償を要求されることを意味する.

相応のレベルを持った臨床医が責任をもって言えない内容を正しいと断言し,受け入れない特定の人を侮蔑を込めて批判することは,健全な言論活動ではない.
良識を持ち,患者のために診療している大部分の医師を部外者にして,専門家ではない一般の人びとに対して,「普通に医者が行っている病状説明は,ストレスを増やし,免疫を阻害し,がんを増やすという悪質なものだ」という意味を持つキャンペーン的な講演活動も健全ではない.

              ストレスに関する論理と倫理の問題

ストレスと被曝障害に関するもう一つの問題は,論理と倫理の問題である.

これは坂東氏の主張とは離れるが,放射能被曝の現状の中で指導的発言をしている,元長崎大学教授・現福島医大副学長の山下俊一氏ら放射線被曝医療専門家の発言について述べたい.

放射能の恐怖を持つ人に,人生論として,「くよくよせずにいましょう」と言うことはありうる.
しかし,山下氏が専門家として,被曝を受け続けている人たちへの講演内容には以下の問題がある.
「被曝を深刻に考えることはストレスを増やしてがんを増やすことだ」と言って,被曝を話題にしたり対策をとることを妨げたからである.

放射能の恐怖に怯え,何にすがってでもつかの間の安心を求めた人は多い.
「この程度の放射能は大丈夫だ.呼吸しても,野菜を食べても問題ない.心配するほうが放射能より有害だ」という専門家の話をうれしく聴いた人も多いはずだ.
その説明を聞いて人びとは,場合によっては子や孫と高濃度に汚染された自家野菜を食べ続けた.
子どもには食べさせたくないという母親もいたが,すると,神経過敏だ,非常識だと非難された.

専門家の解説に相乗りして,東京電力や国,福島県は,汚染地帯に汚染されてい
ない水や食料を全力で供給することをしなかった.

津波被災した相馬の母親の話: 1 ヵ月以上,知人が郡山や福島などで地場野菜を買い集め車で運んでくれた.
子どもに優先して食べさせた.
高濃度に汚染された野菜であると分かったのは何ヵ月も後のことだ.
いくつかの症状が被爆のためではないか,今後子どもは大丈夫だろうかと怯えている.
汚染の危険を知っていれば食べさせなかった.

このような人を私はたくさん知っている.
好意で野菜を集めて届け続けた人と,子どもに食べ続けさせた母親たちは無念である.

山下氏らの発言内容のもう一つの問題は,「くよくよするから,不安を煽るから,病気になる」と言って,被曝によって生ずる健康被害について,被曝させた行政や東京電力から,被曝した人や被曝を避けるために援助した人達に責任を転嫁したことである.

事故を起こし被曝させた人は非難されず,心配する人が非難され,被曝を回避するための家族会話もできなくなった.
くよくよする人を批判する専門家は,汚染地域に住む人たちに,汚染されていない食料を,東京電力と行政の責任で全力をあげて供給することを要求していない.

被曝医療専門家の研究費や地位は,他の多くの研究分野よりはるかに優遇され,原発推進に関係した国の予算や関連企業からの莫大な出資によって成り立っている.

被曝させて本来責任を取るべき人たちまでが解説をして,被曝を避けようとする人たちの発言や人格まで批判し苦しめている.

                風評被害について

坂東氏はまた,「福島の人たちは風評被害を通じて根拠のない偏見に苦しんでいる.
科学者が偏見を煽るようなことはしないように願う」と述べている.

原発事故以降,「風評被害」という言葉が蔓延した.
「風評」とは実体のない,無責任なうわさ話ということである.
食物の放射能汚染を心配することが過剰反応,嘘扱いされ,心配する人は異常,変人,うそつき扱いされ,今も続いている.「風評被害」という言葉を吟味せずに使うことに,私は反対である.

食物の放射能汚染を吟味検討することは,風評ではなく,よく考えるべきことである.
「風評」という言葉も,子どもの給食の放射能を心配する母親を,神経質,モンスターペアレンツとして無視・排除・侮蔑して苦しめる社会風潮を形成する要因になっている.

福島県民は,原発爆発で被曝し,その後も,汚染されたところに住み,汚染されたところで作物を作り,汚染された作物を食べ続けている.

日本社会と文化は,自分の優位性が確保できると,下位の者を引き寄せてわずかな劣位性でも暴き出し,侮蔑・差別して,相手に下位であることを思い知らせ,自分が上位であるという満足を得ようとする傾向が強く,福島は今後,日本社会で差別の対象にされる可能性が高い.

福島差別を起こさせないためには,次のことが必要である.

1)福島に貧困を作らないこと.
高度に汚染された所の人たちに,除染すれば,安全に住めるかのような幻想を与えて時間の引き延ばしをしている.
避難者は,新たな努力対象も定まらず,この状態が続くと,人として生きる熱意も輝きもうせ,経済的にも貧しくなってしまう.
アルコール依存者が増えているとも聞いている.

2)すでに被曝をしてしまった福島の人たちにこれ以上被曝させないこと.地産地消といって汚染された地域で作物を作らせて,これ以上,汚染された食料を福島の人たちに食べさせてはいけない.
東京電力と日本社会が最重要課題として,安全な食品を福島の人びとに供給すべきである.

3)放射能被災者が,財産と仕事,人生を破壊され,明日の展望ももてないという激烈な苦痛を受けているときに,損害を与えた責任を取るべき人たちは,地位・財産・安全を保障され,高い地位の継続を確保した.
事故の責任を取るべき,東京電力の歴代幹部や歴代の高級官僚が処罰されず優遇されたままの状況と,責任なく被曝させられた被災者の境遇を逆転させることが必要である.
これをしなければ,事故の責任者は優位性を維持できるように社会を運営し,福島を排除蔑視する社会になると思う.

この三つが福島を差別社会にしないためにやるべきことと私は考えている.

              発がんについて,特にトンデル論文について

坂東氏は「被曝後数年以内に発がんなどしない.~被曝が原因のがん細胞は10 年から数十年後に発がんに至る.それが専門家の常識」と聞いたと書かれ,これを根拠に論を展開されている.

肺がんには4 種類ある.1 個の細胞から1cmになる時間を逆算して求めると,平均的には小細胞がんで約4 年,腺がんで15 年と計算される.ばらつき説明は省略する.
チェルノブイリでは小児は被曝5 年から甲状腺がん発症が急増した.

「悪性腫瘍発症の増加とチェルノブイリ事故による放射性物質の降下は関連があるかもしれない」とトンデル論文を引用し,「これをもって,確固とした証拠にできるだろうか.そんなことは著者自身も主張していない」と,被曝の危険を主張する人を批判した.

イギリス・ウェールズ核再処理工場の周囲で白血病増加が確認された.
原発周辺で小児白血病が有意に増加していることが,2008 年のドイツ政府の大規模調査で確定した.
核施設周辺で白血病が増えることは確定したが,今後,原因が放射能被曝だと断定される可能性は低い.生活・食品・地域環境,経済の変化など,関係しうる多くの可能性があれば,完全な断定はほとんど不可能だからである.

国際放射線防護委員会(ICRP)や原発関係者,専門家は,「確実には証明されていない」ことを,「あるかもしれない」と考えるのではなく「存在しない」こととして無視している.

疫学的研究とは莫大な労力と費用,長時間の調査を要し,二つの事象の因果関係を証明することができても,単一の原因・結果であると証明できることはまれである.

チェルノブイリ事故においても,事故の影響でがんが有意に増えたことが認知されたのは事故の20 年後である.
厳密に言えば,甲状腺がんの増加の原因がチェルノブイリ事故と関連することは確定したが,放射線被曝が原因という断定はおそらくできない.
例えば,「チェルノブイリで被曝が甲状腺がん増加に関与した程度は10%以下で,70%は不安や恐怖感によるストレスが原因,20%は不明である」と主張する人がいて,自説が正しいことを証明せずに勝手な結論を主張し,「反論するなら,間違いだということを証明しろ」と言ったとしても,否定する証明はほとんど不可能である.

欧米であれば,これを誤りと断定することは常識レベルの論理だが,論理学が文化として存在せず,論理より気持ちで納得する日本社会,論理と議論が知識人の教養にさえなっていない日本では,簡単に通用する.

根拠と結論の正しさを証明しない主張をしても批判されない日本の状況では,専門家として,人を欺くどんな結論でも出すことができる.
権威や行政との便宜供与,同調するメディア,講演会や職場などでの脅迫・恫喝を使えばさらに簡単である.

トンデル論文は「どちらか分からない」と主張する論文ではなく、「チェルノブイリ放射能汚染に関係してがんが増えた可能性」を積極的に示した論文である.
この論文を引用して「被曝によってがんが増加した」と断定、引用することは正しくないが,「断定されていないのだから、がんが増加したことは、被曝とは関係ない」と断定・引用することも誤りである.

原発事故以降も岩手,宮城,福島,茨城の農村では,田畑で,車の視界が遮られるほどの煙を出して繰り返しわらや枯れ草を野焼きした.
岩手では,母親たちが行政に繰り返し要望したが「野焼きで放射能が拡散し,被害を与えるということは確認されていない」からと自治体は禁止せず,秋まで繰り返された.
呼吸と,農作物再汚染によって相当の2 次被曝を受けたはずだ.
他県では野焼きは話題にさえならなかった.

今も行政は,反省も謝罪もしていない.
「被害が確認されないうちは,ないものとみなす」とはこのようなことである.

通常のすべての毒性物質は,有害と分かっている値よりはるかに低値で規制されている.
事故以前の食品放射線規制も現在の暫定規制値よりはるかに低く規制されていた.
事故後は「がんを発生させると証明されていないレベルの放射能を心配するのは誤りだ」と,専門家が解説した.

有害と分かる直前の値は不明なので,これは「有害だと分かるレベルまで食べろ,有害と分かったらその少し少ない量まで食べろ」という暴論である.
しかも慢性毒性であれば,分かったときには遅すぎる.

                  おわりに
現在の日本は,無条件同調強要,自由な発言の抑圧,言葉・議論軽視,異論は無視・排除・侮蔑・嫌がらせが社会を動かす重要な行動原理の一部となっており,これが福島原発事故と,その後の不適切対応で繰り返し被害を拡大していることをはじめ,日本のほとんどの社会問題や,個人の苦痛を改善させない底流になっていると考えている.

健全な議論をするためには,相手をやっつけて自分の優位性を表現したいということではなく,相手に敬意をもち,穏やかで論理的な言葉で発言することと,共同して共通の結論に到達しようという意思が必要である.
言葉,論理,議論を大切にする文化・社会を作ることが,日本社会と人にとって重要で基本的な課題と考える.


(*) 坂東 昌子 氏:1960年京都大学物理学科卒、愛知大学名誉教授。素粒子論。研究と子育てを両立させるため、自宅を開放し、女子大学院生仲間らと共同保育をはじめ、京都大学に保育所設立を実現させたなど、女性研究者の積極的な社会貢献を目指す活動を続けている。06年日本物理学会長。著書多数

 本論で書ききれなかった意見については,以下の「岡山博」ブログでご覧いただければ幸いである.

 放射線問題について:「被曝をどう避けるか」講演要旨,「放射線被曝を避けるために・野焼き」「, 福島原発事故後おきていること」.
発言と議論の仕方について:「よい発表,良い議論を行うために」.

岡山博
仙台赤十字病院第2 呼吸器内科部長,
東北大学臨床教授

給食の放射能問題をどう考えるか 解説と私の意見

給食の放射能問題をどう考えるか
          解説と私の意見

         要約
・ 個人はどの程度まで放射能を引き受けるか
・ 新基準は、被曝を下げるためではなく、避けられるはずの被爆を、引き続き被曝させ続けさせるものだ。規制強化や、被爆低下にならない。
・ 行政は被曝を避ける活動に感謝し、行政で足りないところをその人たちと共同して行うべきだが、逆に、抑圧している。生徒の被曝を避ける活動に関与した教員や給食職員は、教育委員会から処分につながる強い「指導」を受けている。
・ 宮城県は汚染牛肉出荷停止を、宮城県知事は4週たたずに出荷停止を解除し「数字を消費者は理解できないから(暫定基準以下であれば)安全だと発表するだけで十分だ。」と質問に解答し、汚染牛肉測定値公表を拒否して流通させた。
・ 自治体や企業などの測定は、被曝を避ける保護者や消費者が使いにくい発表の仕方だ。
測定や発表は、被曝回避の為に整理して、経費は汚染食品を生産、流通させないために使うべきだ。
・ 行政や企業の不誠実な対応を受けていながら、無批判に従うべきではない。放射線被曝に加えて、人が大切にされない、不健全な抑圧社会を促進する。
・ 正しくない牛乳メーカーや自治体のやり方が通るのは、保護者や国民の多くが批判せず受け入れるからだ。
・ 子どもの教育をし、給食を運営する学校は、安心して自由にまじめな発言をする自由を保証すべきだ。教師の良心と誠実に基づく発言が抑圧される学校であってはいけない。
                         (4月14日修正)

        はじめに
ままりんさんの給食についての質問に対する解説と私の考えを書きます。
ままりんさんの質問は本ブログ、「被曝をどう避けるか」要旨
に掲載されています。
質問の主旨は「もし先生に小学生の子どもがいたら、仙台市の給食を食べさせますか?」です。
(1) 給食に含まれている放射線がどの程度危険か 
(2) 子どもに食べさせるか
について、解説と私の考えを書きます。

        放射性元素
重要な放射性元素は以下の3つ。
ヨウ素:3月と4月に摂取した可能性がある。程度は不明。現在は存在しない。
ストロンチウム
・ あまり測っていないので注意。それほど多くはなさそう。
・ 一度摂取したら骨に固まってほとんど排泄されないので摂取しない注意。
・ 特に小魚に注意。海水から海の生き物の特に骨に集まる。
・ 汚染された牧草などを通じて家畜の骨と牛乳に入る。
・ チェルノブイリでは汚染深刻だったが、日本では牧草はあまり使わず輸入飼料などが主なのであまり汚染されていないという解説はある。それについて、私は十分な知識がないので詳しくはわかりません。
セシウム:問題にされているのはセシウムのことなのでセシウムについて書きます。
セシウムとカリウム
・ セシウムは科学的にも放射性物質としてもカリウムに似ている。
・ 全く同じではないが詳しい違いはあまりわかっていない。
・ カリウムは体内の水に溶け、特に細胞内の水に溶けて一定濃度になるように調節されている(本ブログ「セシウム放射線」で解説した)
・ 水に溶けている以外に蛋白やその他の体の構成物質に結合しているものがあれば、それはカリウムとはかなり異なる動きや分布をする可能性があるがあったとしてもかなり少ない。

ここでは結合セシウムは少ないと無視して、カリウムと同じように水に溶けて体内分布するセシウムについて述べます。
・ セシウムがカリウムと同じように水に溶けて、同じように動くとすれば、カリウムと同じように腎臓から時間とともに排泄される。
・ ストロンチウムが骨に固まって排泄されないのとは対照的に、体内に取り込まれたらずっと留まって蓄積されていくことはない。
・ 摂取しなければ体内のセシウムは時間とともに排泄されて減少する。
・ 子どもであれば1ヶ月で約50%、2ヶ月で25%に減少する。

        カリウムを基準にして考える
カリウムを基準にして考えると
・ カリウムはかなり強い放射能を持っており、ベータ線とガンマ線を出す。
・ 60kg体重の人で体内に4000ベクレルくらいある。
・ 同じ量のセシウムを毎日摂取すると、血中濃度が上がり、それに伴って尿中排泄が増えやがて1日摂取量と尿中排泄量が同等になって、血液中や細胞内濃度が一定レベルで安定する(定常状態)。
・ 毎日10ベクレル摂取すると、最終的には尿中排泄量も同じ10ベクレルになる。
・ 安定するまでの時間は大人で約3ヶ月、子どもで1ヶ月くらい。
・ 大まかには、安定したとき大人では1日摂取量の150倍くらいのセシウムが安定した量として体内に残り、子どもはその1/2くらいと考えられている。子どもの半減期は大人よりも短いため。
・ 水分やカリウム摂取などいろいろな条件で変動は大きい。
・ 大人が毎日10ベクレル食べると毎日10ベクレル排泄されて、体内に1500ベクレル存在する状態で安定する。
・ 尿中濃度からも見当つけることができる。
・ 血液中のカリウムは一定だが尿中カリウム濃度は血液の1/20から1/4くらい、尿への排泄が条件によって大きく増減するので条件によってはもっと変動する。

        セシウムも同じように動くと仮定して推測する
それほど正確ではないが、セシウムも同じように動くと仮定する、と次のように考えることができる。
・ 尿で10ベクレル/Lであれば細胞内セシウムは尿のセシウム濃度が細胞内濃度の1/10の場合は、体重の40%が細胞内液(水)なので、60kg体重であれば約24kgの細胞内液があり、濃度が100ベクレル/Lで体全体では2400ベクレル増える。
・ 15kg体重であれば約6kgの細胞内液、濃度が100ベクレル/Lであれば体全体では600ベクレルくらいセシウムで増えると見積もることができる。
・ もともとあったカリウム放射能が大人では4000が6400ベクレルに、子どもは1000ベクレルが1600ベクレルに、カリウム放射能の60%分の放射能が増えたことになる。
・ 尿中濃度が細胞内濃度の1/5の場合であれば、尿中濃度を使って逆算したセシウムによる放射能の増加分はこの1/2で、カリウム放射能の30%がセシウムによって加わることになる。
・ このような計算はいくつもの仮定をおいて計算するので4倍くらいは誤差の範囲で大体の見当として考える材料にするものです。

     セシウムによる放射能被曝をカリウムを基準に考える
・ 体内のカリウムはプラスマイナス15%くらいの変動幅で調節されているから、体重60kgの大人では普通でも600ベクレル程度の変動があることになる。
・ もしカリウムに放射能がなければ、どれくらいがんが減ったり、人間の平均寿命がどれくらい延びるか、誰もカリウム放射線なしの実験をしていないので、カリウムによる被曝の影響は確定できない。
・ 普通に存在しているカリウムの被曝の下で人間はこの程度に生きていることを考えると、カリウムの放射能程度の被曝はあまり問題にしなくても良い量なのかも知れません。

      やむを得ないとしてどの程度まで引き受けるか
・ 被曝は少ないほうが望ましいが、カリウム放射能の生理的変動範囲の15%つまり大人で600ベクレルを基準に考えるとその数倍まではあまり問題にしなくても良いかも知れない。
・ カリウムと同じくらいまでは受け入れるという考えも成り立ちうる。
・ 体内に常に存在するカリウム放射能の50%までは受け入れるのもやむをえないと考えれば2000ベクレルになる。成人では1日摂取量の100~150倍のセシウムが溜まった量で定常状態になると考えれば、毎日13~20ベクレル摂取すると2000ベクレルで安定すると計算される。カリウム放射能と同じくらいは我慢しようというのであれば4000ベクレルまではひとまず受け入れよういうことになる。15kgの子どもであればその1/4でそれぞれ500ベクレル、1000ベクレル。
・ シーベルトに変換する係数を使って計算するともっと多い量が許容量とされる。
・ シーベルトの計算は、仮定が更に多くてあまり良い安全の目安にはならないのではないかと推測しています。

どの程度のセシウム放射能がどの程度の障害を生じるかという試算や考え方、意見は様々あり、研究者によって、生体に障害を生じさせるセシウムの量は何百倍も異なっている。広島、長崎の原爆、チェルノブイリとその他いくつかの被曝事故からのデータでは、数が少なすぎて現時点では確実な結論を出せないというのが正しい結論と私は考えています。
現在主張されている、障害を生じさせるセシウム量のいろいろな予測値、危険性は、まじめに考える科学者のだれもが了解する値ではなく、それぞれの専門家や組織が、たくさんの仮定をして推論した上で計算した値であって、確定していないと考えています。

私の考えではカリウムの50%増し位は許容範囲としてよさそうだと考えているが、これは医学的見地というより人の考え方によって異なるので、医学的に客観的に確定する値ではありません。

パンダジェフスキー博士は、チェルノブイリの子どもや、動物実験、死亡した人の病理研究をして、体内カリウム放射能の30%くらいのセシウム放射能が測定された子どもの20~30%に循環器障害や白内障などが生ずると論文発表している。このセシウム量は、上述した私の思考実験から推測した値よりもずっと少ないセシウム放射能うをが生体に有害な作用だという結論で、多くの科学者の考えよりもはるかに少ない量だ。
博士は、この程度に低い低線量被曝もきわめて危険だと考えています。
それが正しいかもしれないし、違うかも知れないが現時点で正しいとも誤りとも断定は難しい。
(追記: 博士と若干の質疑応答の機会を得たが、十分な討議はできなかった。博士の結論を納得了解したり、誤りだと否定するまでの十分な質疑応答はできなかった。)

一方、人生を通してではなく一時的であればカリウムの2倍やそれ以上でも良いという考えがあってもダメと否定するだけの、専門家の多くが了解している医学的に確定された根拠はありません。
前述したようにシーベルトで考えるとずっと多い放射能を許容量としています。


     「子どもを守る会」の測定で、給食から約6ベクレル/kgが検出されたこと
・ 「子どもを守る会」の4回の給食測定で3回は検出限界以下、1回だけ約6ベクレル/kgが検出された。4回のうちの1回と、毎回ではないことと、1回で食べる量は300g以下なので放射能は、2ベクレル以下と、たまにこれだけであればさほど多くはないと表現することも可能だ。
・ 1日で食べる全ての飲食物に含まれている総量を考えることが必要。

・ 牛乳は別に書いたように、宮城県ではずっと10ベクレル程度、12月には20ベクレル近く検出されており、200ml では2-4ベクレルを毎日飲んでいる可能性がある。
・ セシウムを含む牛乳を出す牛は毎日同じなので、体内にセシウムを沢山蓄積している牛を特定して、原乳に混ぜないだけで、牛乳のセシウム放射能をずっと少なくできるはずだ。
・ しかし、乳業協会、メーカーはそれをせず、行政や教育委員会もそれをさせていない。
・ 米や大豆、牛肉は500ベクレル/kgに近いものが流通している。きのこも高い。

・ 文科省や教育委員会は、市場で流通している食品は全て基準以下だから安全であり、給食に関しても特別の対応はしないという立場だ。
・ この考えでいけば食品は500ベクレル/kg までは給食に入れてかまわないということ。この基準で給食を提供させてきた。独自にそれより低い基準で管理した自治体もある。

         新基準
・ 4月から暫定基準を新基準に改めることにしている。
・ 牛乳に関しては暫定基準が200ベクレル/Lであったものが、新基準では100ベクレル/Lで、乳幼児食品に関しては50/kgと提示されているが、文科省は小児だけ50ベクレルなのは厳し過ぎると反対している。
・ 新基準は暫定基準より厳しくなったといってマスコミは歓迎して報道しているが誤りだ。
・ 放射能汚染のほぼ全体像が見えきて、突発的に高値が出る可能性が低くなったので、現状のままでも何もしなくて良いという値を見定めて書き換えただけの値であると私は考える。

・ 例えば牛乳は100トンくらいクーラーステーションに集めて混ぜてから測っているために、20ベクレル以上出ることは殆どなかった。
・ だから、新基準を100ベクレルとしても、実際に新たな取り組みをすることもなく、放射能を下げることにつながらない。2011年9月、メーカーや製品毎に測定して発表したら、(高値だからだろう)乳業メーカーは倒産すると言って、業界として正式に測定と発表を拒否した。今回は乳業協会が、今後、発表すると表明したのは、安全性を高めるためではなく、発表しても大丈夫と判断したからだ。

・ だから、新基準は、被曝を下げるための取り組みではないと私は考えている。
・ 食品の新基準は500ベクレル/kgだったのを100ベクレルにする方針だ。
・ ほとんどの汚染食品は新基準にしても流通を減らすことにならない。
・ 新たに制限しないで住む数字を基準としてきめただけだから。
・ しかし、ごく一部は新基準にすると放射能が高すぎて売れなくなるものがある。
・ それは既に収穫された米と大豆で、100ベクレル以上のものがかなりある。
・ 新基準では大豆と米については規制の時期を遅らせる、「流通の混乱を避けるために、実施機関を4月からではなく、米は半年、大豆は1年猶予期間を置く」としている。
・ 既に収穫した500ベクレル未満の汚染米は今年の新米が出るまでに売ってしまう、大豆も1年で売ってしまうということだ。他の汚染食品は、新たな取り組みひゃ制限強化をせずに、全て売ることを目的にした数値。

・ だから、新基準は、被曝を少なくするために作った基準ではないと私は考える。
・ すべきことは暫定基準をより厳しくして「暫定基準を続ける」ことではなく、暫定基準を廃止して、原発事故以前の通常の基準、国際的にも通用する通常の基準にすること。
・ 緊急時、安全な食料供給ができない異常な一時期のはずである暫定基準を1ヶ月以上どころか1年も続けていることが、偽り、不誠実で不適切なことだ。
・ 新基準はこの偽り不誠実を更に続け、避けられるはずの被爆を、引き続き避けずに被曝させ続けさせるものだ。
このような偽りを際限なく政府と行政が繰り返している。

      自治体が多くの食品放射能を測るようになった
・ これは、住民や子どもの被曝を少なくするために汚染食品をみつけて取り除くためというよりは、被曝を避けたい民間の団体や個人が測定して汚染食を明らかしたことの積み重ねと世論によって自治体も測るようにしたものだ。
・ しかしその発表の仕方は不親切で、住民が汚染食品を除外するためにはわかりにくく、探すのに時間も係り不便な発表の仕方だ。

・ 給食の6ベクレル検出をはじめ、いろいろな食品や、子どもが集まる校庭や公園、ホットスポットなどで高い放射線が初めて検出されたり、安全宣言をした食品から、暫定基準を超える高レベル汚染を検出したり、子どもの尿中セシウムを初めて検出したり、これらは全て政府や行政がはじめに行ったものではなく、民間の個人や団体が行ったものだ。多くの場合、行政はそれに対して協力せず、むしろ妨害的な対応をした。

・ 被曝を減らす意思を行政責任者がもっているなら、行政はこれらの活動に感謝し、行政で足りないところをその人たちと共同して行うべきだ。
・ しかし実際は逆で、行政や教育委員会は、それらの活動を抑圧している。

・ 汚染された地域の地場作物を使用しない、測定してほしいという要望や、給食や牛乳の汚染食品を避けたいから子どもに弁当や水を持たせることさえ禁止した。
・ 弁当持参が「黙認」!されたり、給食食材の放射能測定を行うようになったのも、保護者の強い要望が広がったためだ。
・ 学校や教育委員会は、給食の放射能測定の要望を快く受け入れないだけでなく、ずっと測定せず、保護者が自主的に測定しようとしても協力しない、残った給食を持ち出して測定させることも禁止し、もちだせば泥棒扱いした。
・ 現在でも、教員や給食職員が関与すると教育委員会から強い「指導」を受ける。他のことも含めて3回指導されると、処分されるという恫喝的な「指導」だ。

           牛肉汚染
・ 2011年7月、宮城の放射能汚染稲わら飼料が原因で全国各地で牛肉から暫定基準500ベクレル/kg以上のセシウムが検出され、多くのところで牛肉出荷、流通停止になった。
・ 500ベクレル以上と暫定基準を超えた牛肉が給食にも使われたこともわかった。
・ 牛肉汚染の原因となった稲わらの汚染原因は、汚染されたほこりや雨・雪などの降下放射能だ。
・ 宮城県は降下放射能の測定・公表を行っていない、全国で唯一の県だ。
・ 私は2011年5月と8月、県に測定することを2回要望したがいまでも測定・発表していない。
・ 宮城県の環境放射能や、降下放射能軽視が、稲わらと牛肉汚染の背景にある。

・ 宮城県知事は、汚染で牛肉出荷停止をしたあと、「対策をして、宮城の謬肉は安全になった」と4週たたずに解除した。今後当分は全頭検査して安全性を保証する。放射能の測定値は公表しても消費者は理解しないから、暫定基準以下で安全だと発表するだけで十分だ。」と、500 ベクレル未満の牛肉放射線測定値公表を拒否して流通させた。
・ 安全だと言って流通を再開した後も500ベクレル以上の汚染が繰り返し検出されて、その牛肉の出荷は止められたが、500ベクレル未満は出荷されている。

・ 「汚染された飼料をやめるなどの対策をした結果安全になったので出荷停止を解除した」という説明も問題だ。
・ 尿から排泄されることで体内のセシウムは減少する。生理的半減期は人間の大人で3ヶ月程度。生理的半減期は体重が重いほど遅くなるから、体重がずっと重い肉牛では、セシウムの排泄=生理的半減期は更に遅いと推測される。生理的半減期が3ヶ月であれば、セシウム摂取を完全にやめた4週間後でも80%以上が体内に残る。牛ではもっと多く残っている可能性が高い。
・ これを考えると、出荷停止解除直前に測った牛は、放射能を含まない飼料に変えたから4週間で基準より低くなったのではなく、もともとあまり高くない牛を測っただけの可能性が高く、牛肉の汚染が低下したことではないと私は推測する。
・ 実際、解除してからも500ベクレル/kg以上の汚染牛肉が繰り返し検出されてその牛肉だけは、流通を停止されているがきわどく基準値以下で、分かっていながら誌上に流通した宮城県産の汚染牛肉は多かったろうと推測するす。

       省庁や自治体などによる放射能測定の問題点
自治体や企業などの測定は、汚染食品を発見して除外する目的ではなく「食べて大丈夫」と示すためか、ひとまず測っていることを示すという姿勢で測定しているために、無駄な測定が多く、汚染を避けるために有効な測定や発表になっていない。
・ 被曝を避ける保護者や消費者が使いにくい発表の仕方だ。
・ 人件費を含めた経費は膨大です。汚染食品に注意しやすい発表にすべきだ。汚染食品を生産、流通させないために使うべきです。

1日摂取量を数ベクレル以下に抑えることは、現在の仙台の状況では注意すればさほど困難ではないと思います。
本来は、行政が住民の安全のために責任を持って汚染食品の生産・流通・消費制限をすべきですが、現在の政府と行政の基本方針は、できるだけ被曝を減らすではなく、できるだけ広く食べさせるという方針のようなので、あてにできません。
しかし、個人が注意すれば可能です。政府や行政の取り組みの問題点については、本ブログ「牛乳放射能」「被曝をどう避けるか 講演要旨」をご参照下さい。

「被曝を減少するために努力して取り組んだが、日本中の食品が少しは汚染されているのでこれ以上放射能を下げるのは非常に困難だ。社会の努力・誠実な取り組みの結果が、現在の給食レベルというのであれば、給食を食べさせるという選択もありうると思います。
しかし、より安全にしたいという保護者の取り組みをモンスターペイシャント扱いして抑圧し、生徒の被曝をまじめに考えようという教師や養護教員、給食職員は圧力を受けて自由に発言をさせず、人事権を使って処分を行うと脅迫し、簡単にできるはずの牛乳放射線を減らすこともせず、要望しても牛乳メーカーは個別牛乳の測定値を測定・公表しない、消費者は理解しないからと言って500ベクレル以下の数字は公表せずに、安全だと流通させる宮城県。
このような不誠実な対応を受けていながら、そのような行政や牛乳メーカの言うがままになっていることは良くないと私は考えます。
避けられるはずの放射線被曝を増やすことに加えて、自分で考え、判断、発言、議論することが抑圧される、不健全な抑圧社会、人が大切にされない、社会を更に促進しいます。

牛乳メーカーや自治体のあり方は正しくないと私は考えますが、これで通ってしまうのは、保護者や国民の多くが批判もせず受け入れるからです。
以上は医学の問題ではなく、一市民としての私の考えです。

       医学と離れた一般の問題として考えると
子どもが健康であってほしいと願う保護者の意見や要望をまじめに取り上げて話し合う機会を作らず、モンスターペアレンツ扱いして排除する。
生徒の安全を危惧する教員や給食・養護職員が子どものために提案や発言しようと考えても抑圧する。
本来は学校や行政がやるべきことを、やむを得ずやろうとすると恫喝的指導をうけ、仕事の待遇で不利益をうけるなど、
安心して自由にまじめな発言をする自由がない。
子どもの給食を運営する学校や自治体はそれではいけない、教師の良心と誠実に基づく発言が抑圧される学校であってはいけないと私は考えます。
自由に安心して発言できない、上の人の言うことに無条件同調を要求されることは、給食と教育に限らず、日本社会が持っている重要な問題と考えています。

(まだ未整理文章です。いくつかの言葉や新基準数値を修正しました。3月12日)

放射能花粉②と、放射能問題を話しあうことができずつらい思いをすること③については、稿を改めて後日書きます。書かなかったら請求してください。

放射性廃棄物は、原発付近に集めて管理を 放射性廃棄物処理の正しい戦略と方法 

放射性廃棄物は、原発付近に集めて管理を  
          焼却処分はすべきではない
      放射性廃棄物処理の正しい戦略と方法

            要約
・ 除染とは、放射能の被害の少ない場所に移動すること
・ 放射能は分子の性質ではなく原子の性質なので、微生物や化学反応で減らすことはできない
・ 除染とは、放射能の被害の少ない場所に移動し、管理すること。管理する場所の放射能は当然増える。どこに集めて増やすかを決めない除染方針は偽り。
・ 偽りを前提として適切な除染処理はできない。
・ 除染を行う際に最初に行うべきことは、最終処分場;どこに、どのような状態で、どの程度の規模に集めて管理するかを決めて処分場を造ること
・ 最終処分場を準備しない除染活動は、他の領域を汚染する。全体として考えれば、かえって有害だ
・ 放射性物質を燃やして、煙として拡散することは有害。絶対にすべきではない
・ 放射能汚染された福島のつなみ瓦礫や震災瓦礫、全国の除染して集めた低レベル放射性廃棄物は、原発付近の一箇所に全て集めて丘に築いて管理すべきだ。

            はじめに
放射能汚染された福島の津波瓦礫や震災瓦礫、全国の除染して集めた低レベル放射性廃棄物処理についての正当な考え方と私の提案を述べる。

          現在進められている放射性廃棄物対策
・ 福島原発事故によって生じた放射能汚染物は、福島県内だけでも2000万トン以上と見積もられている。評価の仕方によってはその数倍になる。
・ 福島県以外の東北や関東各県にも低レベル放射能汚染されている落ち葉、枯れ草、わら、表土など大量の汚染物がある。
・ これらの汚染物処分として、焼却、埋め立て、建設・土木資材として消費、中間管理施設での保管管理、放置などが国と自治体によって進められている。

           放射能とは
・ 放射能は分子の性質ではなく原子の性質なので、微生物や化学反応で減らすことはできない。化学反応とは、原子間結合などのように、原子と原子の関係を変えるもので、原子そのものは変わらない。
・ 放射能は時間とともに減少(減衰)する。この減少する早さ(半減期)は放射性元素ごとに原子の性質として決まっていて、人が変えることはできない。
・ 放射能以外の毒物は、分解や、他の物質と結合などにより毒性を失っていくが、放射能は分子の性質ではなく原子の性質なので、半減期による減衰以外は、何をやっても減少しない。
・ 多くの毒物のように、一時隔離しておけば、やがて分解されて毒性を失うと期待するような、同じ感覚で扱ってはいけない。
・ 人は放射能を減らすことはできない。人ができるのは移動することだけである。

         放射能処理、除染とは
・ 除染とは、放射能を減らすことではなくて、人にとって影響の少ない場所に、影響の少ない形に集めて管理すること。
・ 汚染された小領域・空間だけを考えれば、除去・洗浄すれば放射能は減る。しかし、他に移動しただけで、移動した側の放射能は増加する。全体の放射能総量は変わらない。
・ 放射能をどこも増やさずに、どこかの放射能を減らすことはできない。除染とはどこの放射能を増やすかということ。
・ 既に集まって固まっている放射性物質を、焼却して煙として拡散するなどは、かえって有害である。絶対に拡散してはいけない。
だから
・ 除染を行う際にまず行うべきことは、放射能汚染物質の処分場、どこに、どのような状態で、どの程度の規模に集めて管理するか:どこで放射能を増やすか=最終処分場をを決めて造ることである。
・ 除染した放射能がどこに行くかを決めない除染は、他の領域を汚染することで、全体として考えれば、多くの場合、かえって放射能汚染を拡散してかえって有害である。
・ 最終処分場を造らない除染方針は打算と偽りである。最終と言う言葉自体が無責任で悪質な偽りだ。
・ 最終処分場の規模と形態を決めない政府・行政は、無自覚無能力か、原発を守るために意図して住民を犠牲にしていると私は考える。
・ 現在の除染方針は、これを分かった上で、意図して現在の方針を出している東京電力と、東電に共同歩調をとる高級官僚が基本方針をつくり、無自覚・無能力の政治家が共同し、操られて作った方針と私は考える。

         通常時の放射性廃棄物処理法
・ 放射線を扱う研究施設や医療機関、企業などは、廃棄物処理方法や基準が厳重に法律で決められている。
・ 処理法の基本は、焼却して、残り灰と煙を完璧に回収してビニール袋に詰めた後、ドラム缶にいれ、半減期から計算される十分な時間、地下の貯蔵保管施設で長期間管理する。
・ 焼却の目的は、放射性物質の容積と重さを減らして、必要なドラム缶の量を減らすためである。焼却には、放射能煙を外界に拡散しない、特別の焼却炉が義務付けられている。
・ 広大な敷地を持っている東北大学でさえ、毎年出てくるわずかな汚染物の保管施設確保に苦慮している。

         焼却処分はすべきではない
・ 焼却すると、放射能は減らないので、煙と燃え残り灰に全て残る。
・ 煙の放射能を完全に回収できない焼却施設で燃やすと、大気中に放射能を再拡散する。絶対にしてはいけない。
・ 回収した煙と残り灰の重さは焼却前より少なくなるが、放射能は減らないので、kgあたりの放射能は高くなり、かえって処理を困難にする。
・ kgあたり放射能が高くなって、移動、管理が厳しく制限される放射能レベルを超える。これを移動や保管,放置、処分すれば、どれでも放射線に関連した全ての法律に違反する。
・ 2000万トンの放射性汚染物質を焼却した場合、焼却によって出た煙の回収物と焼却灰の重さや容積が仮に1/100 に減ったとしても、回収した煙と残った焼却灰は20万トンと多い。焼却しても放射能は減らないので、1kg 当たり平均放射能は100倍にになる。
・ 事故後環境を汚染した放射性物質が多いため、密封した上でドラム缶に詰め、全てを地下の格納施設に保管して長期化管理するには莫大な負担が必要になる。実際には多すぎてドラム缶に入れて地下室で長期保管管理は不可能だ。
・ したがって、焼却して全体を処分することは困難で、実際には、処分されずに放置される放射性物質が多く残ってしまう。
・ 焼却をして容積と重量を減らしても多すぎて、ドラム缶・地下貯蔵施設で収容管理できず、放射能が高レベルになってかえって危険であり、法律違反になるから、焼却すべきではない。
・ 焼却や、再利用を行うためには莫大な費用がかかる。これは新たな利権の材料となり、貴重な税金が莫大に浪費される。浪費せず被災者の生活復興などに使うべきである。

        土木資材や、肥料に混ぜて「再利用」すべきではない
・ 放射性物質の管理とは、集めて管理すること。
・ 何かに混ぜて再利用など拡散してはいけない。低線量被曝環境を全国に広げる。
・ 薄めて拡散してはいけないことは、国際的な合意事項である。
・ 公害物質の規制を、濃度規制をしていた60年代までは、有害物質を希釈して大気や河川・海に有害物質を放出したために汚染を激化させた。総量規制にして初めて環境汚染を改善できた。

         汚染瓦礫と除染して集めた放射能汚染物をどう処理すべきか
              汚染の現状基本認識
・ 原発周囲地域や東北、関東地方に広く汚染している放射能は、原発施設内のような高レベル汚染ではない。
・ これを焼却するとkgあたりの放射能が上がってかえって危険、処理困難になる。

         最も実際的で有効な放射能汚染物処理戦略
・ 環境中の汚染物は焼却せず、拡散せず、一箇所に集めて管理する。
・ 全体の量は多いが、重量あたりの放射能は低いので、管理は簡単
・ 数百メートル四方、数十メートル高さの山に積み上げる。
・ 半減期に従って放射能が減衰するまで管理する。
・ 必要な設備は、風で飛散させない、土壌に浸透させない、立ち入り禁止だけでよい。
・ 風による飛散防止と雨水が浸透して土壌浸透の原因になる廃液を減らすために、表面にビニール、コンクリートなど被うだけでよい。高レベル放射能とは違い、完全密閉は不要なので簡単なものでよい。
・ 汚染物質搬入が終わり、山済みした瓦礫などが圧縮、変形するなどして形が安定するまでは、ビニールシーとで被うだけで間に合う。
・ ビニールシートの目的は、風で飛散させないことと、雨水浸透によって廃液を増やさせないためである。雨水の浸透を止めれば、集めたがれきに含まれる水が漏出した後は、汚染水流出はなくなる。
・ 丘の形が安定したら、浸透防止層の上に表面に土を数メートル積めば、植物への放射能吸収をさせずに植物を植えることもできる。
・ 土壌への浸透防止のための基礎部分(底)は必ずしも厳重にする必要はなく、水抜き層と水抜きパイプで水抜きを十分に行う。底には粘土や吸着剤を敷き、最低部にはコンクリートなどの不浸透資材による底を作る。
・ 十分な水抜きをし、その水は通常の放射性汚染水処理;濃縮してドラム缶管理を行う。管理場所は前述の築いた山の中に保管質を作る。数十年か百年以上は放射線管理区域として、管理者以外は立ち入り禁止。


         山積み処理法の利点
・ 他地域に汚染を拡散しない。
・ 安い費用yで無制限に大量のがれきや環境汚染物を回収できる。
・ このため、除染活動を希望する人や団体は、除染で集めた汚染物の処理を心配せずに除染活動ができる。
・ これ以外に合理的処分法は無い。

         他の除染戦略の問題点
中間処理施設:
・ 最終処分場の規模と形態を決めることが除染戦略を決める最初にすべきこと。これを決めずに中間処理施設や焼却、その他の方針を言うのは偽りと誤り。
・ 「中間」施設がごまかしの言葉であることはほとんどの国民と関係者は考えている。偽りや誤りを前提にして正しい方針はありえない
・ 偽りと批判させない方針の出し方や、社会のあり方は不健全で、被曝被害と関係費用を拡大するとともに、社会の健全性を損なう。
焼却:
・ 回収しきれない煙による大気汚染と、回収した煙と残り灰のkgあたり放射能が高くなってかえって厄介になることは前述した。
埋め立て・建設資材に使用:
・ 放射能の拡散になる。拡散は除染と逆の行為。
・ すべきではない。国際合意にも、放射能被曝対策の常識にも反している。
・ 全体から見れば建設資材に使っても全体量から見ればわずかで、汚染物質や瓦礫はほとんど減らない。
・ 国民全体の放射線被曝と被害を増やす。社会がまともに理解、考えることと考える能力を妨げる。企業と官僚の利権につながる。利権は、社会の健全性を阻害し国民財産を消耗する。
他の地域に搬送して処分:
・ 各地で瓦礫受け入れが進んでいないことが、瓦礫処理と被災地復興の妨げになっていると言う政府発表やマスコミ報道が続いている。偽りである。
・ 政府の方針でも域外処分予定は20%で80%は地元処理である。地元処理が進んでいないことが瓦礫処理が進まない原因だ。
・ 20%の域外処理は元来不要だが、問題をすり替て国民を偽る政府と、批判せずに同調報道するマスコミは悪質だ。
         除染の目的
・ 除染の目的は環境放射能を減らして、人の放射線被曝を減らすこと。
・ 除染活動の対象は、汚染はされているが生活可能な環境の、ホットスポットや子どもが集まるところなどを、被曝をさらに少なくさせるために放射能を減らす目的で行うべき。
・ 放射能レベルが高い地域を除染して、かろうじて住める区域を作ることを目的として、そこで生活を再開すると、かえって被曝を増やす。被曝を増やす除染はすべきでない。
・ 汚染レベルが高いまま、「生活を開始して、それから除染」は法的にも同義的にも違反している。被曝を増やす政府方針と、それを批判しない社会は不道徳で不健全だ。

         最終処分場をどこにどう確保するか
・ 福島原発付近の高汚染地域に国と東電の責任で土地を確保する
・ 福島第一原発付近は強く汚染されて、人が住んでよいところではない。その人と家族のために、被曝させてはいけない。
・ 「住民の気持ちを考えると強制もできない」という人がいる。避難しない責任を住民に転嫁する考え方である。
・ 移住する住民の利益にならない場合も、原発やダムや道路建設のために、土地を買収して全て達成してきた。先祖伝来の土地で生きることを止めさた。土地評価額の数倍の土地代金と移転後生活保障をすることによって全て実行した。同じように、十分な土地代金を払い、生活保障をして、処分場の土地を確保すべきだ。ダムや高速道路建設のための土地収用と同じレベルの土地代支払いと生活保障の取り組みをしていない。本来は、更に損害賠償費用を加えた額にすべきものだ。
・ 何よりも、住民にとってそこに住むのは危険だ。「このままふるさとに住んでいたいいか、それとも離れたいか?」と聞くのではなく、「汚染して住めない土地にしてしまいすみません。申し訳ありませんが危険なので移住してください」と事故を起こした東電と政府・行政が謝罪し、お願いして、原発やダムを造ったときと同じような補償をすればできることだ。産業も無く危険な土地に引き続き住みたい人は多くない、おそらくずっと簡単なはずだ。
・十分な金も払わず、謝罪もせず、「残ってこのまま住んでいたいか、離れたいか」と言って補償もせずに、「残りたい」と住民に言わせて、住民に責任転嫁すべきではない。

          結論
・ 人が住めるが、更に被曝を少なくするための除染をすべき。かろうじてすめる環境を目指す除染は被曝を増やすからすべきではない。
・ 放射能汚染瓦礫、除染で集めた汚染物は、焼却や、再利用という名の拡散をしてはいけない
・ 環境中の低レベル放射能汚染物は大規模最終処分場一箇所に全て集め丘に築いて管理すべき
・ これ以外に合理的な処分法はおそらくない。

2011年5月以来主張してきたことをまとめた。

(追加)
「福島原発付近最終処分場」署名と実現の為の運動呼びかけ

本ブログをお読みいただいた方が中心になって、実現の為のいくつかの運動がおき、私も発案・呼びかけ人として積極的に参加し、これをまとめて全国的運動として活動を開始しました。
どうぞご参加ください。グループや個人参加どちらも歓迎です。ことに被災地宮城県のグループの参加と、宮城で自治体などへの要望活動などを行なってくださる方が参加してくださることを心から呼びかけます。
 本ブログ「「津波記念公園を」署名運動の呼びかけ (09/11)
直筆署名用紙、web 署名、賛同団体・賛同著名人登録窓口は
震災復興プロジェクト http://savechildproject.web.fc2.com/tunamikinen.html
をご覧下さい。

(追加)福島第一原発以外の全ての原発は、福島原発事故以降、現在も放射性廃棄物を法律どおり管理している。
100ベクレル/kg以上は放置・拡散禁止。処分して容積を減らしドラム缶に入れて厳重に管理している。
福島第一から出た放射能汚染物資は8000ベクレル/kg以下は土木資材に利用可など不条理な拡散が行なわれている。
(追加)石巻のがれきは2011年9月、鹿島JVに1923億円で処分契約された。全額国庫負担・期限付きなので、津波被災自治体は、出費の不合理を考えず莫大な浪費になる広域処理や焼却処理を気楽に決めた。全て国民の税金による負担だ。

(追加)本ブログの別記事「岩手・宮城の津波瓦礫は全て山積み処分し公園に整備を。津波瓦礫の合理的処分法」http://hirookay.blog.fc2.com/blog-entry-26.html をご参照ください。

(岩手・宮城のがれきについての記述は、別の課題であり話が混乱するので削除し、文章を修正した。2012年8月18日)

(追加資料)川俣町山木屋地区の住民意向調査。除染計画は728人が回答「進めるべきだ」309人▽「試験結果で判断すべきだ」195人▽「中止すべきだ」120人。 古川道郎町長は4日の記者会見で「古里を荒れさせることはできない。地域の事情に沿って除染の見通しを示したい」と話した。毎日新聞 2012年09月05日 地方版

(2012年10月5日 資料加筆修正)

牛乳放射能 私の考え(1) 「牛乳放射能は減らせる!」

牛乳放射能 私の考え(1)
「牛乳放射能は減らせる!」


今も宮城県の牛乳はセシウム放射能が検出されている。
汚染レベルは10ベクレル/L前後とあまり高くはない。
これをどう考えるか。

現状
・ 現在宮城県は、大崎、登米、白石のクーラーステーションに各100トンくらいに集めて混ぜた原乳の、放射能を測定している。
・ この原乳から10ベクレル/L程度の放射線が検出されている
・ 福島県は4月と5月に飯舘、福島、本宮で検出(10ベクレル以下)されたが、その後検出されていない。
・ 宮城県は4月中旬は測定限界以下だったが4月26日と5月11日、大崎と登米で10以下が検出された。
その後不検出だったが6月下旬から再び検出されるようになり、12月には白石で22、大崎で20と過去最高となった。その後は減少傾向。

牛乳の放射能を減らすことはおそらく簡単だ;海産物や農作物とは違う
・海産物や農作物、食肉などは出荷されたものが毎回異なるので、放射能汚染は毎回測定しないと予測困難だ。
・ 一方、牛乳は、毎回、同じ牛から牛乳を採る。
・ セシウム汚染飼料を食べて汚染された牛は毎日、セシウム汚染牛乳を出しているはずだ。
・ 一方多くの牛の牛乳はほとんど汚染されていないだろう。

だから 
・ 原乳を100トンに混ぜる前に、一地区や、酪農家ごとに原乳を検査すれば、汚染の強い牛を特定することができる(毎回測定は不要。1~2回測定すればほとんどわかる)。

結論
・ 汚染された牛あるいは酪農場を特定し、農家に補償して、その牛乳使用を中止すれば、流通する牛乳の汚染レベルを下げることができる。
・ 放射能で汚染された乳牛を特定して除外し、牛乳の放射線レベルを下げるべきだ。
・ 牛乳業界はなぜやらない? 行政はなぜやらせない?
・ 東電はなぜ委託しない? 国民はなぜやらせない?
・ なぜやらない?それが問題の本質だ

「低線量被曝と専門家の意見」について 仙台在住 さんのご質問に

「低線量被曝と専門家の意見」について
 仙台在住 さんのご質問への回答


要約
・ 確率的影響とは?
・ 低線量被曝の影響は確定できないほど小さいから問題ない?
・ わずかな遺伝子ダメージは自己修復するから問題ない?
・ 細胞が傷つくことによって下痢や免疫低下がおきる?
・ 低線量被曝は閾値がある?

本ブログ、講演「被曝をどう避けるか」要旨に関して、「仙台在住」さんからいただいた質問への私の回答です。
「仙台在住」さんのご質問・意見は本ブログ「被曝をどう避けるか」要旨の記事の後に掲載されています。
長くなったので別記事にしました。

■ご質問
「確率的影響とは?」
(回答)確率的影響という言葉について。
重金属や農薬などの毒物を摂取すると半数が死ぬ量を致死量といいます。
10倍に薄めて10人が致死量の10%を摂取すると、死にはしないが何らかの有害な作用があるが、1万倍に薄めて1万人が飲めば誰にもなんの作用もない。
別の言葉で言うと、1人が死ぬ毒を1万人で分けて飲めば誰にも有害ではない。
これが普通の毒物の作用の仕方で、用量依存的影響(正しくは用量依存的作用)といいます。

放射線の発癌に対する確率的作用とは、これとは異なって、幾ら薄めても毒作用が出たときの毒性は変わらず、毒性が現れる頻度が減ることを言います。
100mlの致死量の毒入りジュースがあったとする。それを10Lのジュースに薄めて100mlずつ100人が飲めば、普通の毒の場合は飲んだ大部分の人に弱い毒作用がでる。
1000Lに薄めて1万人が飲めば殆どの人は何の症状も出ない。
これが普通の、用量依存的毒作用。

1本の100mLのジュース缶に毒を入れて999本の缶ジュースの集まりに混ぜたとすると、毒入りジュース缶を飲んだひとりは死ぬが残り999人には作用がない。毒を入れていない9999本のジュース缶に混ぜて1万人が100mLジュースを1缶ずつ飲んでも、さらにどんなにジュース缶を増やしても、1人の人が毒で死ぬ確立は減るが、誰か1人が死ぬことはかわらない。これが放射能の発癌に対する確率的作用です。
放射能汚染食品の流通量を規制しないで、一定濃度以下にして広く流通させてはいけない理由の一つです。

ご質問
「100mSV以下では影響が良く分かっていないが、分からない程小さいから問題ない。
少しの遺伝子へのダメージは自己修復するから問題ない。
との意見を耳にしますが、この見解は正しいのでしょうか?
学者の方によって見解が異なる様な印象を受けますが先生の見解はいかがでしょうか? 」
(回答)銅やその他の多くの金属イオンは生体微量元素といって、不足すると欠乏症を起こしますが多いと有毒です。
医療分野では微量元素欠乏症はあるのですが、一般社会で問題になるのは、環境汚染による重金属中毒です。
このような、少量では有益だが、過剰では有毒になる重金属も、有害物として環境基準や食品基準が許可される上限値が決められています。
その制限値は、有害と確認できる量よりずっと少なく数%かそれ以下の量で規制されます。

有害量と無害な量の分かれ目は厳密に決定できないので、「有害と証明されていないレベルを避けるのは非科学的だ」というのは「有害な作用が出るまで食べて、有害と分かったらそれより少ない量まで食べろ」という、誤った論理で、まともな理屈ではない暴論です。
これは医学の知識の問題ではなく、人としてまともな考えを持つかどうかという問題なので、「専門家」が特権的に判断して解説する問題ではありません。
「専門家」の暴論に対して「それは誤りだ」と反論するために、医学知識は必要ありません。
反論に対して「専門家」から医学知識のことばで反論や解説があってもそれはすり替えです。

有害な作用があるものは、「これ以下なら害はない」という値を確定・証明して、それよりさらに十分低い値で制限するのが、毒物に対する基本的考え方です。
食品安全や環境基準に関する日本の法律も、国際機関の取り決めもそうなっています。
法律を考えなくても、常識でまともに考えれば当たり前のことです。

ご質問
以下は私の独学の勝手な解釈ですが↓
「被曝でDNAにダメージ→DNAが修復される過程でミスが起こる場合があり、変異→増殖し、癌化。
変異した細胞を自殺させる遺伝子(P53遺伝子など?)が変異した細胞を自殺させるが、この遺伝子自体、被曝で損傷してしまう恐れもある。 」「つまりどんな少ない被曝でもこのDNAの変異・増殖。または変異した細胞を自殺させる遺伝子(P53?)のダメージによる機能低下などが起こる可能性が高まり、癌などの影響の可能性が上がる。
⇔逆に言えば、低線量被曝の範囲でどれだけ多く被曝をしてもこのDNAの修復ミスと増殖などが無ければ癌化においては問題ないレベルである」
(回答)おおむねその理解で正しいです。「自殺させる遺伝子がコピー間違い(変異)して、自殺させられなくなると、増殖し続ける=がん化する」 がより正しく分かりやすい表現です。より正確にはそのような、増殖開始や、増殖停止、細胞自殺、遺伝子修復などに関係した遺伝子が、細胞増殖に働く方向の変異を起こし、1個の同じ細胞内でそのような遺伝子変異が数個蓄積されたときにがん細胞になる。増殖や遺伝子修復に関係ない遺伝子に変異が生じても発がんには関係しません。変異した遺伝子が設計図になっている蛋白が少し変わるだけです。

ご質問
「内部被曝ではα線やβ線も加算され、飛程はγ線より短いが、より多くのDNAを切断する危険性がある。
その為、必然的にDNA修復過程でのミスが起こる可能性も上がる。
特にDNAの2重螺旋の両方を切断する場合は1本の切断に比べてリスクが高く、他の切断されたDNAと修復過程で変異結合してしまう場合もある。
⇒つまり同じ放射性物質を外部と内部で比べた場合、内部の方がより影響があると考えられる。(セシウムも外部被曝では1m離れていればγ線の影響のみだが、内部ではβ線の影響もあるなど。)

細胞分裂をする際の、螺旋が1本になった際の被曝ダメージが特にリスクが高く、その為、細胞分裂の多い子供の影響が高いと考えられる。 (注釈:これは内部被曝も外部被曝も同じです。岡山)

「勿論、癌だけでなく細胞が傷つく事によっての下痢や免疫力低下など様々な影響がある。 」
(回答)細胞が傷つくことはありえますが、どの細胞に、どの程度どのような傷か、いつまで続くかが問題です。
低線量被曝で下痢することが確実なら、このようなことが起きているのだろうと想像するとはできますが、その程度の被曝で下痢を生じるだろうかという疑問(否定ではない疑問)もあり、実際に下痢が増えているかどうかが問題です。十分に証明されていないので、推測です。
低線量被曝の結果と示唆、主張されているもののいくつかは被爆の結果であり、いくつかは違うのではないかと推測しています。事実はまだ誰も断言できないものが殆どです。

危険性がないと断言できない間は、危険がありうるものとして、危険を避けるために対処すべきです。
示唆されている危険性を「確定されていないから」といって、無いこととして扱うのは誤りです。同様に、確定できないが強く疑われるという場合は「強く疑う」と言うべきで断言すると誤りになります。

免疫細胞も放射線感受性が高い細胞の一つですが、免疫は複雑で様々な機能があります。
免疫の基礎知識のない人が「免疫を上げる」「免疫を回復する」「免疫の働きを高める」といっている多くのものは、何を根拠に言っているか、免疫のどの作用を言っているのか、疑問です。
ついでに言うと、このような場合、免疫がやりうることは、異常な細胞を破壊することであって、免疫が、変異した遺伝子を時間をかけて修復することはありません。損傷したり、コピーミスを起こした遺伝子の修復は細胞の中の核内で殆ど瞬時に行われます。免疫は大まかには、細胞間や細胞外の出来事です。

免疫細胞の働きには、ある免疫作用を高める働きも抑制する働きもあります。
基本的理解をしていない人が専門的で、専門家が断言しないことを断言したり、聞きかじりの俗論があたかも真実であるかのように語られ、それを前提にして、主張する人がいるだけでなく、多くの人が確認もされていないことを正しいと思い込んで論を進めていることはまずい、危ういと私は考えています。
特に免疫の話題で顕著です。

ご質問
「私は上記の内容により、どんな少ない被曝でもDNAの変異・増殖の危険性や場合によっては低線量でも健康被害など影響があり、被曝の健康被害には閾値は無いと考えております。
特に内部被曝は危険であり、極力避けるべきであると考えております。

閾値があるという考えが最近は出てきているという話なども見ますが、上記の内容であれば閾値は無く、被曝は今の線量ならば自己修復能力もあるので問題ないという見解は誤りだと考えております。

私の理解では確率的影響とは、少しの被曝でもDNAの変異・増殖などによって確率的によって起こりえる影響であり、被曝の影響は人によって一概にどの程度の線量で起こると言えないと考えております。」
(回答)おおむねその理解で良いです。放射線に関係した日本の全ての法律と、国際合意はその考えを基に作られています。否定する人は法律も否定することです。
DNA変異に対する自己修復機転や、異常細胞を始末する免疫細胞の働きはあってもそれで間に合わなかった分ががんとして出現するのですから、放射線やその他の原因で、遺伝子変異やがん細胞が多くできれば、修復や始末から逃れてがんとして発症するものも増えることになります。免疫やDNA修復が簡単にできるなら、がん治療や予防の再重要課題として研究されるはずですが、そのような研究が最重要課題として専門家の認識にはなっていません。
原発事故までは、その法律どおり実行することを指導してきた専門家が突然、主張を変えてしまいました。今でもその人たちは、放射線実験施設の運用や除染については恐らく法律どおりに指導しているはずです。

閾値は無いということは恐らくそうと私も推測しますが確定されてはいません。法律では可能性が高いと考えて、一般人への被曝を少量から禁止しています。
閾値以下の被曝は被曝量とがん化する割合が比例するかどうかについてはさらに明らかではなく、いろいろな考え方(仮定、想定)がありえます。
ただ被曝量とがん化の割合が比例してもしなくても有害であることは変わりないので、被曝を減らすべきという結論は同じです。

低線量被曝がどの程度影響があるかはまだ分かっていませんが、セシウム放射能はカリウムと比べると考えやすいところがあります。
地球上のカリウムはどこのカリウムも同じ割合で放射能を持っています。カリウムは生体にとって不可欠で、細胞内と細胞外の水に溶けています。
細胞内外の水の量と、それぞれのカリウム濃度は腎臓によってプラスマイナス15%くらいの変動で一定に保たれていますから、体内のカリウム量とカリウムの放射能量も一定に存在しています。
60kgの人で約4000ベクレルです。セシウムとカリウムは性質や体内分布も、放射能の性質も似ています。

大人が毎日40ベクレルのセシウムを食べ続けると、血中濃度が高まって、やがて、1日で食べる量と尿から出る量とが同じになり、体内の総セシウム量は1日摂取量の約100倍、毎日40ベクレル食べ続けると4000ベクレルで安定します。
カリウムの放射能が倍に増えたと同じ見当になります。カリウムの放射能が発がん原因の50%を閉めることはありえませんが発がん原因の10%なのか0.1%なのかは分かりません。

いずれにしても、セシウムを毎日40ベクレル食べ続けるとカリウムの放射能の作用がおおよそ倍になったくらいと想定できます。
セシウムを毎日10ベクレル食べるとカリウムの放射能が25%増えた程度という見当です。
元々体内にあるカリウム放射能の作用があまり大きくなければこの量のセシウムの影響も少ないと考えられます。
カリウム放射能の作用がどの程度なのかは分かりませんが、セシウムによる内部被曝を考える目安として使うことができます。

少量の毒物摂取をどう考えるかについては初めのご質問の回答で書きました。
放射線以外の一般の毒物はうんと減らすと、害は全くありませんから「一定以下の量では全く害がない」という意味で一般の毒物は「閾値がある」ということになります。
「閾値」というのは厳密には、その値になると飛躍的に状態が変わる量をいいます。
例えばアルコールを含んだ空気の温度を徐々に上げていくとある温度で爆発する(突然状態が変わる)というような量(この場合は温度)のことです。
閾値という言葉を、ヘーゲルなど哲学者の言葉で表現すると、(温度の)量的変化が(爆発という)質の変化をもたらす量と表現することがあります。
従って、現在、低線量被曝で使われているような、一定量以上では徐々に効果が現れ始める量を閾値というのは厳密には正しくない使い方です。

メルセゲル2さん「放射能を隔離するならありえる」について

メルセゲル2さん「放射能を隔離するならありえる」について。

要約
ご意見: 「光細菌が放射性物質を体内に取り込んでくれれば、α線とβ線は遮断し、EM菌が放射能に効果があると説明できるのではないか」
私の回答: 細菌は腸から吸収されない。だから組織や臓器、細胞まで細菌が到達して放射能を取り込むことはありえない。

(ブログを使いこなせていません。コメントで記入成功しないので記事で書きました)

メルセゲル2さんのご意見
「光細菌が放射性物質を体内に取り込んでくれれば、γ線は遮断できなくてもα線とβ線は遮断してくれるのではないのでしょうか。
EM菌が放射能に効果があるという実験結果はこれで説明できるのではないでしょうか。
体内被爆でダメージが大きいのはα線とβ線ではなかったでしょうか。」

私の考え
メルセゲル2さんが、EM菌の作用を
①「腸の中」での作用として考えているのか、それとも
②「腸から吸収された血液や組織(狭義の体内)」
での作用のどちらを考えてのご意見か分からないので、それぞれについて述べます。

①「腸で吸収されず、腸内に存在する放射性物質に対するEM菌の作用」を考えられているとしたら、腸内の放射能はそのまま便として排泄されます。
だから、EM菌が放射性物質を取り込んでも取り込まなくても、あまり関係ありません。
便の中の特定の細菌に仮に放射能が取り込まれて、その結果、細胞の大きさの1/100 mm の遮蔽になったとしても、便の数mm、数cm の遮蔽の方が大きい。
腸管内のEM菌が、放射性物質を取り込んで若干遮蔽したとしても、そのために被曝が減るのは、これから排泄される大便が受ける被曝が少し減るだけです。

それは、臓器や細胞の被曝とは離れたところの出来事です。
便の中の細菌がどのように、体の組織を構成している臓器や細胞の遮蔽になって被曝を減らしますか?

②「光細菌が放射性物質を体内に取り込んでくれれば、γ線は遮断できなくてもα線とβ線は遮断してくれる」
という細菌の働きが、腸から吸収されて、血液中や各臓器、組織の場所で起こる反応と考えられているなら、それは、
腸から細菌が全身の組織や臓器に運ばれて生きているとということで、敗血症の状態です。
=細菌が全身に運ばれて増殖する、きわめて重症な全身性感染症。
有効な治療をしなければ、人は高熱を出して数日で死にます。

EM菌を経口摂取しても、敗血症を起こさないでしょうから、それは、腸から吸収されて全身に運ばれて、臓器や組織中で、増殖・活動していないことを意味します。

敗血症や全身感染症は低線量内部被曝より劇的ではるかに重大な事態です。
つまり、EM菌は腸から吸収されて、全身の細胞の近くに運ばれ、生きていたり増えたりしません。

従ってEM菌の働く場所が、①腸内の作用と考えても、②腸から吸収された体内での作用と考えても、どちらを考えられているとしても、EM菌はメルセゲツ2さんが言われるような作用で、有効には働かないと思います。

お考えをお聞かせください。

・・・・・・・・・・・・・・・・・


「以下は、メルセゲツ2さんのご意見ではありませんが、
「酵素やEM菌は放射線・・・」に対するご意見
なのでまとめて掲載します。
(この後の文章は、本ブログ別記事「酵素やEM菌が放射線障害に有効か―まともな常識の整理―」の後のコメント欄に移動しました。)

「酵素やEM菌が放射線障害に有効か」 ――まともな常識の整理――

「酵素やEM菌が放射線障害に有効か」
――まともな常識の整理――


要約
・ 放射能は分子ではなく原子の性質なので細菌や化学反応で減らせない。できるのは移動だけ。だから、EM菌が放射能を取り込んで移動させるというのではなく、取り込んで放射能を減らすことはない。土壌の放射能を減らせない
・ 細菌や酵素は腸から吸収されない。だから経口摂取したEM菌や酵素が、組織や臓器に到達して作用することはない。


「発酵食品(の酵素)が傷ついたDNAを修復する」とTwitterで発言された方に
「①納豆、漬物等にDNAを修復する酵素はあるか、②食物の酵素が分解変性されずに血液に吸収されるか、③DNAが存在する細胞内に入るか」と返信しました。
控えていましたが、自由に怯えることなく発言でき、論理的で健全な議論を保障し、人が敬意を持って関係しあう、健全な社会を作っていくために、批判すべきことはきちんと批判すべきだと考えるようになりました。
Twitter で述べたことを含めて、箇条書きにします。

EM菌で畑の放射能が減るか」
減らない。放射能は分子ではなく原子の性質なので、微生物や化学反応、人間の力では減らせない。
できるのは移動だけ(体内を含め、移動の話は今回は省略)。
「減る」という人はそれを証明して全てのまじめな反論に回答する義務がある。

体内の放射能には?」
放射線の化学作用の多くは細胞内で起こる。
EM菌(細菌)が人体の細胞で働くためには、腸から吸収されて血液に混じって、全身の細胞に運ばれなければならない。
しかし、細菌は腸から吸収されない。
細菌が腸から組織や血液に入り込んだらすぐ殺菌される。

腸の中には、常に、無害な細菌が沢山いる。
EM菌など、無害な細菌でも、もし、それが吸収されて血液の中で生き続けたら、全身に運ばれて繁殖し、高熱を出して、人は数日で死ぬ(敗血症)。
敗血症を起こしていないということは、細菌が血液中にいないことを意味している。

「EM菌が体の中で放射線による化学反応を減らすか」
放射能によって生じる障害を減らさない。
放射線障害の機序のほとんどは細胞内で起こる。
(放射能を排泄など移動させることについて今回は省略)。
たとえ、注射して血液中に細菌を入れても、細菌は細胞内に入らない。

「EM菌、味噌、納豆などの酵素は有効か。腸から吸収されるか?」
誤り。 酵素は大きな蛋白分子。
経口摂取したら小さな分子(アミノ酸)にまで消化分解されて、わずかな蛋白栄養として吸収されるだけ。
もし酵素が腸からそのまま吸収されるなら、酵素たっぷりの生野菜や刺身を食べたら人は死ぬ。
自分の消化酵素も吸収して体中が消化されて死ぬ。


「味噌、納豆などの酵素が人の細胞内で、放射線障害を減らす?」
誤り。放射線が、過酸化物を作ったりして、DNAなどを損傷するのは細胞の中。
食べた酵素は腸から吸収されない。
仮に注射して血液に入れても、すぐに不活化される。
普通の細胞の細胞膜は通過しないので、細胞内に入らない。
(入るなら、細胞も人も生きられない。詳細は省く)。

「酵素」とは①
物としては蛋白質の大きな分子。
人も動物も植物も何千種類の酵素を作っている。
微生物が作る酵素の種類は少ない。
DNAは蛋白を作るための設計図(遺伝子)なので、それぞれの酵素(蛋白)の遺伝子もそれぞれ、DNAの特定の場所にある。

「酵素」とは②
蛋白やDNAや体内のあらゆる物質(分子)を作ったり、壊したり、化学的に変化させる働きを持つ蛋白。
厳密に特定の物質の特定の部位だけに作用する。
蛋白やDNAなどの物質を作る酵素も、壊す酵素も、作用が異なる沢山の種類がある。
酵素の作用で変化を受ける分子(基質)の、細かいひとつひとつの作用点は酵素ごとに厳密に決まっている。
他の物質には全く作用しない。

「酵素」とは③。
例えば唾液やすい臓から分泌される膵液に含まれるアミラーゼはでんぷんを少し分解する。
第1段階で分解されたでんぷんは、更にブドウ糖にまで消化、分解されて腸から吸収される。

吸収されたブドウ糖は血液から細胞に吸収されて更に分解・代謝(生体内で、酵素の作用によって分子が分解したり構造が変わること)されて、最後は水と炭酸ガスとエネルギーになる。
エネルギーを出したり、様々な物質を作る材料になる。

この過程だけでも、何十種類の酵素が関係している。
全ての酵素の構造、作用、作用の仕方、作用の調節や酵素の名前は、全ての酵素で詳しくわかっている。
全ての酵素には、一つ一つ名前がついている。

ここまでは中学理科や、高校生物程度の一般教養的基礎知識。
専門家ではないが、一般的な専門的教養知識とは、蛋白や酵素の構造についての一般的理論や、酵素作用の、数学的、化学的なことを基本的に理解していること。
専門的知識とはいくつかの酵素について、構造も機能も遺伝子も何でも知っていること。
研究者とはその知識を持った上で、実験をして新しい事実を発見し、証明する人。

基礎知識がない人が、科学の世界で承認されている基本的認識を覆す、でまかせ解説をすべきではない。
もし主張が正しいなら、それを証明して論文を2つ書けば世界のどの大学の教授にでもなれるほどの大発見です!
 聞きかじりで、正しさを自分で説明できないことを、真実であるとして、でまかせの「解説」や「指示、指導」をしてはいけない。

酵素の正確な作用を言わないで「酵素の働きで」というのは殆ど怪しい。
何事でも、「解説」する人は基本知識を持っていなければいけない。
内容に責任を持たない=正しさを自分で説明できない、聞きかじりの知識で自分が考えることはかまわないが、他を非難したり、他人や社会に断言した解説や指示をすべきではない。

誤っていることを解説する人の分類
① 無知なのに他人に、解説や指示する。テレビアナウンサーも毎日している、日本のメディアも異常。
② でまかせ
③ 誤りと知っていて言う嘘、確信犯。
どれもまずい。なぜまずいか、どれほどまずいか、それが人や社会にどのように作用しているかを、深く考えよう。

解説や指図をする人は、正しさを証明して全ての反論に回答する義務がある。
「聞いたことを言っただけです」は無責任なことばで、これが看過、黙認、通用するまともな社会はない。
これはおそらく日本でしか通用しないことば。
「嘘だというなら嘘と証明しろ」というのは論理を知らない無知の暴論。
これが暴論であるとわかる、論理と知性をもちましょう。

「嘘やでまかせの解説や、主張をしてはいけない」「あざむいてはいけない」ということは、科学知識の問題ではなく、人として、社会としての、誠実さ、まともさの問題。
誤ったことの吹聴は他人の判断を誤らせ、他人と社会に損害を与える。
誤りへの妄信は、自分と社会の知性と健全性を損なう。

人や社会を欺いてはいけない。
真実ではないでまかせを根拠に、他人を非難してはいけない。
嘘やでまかせで他人を批判することを黙認すると、恐怖社会になる。
日本はかなり、自由に発言できない恐怖社会になっている。
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内部被曝の数値をどう理解するか

内部被曝の数値をどう理解するか

要旨
・ 毎日セシウムを摂取すると全身のセシウムは、1日摂取量の100倍くらいで安定する。毎日100ベクレルセシウムを摂取すると全身で10000ベクレルたまった状態で安定する。食べるのをやめると、徐々に低下する。
・ セシウムとカリウムは似ているので、カリウムは考える基準に使える。カリウム放射能は60kgの人で約4000ベクレルある。
・ 常に4000ベクレルのセシウムが体内にあったとすると、カリウムの放射能が2倍になったと同じ位の作用と考えられる。がんの何%がカリウムによるはわからないが10%以上の可能性は少ない。1%以下かもしれない。そうであればセシウムの4000ベクレルの発がん作用もその程度と考えられる。


:「講演『被曝をどう避けるか』要旨」についてkkko さんからいただいたご質問に応えるスタイルで書きます。
埼玉県のkkko さん、適切なご意見と質問ありがとうございます。

・・・・・・・・・・・以下、kkko さんのご意見と質問・・・・・・・・・・・・・・

セシウムを毎日摂取した時の計算
> 1年あたりミリシーベルト
>   =(1日に食べるBq)×(365日)×0.0073
> 毎日100Bq 食べると 1年で約1ミリシーベルト*
>   =100Bq×0.0073=0.73ミリシーベルト
>
> 60kg の成人が毎日食べ続けて平衡状態に達した時の
> 体内セシウム放射能
>   凡そ(1日に食べるBq)x約100
> 毎日100Bq 食べると約1年で
>   =10000Bq に落ち着く (Kは60kg 成人で4000Bq)

埼玉県の一般市民です。ブログ記事内の上記内容について二点、質問がございます。
①「平衡状態」というのは、具体的にどのような状態でしょうか? 

②「10000Bqに落ち着く」というのは、落ち着いて以降毎日セシウム131と137の影響を計10000Bqぶんずつ受け続ける状態に落ち着くということですか?また、

③最後の括弧内の「K」とは何でしょうか?

④一日に○○Bqのセシウムを摂取し、それを長期間続けた場合、健康にどれほどのリスクをもたらすものなのか。何万分の一の死亡確率なのか、何十分の一の死亡確率なのか。死亡するというのはいつの話なのか。明日なのか80歳を過ぎる頃なのか。砂利道を歩いていて、靴の中に石ころが飛び入るような確率なのか、それとも雨粒を全て避けるような無謀な道なのか。少々誇張しましたが、それでも実際、ただの「危険」や「安全」といった言葉からは、具体的な情報が伝わって来ず、自分の価値観と照らし合わせることも困難です。

> 1年あたりミリシーベルト
>   =(1日に食べるBq)×(365日)×0.0073
> 毎日100Bq 食べると 1年で約1ミリシーベルト*
>   =100Bq×0.0073=0.73ミリシーベルト

⑤上記2行目の計算式に「1日に食べるBq」を代入することによって、年間のmSvの値が出るのであれば、4行目の計算式から「365日」が抜けているのはどうしてですか? 365を掛ける計算が抜けているとなると、上記の結果の値は「1日あたり」ということになりますが、1日あたり100Bqだとしたら、年間約266mSvの計算になってしまいませんか。

⑥1日に摂取するであろうBqの値から、健康への影響を具体的・数値的に算出できる電卓ソフトなどがあれば、計算の苦手な私のような者でも感覚的に理解しやすく、日常生活に取り入れたり、行動の判断もしやすいのですが……。
こちらのブログのページ左側の計算機によれば、岡山先生も仰るように、

⑦セシウム131と137を毎日100Bqずつ1年間摂取した場合の合計値はおよそ1mSvのようです。が、その1mSvというのは具体的にどれくらい危険なのか。排泄なども考慮に入れて、いつの日かに体内に残留している放射性物質が1mSvぶんだとして、それはつまり、毎日1mSvぶんの健康被害を受けるということなのか。わからない点が多いです。

⑧現状、たとえば、目の前の野菜を食べることがどれほどの危険を伴うのか判断するのに時間がかかりすぎて、日常生活に、何十年後の自分自身の未来に、次以降の世代に、大きな負担をかけてしまいます。私は、できるだけ早く自己判断をして、腑に落ちない感覚を捨て、本来歩みたい方向へ歩き出したいのです。

・・・・・・・・・・・・ 以上、 kkko さん。2012-01-16。 以下、岡山博 の回答 ・・・・・・・・
適切なご質問をいただきありがとうございます。①-⑦と番号を入れさせていただきました。
① から順に書きます。ご質問いただいて見直したところ、⑤に関して重要な記載ミスがありました。ブログもお詫び、訂正しました。ご指摘ありがとうございます。

①「平衡状態」というのは、具体的にどのような状態でしょうか? 
平衡状態というのは出る量と入る量の速さがつり同じでつりあっていて、動かないように見える状態です。厳密には「平衡状態」ではなく「定常状態」と言うほうが正しいのですが、聞きなれない言葉と考えて、少し違うが「平衡状態」と書きました。

セシウムを例に述べます。
通常、放射性セシウムは体内に存在しないので、汚染食品を食べ始めた時には、体内に存在する量はゼロですから、尿中に排泄されません。
だから、セシウムに汚染された食品を食べ始めてしばらくの間は、毎日食べても、尿として捨てられる量はわずかです。

食べ続けると、細胞内にセシウムが蓄積されて濃度が上昇します。細胞内よりはかなり低い濃度で、細胞外液のセシウム濃度も上昇していきます。血液中の濃度(細胞外液の濃度と同じ)が上がるとそれに伴って尿中への排泄が増えます(メカニズムは複雑なので省略)。
このようにして排泄量が増えていくと、あるところで、体から1日で尿などとして排泄される量は、1日に食べる量と等しくなり、その後、毎日同じ量を食べ続ければ、細胞内や、体内のセシウムは増えも減りもせず一定のレベルを保つことになります。

これが平衡(正しくは定常)状態です。定常状態は毎日食べる量と、排泄される早さ(生理的半減期)から、少し難しい式を使って計算できます。記述した値は、成人のセシウム生理的半減期を3~3.5ヶ月として計算したおおよその値です。排泄量を増やしたり(=生理的半減期を短縮する。子どもは短い)、食べる量を減らせば体内に解けているセシウム濃度は低い濃度で定常状態として安定します。

② 「10000Bqに落ち着く」というのは、落ち着いて以降毎日セシウム131と137の影響を計10000Bqぶんずつ受け続ける状態に落ち着くということですか?」
そうです。体内に常に10000 Bq のセシウムがある状態で安定しているので、この状態では10000 Bq (1秒につき、放射線10000回)の被曝を受け続けます。

③「最後の括弧内の「K」とは何でしょうか?」 「K」 は カリウム元素をあらわす元素記号です。ちなみに水素の元素記号は H、 酸素は O、ヨウ素は I 、セシウム  は Cs です。 説明不足ですみませんでした。

④と⑤については⑦の後にのべます。

⑥1日に摂取するであろうBqの値から、健康への影響を具体的・数値的に算出できる電卓ソフトなどがあれば、計算の苦手な私のような者でも感覚的に理解しやすく、日常生活に取り入れたり、行動の判断もしやすいのですが……。 NET で「ベクレル シーベルト換算」を検索すると換算ソフトや換算表、解説が、問題意識に応じて、簡単なものから、専門的なものまでがたくさん紹介されています。それをみても良いですが、シーベルトという表現はそれほど厳密な意味を待っていないと私は考えているので、もしその程度のことでよければ、⑤で訂正、説明した式を使うだけで十分で、それも不要かも知れないと思います。

⑦「セシウム131と137を毎日100Bqずつ1年間摂取した場合の合計値はおよそ1mSvのようです。が、その1mSvというのは具体的にどれくらい危険なのか。排泄なども考慮に入れて、いつの日かに体内に残留している放射性物質が1mSvぶんだとして、それはつまり、毎日1mSvぶんの健康被害を受けるということなのか。わからない点が多いです。」
ここで言う1mSvというのは正しくは1mSv/年で一年間に被爆する総量です。1時間当たりだと割り算して 1年は8760時間なので0.114 マイクロシーベルト(訂正。前は1.14と誤記、)/時となり、被曝が同じレベルで安定した状態であればこの2つの値は同じ意味です。1時間当たり0.114 (1.14を訂正)マイクロシーベルト被曝を1年続けていると合計して、1年で1 mSvになります。被曝レベルが変化している場合は、1時間あたりの被曝量を1時間ずつて8760時間分を1年間続け足し算し続けると1年間の被曝量になります。

Bq (ベクレル)というのは、1秒間に放出される放射線の回数です。人の都合とは関係ない、自然を測った客観的数字です。正確に表現され正確に理解できます。ただ、放射線はいろいろ種類や、エネルギーの大きさ、生体への影響の仕方などが異なりますが、放射線の性質や強さに一切関係なく、1秒間に何回出るかだけを表すので、生体への作用を考えるときは、同時に他の知識が必要です。

一方、Sv (シーベルト)は、低線量被曝の管理という人の便利さの為に、大まかな、便利な目安として、あれこれの想像や仮定をおいてその上でかなり無理に数値化したもので、客観的な数字ではありません。例えば、レントゲンで使う放射線(ガンマ線の続き)とセシウム内部被曝による放射線は、放射線の性質も、生体に与える影響の質も量も全く異なるので、本来は一つの指標で測って比べることができないのですが、被曝管理の利便性のために、いろいろなことを無理に仮定して、共通の単位で無理に表したものです。

放射線被曝ではなく、いろいろな有毒物質の毒作用を例にして考えると分かりやすいです。
有毒なものとは、血圧を下げる、心臓に不整脈を起こす、出血させる、筋肉の力を失わせる、能の働きを抑える、呼吸が止まる、腎臓が破壊されて尿が作れなくなるなど、様々なものがあります。高温や低温、酸素不測などでもよいですが、これらの有害なもの大量に与えたとき、半数の人が死亡する量を測って、死ぬ量を指標に表現して比べることはできます。
しかし、その1/10や1/100くらいの少ない量を与えたとき、殆どの人は死にませんがそれぞれの毒の性質に応じて異なった種類の障害を生じます。この異なった傷害は、種類が違うので、毒性の程度、危険度を比べることはできません。

例えば、危険な不整脈が1分間に5回出たのと、腎機能の70%が損傷した、意識レベルが低下した、などという、異なる種類の、死に至らない有毒作用や、病態を、どちらのほうがが体にとって有害かを比べることはできません。別のたとえでは、不整脈が5回でる障害と同程度の傷害は、指1本の麻痺に価するのかそれとも左の腕と足全体の麻痺と同じ程度のものかというような、比較できません。

このように本来は比較不可能な障害に対して「この不整脈の障害程度は右腕1本の障害と同じ程度の障害だ」というように、あるいは、「1分5回の不整脈を生じさせる毒性の強さは、計算能力を20%に落としてしまう程度に能を傷害する毒物の有害作用の大きさ」として、同じ数字で表現して、同じ数字であれば、同じ程度の毒作用、有害作用としよう」というようなものです。

異なる作用を同じ指標で比べるこという不可能なことを、便宜的に無理して表現しようとして作ったのがシーベルトという単位なので、大きな、多くの、基本的な問題があります。
目安の値を決めた人たちの都合が入り込む可能性もあります。「どのように有害か」を無視して、「とにかくどれくらい有害か」という数字です。だから、ひとまずの目安として使うことは可能ですが、大体の目安でしかありません。

「セシウムの100ベクレルと、ヨウ素の100ベクレルは異なるから、ヨウ素の傷害作用はセシウムの何倍の強さだろうと考え、子どもは大人より感受性が高そうだから、セシウムに関しては子どもは大人の何倍影響があると考えよう」という仮定をたくさん作ってベクレルとして測定された客観的数字に掛け算や足し算をしてはじき出した数字がシーベルトです。
ヨウ素の100ベクレルをシーベルトに計算すると、大人と子どもはベクレルに掛け算する係数が違うと決めてあるので計算によってでた価は、同じ放射能の強さ(ベクレル)であっても、シーベルトの価は子どもと大人では異なります。

仮定が正しくなければ信頼できる数字にはなりませんが、正しい仮定ができるほど、これまでに被曝影響のデータはありませんから、シーベルトであらわされた数字の信憑性はさほど高くありません。
もう一つの問題は、シーベルトを計算するために作った仮定は、ICRPという国際組織が見積もったもので、これを元に日本や多くの国や国際組織の法律や基準が作られています。

ICRPの委員の多くは原子力産業に関係して利益を受けうる立場の団体出身で、ICRPの運営資金の一部はそのようなところから出されていることなどから、シーベルトを算定する係数の決定には、委員の社会的立場が反映され、内部被曝が過小評価されているなどの批判があります。
ヨーロッパの科学者などが作っている民間団体、ECRR は現実の放射線障害は、障害内容によっては、ICRPの見積もりより100倍以上高いと主張しています。
法律や基準として使われているので、シーベルト表示も使いますが、特に内部被曝について指標として使えるほどの信憑性には疑問があり、私はあまり有効ではなく、かえってわずらわしくしているところがあると考えています。

以上のことを理解したとして、ひとまずSv の数字の評価について述べます。
外部被曝で100mSv という価は、被曝すると1000人に5人があらたに癌で死亡することに対応する被曝量です。内部被曝であっても、同じシーベルトであれば生体に対する障害の程度は同じになるようにと作った単位ですから、セシウムの内部被曝20ミリシーベルトも同じように1000人に1人が癌死するはずの被曝量であるはずです。

しかし、ECRRは「ICRP の内部被曝による影響は著しく過小評価しすぎている」と批判していますからその考えによればそれより多くが新たに死ぬ被曝量ということになります。
両者の内部被曝危険性に関する評価は著しく異なっている,つまり内部被曝を評価するシーベルトの値の意味づけの正確さはこの程度です。
私は実際の発癌危険の程度はその間くらいと想像しますがどの程度かは分かりません。分析して結論を出せるだけの十分な被曝データが無いので、恐らく世界の誰も分かりません。

私は、内部被曝だけでなく、外部被曝の指標ももシーベルトにせず、ベクレルのままのほうが客観的で分かりやすいと考えています。そのほうが放射線源の種類とベクレルが分かると、客観的に考えることとができます。
シーベルトで表される数字はその程度の信頼性しかない単位として考える参考にしたら良いと考えています。

それを了解したうえで言えば、ICRP基準にのっとれば、100ミリシーベルト被曝で新たに1000人の中で5人が癌死する、被曝量に比例する確率的作用と考えられているから、1mシーベルトではその1/100ということです。ECRRの考えではそれよりずっと多いとなります。誰も確定できません。

おっしゃるとおり、よく分からないうえに新しい単位と数字を入れてなおさらわずらわしい、その通りと私も考えています。シーベルトの値は絶対視せずに、「現在詳しくは分からないがこのような可能性があると」いう表現が正しいと考えます。

「一日に○○Bqのセシウムを摂取し、それを長期間続けた場合、健康にどれほどのリスクをもたらすものなのか。何万分の一の死亡確率なのか、何十分の一の死亡確率なのか。死亡するというのはいつの話なのか。明日なのか80歳を過ぎる頃なのか。砂利道を歩いていて、靴の中に石ころが飛び入るような確率なのか、それとも雨粒を全て避けるような無謀な道なのか。」
これが最も重要な問題で、いろいろな考えや主張はありますが、だれもわかりません。日本の文化と日本語は、事実と認識、評価の区別があいまいなことが多いので、更にあいまいにしています。広島・長崎の原爆被爆やチェルノブイリで多くの被曝者が出ましたが、これだけのデータでは少なすぎて、医学的影響を断定することができず、推定するにも不十分で、放射線被曝障害の種類と程度、規模を十分に予測できません。現在のデータと知識では十分な根拠を持って推定することも困難です。

私は、セシウムの放射能の性質と、体内での挙動はカリウムと似ているので、カリウムを基準に考えることができるかもしれないと考えています。
カリウムは生体にとって必須で、通場は 15%以上は変動せず、体内で一定に保たれていますから、カリウムによる内部被曝量は常に一定で、60kg の体重の人は約4000 ベクレル(1秒間に放射線を4000回)被曝しています。
カリウムでもセシウムでも同じで、カリウム放射能は自然に昔からあるから無害ということはなく、カリウムによる放射線被曝生涯をうけながら、私たちは生きています。

被曝はないほうが良いのですが、放射能がないカリウムはないので、カリウムの放射能がない状態での観察はできません。いくつか想像できることはありますが、カリウムの放射能の影響について真実は分かりません。

ひとまず、放射線の様々な影響の中で、考えやすく、危険で目立つ癌について考えてみます。
癌を生じさせる原因はたくさんあります。カリウムの放射線もその一つとして関与しているはずです。カリウムの放射線が癌の原因のどの程度なのかは分かりません。癌の種類や年齢によっても違うとはずです。癌の原因にはたくさんありますから、カリウムが発癌原因の100%ということはありません。カリウム放射能が発癌原因の中で10%程度なのか。1万分の1程度なのか分かりません。

セシウムの放射能と生体内挙動はカリウムと似ているので、セシウムによる内部被曝が起きたとき、おおよそのレベルでは、カリウムの放射能が増えたと置き換えて考えることが可能かも知れません。そうすると、60kgの成人が毎日40Bqのセシウムを食べて、4000 Bqで定常状態になったときには、カリウムの放射線被曝が倍になったと考えて、カリウムによる発癌作用が2倍になったと考えることができます。
発癌原因の10%がカリウム放射線であるとすれば発癌は20%にふえ、1/1000がカリウム放射線によるとすれば2/1000にふえるということです。

このような考えで整理して理解することは可能と思います。
発癌におけるカリウムの関与が高いほうの可能性については、発癌は放射線量に比例し、生体内の複雑な相互作用が同働くかなどは無視して考えると、見当がつきます。
発がんは100%カリウムが原因と仮定した場合、成人が毎日40ベクレルのセシウムを摂取して、セシウム放射能がカリウムと同じ4000ベクレルになって、この内部被曝を一生受けた時に、癌最大値は現在の発癌が倍になると推測することは可能です。
発癌におけるカリウムの関与が少ない場合の可能性については、癌の原因の何パーセントがカリウムなのか分からないのでそれ以上厳密な話にはなりません。

放射線被曝は、ないほうが好ましいが、やむを得ず受け入れるとしたら、いろいろな努力・負担と引き換えにして「いやだけれど、自然のカリウム放射線よりどの程度高いところまでは、我慢して容認するレベルと考えるか」、ということです。
これは個人が目安として活動・生活することでもあり、各人一人一人と社会が考えて相談して社会として決めるべきことでもあって、自然科学としての医学からは離れた問題です。
それを医学の専門家に判断を任せたり、専門家と称する人たちが、特別の権限があるかのようにして決めて解説し、社会と他人を従わせようというのは正しくないというのが私の考えです。

⑤上記2行目の計算式に「1日に食べるBq」を代入することによって、年間のmSvの値が出るのであれば、4行目の計算式から「365日」が抜けているのはどうしてですか? 365を掛ける計算が抜けているとなると、上記の結果の値は「1日あたり」ということになりますが、1日あたり100Bqだとしたら、年間約266mSvの計算になってしまいませんか。
ブログ記事は重要な記載間違いです。ご指摘に感謝し、お詫びして訂正し、その上でご質問に回答します。ブログの記載誤りはお詫び、訂正しました。
ブログでは次のようになっていました。以下はブログ掲載文のコピーと訂正、コメントです。
[放射能の単位
l ベクレル:1秒間に放出される放射線の回数
l シーベルト(旧 REM):
さまざまな仮定・推測をして計算した体に与える影響の大きさの値
     実効線量、性質の異なる危険性を、無理に同じ単位で表す
     換算法: 核種に対する実効線量係数をかける
     例)100 Bqのヨウ素131を1回、経口摂取した場合の被曝量をμSvに変換するには
        実効線量係数0.022 (成人)をかける。
         100 Bq× 0.022= 2.2 μSv
       それを100回摂取した場合は
         100 Bq×100 ×0.022=220 μSv
=0.22 mSv


セシウムを毎日摂取した時の計算
1年あたりミリシーベルトは
  (誤り): (1日に食べるBq)×(365日)×0.0073 
(正しい): (1日に食べるBq)     ×0.0073
理由は
1年あたりミリシーベルトは1年に食べるセシウムのベクレルに、0.022 と決められている実効線量係数をかけるとシーベルト。
ここでは実効線量係数 0.022を0.02と簡略して使い、μSv を、mSv表示にするために1/1000倍して0.0073です。
「1日で食べるベクレルに0.0073をかけると1年間で被爆するシーベルト」です
 
『毎日100Bq 食べると 1年で約1ミリシーベルト*
    =100Bq×0.0073=0.73ミリシーベルト』
100 Bqを食べると1回で
         100 Bq× 0.022= 2.2 μSv

改めて、適切なご意見と質問ありがとうございます。
・・・ブログの誤り記載は以下のように詳しく説明し訂正しました。・・

放射能の単位
 ベクレル:1秒で出る放射線の数
 シーベルト(旧 REM):
さまざまな仮定・推測をして計算した体に与える影響の大きさの値
     実効線量、性質の異なる危険性を、無理に同じ単位で表す
     換算法: 核種に対する実効線量係数をかける
     例)100 Bqのヨウ素を1回、経口摂取した場合は、
        実効線量係数0.022( (セシウムであれば0.019)(成人)
ヨウ素でもセシウムでも大まかに0.02としてかけると
         100 Bq× 0.02= 2 μSv
           (100 Bq 食べると2 μSv 被曝する)

セシウムを毎日摂取した時の計算
1年あたりミリシーベルト
  =(1日に食べるBq)×(365日)×0.02×1/1000(mSv/ 年)
      (×1/1000は μSv を mSvに直すため)
=(1日に食べるBq)× 0.0073(mSv/ 年)
 毎日100Bq 食べると 
  =100Bq×0.0073=0.73 mSv (約 1 mSv)1年で被曝する

60kg の成人が毎日食べ続けて平衡状態に達した時の
体内セシウム放射能は
  1日に食べるBq の約100倍(子どもは半減期短いのでそれより低値)で安定する。
毎日100Bq 食べると約1年で 全身に含まれるセシウムは
  100Bq ×100 倍=10000 Bq に落ち着く
 (60kg 成人で K の4000Bq の 2.5 倍)

・・・・・・・・・・・・・・・・
(訂正) <回答⑦>で重要な誤りがあり、訂正しました。「0.114 マイクロシーベルト(訂正。前は1.14と誤記))/時」
  _JOHN_SAN ご指摘ありがとうございました。2012年8月19日
    岡山博

東北電力、マカブゥさんへ

東北電力、マカブゥさんへ

要約
・ 東京電力、東北電力社員家族はすぐに避難してほしかった
・ 電力関係者が先に逃げてもまずくはないが、一般住民に知らせて被曝回避活動に率先しなかったことがまずい。
・ 汚染現場で活動した電力関係者は立派で賞賛されるべきだが、東北電力という企業の対応・行動は問題がある。
・ 政府や東京電力が、「放射能は安全だ、心配するな」と言って住民が被曝回避の言動を抑圧したとき、放射能と原発事故について専門知識と準備がある東北電力は、「危険だ、避難しろ、汚染食料を食べるな」と社会を啓蒙すべきだった。
・ 自覚と誇りを持って生き、発言することは大切だ

はじめに
本ブログ「講演『被曝をどう避けるか』」要旨」にいただいたマカブゥさんのご意見への私の返信です。長文であることと、普遍的内容を多く含むことの為に、返信としてではなく、私の新たな意見として掲載しました。マカブゥさんのご意見は本ブログの「講演『被曝をどう避けるか』要旨」の後に掲載されています。

本論
東京電力、東北電力社員家族はすぐに避難してほしかった
東北電力で、高い自覚と誇りを持って仕事されて、初めて言うことができる言葉、コメントを頂き、ありがとうございます。
マカブゥさんのような自覚と誇りをもって働かれている方がいて初めて、日本の健全な部分が作られていることがよくわかり、日本人として誇らしく、うれしいです。改めて感謝します。
福島原発事故が起きた時、東京電力や、東北電力関係の方やご家族が、もし、いち早く、危険を理解し、避難したのであれば、それはとてもよかったと考えています。汚染拡大の可能性を理解した方が、多くの知人に連絡したのはさらによかったです。
はじめの1ヶ月間、郡山から関東に子どもをつれて避難されたお母さんに「最も被曝したはずの1ヶ月を、郡山から避難できたことは、何ものにも代えられないほどよかった。教えてくれた電力関係者に感謝したら良いと思う」と私は話したことがあります。

私は、東北電力や東京電力関係者が避難したことを非難しません。
東京電力も東北電力も、社員家族を福島から緊急避難させる指示をすべきであったし、どこかの時点で事故と放射能汚染について、一般マスコミよりは専門的な解説や家族などの避難指示をしただろうと思います。
指示や注意を出したとすればそれは正しいことで、出さなかったらまずいのです。

多くの国は、自国民の日本からの退去や関西への避難、汚染食品回避を指示し、日本から避難するための飛行機特別便や搭乗券手配し、汚染されていない食品を供給するなど、具体的取り組みをしました。
「不安を煽る悪質な行為だ」と、誰もフランス政府を非難していません。
フランスなど多くの外国政府や大使館が被曝回避の注意や指示を出したのと同じように、電力会社や日本の政府・自治体が人々に対して、避難や被曝回避の指示や解説をするのは正当であるだけでなくやるべきことでした。公的な関係者だけでなく、被曝被害を少なくするために誰もが考えるべきことでした。
東北電力の方や家族、知人が一人でも多く、少しでも早く避難することと避難できたとしたらそれは良いことです。

だから、「電力関係者も汚染の危険性を知らなかった。避難もしなかった」ということを良いことのように話されるのは少し違います。

東北電力がすべきだったこと
原発事故と放射能汚染について、高度の知識を持っている東北電力は、原子炉冷却が途絶えた時、「電源回復や緊急的な注水よる原子炉冷却が確実に復活するまでは、冷却燃料棒損傷やそれ以降の爆発の可能性が高い」のだから、復旧作業に関係ない社員や家族の避難準備を緊急に開始して、遅くとも初めての爆発があった時点ではすぐに避難指示と行動をすべきです。
電力復興や原発事故回避作業に関わらない東北電力社員や家族はすぐ避難すべきだったし、避難してほしかったと私は考えています。

東京電力の話と一緒にすると分かりにくくなるので、東北電力についてとして私の意見を書きます。
震災翌日の3月12日昼に、福島原発で原子炉冷却ができていないことをテレビで知りました。
私はウラン燃料が破損して事故が拡大する危険があると考え、東京に住む大学生の子どもに、避難準備をすることと、今後原子炉がコントロールされていないことを示す何かが起きたら、九州の兄弟のところに10分の時間も無駄にせずすぐに避難するよう伝えました。
その数時間後の12日午後には、爆発があったので、原子炉がコントロールできない状態にあることがほぼ確実であろうと考えました。子どもにすぐに避難することを指示し、翌13日朝1番の飛行機で九州に避難させました。

公衆電話しか使えず、この空気は既に放射能汚染されているかも知れないと考えながら、貴重な時間を使い、何度も外に長時間並んで電話しました。
更に、自分の判断で、3月12日に自宅の換気口などは全てテープなどで目張りをし、マスク着用と、外で使った上着は部屋に持ち込まないようにしました。
私も避難したかったが医者なので避難しないことを決め、殉死しうると覚悟し、今後会うことはないかもしれないと子どもに話しました。

この時点では政府や東京電力、メディアは、被曝回避の指示や説明をしていません。
危険な事実や危険が拡大する可能性を伝えないテレビ報道しかない状況で、物理と原子力発電についての専門知識は無く、高校生程度の物理知識しかなかった私でも、今後短時間の間に事故が拡大したり、放射能汚染が拡大する危険性があることは分かったので、以上の判断と行動をしました。

東北電力は、事故の状況を少なくともテレビ報道については知ったのですから、初めのニュースからしばらくしてから知った私よりは早く知ったはずです。
放射能と原発事故について専門知識をもち、原発を運用し、原発について社会に対して責任と義務と備えがある東北電力は、あの時、私のような一般人より更に的確に、敏速に対応しえたはずです。

仮に、原発の爆発や、莫大な放射能汚染拡大がその後起こらなかったとしても、緊急避難行動を始めた私の判断は正しかったのですが、現実としても、その判断が全て適切であったことは、その後繰り返した、原発爆発と、放射能汚染の拡大で証明されました。

東北電力は、原発事故や原子力災害に関して、一般の人々や報道機関よりはるかに多くの知識やノウハウと情報を持っています。
東京電力だけでなく、東北電力もその能力を最大に使って、少しでも早く、1人でも多くの人を避難させる最大の行動をすべきでした。
時間の余裕はないので、できるところからどんどんやることと、それとは別系統で広く社会に知らせることです。

その意味では、簡単に知らせることができて、危険になりうる地域の営業所、社員、関連企業にすぐ知らせることは当然のことで、非難されるべきことはありません。
それによって避難した社員や関係者が非難されるべきでなく、「避難できて良かった」ことであり、知人に知らせて、避難させたりしたら讃えられるべきことです。

営業所や職員に避難準備や避難指示を出さなかったら、そのほうが問題です。この時、原子力災害に関して、一般社会の人達よりも飛びぬけた知識と準備を持っているはずの東北電力が、福島県の浜通りや中通りの営業所、関連企業、社員に、次々と起こる変化について、緊急に、「重大な被曝につながるように事故が拡大するかもしれないからすぐ避難するように」という指示や情報提供をしなかったとすれば、「東北電力社員が始めに避難した」というよりも重大問題です。

営業所や社員、関連企業に、電力復旧作業の指示を出し、伝達するルートはあったのですから、できるはずです。

「一般住民を避難させなかったのだから、東北電力社員が先に避難したことはけしからん」と私は考えません。
私が問題にするのは、「東北電力社員が始めに避難する」ことではなくて、「危険が拡大する可能性を住民に知らせ、避難を呼びかけなかったことと、汚染した可能性がある食物を食べさせない取り組みをしなかった」ことです。
住民だけでなく、東北電力の支店や営業所、社員にも知らせず、避難指示を出さなかったら、住民に知らせなかったことに加えて更に非難されるべきことです。

東北電力社員も、会社からの公式な指示であれ、公式指示ではないが、危険だという情報であれ、それを知ったら、家族や、事故処理作業に参加しない人はすぐに避難すべきです。
逃げずにもたもたしていたら、被害拡大の要因になるのでむしろそのときに、避難しなかったらそのほうが批判の対象です。
可能な限り、他人にその情報を伝えて、それで1人でも避難できたら、それは表彰に値します。
『原発事故後起きていること』(本ブログに掲載)の文で、「電力関係者が知人に避難すべきことを伝えたために避難できた人がいて良かった」ことを私は肯定して書きました。

福島の営業所などに、重大な汚染を受ける可能性を知らせ、それに対処することや避難指示を、もし、最後まで(今まで)東北電力が行わず、社員や関係者は、東北電力からの情報はまったく伝えられず、テレビ報道や福島県からの指示でしか行動できなかったのでしょうか。
そうだとしたら、あの時点で事故対応作業に参加しない社員や家族、関係者に避難や汚染食物禁止を指示する決意も能力もない東北電力が原子力発電所を動かしているということはなんなのかという問題になります。
どの時点で、危険が拡大する可能性を知らせ、どの時点で避難指示を出したのか、それとも最後まで全くしなかったのか、もしできれば教えてください。

原発から放出した放射能の大部分は東の太平洋に流れましたが、風向きと天候しだいでは、海に運ばれた大量の放射能が陸を汚染した可能性や、爆発と放射能汚染が更に大規模になる可能性もありました。
実際には大部分の放射能は海に向かい、放射能のごく一部だけが、陸地を汚染しました。南東風から北風に変わって、福島、丸森、白石まで運ばれた放射能の移動が逆転して南向きに変わって、郡山や栃木、群馬を汚染し、被曝回避行動の結果ではなく風向きがかわったために、仙台は強い汚染を逃れました。

仙台が強い汚染を免れ、代わりに郡山や、栃木、群馬が汚染されたと分かったのはずっと後のことです。
あの時点で仙台在住で避難可能な人、特に妊婦や子どもはすぐに避難すべきでした。
12日から3週間くらい、特に数日間は、深刻な汚染を受ける可能性はずっとあったので、私は今でも、子どもを13日に東京から避難させたのは正しかったし、それ以上の迅速な避難行動と呼びかけを東北電力は行うべきだったと考えます。

マカブゥさんのご意見と私の考え
繰り返しになるところは多いですが、マカブゥさんのご意見のひとつひとつについて私の考えを書きます。

「事故当時、福島県内の「東北電力」の社員は、電気復旧のために屋外で作業をしていました。早く電気を灯すために昼夜問わず総力戦で対応していました。 」 
そうだっただろうと私も推測、理解します。そして、個々の社員や関連企業のみなさんをねぎらい、讃えます。

この時、東北電力は、「確実ではないが、被曝の可能性があるから、マスクや、帰宅後シャワーなど、被曝対策をしながら復旧作業をするように指示」すべきでした。
被曝軽減の対策と指示もせず、無防備で汚染された環境での作業を指示されて、電力復旧活動に参加した人がいたら、その人は東北電力に抗議し、損害賠償を要求すべきです。

「東電や東北電力は社員と家族を、緊急に福島から避難させた。社員家族から連絡されて、福島県から避難できた一般住民も多い。 一般住民には知らせなかった と述べていますが、少なくとも、「東北電力」の社員全員、原発の事故の情報は、テレビの情報で知りました。 事故が起きた情報は、テレビからの情報しかなく、「東京電力」から情報が提供されたといことは一切ありません」
 どの時点までそのような状況、つまり、東北電力からの情報や避難指示が全くない状況が続いたかできればご教示下さい。

社員に対する放射能汚染に関する情報や指示はずっと、現在まで、国や自治体の発表や指示を受けた、あと追い発表と指示しかしなかったのでしょうか。そうだとしたらお粗末で無責任で、そのような企業は原発を運転してはいけないと私は考えます。
東京電力は社員や家族に、福島から避難するように指示し、それによって避難できたという話しをいくつも聞いています。東京電力のことはご存知ないでしょうか。もしわかったら教えていたがけないでしょうか。

社員や関連企業の方個々人の行動は立派でしたが、「福島原発が危険な状態なので、避難や、汚染食物を食べてはいけない、外で使った衣類を部屋に持ち込まない、帰宅したらシャワーすること」などを、東北電力が、社員や関係者に、自治体発表より遅れてしか知らせなかったとしたら、原発を動かしている企業のあり方として問題です。

「福島で屋外作業していた作業員に連絡しましたが、作業員(電力社員、グループ企業社員の方々)は、被爆覚悟で電気の早期復旧に取り組みました。こうした事実だけは知って欲しい。 」
 そうだっただろうと私も考えます。個々の社員や関連企業のみなさんをねぎらい、讃えます。
同時に、被曝対策もせずに復旧活動をしたということであれば胸が痛みます。

東京電力の話ですが、長年下請けで原発作業をし、事故後は放射能汚染現場で作業に参加していた人がテレビで「これまで自分たちがやってきた原発が、事故を起こしたのだから、自分たちは逃げないで事故収束作業に参加する」と話されるのを聞いて、その立派さに涙が出そうでした。涙が出たかも知れない。
住民や社員の被曝損害を少なくするために、東京電力だけでなく、東北電力は対策と注意を行うべきでした。東京電力という企業とその幹部は、被曝回避の責任ある行動をせず、住民が被曝を防ぐための努力や言動をむしろ妨害し、保身と責任転嫁の解説や対応を続けました。詳細は省きます。

「東京電力の方はわかりませんが、東北電力については、一般住民に知らせていなかったということは事実ではありません。」
 東北電力のあり方に関して問題にするのは、女川原発に限定していません。
東京電力が事故を起こした福島原発周囲には東北電力の営業所や社員、作業員の方がたくさんいます。
一般住民は更にたくさんいます。
被爆の可能性があったのは、原発周辺だけではなく、はるかに広い範囲です。
そのことは、事故と放射能汚染が拡大した現実が証明しています。

仮に、事故が小規模でこれほどの被害に拡大しなかった場合でも、最悪を想定して、避難の為の広報や避難行動のよびかけが必要だったことは同じです。
これまで、日本の原発は柏崎を含めて、たくさんの事故を起こしましたが、最悪を考えての情報提供や対策呼びかけは不十分で、むしろ「不安を煽る行為」として、正確な提供情報を要求する人を逆に侮辱、排除し、事故を起こしてもそこから教訓を得て生かす努力をせず、話題にすることを避けてきました。

被曝対策の対応について私の考えは上述しました。東京電力が、事故と汚染の現実と、事故と汚染が拡大する可能性を、意図して知らせない行動をしたのかどうか、十分な資料を公開していないので、私はわかりません。
どこまで汚染が広がるか分からないあの時点で、被曝を避けさせるために社会に働きかける活動や、汚染された地域に汚染されていない食物を供給することは重要でしたが、東京電力と行政は「不安を煽る」といって逆に妨害しました。

そのために多くの人の善意によって郡山や福島で買い集められた、汚染された地場農産物が、津波と放射能被災地の両方に供給され続けました。善意で決意して、野菜や食物を買い集め相馬の被災知人たちに、福島や郡山で地場野菜を買い集めて送り続けた。送られた方は子どもに優先して1月以上食べさせ続けた。この地場野菜が強く放射能汚染されていただろうと、その人達がわかったのはずっと後です。
善意で食料を送り続けた人と、それを感謝して5歳の子どもに優先して与え続けた母親は無念です。
直接伺った話です。

社会に対して責任を自覚するのであれば、一般人よりは放射能の知識を持つ、東北電力や社員は、東京電力や政府のそのような言動に抗議し、批判すべきでした。
汚染食品を食べてはいけないと主張し、避難援助や、汚染されていない食物供給活動を大規模に行うべきでした。

「女川原発については、震災後の対応について、すべてオープンに公開しています。」
このことも、また、東京電力とは異なって、より健全な気風があると言うことを教えていただいたことと、マカブゥさんがそれに誇りと自覚を持って働いていることも知ることができてうれしく、讃えたいです。

「文化も社風も全く違う会社なのに、同一視されてしまうのが悔しいです。」
 東京電力とは異なる健全な社風があるとすれば、それはとてもよいことです。
全て東京電力と同じと断定するのは誤りであるという認識は私も賛成です。
一方、原発を推進してきたことと、その進め方を含め、多くのそして基本的なことで、東北電力は日本の電力業界の一員として東京電力と共通の問題があると思います。詳細は省略します。

電力事業をしている共通の立場として、東京電力のよくない社風と関連して現れた、事故被害を拡大した内容について、東北電力が東京電力の不健全さとは異なる社風があるためにわかることがあれば、公開して批判していただけたらうれしいです。
このような大事故を起こしているのだから、通常の「他社の社内のことはコメントしない」と言う状況ではありません。

「東北電力社員が得ていた情報のレベルは、一般の方と同レベルだったということを言いたかっただけです。文面から見ると、まるで「東北電力」社員が事故の情報を事前に知っていたかのように捉えてしまうように感じました。 社員がテレビからの情報を見て、自主的に判断して、家族を山形や新潟などの実家などに避難させたのは事実です。 なお、会社から家族を避難させろといった指示は一切ありませんでした。 社員各自が自分の頭で判断して自主的に家族を避難させたと思います。 もちろん自分で判断して留まった家族もいます(うちはそうです)。」
 
マカブゥさんの言われることはそのとおりと思います。言葉通り理解しているつもりです。
その上で私は、電力社員が情報を知り、早く避難したとしても、悪いことではなく、早く避難してほしかったと考えていることは前述しました。

特別に知識と責任がある東北電力が東京電力の福島原発事故に関して、指示や情報提供せずに、テレビで流されたあの程度の「安全」情報しか出さないまま、東北電力で働いている方が、放射能に汚染された空気を呼吸し、被曝しながら、電力回復作業をしていたとしたら、そのほうが問題です。

情報とは、事故の状況変化だけではなく、放射能や原発事故に関する基礎知識を含みます。
一般の人にとって、情報とは今起きている事故の経過だけではなく、放射能汚染についての基本的知識も大切な情報です。
東北電力関係者は、刻々と変わる事故現場の情報は、テレビでしか分からなくとも、「現状は、安心と断言できる状況ではない」と判断できるには十分の基礎知識、「社員各自が自分の頭で判断して自主的に家族を避難させた」という判断をさせる基礎知識はもっています。

事故発生直後から、日本社会は政府や東京電力の「安全、逃げるな、放射線を怖がって心配するな。話題にするのは、現実離れの不安を煽る行為だ」という一方的主張で埋め尽くされました。
「危険性は低い。今後の危険を考えるのは不安を煽ることだから話題にするな」という悪質な解説に反論するだけの基礎知識を、東北電力の技術系社員や東北電力は、一般の人よりも持っています。

「事故の現実は安心できる状態ではない。最悪に備えて、判断行動すべきだ」という考えや、その根拠を伝えられることが、多くの人々にとっては重要な情報でした。
緊急事態で人々が危険回避に役立つ「基礎知識」という大切な情報を、多くの人や社会に努力して提供しただろうか。疑問です。

「世の中に絶対安全がないのは、現場の人間、当事者の人間が一番わかっており、事故が起こらないように、未然に防ぐためにあらゆる努力をしています。これは建設の工事現場でも同じです。人の命は重い。本当に重い。一人の命に家族や多くの仲間がぶらさがっています。」

マカブゥさんのこのような自覚と気迫ある言葉の内容とあり方にほとんど同意、同感で、敬意を持っています。
設計や、建設、運転に関わった現場技術者の方の自覚と能力、努力を私は良いこととしてうれしく認識しています。

東京電力とは異なる健全な社風があるとすればとても好ましいことです。
ただ、現場の一人ひとりの自覚とは別の問題として、東北電力幹部や、東北電力という企業・組織が許容されるほど自覚的であったか、自覚的にふさわしいあり方をしたかと言うことは別のことです。上述しました。

「命の重さ、今回の震災であらためて強く想いました。そのために安全超第一、安全の希求のためにコストを惜しんではいけないと思います。」
 同意です。そして安全に十分なコストをかける意思がなかったり、大事故を起こしたときに、当然の賠償や、現状復帰をする意思がないのであれば、はじめから、やるべきではありません。

大きな設備や、大事故を起こしうる施設は、保険をかけて損害に備えることが当然要求されることです。
ところが日本の原子力発電所は、事故を起こした場合、それを補償する十分な保険をかけていません。
世界の保険の大元締めともいえるイギリスのロイド保険に「リスクが高すぎて、地震国日本の原発は保険の対象にならない」と断られ、限定されたごく小額の保険しか契約できませんでした。

これに対して、東京電力を筆頭とする電力業界が行った対策は、「想定外の原因で大事故が起きた場合は、(やむをえないことだから)電力会社は(責任がないと了解して)放射能汚染の被災者に損害補償をしない」という法律を作らせることで、これが実際法律になりました。
福島原発事故がおきてから東京電力が「想定外」という言葉を繰り返して、絶対に引き下がらないのはこのためです。

原子力発電所設置の危険性を重視し、設置と稼動に批判・反対する人はいましたがそのような意見は無視し、発言する人を侮辱し抑圧しました。

地域住民や日本国民は、原子力発電を設置、稼動させる条件として、「想定外のきっかけであれば、大事故がおきても誰も責任を取らず、被害者からも含めた税金で穴埋めする。損害は大きすぎて、実際には国も誰も払うことができないので、その場合は被害者に泣き寝入りさせる」というこの法律を了解して法制化されたのではありません。

殆どの人が認識しない中でこのような仕組みをたくさん作り、そのような法律を作って初めて、原発建設や稼動を可能にしました。

原発事故がおきたら、被害が小範囲ではすまないことは誰でも分かります。
しかし、原発を置く市町村と、そこの漁協が了解すれば社会的合意が取れたと認める法律を作りました。
何千万人ではなく、数万人が対象なら、買収や懐柔、恫喝は簡単です。交付金や協力金など様々な金を使って、合法的な買収と、言葉どおりの買収や脅迫も行い、反対を抑えました。
地元有力者対策は少数なので更に簡単です。

「社会貢献に協力した」と名目も用意されて、貧しい地域では、「原発設置に反対するのは地域を貧しいままにさせてもかまわない異常な人間だ」という評価を与えて、反対しにくい環境を作りました。

女川がそうであるかどうか、私は具体的な知識がありませんが、日本の原子力発電は広くそのように、買収、恫喝、自由な発言抑圧、反対者の地域社会からの排除によって作られてきたことはご存知と思います。
「原発に協力するのは立派なことだ」といわれ、個人的に何千万円提供されて、それでも原発批判を言い続ける立派な人はそう多くはないでしょう。
金や便宜を繰り返し提供され、それを合理化する甘い言葉を繰り返されれば次第に、批判する考えは減少し、肯定的な考えや感情、文化環境を育てます。全員ではなくとも多くの人はこのようにして、原発を肯定していきました。

そして狭い地域の地元民の了解を得たことを、社会の了解として扱う法律を作って作り続けた原発です。

「地域に安定した電気を送る」「電気を通じて地域に貢献する」という誇りを持って仕事をしてきました。」
 立派です。聴いて感動します。どうぞその誇りと自覚をこれからも持ちつづけてください。

「今、電力会社=悪と思われている風潮に、心がくじけそうです。電力社員でいることにつらくなります。福島で、雪が降っている中、昼夜問わず、被爆覚悟で電気の復旧に尽力した作業員の方たちの気持ちを考えると、どうしてもやるせなくてコメントしてしまいました。」
 
 私は被曝覚悟で活動された作業員の皆さんを全く、非難していません。
非難とは逆に、讃え、感謝しています。
私が批判しているのは、原発事故と、汚染拡大の可能性があるのに、被曝を避けさせるために、電力会社がなすべき最善の行動と努力をしなかったことと、更には、東京電力や行政、専門家などが共同して、被曝を避けるための活動を抑圧して妨害したことです。
一般の人と比べると、東北電力を始め、電力会社は、原発と原発事故に関して、はるかに大きな知識と準備を持っています。

自覚と誇りとは個人自分自身に属するものです。
正しいか、誤りか、道義に反しないかなど全て、自分の責任で判断し行動して保てるものと考えています。
全ての言動と判断が正しい個人や組織はありえないと私は考えています。
誰か特定の人や集団の代弁者になって、具合の悪いことを正当化したり、正当な批判を妨げる言動をしては、誇りや自覚は本物ではなくなります。

何に対しても健全な批判活動は大切です。批判されることは、人格や存在が全面否定されたことを意味しません。
批判を排除すると、批判を許さない恐怖社会になります。日本社会はそのような面があります。

健全な批判と、侮辱・攻撃を区別せずに、侮蔑や恫喝を含めた態度や言葉で非難し攻撃するという行為や、相手の人が世の中に存在することも認めないような言葉で攻撃・非難をすることは正しくありません。

同様に、正当な批判を、敵対的攻撃と誤認して、敵対的に切り返すことも誤りです。

マカブゥさんのような、自覚と誇りを持つ電力産業の専門家が、これからも、ご自身の為にも、社会の健全性を取り戻し維持するためにも、どうぞ引き続き誇りと自覚を大切に活動してください。

マカブゥさんが非難されていないにも関わらず、くじけるとすれば筋違いの認識と心の動きです。
くじけるどころか、現状のような社会では、私も含めた多くの人から期待、応援されていることを知っていてください。

「今回の東京電力の原発事故で、東北電力が「企業として知りうる情報」なんてものはないです。」
東北電力は一般社会や一般の人と比べると格段に高い原発事故や、放射能に関する基本的知識と準備があります。これを提供して被曝被害を少なくするために活動すべきだったのです。

「社員を一般住民と区別して優先避難させるなんてことはありえないです。というより、震災後、すぐに全社災害復旧体制に切り替わりました。避難どころか全員災害復旧作業に入ったんです。 」
 「社員を一般住民と区別して優先避難させたかどうか」が問題なのではなく、社会に対して「逃げろ、食べるな」という働きかけの欠如を問題にしています。

「現場で復旧作業をしていた身としては、本当に悲しい。 後ろから石をぶつけられたようなショックを受けました。」
 私は「現場で復旧作業をしていた方」を全く非難していない。
繰り返します。感謝し、讃えて書いています。悲しむのは筋違いの理解と、心の動きです。
悲しまれては困ります。「讃えられた」と誇りと共感を持ってください。

「今回のように間違った情報が伝わってしまっていることが残念です。 訂正して欲しいと切に思います。」
 私に話してくださった方が「東北電力の知人から聞いて遠方に家族を避難させた」というのは恐らく本当です。
「又聞きではなく、ご本人から直接、東京電力ではなく東北電力の知人から、さほど親密でない知人なのに夜中緊急に教えてくれたこと」などが鮮烈で印象的なお話でした。「東北電力で上からの逃げろという指示を知人が聞いて」と話してくれたように覚えています。
それが、東北電力の会社の正式指示であったか、社内に流された情報であったか、あるいは放射能の知識のある方たちから個人のレベルで判断してのことなのかは、私は責任取れませんが、「東北電力として正式の方針」とは書いていないので、この記述は残します。ただ、今後この記述を引用する再には、なるべく、マカブゥさんからこのような意見があったことを紹介するようにします。

 これまで、原発に批判的な人に対して「原発は安全でないという人間はまともな人間ではない」とでもいうような屈辱的扱いをして排除し、危険だという意見を無視するだけでなく発言する人を攻撃、侮蔑までして原発を造って稼動させ、福島の大事故を起こしました。
技術面でも安全対策の軽視があり、安全対策を話題にすることもタブーのような環境で原発が推進されたのではないかと思います。

原子力発電に批判的な意見や専門家は全て、原発計画や運転の基本戦略の検討などから、完全に排除されてきました。
事故がおきて、世界中の英知を集めて事故対処をしなければいけなくなっても、これまで原発事故を考え対策を要求してきた日本の専門家は、事故がおきてからも事故処理や対策討議の場から排除されたままです。

さほど問題なく冷却できるはずの使用済み燃料プール対策の失策や、炉心への海水注入の遅れなど、東電の打算と保身、責任回避の為に、最悪を予測した対応をせず、そのために必要な対策を遅らせてしまい、事故が拡大した面があります。

それでも事故を起こした責任者は誰も処罰されず、地位も収入も安全も確保しました。
今後も東京電力幹部が高額な収入を得る分までも、税金で埋め合わせする仕組みが殆ど出来上がりました。
作ったのは、東京電力を中心とする電力業界と、その強い影響力下にある官僚機構と政治家、メディアによるものです。私は不当と考えています。

一方で、汚染地域の人は、1年近くたった今も、仕事、家族生活、人生の展望、安全が破壊されたまま殆ど放置されています。
東北電力が健全であるなら、東京電力や、政府、行政のこのような方針に同調すべきではないと考えます。

マカブゥさんへ
東京電力とは異なる東北電力の社風に誇りを持って働いているマカブゥさんは、福島原発事故における東京電力や政府のあり方に対して健全な異論をお持ちではないかと推測します。
通常であれば誇りや自覚だけの問題かも知れませんが、今はその異論を正当に発言されることが、多くの人々の苦痛や損害を減らし、不健全な社会を正すことにつながります。

東北電力にしても、行政や個人にしても、言動や判断が全て完全に正しいという人や社会は世の中にありえないと私は考えています。
立場や都合から離れ、一人のまっすぐで誠実な人として、一つ一つを丁寧に吟味して、一つ一つに関して、正しいか誤りか、道義に反していないか、何をなすべきかしてはいけないかなど、マカブゥさんが引き続き、誇りと自覚を持って、原発に関係して働かれている知識や経験をそのために発揮していただけたらうれしいです。

マカブゥさんから、自覚的で道義性を大切にする、気迫のこもった返信を頂き、感謝します。
私の意図するものも共有できたらうれしいです。
社会がまともになり、人が不必要な苦痛を受けない健全な社会にするために、悲しみや無念、喜びを共有し互いに励まし、喜びあいたいです。

「自由に安全に発言や話し合い提案ができない。母親が子どもの食べ物や給食を心配して学校で話し合うこともできない。学校給食について保護者だけでなく、栄養士や教員も恐怖感なく、自由に、給食の話題を提案することもできない。発言や提案をすると、それによってその後延々と続くと予測される、他人からの屈辱的や、恫喝的対応、人事上の不利益などを相当覚悟しないと発言できない。」これが日本の現実です。

「放射能問題について、まじめに考え話し合って、被曝被害を少なくしよう。人々や子どもに安全な環境にしよう。そのためにもくよくよして落ち込んでしまうのではなく、元気を出してがんばろう」と言わずに、「くよくよするのは放射能の被害より悪い」と言って、被曝をまじめに考え、話しあい、対策を要望することを侮辱、抑圧する専門家の講演がくりかえされ、その解説と主張がメディアにあふれた状況は、基本的には今も続いています。
反対意見はまったくメディアで報道されませんでした。

今は、少し変わってきましたが、今でもテレビで報道される批判的な意見は限られています。「くよくよする人が癌になる」と放射能被曝で起こる被害の原因を、「被曝を受けた人の心の持ちよう」と言って、事故を起こして汚染を拡大させた東京電力や政府から、被害者に責任転嫁するものです。

「環境や食物の放射能汚染は軽度で心配するレベルではない。安心して自家野菜も安心して食べるように。」という講演内容は「有毒な疑いがある食品は、販売、製造してはならない」と定めた食品衛生法をはじめとする多くの法律に違反する違反行為を、自分で行ったことであり、さらに、不特定多数の人々や個人に法律違反を扇動したことも法律違反の犯罪行為であると私は考えています。

「環境や食物の放射能汚染は軽度で心配するレベルではない。安心して自家野菜も安心して食べるように。」と講演した内容の誤りは、今は広く汚染されてしまった現実によって否定されています。
それが判断の誤りなのか、それとも確信を持って嘘をついたのかわかりませんが、責任ある人が有害な判断を社会に繰り返し指示し、その結果多くの人が被曝したのですから、講演を真に受けて、被曝を増やしてしまった人たちに、賠償と謝罪すべきです。

不健全な日本社会の現実
汚染食品を食べさせ食べるように指示、指導した専門家や行政担当者や責任者は、今も賠償と謝罪をしていません。
それに留まらず、そのような責任ある人は、今でも処分も処罰も受けず、今でも、放射能と被曝対策の指導的な地位を保って、社会に号令しています。不健全で異常です。
この状況は、日本社会を外から見直して考えれてみれば、日本の現実が健全でまともな社会でないことがわかります。

社会を健全でまともな社会にしたり、維持するためには知性と勇気が必要です。
マガブゥさんが、すばらしい自覚と誇りを基に、知性と勇気をさらに社会に開いて発揮していただけたらうれしいです。

このブログを、健全な精神を深め、共感、交歓する場にして下さい
私はブログを開くと、卑劣で執拗な非難やいやがらせ、名誉を汚し屈辱を加える人たちがでてくるだろうと思い、それによる苦痛を考えるなど、自分のことを考えました。

ブログを開くことが、「まじめな発言や言語・議論・精神活動を破壊する卑劣な言動を批判し、健全な言葉や精神を共有し、深め、励まし喜びあう場」になることは想定していませんでした
。たくさんの方からご意見をいただいて初めて分かりました。
健全な精神をもっていることが「つらくなったりやるせなくなったり、くじけそうになる」日本社会の中で、想定外のことでした。

私のブログを、健全な精神を深め合い、逆に励ましや力を得たり、交歓する場にしていただけたらうれしいです。

長文になったためお返事が送れて済みませんでした。繰り返しや漢字変換済など、きちんとした文章になっていない点があると思いますが、十分吟味すると更に遅れてしまうので、この段階の文章のお返事とします。これからも宜しくお願いします。
   岡山 博

「被曝をどう避けるか」岡山博講演会映像

「被曝をどう避けるか」岡山博講演会 
主催「放射線被曝から子どもを守る会」 
2011年12月17日、仙台市医師会館。
ユーストリームで映像が放映されています。2時間半
どうぞご覧下さい。スライド抄録はブログに掲載しています。

ユーストリーム「被曝をどう避けるか」
http://www.ustream.tv/recorded/20032935

論説「よい発表、良い議論を行うために」(転載)

論説「よい発表、良い議論を行うために」転載にあたって
「よい発表、良い議論を行うために」は、10年以上前から発表したかった内容ですが、日本的な社会的事情もあってできず、2011年、東日本大震災直前に、ようやく文章化したものです。
本論は、医学研究発表や症例発表を行う若い医師と、医学関係学会や研究会を主催する、指導的医師・研究者を対象に、日本の諸学会や、研究会を、より有効に健全な議論ができる場にしたいと考えて書きました。

特に、学会や研究会を主催、あるいは座長をする指導的医師や研究者に読まれることを期待しています。
しかし、本論で述べた内容は、研究発表に限らず、日本社会における、様々な会議や会合、個人的な日常会話に共通し、日本社会と日本文化、そこに生き活動している個人と集団の発言・判断・行動様式の傾向として普遍性を持っています。

中国や欧米を始め多くの社会の人が本論を読むと、小学生でさえ自覚してあるいは無意識にやっていることでもあり、あまりにも当たり前の内容が多いために、なぜ文章化し主張するのか分からない部分が多いと思います。

「発表」という言葉を「自分が言葉を言う」と置き換えて、現在の日本社会の文化論として、お読みください。
「言葉と日本社会・歴史・文化」等、削除した未完成文章があります。
いつか、文化論としてまとめたいと考えていますが、何時になるか未定です。ご関心ある方はご連絡下さい。
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論説
良い発表、良い議論を行うために
―健全な発表と議論のためのルールと心得―


Rules and Tips for Presentations and Discussions

仙台赤十字病院呼吸器内科
東北大学臨床教授
岡山 博

Kay words: 発表のしかた、議論のルール、座長の役割
  (仙台赤十字病院医学雑誌20巻1号 p7-15、2011年7月発行、2011年1月寄稿)

要旨
健全で有効な発表や議論をするためには、優れた言葉、論理、議論についての基本的知識と自覚、能力が必要である。発表、議論するとは何か、良い発表、議論とは何か、発表活動に役立つことを企図して、発表と議論の仕方について筆者の考えをまとめ、考察した。
1.発表、議論とは、自らの判断と、その判断が合理的であり価値があることを主張し、相手と結論を共有しようとする言葉の往復である。

2.発表、発言、議論に際しては、相手に敬意を持ち、まっすぐ、真剣、ていねい、誠実な言葉で発言する。

3.意見や質問には、的をはずさない的確な回答をし、それが質問者に了解されること。ごまかしや打算などのルール違反は健全な議論を妨げる。

4.座長、司会者は、良い議論をすることを役割と考え、運営すべきである。



はじめに
 発表(Presentation)とは、新たな知見や判断と、それが発表する価値があることを主張することであり、そこでの発言、議論(Discussion)とは参加者と演者が結論を共有しようとする言葉の往復である。自分の考えや研究結果を口頭あるいは文書発表する際、良い発表とは、1、発表するにふさわしい結論、主張、価値があること、2、事実提示、論理・構成が適切であること、3、質問や意見に対して適切な回答、議論をし、参加者の合意・承認を得ることである。

そのためには、発表の基本姿勢、適切な言葉の選択、適切な言葉の応答が重要である。良い発表、発言、議論に役立つために、発表と議論の基本的あり方考え方と、方法・仕方について、筆者の考えを述べる。
 発表には、口頭発表、教育的講演、シンポジウムなど聴衆に対して直接話すものと、論文発表があるが、本稿ではこれら全てを含めて、「発表」という言葉でまとめて論じる。

 良い発表と議論を行うためには演者だけでなく、発表の会を運営する座長・主催者と質問、反論、発言など会場参加者の適切な関与・参加が必要であり、これについても述べる。
 
発表の仕方
1)発表内容

 研究とは誰もまだ知らないことを明らかにすることである。
「論文・学術発表」とは、それまで誰も知らない新たな事実あるいは判断を提示し、その判断が正当であることと価値があることを論証して主張することである。

研究発表、論文で述べるべきことは、事実と、それが何を明らかにしたかという結論、その論理(根拠)、明らかにしたことの意義である。述べるべきことはほとんどこれに尽きる。それ以外の言葉はこれを述べるための条件作りに過ぎない。

単なる経験発表や、文献紹介は、新たな見解を主張する研究発表ではなく、交流や勉強のための話題・資料提供である。解説や総論も、新たなオリジナルな主張を提示した場合のみ発表といえるが、それがない場合は、資料提供である。
資料提供はそれとして価値があるが、オリジナルな主張を結論とする研究発表とは異なる。

2)発表を行う基本姿勢
発表、講演、講義、発言を行う時の基本は、相手や聴衆に「敬意」を持ち、「まっすぐに」、「真剣に」、「ていねいに」、「誠実に」、発表することである。
敬意とは、相手をみくびり、軽んじないこと。
まっすぐにとは、自分の都合、ごまかしなど打算をいれないこと。
真剣にとは、相手に熱意を持って伝えることと、思考停止をせず全力をかけて、自分としての判断結論を出すこと。
ていねいにとは、自分の言ったことにごまかしがなくそれでよかったかを吟味すること。
誠実にとは、自分を偽らず、相手を偽らず、相手の不利益になることを仕掛けない、相手を陥れないことであるであるが、前四者と重なる内容を含んでいる。

3)言葉の選択
述べるべきことは結論である。個々のパラグラフ(ひとつのまとまりを持った文の小集合。段落に近い)においても発表全体においても、結論・判断を明確に述べる。

留意点を以下に列挙する。
・事実と認識、評価を明確に区別して表現する。客観的に存在している事実は、力強い言葉で明確に表現する。「である」「であった」と表現すべきことを「となった」「と認められた」と表現するのは良くない。

・不要な受動文を使わない。

・論理的であること。個々のパラグラフや、全体の記述中に、相容れないものがあってはいけない。
論理が適切で一貫していることが必要である。
論理的で簡潔、明確な言葉を使う。
一貫しない、論理に矛盾のある言葉を使わない。

・全体の論旨とデータについて責任を持つだけではなく、単語のひとつひとつに責任をもつ。
「言葉が正確ではありませんでしたが言いたかったことは・・・です」ということがあってはいけない。健全な議論を阻害する。

・言葉は明確に断言し、断言した言葉に責任を持つ。
あいまいな言葉を使わない。
「思う」「思われる」「可能性がある」「かもしれない」「示唆された」「考えられた」などはあいまい表現である。「とされている」「と考えられている」の引用もあいまいでまずい。

「感じた」はさらに不適切である。「可能性がある」「かもしれない」などの言葉は、発表者がいくつかの可能性を吟味し、他の可能性を排除した結果残っている可能性について述べる場合と、それまで誰も可能性に気づいていない時に、新たな可能性として「可能性がある」と結論する場合だけ正当である。

「・・・と考えた」もあいまいにする言葉なので避ける。必要な吟味検討をせずに「考えた」と述べるのは適切でない。誰も考えていなかったことを初めて「考えた」場合にのみ「考えた」という結論を述べるべきである。
「私の考え、結論は・・・である」と断定した言葉を結論にすることがよい。この表現であれば、「・・・である」と提示された判断に対し、議論参加者は異議、反論ができる。

一方、「・・・と考えた(という行為)」が結論になると、厳密に正当な議論として「考えた」か、それとも「考えていないのではないか」あるいは、「認識した」「確信した」「可能性の存在に気づいた」「期待した」「思った」などではないかという発表者の行為に対しての質問・議論になる。発表テーマの結論・判断という議論できる言葉を結論として述べるべきである。

「考える」という言葉があいまい表現でなく、断定として使うことはありうる。「あなたは考えないが、私は考える」という意味の場合である。言葉としては正しいが、「なぜならば・・・」と穏やかな言葉で、相手と共有する結論を得ようとする場合以外は、相手を切り捨て議論を拒否するという意思表示であるので、言葉としては正しいが議論の姿勢としては、注意すべき言葉である。

「思われる」「考えられた」「可能性が示唆された」などあいまい語を重ねることはさらにまずい。「考えられる」は、自分の責任で考えたのではなく、自分の責任を離れた自然現象であるかのように二重にあいまいにするので使うべきではない。

・単なる感想や吟味のない、場当たり的な予想や憶測、結論は述べない。だれも気づかなかったことを深く責任もって吟味したうえで予測し、予測したこと自体が発表の重要な結論・主張であることとして書く場合は述べる。

・暗黙の期待、当然のことだろうとして、必要な説明をせず、聴衆や読者に同調を求めることは良くない。含みのある単語や表現、言葉の裏を推測することを期待する言葉は使わない。論旨に必要なことは、責任ある簡潔・明確な言葉で全て表現する。

・接続詞を正確に使うこと。発表・議論は論理的であることが基本である。発表に当たって最も重要な接続詞は「したがって」「なぜならば」である。
「しかし」など、それまでの論理を翻す接続詞を、不適切に使っていることがしばしばある。「しかし」という接続詞はそれまでの文から予測されることに反する結論を述べる時に使う。
「しかし・・・・である」と述べたら、必ず理由を述べ、読者や聴衆の同意を得るための議論展開をする。それまで述べてきたことを、論理も同意も無く、思考回路から切り捨てて押し切る言葉ではない。

・読者・聴衆に対して「期待する」等は相当の内容と決意なしに述べるのは価値がなく、無責任で無礼であり使用すべきではない。

全ての言葉に責任を持って初めて良い発表になり、良い議論が可能になる。

4)引用
他人の論文や言葉の引用に当たっては、自分の論旨に関係する論文を断言して引用、紹介する。
自分で責任を持たない伝聞、状況紹介や他人の意見の紹介、発表者の評価をあいまいにしたままの自分の都合を優先した無責任な紹介はしない。引用文献を明らかにしない引用・伝聞は避ける。

誤った論文もあるので、引用には責任を持つ。不同意を表明しない引用は全て正当であると判断したものとして、引用者に責任がある。
引用文献内容に対する疑問や反論に答える義務がある。応えられない引用はすべきではない。

5)口演発表で留意すべきこと
発表、講演、講義を行う姿勢の基本は口頭発表も文章発表も共通だが、口頭発表で追加留意すべきいくつかのことを述べる。

論文、文書発表では、研究の背景説明など、しっかりした論理と引用が不可欠だが、口演では、全てを精密に述べるよりも、聴衆がその場で「なるほど、なるほど」と納得しながら結論まで無理なく進めることが良い。
精緻さよりも、明快でわかりやすい、納得しやすい口演をおこなう。
すべてを言わなくても構わないが、嘘を言ってはいけない。

言葉は一音節一音節、一語一語はっきり丁寧に発音する。特に、結論・判断である文末と語尾ははっきりしっかり発音する。
声が小さい、もそもそ言う、語尾がはっきりしないなどの発声をすることは、聴衆に伝えようとする熱意不足があることが多い。

「・・・なので~・・」「・・・けれど~・・」と文の途中を無意味に延ばしたり、強く発音すべきではない。結論の先延ばし、責任回避、ごまかしの準備であることが多く、判断、結論を明確に述べることに反する。
強く発音すべきは文末の判断、結論である。
熱意や誠実がない発表や発言はすべきでない。

6)経験交流、調査報告としての発表
症例や調査、統計的な発表は目的によっていくつかのものに分かれる。他人とは異なるあるいはオリジナルな自分の判断を論理的に主張し、承認、合意を得ようとする発表であるかどうかが分岐点である。

第1は、研究・学術発表としての症例報告や調査報告である。
その症例や調査結果を提示することによって、新たな知見、価値ある判断・結論を証明主張するものが学術的な発表である。

第2は、単なる調査結果の提示で、それなりのまとめ、コメントがあっても、独自の強い主張が無ければ基本的には事務報告である。

第3は、経験交流や懇親、勉強会のための、話題提供である。医学会地方会などの多くの症例発表がこれに属する。
発表の場は勉強会・経験交流会と称するのが適切だが、学会、研究会と称することもあり、またこのような単なる経験症例を医学雑誌が掲載することもある。これは学術発表ではなく勉強・交流のための経験の提示である。
新たな発見、新たなあるいは発表者独自の知見や主張がなくても、論理的に考えたことを提示するだけでも了解される。

しかしこの場合でも、報告・提示する事実とともに発表の目的、価値を述べることが望ましい。
経験交流の症例提示は懇談の話題として話すだけでもよいので、その場合は会の目的によって自由に変えてよい。しかし、単なる懇談ではなく、座長・司会がいる公的な会合であれば、上述したことは留意すべきである。
内容のない、形だけの、何時でも使える言葉を「結論」として述べることや、結論と意義付けがあいまいな発表は避ける。

勉強会、交流会、懇親会で経験例を提示、論議することは有意義なことではあるが、このような症例発表と、新たな知見を発表、主張する症例発表を同列の価値があると考えるべきではない。
発表といえるのは、新たな独自の主張を結論とする第1のものだけである。第2、第3はねぎらいの対象ではあるが、新たな結論と価値を主張するものではないので、研究発表や論文という言葉は不適切である。
第2、第3を研究と称することや、その提示が主である集会を学会、研究会と称することに筆者は不同意である。

議論のしかた
1)議論とは何か

口演、講演、シンポジウムの価値は発表の価値だけでなく、発表された内容という共通の認識の上に、共通の結論を目指して良い議論をすることに価値がある。
厳密には、学会発表は発表するだけでなく、発表に対する質問や意見を受けて十分な回答をし、参加者に承認されて初めて発表した実績として成り立つ。
研究方法や論理、結論が不適切で、参加者から承認を得られなければ、正当に発表したことにはならない。参加者に承認されないレベルの低い講演はすべきではない。

健全な議論とは、新たなあるいは異なる提示された意見を出発点として、より正しい共有の結論を見出そうとする言葉の往復である。健全な議論をするためには、(1)一定の共通認識、(2)議論すべき異なる見解、(3)相手に対する信頼と敬意、(4)共通の結論を見つけようという意思が必要である。これがあって初めてよい議論は成り立つ。

講演や発表を聞き、質問をするということは、演者が提供した知識や考えを演者と参加者が共有する過程である。共有された認識を材料に、演者と参加者が対等な関係で議論することが正しい議論の仕方である。
議論をするためには、演者の結論と主張が明確に提示されることと、演者に対して、異なる見解が提示されることが必要である。
演者は質問や意見に対して的確、論理的で誠実な回答をし、再度発言者の意見や了解を求める。認識を整理し、深め、共通する結論を得るために、適切な言葉を往復させるということが議論の基本である。

2)発言、質問、回答、議論の仕方
意見の違いが無くては、良い議論は成立しない。
良い議論をするためには、異なる正当な見解を作り、発言をする能力を高めて良い発言をすることと、良い発言を、主催者、座長、演者、参加者が歓迎し、議論しようという基本姿勢が必要である。発語、発音の留意点は、口演の留意点で述べた。
口演を十分理解しなかったときにする質問・回答は、議論に必要な共通認識を作るための、基本知識や解説の提供を求める単なる解説依頼と解説である。
これだけでは議論ではない。必要なことは解説を聞くことではなく、良い議論をすることである。

まっすぐに、真剣に、ていねいに、誠実に発言、議論する。
的確に的を絞り、簡潔な言葉で意見、異論、質問を簡潔・明確に述べる。
感想や、発表内容と直接結びつかないことなどを述べたり、演説すべきではない。
相手に敬意を持ち、対等の立場で発言する。
過剰な敬語や上下関係を規定する言葉・敬語は避ける。
上下関係を作り、下からの卑屈な姿勢や、上から見下ろす無礼な姿勢で発言すべきではない。
感情表現や打算をいれないニュートラルな言葉、論理的で虚飾のない、明確、ていねい、穏やかな言葉を使うべきである。

質問や異論には、相手に敬意をもち、対等に、的をはずさない的確な回答をし、その回答に対して相手の意見・了解・意見を再度求めること、この言葉の往復が発言、回答、議論の基本的ルールである。
質問にきちんと的を得た回答をせず、質問者に「あなたはどう考えますか」と切り返すなどはすべきではない。
質問に対して、自分が一方的に回答しただけで、質問者が納得していないまま終了すべきではない。
すり替え、ごまかし、威嚇、侮辱あるいは無視して相手に発言をさせず終了させてはいけない。
基本的には、回答が十分であったことを質問者に確認する気概を常に持っているべきである。

自分の回答が了解されず、引き続き質問や異論がある場合は、快く受け入れ、納得しうる回答、議論をすべきである。
一回回答しただけで、それに対する反論や異議申し立てを歓迎しなければ正当に回答したことにはならない。
演者への異論、反論は、敵対的発言でなければ、演者の発言を深めるものとして歓迎、感謝すべきである。
欧米の文化、議論の場ではこのようなとき 演者や座長は“Thank you” と感謝した上で回答、運営することが多い。
敬意を持つということは相手におもねることではない。
相手を軽んぜず、穏やかな言葉で自分の判断と理由を明確に回答し、その回答が的確であったかを質問者に確認承認を得ることを含め、発言者の再発言を求めることである。

日本の多くの学会や研究会では健全な議論が成り立っていない。
多くは質問に対して演者が一回だけ一方的に解説やコメントするだけで、その回答が不適切で質問者が同意しなくても、異議申し立てや、健全な議論に発展させることはほとんどない。
これは質疑応答にさえなっていない。知識を補うためだけの、質問に対する演者の一方的解説であり、異論を無視、排除するためのセレモニーであることが多い。
演者と異なる意見を歓迎しない講演や議論は演者に対する無条件の同調や思考停止を強要するものである。

発表、発言や回答に当たって嘘を言ってはいけない。
事実に反して「予備実験をした」「再現性を確認した」、「ノイズは無視しうるほど小さかった」と言ったり、意思がないのに「今後検討する」あるいは、他人の経験や文献で知った知識を自分が経験したかのように、あるいは少ない経験しかないのに多くの経験をしたスペシャリストであるかのような言葉がその例である。

正当な論点に対する質問、異見とは別に、質問の形で演者に対して以下の指摘がされることがある。結果の信憑性、結果に対する評価に対する異議、非論理性、発表に当たって演者が当然もっていなければいけない知識の不足、理解・考え方の誤りの指摘などである。
これらは質問の形をとっていても、内容は知識や論理、結論の不足を質問者が演者に教えているか強い異議申し立てである。

反論としての質問や異議申し立てが正当である場合、演者は質問者に謝辞を述べ、誤りをその場で撤回し、正すべきである。内容や発言態度によっては聴衆に謝罪すべきものもある。

再検討して答えを出す能力が不十分なために、その場で演者として適切な回答ができない場合は感謝して後日検討し、回答することもよい。言いのがれのために、その意思もなく「検討中」、「今後検討」と答えてごまかすのはよくない。
質問者より知識や考え方が劣っているにもかかわらず、質問者に教えるという態度をとり、知識・認識不足を立場の違いであるかのように意図的に混同してごまかしてはいけない。教育的な講義・講演でも一般口演でも同じである。

意見や質問に回答したときは、自分の回答が質問のポイントをはずしていなかったか、相手が納得しない不十分、おざなりな回答ではなかったかを自己点検する。
十分に回答する時間がない場合、演者は、発表終了後に自ら進んで、質問者が十分納得する回答をすべきである。

知識を得るための質問、解説は講演後でもかまわないが、議論は講演時間の中で、参加者を交えて行うべきである。
時間がないといって座長が発言を制止し、異議申し立てや議論をさせないことが多い。
的を得た回答をせず、「時間がないから」、「あなたの言うことは分かりました。しかし私はあなたに同意しない」と切り捨てる演者がいる。「言われた意味は理解した。分かった」と言葉の意味の理解の確認が必要なのは内容が難しく、理解が困難な場合のみである。そうでなく「分かった」というのは、分かったという結論を言うためではなく、同意、了解しない相手を高圧的に切り捨てることを正当化し見せかけるための言葉である。

「分かった」と言ったら「だから」あるいは「分かったことに基づいて」と続けるべきである。「しかし」と続け、相手や論理を切り捨ててはいけない。

教育的講演は、講演内容と洞察において、聴衆よりも演者が圧倒的に知識や力量が勝っている場合のみ成り立つ。小中学校や高校の授業、大学の講義はその例である。
能力が卓越していなくても、経験して考えたことや、文献を読んで勉強した知識を演者として提供することは価値のあることであるが、この場合は教育的講演ではなく議論のための話題・資料提供とし、提供した後は対等に議論することが良い。研究者あるいは指導者、専門家であるかのように、教師的立場で講演しようということは適切でない。

演者が圧倒的力量を前提に指導的講演をした場合でも、演者に対する反論や、異議の提示があった場合はその時点で、教師・生徒の関係ではなくなるので、対等な立場で議論すべきである。
講演内容が稚拙で、指導になっていない場合でさえ、聴衆に対して「自分は選ばれた講演演者で、自分が上である」と考えて講演し、質問には適切に回答せずに教師として解説しようとする演者がいるが正しくない。

質問に対して正当な回答ができないとき、それを反省・解決しないまま、別の場で次の講演を行う演者がいるがすべきではない。
まじめで的確な異論を受け付けず、適切な回答、議論をする意思と能力がない場合は教育的講演の演者になるべきではない。演者に責任があるとともに、演者を選んだ主催者にも責任がある。

客観的事実や法則の存在や正しさを知る人と知らない人の違いは、知識の違いであって考え方や立場の違いではない。
議論に必要な客観的事実や法則を理解していて初めて議論は可能である。
参加者が議論するための知識が不足している場合、参加者は演者に、対等に知識提供を依頼してよい。演者は参加者に、有効な議論を行うため議論に必要な知識を提供する義務がある。

議論に必要な知識を演者自身がもっていないことに気づいた時は、演者は、質問者、発言者から教えてもらい、謝辞を述べる、その上で議論に復帰する。知識の提供は議論ではなく議論の準備過程である。

議論の対象は知識ではなく論理、考え方である。議論に当たって必要な知識は互いに提供し、知識を共有した上で議論をすることが健全なあり方である。

相手を見下す解説はすべきでない。回答や解説は相手の発言を制止するためではなく、発言を促進、発展させるために行う。
正当な反論をする能力がない時、細かな数値や約束事の知識をひけらかして、論点をすり替え、相手の異論や反論を抑えるべきではない。
正確さを要求することで相手の主張や発言を封じることは、代表的な反則技である。相手の発言を抑えようとする言葉は、全て誤りである。

日本文化では、事実と認識を区別しないこと、知識の有無と意見の区別を明瞭に区別しないことが往々にしてある。これは克服すべきである。この理解なしに正当な議論はできない。
自分の知識・理解不足を、「意見・立場の違いだ」と考えることや、説明されることを拒否して強引に押し切ること、それらを容認することは、健全な議論を阻害する。

議論の前提となる基礎知識を提供しようとすると、「考えを押し付ける」、「理解しないのは、説明のしかたが悪いからだ」、「面倒な話しをもちこむな」などと、説明を受ける人だけでなく、聴衆や座長が、説明する人を非難、排除することがある。誤りである。
知識の欠如は説明する側の責任ではなく、知識がない側の責任である。

会をこのように運営するのは、知識の欠如と考え方の違いを区別しないことと議論のルールを理解せず、恣意的に会や「議論」を進めようという誤った認識と精神に由来するものである。
演劇鑑賞やスポーツ、会食などをするとき、ルールを無視して強引に押し通し、その場を仕切る(コントロール=支配する)人がいると、その場は台無しになる。学会・研究会における発表や議論も同様である。

自由で知的、健全、有効な議論を保障し、行うためには、ルールの理解と自覚と、ルール違反を容認せず、知的で自由な議論の場を保障しあう参加者の自覚と発言が必要である。

議論や論理には、好き嫌いや個人の考え・立場とは関係なく客観的法則があるということを理解していれば、自分の論理が成り立たないときに、自分の論理・判断の敗北を認め取り下げることができる。
この場合、論理の誤りを認め取り下げることは、単に論理の敗北であって、相手に対する人格的屈服や非難を意味しない。一方、論理が破綻しても撤回せず、強引な言動を続けることは容認されるべきでない。
強引に続ければ、議論と会合を破壊することであり、不公正な人物として人格的社会的評価を下げる。

これが健全な議論のあり方であり、欧米では日常的な常識である。
自分の意見に対して異論や反論が出た場合は、「相手の異論が誤りであること」を論証して論破するか、自分の誤りを認めて撤回するかのどちらかだけが正当な回答・対応である。中間はない。
あいまいな言葉を使ってごまかすべきではない。
誤りがあった場合は、自分の誤りを認めて撤回することだけが正当な対応である。

このような議論は健全に行えば、敵対、非難、攻撃など人格的対決にはならず、楽しく議論できる。友好関係は損なわれずむしろ強まる。

主催者・座長の役割
良い議論をするためには、座長と主催者が良い議論をしようという意思を持ち、議論に十分な時間を用意することが必要である。

座長の役割は、参加者からの適切な発言をていねい、適切に取り上げ、良い議論ができるように、発言を生かして、議論を発展させることである。十分な時間を準備したのに、参加者から良い意見や質問が出ない場合は、参加者の一人として座長が良い意見、異論や質問を述べ、議論を引き出すこともよい。参加者に発言させないことや、演者や座長による価値のない時間あわせの発言はすべきではない。

座長の役割は、質問、発言、回答が適切に行われ、ルール違反がないように注意し、健全な議論を進めることに責任を持つべきである。
日本では、演者だけでなく、多くの場合、座長が率先してルール違反を行い、健全な議論を妨げている。
参加者も、議論するのではなく、まるで生徒のように教えていただくことや、相手の価値を低めるたにけちをつける、意見でなく感想を述べることなどを、良い発言であるかのように誤って理解し議論を妨げていることがある。
良い議論をする認識、自覚、技量がないことによる。

共通の結論に達しようという意思がなく、自分の思い込みや経験や教訓、感想を一方的に述べるだけの「活発な」発言は、見た目が活発でも良い議論ではない。
日本では、多くの学会や研究会、シンポジウム、講演会が議論の場として機能していない。まずいことである。

「時間がありませんので」と言って発言を止めさせるのは時間がなくなったからではなく、主催者と座長が、あらかじめ、良い議論をするという意思をもっていないことと、議論のための十分な時間を用意していないことによるものである。
議論するためには、発表の倍か、少なくとも発表と同じ時間を議論の時間として準備することが必要と私は考える。
座長は、「講演がなされ、若干の発言があり、つつがなく終わること」をもって自分の責任を果たしたと考えていることが多いが、誤りである。
良い議論ができたかに関心がなく「多数が参加し、成功しました」とまとめる座長はまずい。良い議論をすることを目標とし、座長の評価の基準にすべきである。共通の結論を目指すことなく、見かけ上活発な発言があっただけの言葉のやり取りだけでは不十分である。

まとめ
学会、研究会などで、発表、議論することをテーマに以下の考えを述べた。
1.発表、議論は、日記や感想、随筆、ひとりごととは異なり、相手やそれまでの一般認識とは異なる自らの判断と、その判断が合理的であり価値があることを主張し、相手と結論を共有しようとする言葉の往復である。

2.発表、発言、質問、回答、議論に際しては、相手に敬意を持ち、まっすぐ、真剣、ていねい、誠実な言葉で発言し、的をはずさない的確な回答を述べ、それが相手に了解されることが大切である。相手を威圧、ごまかし、切り替えし、はぐらかし、無視など、自分の発言や回答に対して、異論や発言を制止することはルール違反で健全な議論を阻害する。

3.座長、司会者は、かみ合った的確で健全な議論をすることを最大の役割と考えて会を運営すべきである。座長が議論を妨げる運営をしてはいけない。

学会や研究会活動において、優れた言葉を使い、健全で有効な発表と議論をするためには、言葉、論理、議論についての基本的知識と能力、自覚を持ち、発言することが必要である。

健全で有効な発表、議論は、一人ひとりが「自分は、自分ならこう考える」という自分の見解と、的確に主張する能力を持って自覚的な発言をし、健全な議論を大切にする文化を持って初めて可能になる。
より深い真実に迫る、知的で自由な発言、健全な議論は楽しくできるものである。
学会発表や論文発表と議論は知的言論活動そのものである。

価値ある学会、研究会活動、発表活動に役立つことを企図して、発表と議論の仕方についてまとめ、考察した。


プロフィール

Author:岡山 博
仙台赤十字病院呼吸器内科 東北大学臨床教授

 自由に、安全に、安心して物を言うことができない私の状況で、ブログを開くのは覚悟と準備が必要でした。多くの方が私の発言を要望・歓迎してくださったので、開くことができました。感謝します。

 物言えぬ日本社会のあり方が、原発事故や殆どの社会問題と、個人の多くの苦痛の底流にあり、解決を妨げている。
 人が大切にされる健全な社会とは、侮蔑・脅迫・恫喝・欺きを容認しない社会。
 人の誇りを尊重し踏みにじらせない健全な文化・社会・人格が存在するためには、優れた言葉の往復で発言・議論する自覚と能力と、相手に対する敬意、論理的議論を楽しむ知性と勇気と道義性が必要。

 優れた言葉とは、まっすぐ、真剣、丁寧、誠実、相手に敬意を持った穏やかで論理的な言葉です。
優れた言葉、文化、人格を育み、共有する関係を発展させたい。
 考え方・感じ方・選択する基準・行動様式の社会全体の傾向が文化で、個人のレベルでは人格です。
良い議論をしましょう。
共同で共通の認識や結論を作ろうという意思と、異なる意見の提示が特に大切です。
   
「宮城・岩手地区の津波がれきは、全て集めて山積みし、津波記念公園として整備を求める」と「福島第一原発付近に土地を確保し、放射性廃棄物を全て集めて山積み管理を求める要望書」署名と活動にご参加下さい。

学習会や講演、投稿など役立てそうなことがあればご連絡ください。遠隔地も可。交通・宿泊費、講演料その他不要。時間が取れるかどうかが問題、その都度検討します。

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